第20話 なんかえっちだ

 私、桃井美鈴は今世紀最大の危機を迎えていた。


 ビーチパラソルの影の下。シートの上で正座する私の目の前には、背中を無防備に晒して寝転がっている彼方がいた。


 彼方の水着姿を見るだけでフリーズした私にとって、この状況はあまりにも刺激的すぎる。


 彼方の背中は、スポーツ選手というだけあり綺麗な薄い小麦色で、引き締まった肉体が綺麗なボディラインを描いている。


 この美しい身体に私は今にも悩殺されてしまいそうになっている。しかも、日焼け止めを塗るために私はこの背中に触れなければならない。


 これはまさに見えている地雷を踏みに行くのと同じくらい危険な行為だ。


 でも、この使命を全うしなければ、彼方の肌が傷ついてしまう。大好きな人の肌を守るためという大義名分を掲げ、私は意を決して日焼け止めを塗り始めた。


「塗るよ」

「ん、よろしく」


 日焼け止めを適量出して、彼方の背中に触れる。その瞬間、体験したことがない激しい衝動が私の中で走った。


 今までのドキドキとは違うなんだかドロリとした感情。その正体は未だ掴めないけど、止まったままだと彼方に違和感を持たれるので、衝動を押し切って日焼け止めを塗っていく。


 今の私は別に悪い事をしているわけではない。それなのに何故か手が震えてきて、ドロドロした感情は止まるどころかさらに湧き出してきた。


 私が塗る場所は背中だけ。時間はそうかからないはずなのに、一向に終わる気がしない。


 悠久に感じる時の中で、彼方の肌に触れて撫でるように日焼け止めを広げる。彼方の肌の熱を感じる。そして、彼方の激しく動く鼓動も伝わってきた。


(なんか……えっちだ)


 私の中のドロドロの中から無意識に湧き出してきた言葉に、自分のことのはずなのに私はひどく動揺した。


 だって、これってつまり、今の私は彼方に、その、欲情してるってことだ。


 今の彼方は初心な気持ちでドキドキしてくれてるのに、私は変態みたいなドロドロした感情を向けてしまっている。


 こんな事を気づかれてしまったら彼方に失望されてしまう。私の中のドロドロした感情をなんとか抑え込もうと必死に感情を無に持っていく。


 ナムアミダブツナンミョウホウレンゲキョウウンヌンカンヌン……無理! 彼方エロい!


 この感情は止められないと諦めて、はやく日焼け止めを塗るのを終わらせることにした。


「はい、終わったよ」

「ありがとな」


 なんとか使命を全うし、友達の背中に欲情していた変態は捨てて、いつも通りの桃井美鈴として彼方に声をかけた。


 お礼を言ってくれた彼方は待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、まだ座っていた私に手を差し出した。


「それじゃあ、行こうぜ!」


 太陽に照らされる彼方の笑顔に、私の中にあったドロドロは簡単に浄化された。


 やっぱり、彼方は太陽だ。眩しいくらいに輝いていて、その光に身も心も温められる。


 遠くて届かないと思っていた昔の私とは違う。その光に向かって、躊躇いなく手を伸ばした。


 私たちが互いの手を握る強さは特別強くなんかない。だけど、決して離れないほど固く繋がっている。


 熱い砂浜をピョンピョンと跳ねながら、私たちは一緒に海に飛び込んだ。

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