第11話 異変?
デートに誘おうと計画してみたものの、いざとなるとなかなか言い出せない。朝会った時にもお昼休みにも緊張して言えず、結局放課後になってしまった。
ほんの一言、今度の日曜日に息抜きに出かけない? と言えばいいだけなのに。きっと彼方は先約がない限り断らない。ただ女子高生らしくお出かけするだけだから別に怪しい行動でもない。
でも彼方を意識してしまってる私は不要な心配をしてしまうみたいで、誘おうとしたら頭がグルグルして何も言えなくなってしまう。このままではダメだと自分に喝を入れて、私は彼方と一緒に部活に向かった。
練習のメニューを進めていき、練習試合が始まった。あの試合以降彼方は絶好調みたいで、団体でレギュラーの先輩相手でも余裕を持って勝利していた。
コートが埋まって練習時間ももうすぐ終わるので、彼方は試合後のケアのストレッチとマッサージをしていた。もちろん私はマネージャーとしてその手伝い。いつもこの時は世間話をしながらストレッチをしているので、この時に伝えようと決めていた。
練習で先輩相手に快勝して気分がいいみたいで、今日の彼方はいつもよりよく話す。今なら軽い感じでデートの約束ができそうだと思って、彼方の足をマッサージするタイミングで言おうとした時だった。
「おっ、勝利の女神ちゃんだ」
突然坂田先輩が話しかけてきた。彼女のフルネームは坂田
部内で一番強いが、適当な性格なせいで部長はさせてもらえていない。そんな坂田先輩が私たちに何の用事があるのだろうか。
「どうかしましたか?」
「後輩への指導が終わったから暇つぶしに」
坂田先輩はテニスラケットを肩に担ぎながら、ベンチでぜぇぜぇと呼吸を整えている後輩を指さした。
坂田先輩は父親がプロテニス選手だから、父親との夜練に力を注いでいる。そのため体力温存のために部活の練習では本気を出さないが、代わりに後輩への指導に熱心なのだ。
「先輩のあやふや指導がためになるかは微妙ですけどね」
「おいおいかなたー? 私の指導は刺さればすごく伸びるんだぞー?」
彼方と坂田先輩が遠慮のない会話で笑い合う。ちなみに坂田先輩の指導は彼方には刺さらなかったらしい。先輩曰く、彼方は意外と理論派な選手だとか。
「まぁその件は置いといて、美鈴ちゃんが入ってくれてホント良かったよ。おかげで彼方が三原さんを倒せるくらいまで成長したからね。これで私も安心して引退できるってものだよ」
「いやそんな、あれは元々彼方が凄かったからで……」
「なーに言ってんだ」
彼方の成長が私のおかげだという先輩の過大評価を否定しようとしたら、彼方が私の頭にポンと手を乗せて言葉を遮った。
「あの試合で私が頑張れたのは美鈴のおかげだよ。だから自信持ってくれよ、私の勝利の女神様」
彼方は臆面もなくそんな事を言ってのけて、太陽のように眩しい笑顔を私に向けた。
平凡な私には勿体なさすぎる言葉で、少しは彼方の一等星に近づけたかと嬉しかったけど、恥ずかしさが勝って顔が熱くなった。優しく私の頭を撫でる彼方の手まで熱が伝わっていないだろうか。
「凄いな彼方。お手本にしたくなるくらいの恥ずかしいイケメン台詞だぞ」
「えっ、あぁ!? ちょちょ、今のナシ! いやでも私がそう思ってるのは事実だし……」
坂田先輩に指摘されて取り乱した彼方は私の頭から手を離した。それを少し名残惜しく思ったけど、慌てている彼方が可笑しくて笑いが溢れた。
「目の前でアツアツな様子を見せられると少し頼みにくいな」
「何か頼み事ですか?」
「そ、美鈴ちゃんにちょっとね」
「別に私は彼方の専属マネージャーではないですから、何か困ってるなら手伝いますよ」
「いや専属かどうかとかではないんだけど……まぁいいか」
適当な坂田先輩が珍しく頼み事を言い淀んでいる。いつもはその適当さ加減で仲間を困らせている先輩がこんなに気を遣うなんて、一体どんな頼み事なのだろうかと身構える。
「私も応援して欲しいなーって」
「……ん?」
私に応援して欲しい? 別に私の応援は許可制ではないし、坂田先輩への応援は部の一員として当然するのだけど。坂田先輩は何をそんなに気にしてるのだろうか。
「それくらい当然……」
「ダメですよ」
私が坂田先輩の頼み事を受けようとしたら、何故か彼方が断った。あまりに意味のわからない行動だったので彼方の方に顔を向けると、瞬時に抱きしめられた。
「美鈴の応援は私専用です」
彼方は不機嫌そうにそう言って抱きしめる力を強くする。まるで私を独占したがるような彼方の行動に頭が真っ白になる。
こんなに強く好きな人に抱きしめられたらドキドキするものだけど、その感情を困惑が上回っている。
「そっかー。女神様の応援は縁起がいいと思ったんだけどなー。ま、仕方ないか。邪魔して悪かったね」
私が状況を飲み込む前に坂田先輩は立ち去ってしまった。それからしばらく彼方は私を抱きしめたままで、先輩の足音が聞こえなくなってようやく解放してくれた。
「えっと……」
二人の間に妙な雰囲気が漂う。彼方はバツが悪そうに目を逸らして何も言わない。
「マッサージしようか……」
「あぁ」
いたたまれなくなって取り敢えず練習後のケアを再開することにした。これまで体験したことがない雰囲気に呑まれて、私はデートの約束を忘れてしまっていた。
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