第14話 意外なエンカウント
私は人生の中で水族館に来たのはおそらく二回のみ。一回目は小学生の頃の修学旅行で大阪の水族館に、二回目は中学の頃の修学旅行で沖縄の水族館に行っただけだ。
別に私はインドアな人間ではない。むしろアウトドアな人間だ。しかし、私が向かう先は基本的にテニスコートかスポーツ用品店、もしくは友達とショッピングなのだ。そういうわけで水族館といった類にはあまり行かないのだ。
入場料を払い、美鈴と水族館に入る。今は世界のクラゲ展というのがやってるらしく、ある程度見て回ったらそこに向かう予定だ。
「彼方って何か見たいのある?」
「うーん……ペンギン?」
「ペンギン可愛いよね。じゃあまずはそこだね」
私のリクエストに応えて美鈴とペンギンコーナーに向かう。ここの水族館は見られる場所が上と下で二つある。上からよちよち歩くペンギンを見て、下から泳いでいるペンギンを見るというかんじだ。
「わぁ、かわいいー」
「だなー」
ペンギンを可愛いと言ってる美鈴が可愛い。というのは飲み込んで、美鈴と一緒にリアクションする。
「なにペンギンなんだ?」
「ケープペンギンだよ。アフリカで唯一見られるペンギンだからアフリカペンギンとも言われるらしいよ」
「へー。じゃあケープってなんだ?」
「ケープ地方に生息するからケープペンギンなんだよ」
さすが博識な美鈴。私の質問にすぐ答えてくれた。
よちよち歩くペンギン達は飼育員に群がって餌を要求している。にしても背筋伸ばして歩く姿勢綺麗だな。歳をとってもあれくらい背筋を伸ばして歩きたいものだ。
移動して今度は下側から見てみる。地上のよちよち歩きとは対照的に、水中では俊敏に動いている。
「速いね」
「私とどっちが速いかな?」
「流石にペンギンだよ。彼方って泳ぎも得意なの?」
「運動全般は得意なつもり」
昔から男子含めてスポーツでは負けなしだった。そのおかげか小学生と中学生の頃は恐ろしいほどモテたっけ。高校生になってからはたまに告白とかされるけど、以前と比べたらかなり落ち着いた。
まぁファンクラブができたのは高校が初めてだけど。このぐらいの歳になるといろんな愛の形を知るらしい。
「実は私カナヅチなんだよね」
「えっ、初めて知った」
「一緒に海もプールも行ったことないし」
「あー……確かに美鈴の水着姿見たことないな」
美鈴の水着姿……想像するだけで興奮する、じゃないじゃない! 私は変態ではない、はず。
「見たい?」
「ぇ……?」
待って待って頼む待ってくれ。なんだその質問は。見たいって、見たいに決まってるけど何でそんなこと聞いたの? 誘ってんの? もしかして私誘惑されてんの? あの清楚で誠実で可愛い美鈴が私を誘惑? そんなわけないって! これはただ話の流れでそう聞いただけであって決してそういう意図はないはずだ。故に私が取り乱す必要はない。
「……まぁ見てみたいな。可愛いだろうし」
「そっか。なら夏休みに機会があったら行こうね」
よし。先輩のお別れ会の行き先は海をリクエストしよう。個人でインターハイに行った私には言う権利があるはずだ。多分坂田先輩も海好きだし。
ペンギンを見終わった私たちは道に沿って展示を見ていった。色とりどりの熱帯魚、隠れてるせいで見つけるまで少し時間がかかった亀、巨大水槽で元気に泳ぎ回る様々な魚達。どれもコレも見応えがあった。
そんなこんなで私達は世界のクラゲ展の場所にたどり着いた。そんな時急にお手洗いに行きたくなって、一旦美鈴と離れてお手洗いに向かった。
「にしても美鈴可愛いなぁ……」
手を洗ってハンカチで手を拭く。一度離れて思い返すと今日の美鈴は本当に可愛い。魚達の解説もしてくれるし、なんて楽しいデートなんだろうか。美鈴を待たせないよう急いで戻ろうとした時だった。
「あれぇ? もしかしてぇ、彼方さぁん?」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには私を準決勝で苦しめた三原さんがいた。試合中でないためゆったりとした口調になっていて、服装はイメージ通りのオーバサイズのゆるっとしたものになっている。
「三原さんがなんでここに」
「ひどいなぁ、私だって水族館くらいくるよぉ」
