第28話 三原咲希の物語
結局卓球の戦績は後から私が食らいついて、三原が少し多いくらいのほぼ五分に持ち込むことに成功した。
その後、私たちと違って仲良く女子トークしながら卓球で遊ぶ美鈴と三原ガールズを置いて、汗を流すために再び浴場に訪れた。
しかしサウナを発見した私たちは、三原がサウナ好きということもあってサウナに入ることになった。
軽く汗を洗い流し、サウナに入るとむわっとした熱気に歓迎される。かんかん照り中放置した車内のような暑さに、たらりと汗が落ちた。
最近テレビでも取り上げられることも多くなった、サウナ水風呂外気浴のととのうためのルーティーンをこなしてゆく。最初は我慢比べかと思ったが、三原はその気はないらしい。
外気浴できる場所には、ご丁寧にも高そうなサウナチェアが設置されていた。何周かルーティーンを繰り返して身体がふわふわしてきて、隣り合って外気浴をしていた時だった。
「彼方は将来プロになるの?」
「あぁ……なりたいとは思ってる」
まさかこの天才に将来のことを聞かれるとは思わなかった。しかし、プロになるかは私達にとっていつかは向き合わないといけない問題だ。そういうわけもあり、試合中のような真剣な口調になっている。
強豪校でエースを張り、インターハイにも出場した者同士、プロという目標が目の前だと感じてるのは共通というわけだ。
「そっかぁ、じゃあプロになってもライバルだねぇ」
「お前もプロ目指してんのか」
「うん。エリカ達のためにもね」
星空を見上げならそう語る天才は、いつになく真剣だった。
「……応援してくれるからか?」
「それもあるね。でもそれだけじゃない」
夏の夜風が吹き抜ける。少し身震いして反射的に私は目を閉じた。
「ひめちゃんとはるちゃんに託された夢だから」
そう言った瞬間の天才の顔を私は知らない。でも、夢を託すという言葉の意味は、彼女の悲しげな雰囲気から痛いほど伝わってきた。
「私に言っていいのか」
「聞いて欲しいんだ」
不器用なんだな。この天才は。こんな回りくどいことをしなきゃ相談一つできないなんて。天才の懇願に、私は無言という形でイエスの返事をした。
○○○
私がひめちゃんとはるちゃんと出会ったのは中学の頃。その時は二人ともプレイヤーとして活躍してたんだ。実力は私の方が上だけど、意気投合してプロになる夢も語り合ったりしたっけ。
でも、残酷な現実がはるちゃんを襲った。
中学二年のころ、はるちゃんはテニスを辞めた。原因は身長が伸びず筋肉もつきにくい体質と、喘息の急激な悪化。特に喘息は命に関わることだから、私達は止めることなんてできなかった。
夢を諦めざるを得なくなったはるちゃんに、ひめちゃんも私もなんて声をかければいいか分からなかった。だから私とひめちゃんはひたすらテニスに打ち込んだ。はるちゃんの分も私達が頑張るんだって。
身体が発達途上な私達にとって過剰なトレーニングは毒だ。そんなこと分かりきっていたけど、私達はそうすることしかできなかった。
でも、それがさらなる悲劇を招いた。
中学三年の夏。団体戦の全国大会出場がかかった試合で、ひめちゃんは怪我をした。詳しい事は話してくれなかったけど、復帰には長いリハビリが必要だし、もし復帰しても怪我の再発の危険が常に伴うそうだ。
はるちゃんのことでかなり精神にきていたひめちゃんは、そのままテニスを諦めた。いつもクールなひめちゃんからは想像できない、暗く沈んだ顔を見て、私はかける言葉を見つけられなかった。
それ以来私達三人は会話することがなくなり、このままバラバラになってしまうと思っていた。
それをエリカが止めてくれた。なんで話せばいいか分からない私達に変わって、一人ずつと丁寧に向き合って、私達を繋ぎ止めてくれた。
私達もバラバラになることを望んでいたわけではない。エリカが用意してくれた話の場で本音を打ち明けたら、簡単に以前のように戻ることができた。
ひめちゃんとはるちゃんがマネージャーになったことを除いて。
そして、私は今も二人の夢を背負っている。
○○○
「ひめちゃんとはるちゃんの為にも、私は絶対にプロにならなきゃいけないの」
