第23話 宝物

 出発から数十分後、目的地に到着した。甲板から身を乗り出して海を眺めると、透き通った海の中に珊瑚礁が壮大に広がっていた。


「す、すごい……」

「こんなんテレビでしか見たことねぇぞ」

「そぉそぉ、連れてきた私にぃ感謝してよぉ」


 壮大な景色に夢中になっている私たちにニコニコと微笑みかける三原さんだけど、相変わらず三人の女の子を侍らせている。


「道具はおじさんのとこにあるからぁ、潜りたくなったらぁあっち行ってねぇ」

「お前はやらないのか?」

「きょおは気分じゃなぁい。今はぁエリカを愛でたい気分なんだぁ」

「も、もぉ……咲希ちゃんったら……」


 三原さんは目の前の美しい海の景色より、隣にいる可愛い少女に夢中なようだ。鳳さんも満更でもない、むしろ喜んでいて、外野があーだこーだ言うのも違うと思って私たちは道具を取りに運転席の方に歩いて行った。


 運転席の方では、既に準備を終えた委員長と海香ちゃんがいて、三原さんの叔父さんに潜る時の注意点などを説明されていた。


「あっ、二人も潜るの?」

「そのつもり。それで、道具は」

「そこだ」


 叔父さんがぼそりと呟き、足元に目を向けるといつの間にかそこに道具一式が揃っていた。


「えっ、はや」

「そこの二人への説明も終わったところだ。今度はお前らに説明するから、よく聞いとけ」

「はい」

「分かった」


 その後、叔父さんに道具の使い方とか潜る時の注意点とかを説明してもらい、ダイビングの準備が整った。


 ダイビングのための重装備は華やかではないけれど、大好きな人と海の世界を探検できると思うとワクワクが止まらない。


 だけど、泳げるようになったばかりの私にとってダイビングは少しハードルが高く、背負っている酸素ボンベの重さがそのまま不安の重さになっていた。


 さっきまで憧れていた海の世界に飛び込むのを少し躊躇っていると、隣にいた彼方が私の手を握った。


「大丈夫。私がいるよ」


 そう笑いかけてくれる彼方の手は温かくて、私を安心させてくれる。彼方の言葉一つでさっきまでの不安はかき消えて、代わりに勇気が湧いてきた。


「ありがとね」


 私の太陽であり続けてくれる彼方にお礼を言って、一緒に海に飛び込んだ。


 その世界は私が人生の中で見た何よりも美しかった。


 透き通る青の世界で、大小様々な生き物達が生き生きと活動している。色とりどりの魚達は青の世界に他の色を混ぜて、色彩を豊かにしている。まるで以前彼方と一緒に行った水族館の水槽の中にいるみたいだ。


 そして眼下に広がる珊瑚礁は、あまりにも壮大で現実であるはずなのに現実味がない幻想的な雰囲気があった。


 画面越しにしか見たことない美しい景色が目の前にある。それなのにまだ私はこれは夢想の中ではないかと思っていた。


「綺麗だな」


 マスク越しのくぐもった声。けれどハッキリと彼方の声が聞こえた。夢想の中で漂っていた私は彼女の声で現実に引き戻され、いつの間にか目の前の景色より、隣で私の手を握ってくれている彼方に視線を向けていた。


「行くか」


 私の視線を感じたのか、彼方が私の方を向いてくれた。私は彼方の言葉に頷いて、彼女に手を引かれるまま共に海の世界を進んでいく。


 ゆらゆらと一緒に海の世界を漂う。光さすこの青の世界で、私は太陽の手を握る。


 こんな綺麗な場所を大好きな人に手を引かれてゆく。これ以上の幸せがあるだろうか。


 彼方はその心強い手で私を引っ張って、私の知らない世界を見せてくれる。太陽が暗闇を照らすように、私の中に新しい景色を刻み込んでくれる。


 幻想的なこの世界で、確かに貴方が隣にいる。


 この景色は私の一生の宝物だ。

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