第25話 興奮して鼻血が出るのは漫画だけのお話です

 バーベキュー、即ち夕食を食べ終わった後する事はもちろん入浴だ。海に入った後軽くシャワーを浴びたが、海水に浸かって砂の上を駆け巡り汗を流した女子高生は湯船に浸かる欲を抑える事はできない。


 入浴することは美容のため以外にも、疲労回復や新陳代謝を活発にするなと健康にもいいとされる。つまり我々現代人にとって入浴とは日々の生活の中でしなければならない一つの要素であるのだ。


「……彼方、なにブツブツ言ってんの?」


 委員長の呆れた声が背後から突き刺さった。今私達がいるのは脱衣所。もともと大人数を呼ぶために設計されたらしいこの別荘には、銭湯のような大浴場と広い脱衣所がある。


 委員長は既にお風呂に入る状態になっており、海香が特に気に入っているたわわなお胸が晒されている。


 身長はそう変わらないし、私も胸は大きい方だし、食べる量はなんなら私の方が多いのだが、委員長の胸は私のより一回り大きい。


 世間一般に言えば委員長はエロい。しかし、私は特別そういう気は起きない。


 そう、同性の裸を見たところでこういう反応が普通なのだ。


「なぁ、委員長は海香の裸を見た時ってどう思うんだ?」

「私と海香は幼馴染だから参考にはならないわよ。慣れてるし」

「だよなぁ! お前ら幼馴染だもんなぁ!」


 藁にもすがる思いで掴んだものは、文字通り藁であった。


「私、美鈴の裸見たらどうなるんだ……好きな人の裸ってどうなんだ……」

「鼻血でもでるんじゃない?」

「それは漫画の話だろーが!」


 そう、私は今、美鈴がいる浴場に入っていいのかと迷っているのだ。私は別に美鈴を常にそういう目で見てるわけではない。


 美鈴を恋愛的に好きというのは間違いないが、同時に大切な友達だとも思ってる。支えてくれる美鈴に感謝してるし、マネージャーとして頑張る献身的な部分を尊敬してる。


 でもそれはそれとして美鈴の裸を見たら絶対にそういう目で見てしまう。だって、それほど露出が多いわけでもない水着姿の美鈴でさえ私は卒倒しかけたのだから。


 裸なんて見たらどうなってしまうのか。想像もつかない。美鈴の裸は想像してしまうけど……って何を言ってるんだ私は。


「エロいこと考えてる?」

「か、考えてねぇし!」


 坂田先輩といい、私の周りは平気で心を読んでくる。それくらいしっかりしてて、人のことをよく見てるという事なのだろうけど。隠し事をしたい時は気をつけなければ。


「委員長は海香の裸に慣れてるって言ってるけどさ、その、そういう事する時はどうなんだよ」

「デリカシーのない質問ね」

「それはすまん。でもマジでどうすりゃいいかアドバイス欲しいんだよ」

「本当に弱ってるじゃん」


 迷走しすぎて委員長でなければ縁を切られるレベルの質問をしてしまった。それでも私が弱ってると理解して許してくれた委員長は女神と言って差し支えないだろう。


 そんな委員長は私の救いの女神となってくれるのだろうか。


「まぁ、そういう雰囲気があるならって感じかな。というか、彼方は意識しすぎ。一緒にお風呂入るって言っても他の子もいるんだし、どうにかなるでしょ」

「適当なこと言わんでくれ……私にとっては死活問題なんだよ……」

「そんなに怖いなら入る時間ズラせば? 美鈴が長風呂とかじゃなければあと十五分くらいで出ると思うけど」

「そうしようかな……でも美鈴に避けられてるって思われたら嫌だな……」

「実際避けようとしてるでしょ」

「返す言葉もごさいません……」


 今日の委員長は厳しい。まぁこんな相談に乗ってくれるだけ優しいんだけど、なんだか急いでるみたいだ。


「それじゃあ私は行くから。海香に背中流して欲しいって頼まれてるから」

「ははっ、いいですなぁ、お熱いカップルは」


 諦めて時間をズラそうと決めた私は、ぐちゃぐちゃにカゴに放り込まれた服を見ながら、うだうだとそんな事をほざいていた。


 それがいけなかった。


「かーなーたー? ちょっといい加減にしよーかなー?」


 委員長の堪忍袋の緒はもう限界だったのだ。それが私の最後のぼやきで切れてしまった。


 仏の顔も三度まで。私が委員長を何回イラつかせたかは知らないけど、まぁ三回は超えるだろう。


「そんなうだうだ言ってたら恋なんて成就しないわよ!」


 怒る理由が私のためっていうのが、なんとも委員長らしいけど。


 そんな優しい委員長に感心していたら、私は首根っこを掴まれていた。委員長はそのまま浴場まで進んでいく。


「ちょっ、まって!」


 まだ心の準備ができていない私を、委員長は無理矢理引きずっていく。それはとてつもない力で、普段から筋トレしてる私でも全く抵抗できなかった。


「海香ー!」


 そして、無情にも大浴場の扉は開かれた。まず私が視界にとらえたのは白い湯気で、アニメとかみたいに隠してくれないかと淡い期待を抱く。まぁ、そんなわけないのだけど。


「あっ、卯月! 待ってたよー」


 委員長の声に反応してシャンプーで頭を洗っていた海香が振り返って手を振った。そして、その隣には同じく頭を洗っている美鈴がいた。


 まだ距離があるから湯気で隠れているけど、もうこの時点で私の心臓は痛いくらい高鳴っていたし、顔ものぼせたんじゃないかというくらい熱くなっていた。


「なんで彼方を引きずってるの?」

「いろいろあってね。それより、美鈴もちょうどいいところに。彼方が背中流して欲しいんだって」

「え?」

「ちょっ、何言ってんだ!」


 私を引きずって海香たちの近くに来た委員長がとんでもない事を口走った。私は全然そんなこと言ってない。確かに美鈴に背中を流して欲しい気持ちはあるけど、今の私がそんなのに耐えられるわけがない。


 誤解を解こうと私は反射的に美鈴の方を向いた。向いてしまった。あんなにも恐れていた美鈴の裸を見られる方向を。


 私はそこに天使を見た。


 その神々しすぎる御姿は人間が見るにはあまりにも美しすぎて、徳の少ない私程度の人間が見ていいものではなかった。


 もはや私は言葉を発することができず、天使を見つめたまま思考を捨て去ってその場に鎮座する。そこで、私の思考は途絶えた。

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