第9.5話 お弁当
県大会が終わった次の日は、朝礼で表彰されたり、美鈴の応援から私の反撃が始まったことから美鈴が勝利の女神様と呼ばれるようになったと知ったり、私の今思えば凄まじく恥ずかしいハグのせいで私と美鈴が揶揄われたり(もちろん悪意はない)と大変だった。
その反動からか私達は人目を避けるために、二人で体育館裏で昼食をとることにした。
影になっている場所に座って、ふぅと一息つく。その日は廊下を歩けば誰かに声をかけられ、教室ではみんなに祝われたりと大変だった。特にいつもは大人しい美鈴には負担だったろうと彼女を労った。
「なんかごめんな。私のせいで忙しくなっちまって」
「どうせ三日くらいで落ち着くから大丈夫だよ」
美鈴は可愛らしいピンクのお弁当を開けて微笑む。そして私はお弁当を見てとんでもないミスを犯してしまったことに気がついた。
「あっ、購買でなんも買ってなかった」
少し前に母さんが忙しくなってから私はお弁当ではなく購買のパンが昼食になっている。人目を避けるあまり私は昼食の確保を忘れてしまっていた。
どうしようかと頭を抱えていたら、ちょんちょんと美鈴が私の袖を引っ張った。その仕草が可愛かったのは少し置いておいて、要求通りに彼女と顔を合わせた。
「実は彼方のためにお弁当作ってきたんだ」
「えっ、マジで」
美鈴はコクンと頷いてカバンから美鈴が今持っているものより一回り大きな二段のお弁当箱を取り出した。受け取るとずっしり重い感覚。
「開けていいか?」
「うん」
緊張しながら蓋を開けると一段目には白飯がぎっしり。二段目には野菜や肉をバランスよく組み合わせた様々な料理が入っていた。彩りもあってまさに満点のお弁当だ。
確か美鈴は自分の弁当も自分で作っていたはずだ。それに加えて私のこんな完成度の高いお弁当を作るなんて。一体どれだけの労力がかかっているのだろうか。
「すげぇ……食べていいか?」
「もちろん。彼方のために作ったんだもん」
美鈴の許可をもらってまずは美味しそうな肉団子を食べる。さっぱりとした味わいだが、しっかり肉厚で食べ応えがある。おかげでご飯が進む。その他にはアスパラベーコンや唐揚げ、可愛いタコさんウインナーというおかず、トマトやレタス、きんぴらごぼうなど野菜もあった。
そのどれもが美味しくてどんどん食べ進んでいたら、ふとある懸念が思い浮かんできた。
「これ、材料費は……」
「気にしなくて大丈夫だよ」
「いやいや、流石に気にするわ」
私の為に作ってくれたお弁当に対して少し野暮かもしれないけど、お金の部分は無視できない。
「うーん、なら彼方の昼食代を貰おうかな」
「これだけでいいのか?」
私が親から昼食代として貰っているのは700円。普段料理をしない私からしたら足りるか不安な値段だ。
「問題ないよ。なんならお釣りがくるくらい」
「ならそこは美味しいお弁当を作ってくれた美鈴へのチップってことで」
「美味しかったなら良かった。うーん、でも毎回お金のやり取りをするのもなー」
「……ん? 毎回?」
今とんでもないことが聞こえたような。毎回って、それじゃあまるで毎日作って来てくれるみたいじゃないか。
「うん。これから毎日彼方のお弁当を作ってあげようって思ってるんだ」
「いやいやいや! それは流石に悪いって!」
「なんで?」
「なんでって、二人分のお弁当作るのって絶対大変だろ。流石にそこまで世話になるわけにはいかないよ」
「でも、毎日購買だったら栄養偏っちゃうよ。アスリートとしてそれはまずいんじゃない?」
確かに日々の食事はアスリートの体作りにとって重要な要素だ。購買のラインナップは学生向けの油っぽい惣菜パンか糖分たっぷりな菓子パンかしかない。これがアスリートにとって望ましくないのは分かる。
「そりゃ、そうだけどさ……」
美鈴の言い分に納得はできるけど、友達にそこまでしてもらうわけにはいかない。そうやって悩む私に、美鈴は優しい声でこう言った。
「私は彼方を支えたいの。マネージャーとしても、大切な友達としても。だから彼方が最高の状態でインターハイに出られるように、バランスの良いご飯を食べさせてあげたいんだ」
なんと優しく真っ直ぐな主張なのだろうか。ここまで言ってくれる美鈴を無碍にはできない。
「分かった。とりあえず母さんに話しておくよ。あと、無理はしないでくれ。キツくなったらやめてもいいからな」
材料費とかは母さんとよく相談し、美鈴に悪い影響がでない範囲で弁当を作るという約束でとりあえずこの話は終わり。食事を再開し、私は美鈴が作ってくれた愛情たっぷりのお弁当をペロリと平らげてしまった。
「いやぁ、美味かった! こんなお弁当を毎日食べれるなんて贅沢だなぁ」
「そんなに美味しく食べてくれるのを見たら、料理人冥利に尽きるよ。これからも美味しいお弁当作ってくるから期待しててね」
「おう!」
私が食べるのが早すぎたせいで、美鈴の二倍以上の量があったのに食べ終えたのは同時だった。昼休みが終わるまでまだ時間があるから、食休みがてら影で涼むことにした。
「そういえば、私が周りから勝利の女神って言われてるのどう思う?」
「全面的に同意だな。あの試合は美鈴の応援がなかったらあのまま惨敗してた」
私含めて誰もが諦めていた時に、美鈴だけは私の勝利を信じてくれていた。普段は大声なんて出さない美鈴が、私の為に声を張り上げて応援してくれた。おかげで私は自分を信じることができた。だから美鈴は私にとっての勝利の女神なのだ。
「改めて言われるとなんか照れちゃうな」
「恥ずかしがることなんて無いよ。私にとって美鈴は勝利の女神だ!」
私にそう言われた美鈴は顔を真っ赤にして、反射的に目を逸らした。友達に面と向かってこんな事言われたらさすがに恥ずかしいか。
照れてる姿も可愛いなぁと思ってしばらく見ていたら、美鈴が逸らしていた目を戻した。まだ頬が桃色だけどさっきよりは落ち着いている。
「じゃあインターハイも頑張って応援するね」
「頼んだぜ、勝利の女神様」
「ちょっと、それは恥ずかしいって」
「だって事実だし」
「もぉー!」
羞恥心が限界に達したのか、照れ隠しにポカポカと私を叩き始めた。それを両手で軽く牽制しつつ、お互いに笑顔で戯れ合う。先に体力が尽きたのは美鈴。手を動かすのをやめて膝の上で休ませる。そして小さな声でこう言った。
「わたし、ちゃんと彼方の力になれてたんだね」
軽く俯いて語る美鈴は、さっきまでの可愛らしい顔から打って変わって色っぽい顔になっている。そのギャップにドキリと心臓が跳ねる。あの県大会の後の美鈴の笑顔を見た時と同じ感覚だ。
「嬉しいな」
美鈴は色っぽい顔のまま微笑んだ。その微笑みが私にはキラキラ輝いて見えて、まるで夜空の一番星のようにいつまでも見ていたくなる。隣り合って座って、美鈴の方が少し小柄だから上目遣いのような体勢になってさらに破壊力が増す。
「私も美鈴が居てくれてよかった」
このドキドキの名前に少し心当たりはある。だけど、初めてのことだから確信が持てない。また今度委員長に相談してみようかな。
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