第12話 独占欲

 練習後の帰り道。夕陽に照らされて河川敷を二人並んで歩く。私たちは二人とも徒歩通学で帰る方向も同じなので一緒に帰ることが多い。


 私がテニス部のマネージャーになってからはその機会も増えていた。彼方はよく話すからいつも賑やかに帰っているのだけど、今日はその彼方がダンマリを決め込んでいる。この雰囲気をどうにかするには私が行動するしかないようだ。


「えっと、彼方?」

「ん」

「その……先輩の応援はしなきゃダメだよ?」


 取り敢えず一般的な考えを伝えてみる。


「分かってる」


 彼方はまるで親に咎められた子どものような返事をした。不機嫌と片付けてしまうにはどこか複雑そうな、自分では処理しきれない物を抱えたような彼方の様子に不安になる。


「そりゃ先輩の応援はするよ。美鈴だってした方がいい。後輩として先輩の最後の舞台を応援するのは当然だし」

「じゃあなんであんな事言ったの?」


 私は彼方の真意が知りたかった。先輩への義理を理解していながら何故断ったのか、彼方が今抱えている感情は何なのか。


 彼方は私の質問に少し考えるような様子を見せて、ゆっくりと自分の感情を咀嚼しながら答え始めた。


「嫌だって、思った」

「嫌って、私が先輩を応援するのが?」

「……うん。私だって変だと思う。でも、美鈴が私以外の誰かを見てるのが嫌だって思ったんだ」


 彼方の言葉に私の胸が高鳴る。心臓がバクバクと激しく鼓動して、体温が上昇していく。自分の心が飲み込めていない彼方をじっと見つめたまま、紅潮した頬に気付かれないことを祈る。


 今、彼方が口にしたのは間違いなく独占欲だ。本人は気付いていないけど、私を取られたくないと先輩の前で抱き締めてしまうほど強い独占欲。


 意識して欲しいとは思っていたけど、まさかここまでとは。嬉しすぎて口角が上がりそうになったのを何とか抑える。


「そんなに心配しなくてもいいのに」

「えっ」


 自分の感情がわからなくて戸惑う彼方がいじらしい。ずっとカッコいいと思っていた彼方のそんな弱い一面も堪らなく愛おしい。


「他の人を同じ言葉で応援しても、彼方への言葉だけは特別なんだよ」


 夕陽に顔を照らされながら、彼方の手を取る。目を合わせても夕陽に照らされてる今なら頬の紅潮は誤魔化せる。不安になっている彼方を安心させるため、この恋を実らせたい私のために、私の言葉を彼方に伝えよう。


「私はずっと彼方のことを一番に想ってるよ」


 彼方は夕陽じゃ誤魔化せないくらい真っ赤になって、沸々と湧き上がる感情を処理できていない。あぁ、嬉しいな。彼方が私を強く求めてくれて、私の言葉一つでこんなに取り乱すなんて。


 このまま好きだと伝えてしまいたい。だけど、それはまだ待った方がいい。自分の感情を理解しきれていない彼方にこの言葉を伝えてしまったら、きっとキャパオーバーだ。


 そしてそれは私も同じ。心臓が痛いほど高鳴っている。これ以上は本当に死んでしまうかもしれない。


「……えっと、ありがとな。胸のモヤモヤが晴れたよ」

「どういたしまして。彼方ってば意外と寂しがり屋さんなんだね」

「そんなこと……って説得力ねぇか」


 彼方は誤魔化すように頬を掻きながら苦笑した。さっきまでの雰囲気はどこかに消え去って、いつも通りの私たちが戻ってきた。


「ねぇ彼方。今度の日曜日どこかに遊びに行かない?」

「日曜日? 練習も休みだし別にいいけど、なんでだ?」

「彼方も少しは息抜きが必要でしょ。それに、寂しがり屋な彼方ちゃんは休みの日も私に会いたいでしょ?」

「え、まぁ……会えたら嬉しい」


 冗談まじりに言ってみたら彼方が本気で照れてしまった。そんな反応をされると私も恥ずかしくなってしまう。なんとか持ち直そうと考えてきた行先候補のメモを見せた。


「はい。じゃあここから選んで」

「私が選んでいいのか?」

「彼方の息抜きのためだし、私じゃ決めきれなかったから」

「そっか……なら水族館がいいな」


 ここは彼方らしく即決。今は世界のクラゲ展というものやってるらしく、その他にもイルカショーなどイベントが目白押しだ。残りの時間はどこを見て回ろうかとか、お土産は何を買おうかとかを話し合った。


 家に戻ってからも、まだデートは先だというのにどの服を着て行こうかとかいっそ土曜日に新しい服を買おうかとか色々考えた。今から日曜日が楽しみで仕方ない。


 私はまるで遠足前の子どもみたいに舞い上がってしまっていた。

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