第26話 時はきた

「えっと、洗うね」

「はい……」


 彼方に確認をとりながら丁寧に体を洗っていく。彼方のダイナマイトボディを洗うのは緊張するけど、彼方があまりにも凄まじいリアクションをするものだから冷静になれた。


「だらしないなぁ」

「これがうちのエースだなんて信じられない」


 機能停止した彼方を見て、隣の委員長と卯月が呆れていた。まぁ流石の私もどうかとは思うけど、こうなるくらい真っ直ぐ想ってくれてるんだと嬉しくもある。


「はい、バンザイ」

「はい……」


 泡を洗い流すために彼方に命令すると、その通りにゆったりと動いてくれる。


「介護?」

「思ってたけど言わないで……」


 敢えて口に出さなかった言葉を容赦なく海香ちゃんが言う。好きな人の体を洗ってあげるというシチュエーションなはずなのに、ロマンのかけらもない。


「えっと、二人ともありがと」

「ん? 急にどうしたの?」

「二人にお礼を言いたかったの。私も覚悟が決まったから」


 止まったままの彼方にシャワーを浴びさせながら、二人にお礼の言葉を投げかける。私の口調から意図を悟った二人は、真面目な表情で私の話に耳を傾ける。


「今度の文化祭で彼方に告白しようと思ってる」


 私の告白の決意の言葉に、二人は優しく見守るような表情で頷いた。普通の女子高生ならキャーと湧き立つところを、真剣に聞いてくれている。


「頑張って」

「何かあったらいつでも相談乗るから」


 優しく聡い二人が味方でいてくれる。今の彼方を見ていくら自信があっても、告白なんて初めてな私にとって心強いことこの上ない。


 時はきた。最初は諦めていた恋も、臆病な私が告白を決意できるまで成長した。


 海香ちゃんが私に勇気をくれた。その勇気で彼方を応援した。そしてその応援が、彼方が私を意識するきっかけになってくれた。


 全部が一つずつ繋がって、決意を決めた私がここにいる。


「ありがとう、二人とも」


 今はただ、その全てに感謝しよう。


 ○○○


「すまん、変な反応しちまって」


 彼方は照れくさそうに頭をかきながら、らしくなく小声でブツブツと言っている。


「その、さぁ、あれはその、私は銭湯とか行ったことないから慣れてなくて……だからああなっただけで、別に美鈴をそういう目で見てるわけじゃなくてさ」

「うん。わかってるよ」


 あまりにも下手くそすぎる言い訳だけど、問い詰めてしまったら可哀想なのでやめておく。私もそれを問い詰めて彼方が照れてしまったらどうしていいか分からないし。


「ふぃー……」


 心地よいお風呂に彼方は安らぎの息をゆっくりと吐く。改めて見ると、彼方の豊満なボディは魅惑的で、今更ながらドキドキしてきた。


 最初に見た時は彼方が狂ったから冷静になれたけど、彼方が冷静になった今、私が冷静でいられなくなっていた。


「いいお湯だなぁ……」


 チラリと気持ちよさそうな彼方を見る。透明なお湯は彼方の体を隠さなくて、見ようと思えば隅から隅まで見ることができる。いや、そんなことしないけど。


 決して邪な目で見てるとかは無いけど。でも、好きな人の裸がすぐそばにあったら磁石に引っ張られるみたいに視線が向くのも仕方ない。


 なんて言い訳をしながらチラリと視線を向けると、彼方の声が聞こえてきた。


「美鈴? 私の身体になんかついてるか?」

「えぇ!? あぁいや、胸おっきいの羨ましいなぁ……なんて」


 彼方の誤魔化しが下手なんて言えないレベルの言い訳。私らしくない話題だなと自分にツッコミしながら、彼方の返答を伺う。


「んー、でも美鈴の控えめな感じも可愛らしくていいと思うぞ」

「控えめって褒めてるの?」

「褒めてるって。美鈴は私と違って、華奢なとこが可愛いんだよ」


 彼方は愛おしそうに私を見つめながら優しく頭を撫でてくれた。やばい。とうとう彼方が情けない状態から、いつものかっこいい状態に戻ってしまった。


 ただでさえドキドキしていたのが、彼方のイケメンムーブにさらにドキドキさせられてしまう。しかもお風呂の中でお互いに裸というシチュエーション。彼方が機能停止していた時に余裕だった分、立場が逆転した今がヤバい。


「えぁ、あ、ありがとう……」


 まだ湯船に入って数分しか経っていないのに、もう私の顔は真っ赤かだった。


 それからお風呂を出るまで数分、少しでも彼方を目を合わせてしまったらのぼせてしまうとずっと目を逸らしたまま会話をしていた。


 欲望に負けて、チラチラと彼方の体を見ながら。


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