第13話 羽衣を纏った天使
とうとう待ちに待った日曜日。天気は雲一つない快晴で、蝉が元気に鳴いているくらい暑い。いよいよ迫る夏本番、そして私のインターハイ。
その前に息抜きということで美鈴と二人きりで水族館に行く。その事を相談に乗ってくれている卯月に報告したら、浮かれすぎだと注意された。
そりゃ浮かれても仕方ない。だって好きな人からデートのお誘いだなんて。まぁ美鈴は本気で私を気遣って息抜きを提案してくれたのだろうから、デートと思っているのは私だけだろうけど。
今日着てきた服は卯月との相談で決めた、いわゆるボーイッシュファッションというやつだ。グリーンのベイカーパンツに白いポロシャツ、黒の帽子という可愛いというよりカッコいい寄りのファッション。
家にある服を卯月に見せたらこれが一番私の良さが引き出せるという。私としても自分はカッコいい寄りだと思っているので賛成した。にしてもファッションなんて生まれて初めて気にしたな。今日着ているベイカーパンツは結構使っているのだけど、名前は初めて聞いた。
待ち合わせ場所は駅前。そこから二駅先に行って、水族館に向かうバスに乗るという計画だ。
夏の暑さに身を焼かれ、美鈴がどんな服を着ているのか楽しみにしながら駅前まで歩く。といっても、美鈴はデートのつもりないだろうからいつも通りだろうけど。
美鈴とは卯月と海香も連れて何回か出かけた事があるけど、せっかく可愛いのに地味めな服ばかり着ていた。そう考えると、変に力を入れてしまった私が恥ずかしいのではと思えてきた。
いやまぁ、夏の爽やかファッションだから見るからに力入ってるなって印象はあんまりないから大丈夫だろうけど。
まだ美鈴と会う前だというのにファッションひとつでグルグル悩み続けるなんて。これが恋の症状なのだろうか。そんなこんなでようやく駅に辿り着いた。
日曜日ということで今から出かけるのであろう中高生や大人達で駅はごった返していた。スマホで美鈴に連絡すると、駅前の噴水で待っているようだ。急いで噴水のところに向かうと、そこで私はとんでもないものを目にした。
「彼方」
噴水前に立っていた天使が私の名前を呼んで振り返った。
彼女はノースリーブの黒のワンピースを着こなし、銀色のネックレスで大人らしさを演出、そしていつもは流している髪はハーフアップにヘアアレンジされていた。
あどけない顔とは裏腹に腕と首元の肌が惜しげもなく晒されていて、美鈴の可愛らしさとファッションの大人らしさが見事に融合していた。
予想を大きく上回る可愛さに、感動で言葉を失ってしまった。
「時間通りだね。それじゃあ行こっか」
あまりの衝撃に固まる私を置いたまま、美鈴は駅のホームへ向かおうとした。
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
振り返った美鈴にまたドキッとする。いつも美鈴は可愛いけど、今日のオシャレした美鈴はとびきり可愛い。
どういうわけか分からないけど、せっかくお洒落してくれたんだから何か感想を言わなければ。だけどなかなか言葉が出てこなくて、呼び止められた美鈴は不思議そうに私を見つめている。
「その、今日、おしゃれで可愛いなって」
色々悩んでたのに、口から出てきたのは全く気の利いていないたどたどしい褒め言葉。好きな人の前で不器用な真似をしてしまったのがあまりにも恥ずかしい。
いたたまれなくなって今のを無かった事にしようと駅のホームに向けて歩き出そうとしたら、美鈴が駆け寄ってきた。
「ありがとう。彼方もカッコいいよ」
キラリと嬉しそうな笑顔。私の下から見上げるような笑顔はあまりにも眩しくて、ぶわぁと顔が熱くなった。好きな人に褒められるってこんな感じなんだ。恋愛初心者の私にはあまりにも刺激が強すぎる。
「あ、ありがと……」
「うん。さて、ファッションの話も済んだし、改めて水族館に行こっか」
そう言って美鈴は私の前を歩いて行く。顔が真っ赤になっているのはバレていないだろうか。もしや今日は暑いからそれで誤魔化せたのだろうか。美鈴も顔をパタパタと仰いでいるし。
とにかく、今のままでは会話もままならない。電車の中で今の可愛すぎる美鈴に慣れて、水族館ではちゃんと話せるようにしなければ。
というわけで私は電車の中でずっと可愛い美鈴を見つめていた。あんまりに可愛いので心臓が何度も弾けそうになったけど、涙ぐましい努力の結果、なんとか電車を降りる頃には美鈴といつも通り話せるようになった。
……今日の私、今の時点で何回美鈴を可愛いって思ったんだろ。いくら初恋でも熱中しすぎだろと自分に言いたくなったけど、美鈴が魅力的すぎるのが悪い。どこかで聞いたような理不尽な責任転嫁を心の中でしながら、美鈴と一緒に水族館へ向かった。
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