それもそうである。
「私よりぃ、彼方さぁんがなんでここにぃ? インターハイ出るんでしょぉ?」
「息抜きだよ。詰め込んでも練習効率落ちるだけだろ」
「うむうむ、そうだよねぇ。でも彼方さぁんの息抜きが水族館なんて意外だなぁ……あぁ、そっかぁ」
グネグネと体を揺らして何か考える様子で、何か思いついたらしく急にピンと体を伸ばした。
「あの女神ちゃんとデートかぁ」
「でっ、はぁ!?」
何故か三原さんは納得したようにうんうんと頷いている。このゆったりとした天才の誤解……いや誤解じゃない? ともかく誤魔化さなければ。
「急に何を言ってんだ」
「えぇ? だってぇ、水族館って私みたいな魚好きか家族連れとかでもないとぉ、基本的にデートでしょぉ?」
「私と美鈴はただの息抜きだよ」
「やっぱり女神ちゃんとは来てるんだ」
「まぁ、そうだけど」
「二人きりぃ?」
「まぁうん」
「じゃあデートじゃぁん」
「えあっ、いや、そんなんじゃ……」
誤魔化そうとしたら逆に確信を深められてしまった。ニヨニヨと面白いものを見るような目がなんかムカつく。とても私の心を折りかけた天才とは思えない顔である。
「急に復活したのもぉ、試合終わった時の熱烈なぁハグもぉ、そういうことだったかぁ。私も恋人作ってぇ応援してもらおうかなぁ」
「私と美鈴はべつにそういうのじゃないけど、そんな目的で恋人作っても意味無いと思うぞ」
「そっかぁ」
相変わらずゆるゆるな受け答えだ。本当に分かっているのだろうか。というか少し長話しすぎな気がする。そろそろ心配して美鈴が来そうだと思った時だった。
「彼方?」
予想通り美鈴がやってきた。少しの間三原さんを見つめた後、顔を思い出したようでポンと手を叩いて三原さんを指差した。
「もしかして三原さん?」
「おぉう。久しぶりぃ女神ちゃん」
三原さんはヒラヒラと手を振った。そしてジーッと美鈴を見つめた後、何も考えてなさそうなふわふわした表情のままこう言った。
「きょおはおめかししてるねぇ。こおんな可愛い女神ちゃんに応援してもらえるなんてぇ、彼方さぁんが羨ましいなぁ」
「羨ましがっても美鈴はやらんぞ」
「おーおー、ごめんねぇ。別に奪ってやろうなんて思ってないよぉ。私のお世話をしてくれるぅ、可愛いマネージャーちゃんが三人いるからねぇ」
さっきからなんなんだコイツは。ふわふわ話すだけで何を目的に私達に絡んでるのか全く分からん。試合中より考えが読めないぞ。
「ねぇねぇ女神ちゃん。彼方さぁんにはどんなことしてあげてるのぉ?」
「えっと、お弁当作ったりマッサージしたりドリンク運んだりですかね」
「お弁当ぉ? すごいねぇ。大変でしょぉ」
「大変ですけど、彼方のためですから」
「おぉ」
美鈴と話していた三原さんはクルクルと回りながら私に寄ってきて、美鈴に聞こえないよう耳打ちした。
「脈ありですよぉ」
「んなっ、なんだ急に!」
突然訳のわからないこと言ってきて、なんなんだコイツは。しかも私と美鈴が脈アリなんて、さっきの会話でどうやって分かったんだよ。
「だってぇ、好きな人でもないとぉ毎朝起きてお弁当なんて作らないよぉ」
「いや、それは美鈴がいい奴だからで……」
「ごうじょおだねぇ。なら、今日おめかししてるのはなんでかなぁ?」
「えっ」
確かに美鈴が可愛すぎて深く考えてなかったけど、美鈴がおしゃれするなんて珍しい。いやでも、せっかくの水族館だからオシャレしたとか、そんな深い理由ではないだろ。
「別にオシャレしたくなったんだろ」
「ふぅん。そっかぁー」
なんとも言えない表情で頷くと、そのまま三原さんはぴょんぴょんと飛び跳ねて私たちから離れた。
「邪魔してごめんねぇ。じゃぁバイバイ、二人ともデートを楽しんでねぇ」
ゆるい口調の三原さんは、そんな捨て台詞を吐いて人混みの中に消えていった。なんだったんだアイツは。急に現れて訳の分からないこと言って。
「あー、なんかごめんな」
「大丈夫だよ。それより、はやく行こうよ」
意外なヤツとエンカウントして時間を取られたけど、気を取り直して私達はデートを続けることにした。
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