自由人だと思っていたこの天才は、意外にもいろんなものに自分を縛り付けていた。あのワガママ三昧も、重荷を背負っていることの裏返しなのかもしれない。
あの三人もそれを分かっていてワガママを許しているのだろう。
「高校に入ってからはるちゃんはスポーツ医療、ひめちゃんはトレーナー、エリカは栄養士の勉強をしてるの。みんな、プロになった私を支えたいんだって」
「それはスゲェな」
四人の絆は将来を見据えるほどに強いらしい。のらりくらりと生きていると思っていた天才の意外な一面に、ただ驚くことしかできない。
「でも、私は迷っていたんだ。ちゃんとプロになれるのかって。君に出会うまでは」
そう言って彼女は私に微笑んだ。意外な話の転換に、とっくに決まった時間を過ぎた外気浴の寒さも忘れてしまった。
「君は初めて私のライバルになってくれた。そして、強くなる方法を教えてくれた。君のおかげで私の迷いは晴れたんだ。ありがとう」
「ちょ、ちょっと待て」
心の底からの彼女の感謝。真面目な口調だから私を揶揄う嘘ではないのは分かるが、全く心当たりがない。私は三原のライバルではあるが、強くなる方法なんて教えてない。
「強くなる方法って、そんなん教えたことないぞ?」
「そりゃ、正面切って教えてもらってなんかないよ。でも、君と同じようにしたんだ」
彼女はサウナチェアから腰を上げ、胸に手を当てる。らしくない丁寧な所作から、この天才の本気の感謝と、大切な想いが伝わってくる。この温かな感情を、私は知っていた。
「ただひたすらに、大切な人を想ってプレイする。迷いの一切ない純粋な想いの強さを君が教えてくれたんだ」
あの日の試合。私が初めて絶望した日、私が強くなれた日。そして、私が美鈴を好きになった日。この天才の心も大きく動いていたのだ。
彼女の澄み切った顔と内に潜む燃えるような情熱。目の前の天才は、私が以前戦った時より強くなっていると確信した。
「だから、私はエリカにと付き合ってるんだ」
「へぇ……えっ? えぇ!?」
さっきからこの天才には振り回されてばかりだ。まさかのカミングアウトに、私の叫び声がこだまして夜の闇に消えていった。
「何を驚いているんだい? 君も女神ちゃんともう付き合ってるんだろ?」
「いや……まだ……」
「えっ」
今度は私の言葉に天才が驚いた。
「あれでまだ付き合ってなかったの?」
「いやその……告白のタイミングってわかんなくて……」
「はぁん……ヘタレ」
「やめろぉ!」
気にしてるところを突かれて、反射的に叫ぶ。なんとか攻撃を逸らそうと、純粋に疑問に思ったことを聞くことにした。
「というか、ハーレム作っといてなんでエリカと付き合ってるんだよ」
「もちろんひめちゃんもはるちゃんも好きだよ。でもね、恋じゃない。どうにもならない事を解決してくれて、ずっと支えてくれたエリカに、私は恋をしたんだ」
自分の気持ちを完璧に分析して語った天才に謎の敗北感を覚えた。美鈴に恋をしたという事を委員長に相談しなきゃ分からなかった私と違い、全部一人で整理できてしまう天才が羨ましい。
思い返せば、エリカの水着を気に入って愛でていたり、別荘探索の時もエリカだけ手元に置いて愛でたりとそれらしい事はしていた。あと、一人だけあだ名じゃなくて名前呼びだったり。
「しかしまだ告白してないなんてね。そろそろ腹を括ったらどうだい?」
立ち上がって体を伸ばしながら、天才は恋愛の凡才に向かって適当なアドバイスを送る。
確かにもうそろそろ美鈴に告白してもいいかも知れない。インターハイも終わって一つの区切りがついたし。
そして、私の頭にうってつけのイベントが思い浮かんた。天才の言いなりみたいで気に食わないが、私は告白を決意した。
「今度の文化祭、美鈴に告白するよ」
「ふぅん、応援しとくよ」
そう言いながら天才は冷えた体を温めるためにサウナに戻って行った。
美鈴への告白。私の中でインターハイに並ぶ一世一代の大勝負。決行日は文化祭二日目の後夜祭。
私の恋の行く末は、あと数ヶ月で決まる。
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