第二章 太陽は揺れる
第9話 フォーリンラブ確定演出
県大会から三日後、私はまた彼方に喫茶店に呼び出された。今度は何の相談なのだろうか。美鈴が苦しそうだとか急に態度が変わったとかの件は県大会での様子を見る限りもう心配なさそうだけど。
いつも通り彼方の対面に座り、今回はチョコートパフェとコーヒーを注文した。一方彼方は何も注文せず、水をちびちびと飲んでいる。もしかして減量中?
「で、今度はなに?」
彼方が悩むという事自体が珍しいのに、短期間で何度も相談したいことがあると呼び出されている。しかも今回は彼方がなんだか変だ。喫茶店で水しか飲んでないのはともかく、さっきから一言も発せずにもじもじと何かを言い淀んでいる。
私が要件を聞いても何か言いかけてはやめて、辺りを見渡したり指先を合わせてモニョモニョさせたりと誤魔化してなんだか彼方らしくない。いつもの彼女ならなんでもバシッと言うはずだ。もしかして今回の悩みは相当重いやつ? 私がそんな事を考えながら水で喉を潤した直後だった。
「私……美鈴のこと好きかもしれない」
ここで水を吹き出さなかった私を誰か褒めて欲しい。いくらなんでもいきなりすぎるでしょ! 突然とんでもない話題ぶっこまないでよ! びっくりして乙女らしからぬことしちゃうところだったよ!
「あっ、その、好きっていうのはその、友達としてとかじゃなくて、恋愛的に……」
「分かってる。それくらい文脈で分かってる」
恋する乙女だ。あの彼方が恋する乙女の目になってる。顔を真っ赤にして言葉も途切れ途切れ。完全に恋の病に罹っている。
一度深呼吸をして頭を冷静にさせる。私は彼方に相談されているんだ。頼ってくれたのならちゃんとアドバイスしないと。
「それっていつからなの?」
「この前の県大会の後から……」
なるほど分かった。きっかけはあの時の美鈴の応援か。確かに彼方を信じて応援し続けた美鈴に惚れるのは仕方ない。元々彼方と美鈴は仲が良かったし、アレをきっかけにその感情が恋愛に変わるのもよく分かる。
私はうんうんと頷いて彼方の恋愛感情の根本を解析する。そして私は最初の彼方の発言で気になった部分を尋ねることにした。
「好きかもしれないって、なんで確信無いの?」
今の彼方を見れば一瞬で恋に落ちているというのが分かるはずだ。本人の気持ちなら尚更自覚があるはずだ。
……長年海香の気持ちに気付かず、自身も海香が好きだと自覚していなかった朴念仁の私が言うのもなんだけど。
「わ、わかんねぇんだよ! 誰かを特別好きになったこととかねぇし、こんなドキドキすんのも初めてだし、恋っぽいけど恋とかわかんねぇから恋なのか確信できねぇんだよ」
その症状は間違いなく恋だ。しかし私がそう言ったところで、それを彼方自身が確信を持って自覚しなければ意味がないだろう。
「彼方がドキドキした事を教えて欲しいな」
というわけで、私は彼女の自覚を促すことにした。
○○○
私が最初におかしいと感じたのは県大会を終えた後だった。あの試合の後私は体力の限界でぶっ倒れて、決勝戦は坂田先輩の不戦勝となった。
目を覚ましたのはベッドの上。氷嚢や濡れたタオルで体は冷やされていて、口の中に残る風味から倒れる前になんとかスポーツドリンクで水分補給をしたらしいと分かる。
「あ、起きた」
美鈴と目があった。どうやらずっと私を見守ってくれていたらしい。美鈴から大会の顛末を聞いて、不戦敗で優勝を逃したのは少し悔しいが、インターハイ出場が決まったことを改めて喜んだ。
「ありがとな。あの時の応援、なんつーかすげー効いた」
「彼方の力になれたなら良かった。インターハイも頑張ってね」
時刻はすっかり夕方。私たちの声以外聞こえない病室で、窓から差し込む夕日に照らされた美鈴の笑顔に、胸がドクンと脈打った。数時間眠って疲れは取れてるはずなのに、心臓がドクドクと激しく鼓動する。
そんな感覚は初めてで、私はそれが何なのか分からないまま、美鈴と別れて迎えに来た親と一緒に帰った。その日は美鈴の笑顔が頭から離れなくて、眠りにつくのに時間がかかった。
次の同じ感覚になったのは昼休みの時。中庭で美鈴と昼ごはんを食べていた。諸々の事情で私は忙しい母さんに代わって美鈴にお弁当を作って貰っている。材料は必要なものを母さんが美鈴に送っているのでお金の部分に心配はない。
それでいつも通り美鈴からお弁当を受け取って食べていた時、ふと隣の美鈴を見た。
(あっ、一口ちっちゃい)
私が一口で食べてしまうものを、美鈴は二、三口で食べている。その様子が小動物みたいで可愛くて、ついついじっと見つめてしまった。
「ん? どうかしたの?」
視線を感じてこちらを向いた美鈴が首を傾げる。一口がちっちゃくて可愛かったから見てたなんて恥ずかしくて口が裂けても言えない。
「えっと、毎日早起きしてお弁当作ってるから疲れてないかなーって見てた」
なんとか頭を回して言い訳を捻り出す。これで食べてる姿を見て興奮していた変態だと知られずに済んだ。いや、そんなよからぬ目で見てたわけではないけどさ。
「平気だよ。彼方だって毎日朝練頑張ってるじゃん」
「そっか。最近はすげー体力増えてきた感じするんだよな。美鈴のお弁当のおかげだよ」
「そんなにすぐ効果は出ないと思うけど……そう言ってくれるのは嬉しいな」
私が褒めると美鈴は嬉しそうに笑ってくれた。その可愛い笑顔にまた胸がとくんと跳ねる。このドキドキは食事を再開した美鈴を見てさらに加速する。
ちっちゃい口でモグモグとお弁当を食べる、私より一回り以上小さい美鈴が堪らなく可愛く見える。美鈴に何もされていないはずなのに顔がだんだん熱くなって、心臓の鼓動も速くなる。
「彼方?」
美鈴に名前を呼ばれただけで、ドキッと心臓に大きな衝撃が走る。
「えっ、あっ、なに」
不意打ちだったせいでたどたどしい返事になってしまった。
「さっきから様子が変だけど、もしかして食欲ない? 体調が悪いならはやく保健室に行かないと」
美鈴は様子がおかしい私を気遣って心配そうな目を私に向ける。それが嬉しくてたまらない。
「大丈夫だよ。なんともないから」
美鈴に名前を呼ばれると胸が苦しくなる。美鈴に心配されると嬉しくなってしまう。ただ食事をしているだけの美鈴に見惚れてしまう。
美鈴に笑顔を向けられるとドキドキが止まらなくなる。キラキラと私の記憶の中で輝く美鈴の笑顔は、まるで夜空に輝く星のようだ。
これに似たものを私は知っている。漫画やアニメでしか見たことないし私自身は体験したことがない、思春期の子供たちを悩ませる感情。
私はもしかしたら恋に落ちてしまったのかもしれない。
○○○
「どう、かな……?」
頬を紅潮させながら甘ったるい話をする彼方。甘すぎて普段は飲めないブラックコーヒーがちょうどいい苦さに感じる。
「フォーリンラブ確定演出です……」
彼女が話している間にコーヒーを飲み干してしまった私は、溶け始めているチョコレートパフェを放ったまま、ただこう言うしかなかった。
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