第3話 不穏な予感
地区大会は団体戦は優勝、個人戦も優勝とこれ以上ないくらい満足のいく結果を出せた。次は県大会。この大会の上位二人がインターハイに出場する権利を得る。厳しい戦いになるだろうけど頑張らなければ。
そんなわけで私は委員長に朝練を手伝ってもらっていた。委員長はなんと運の悪いことに私と当たってしまい、惜しくも個人戦での県大会出場を逃していた。
「ハァ……ハァ……ほんと彼方強いね。インターハイ本気で狙えるんじゃない?」
「可能性はあるな。でも先輩含めて強い人はいっぱいいるから油断はできねぇよ」
練習開始から一時間。そろそろ片付けないとホームルームに遅れてしまう。汗を拭いて水分補給をし、更衣室に向かった。
○○○
長い授業を終えたお昼休み。海香も二時限目から登校して来て、久々に四人揃ってお昼ご飯を食べられた。四つ机をくっつけて、顔を合わせてそれぞれの昼食を机の上に置く。最近母さんが忙しくなって弁当を作る時間が無くなったから私は購買のパンを、海香は現場で余ったというロケ弁、美鈴と委員長は朝に自分で作ってきたお弁当だ。
「卯月のお弁当おいしそー」
「海香も食べる?」
「ホント! 欲しい欲しい!」
恋人のお二人さんは仲睦まじくしていらっしゃる。二人の世界に入ってしまったのを邪魔するわけにはいかないので、美鈴と何か話そうと横を向くと、美鈴はイチャつく二人の方を向いたままぼーっとしていた。
「どうかしたか」
「えっ、なにが?」
「ぼーっとしてるから」
「えっと、二人を見てたら恋人っていいなって思って」
美鈴は両手の指を合わせてへにゃりと笑ってそう言った。確かに私達は花の女子高生。恋愛に憧れるのも無理はない。
「恋愛かー、私はあんまり考えたことないな」
「そうなの? すごくモテるのに?」
「まぁ結構告白はされるな。でも私って誰かを特別好きになったこと無いんだよ」
正直言うと私はあまり恋愛に興味はない。テニスに集中したいっていうのもあるけど、私には恋愛に魅力を感じるきっかけというものがなかったのだ。
「こ、告白!? 彼方告白されたことあるの!? 私全然知らないんだけど!」
「えっ、いや。美鈴に話すことでもないし。それと大声はまずいぞー」
お淑やかな美鈴が珍しく声を荒げる。何を怒ってるのかと少し驚いたけど、教室の中なので落ち着かせる。美鈴はキョロキョロと周囲を見渡して、大声で視線が集まっていると気がついて声を抑えた。
「ご、ごめん」
「別にいいよ。まぁ直接来るやつなんてほとんどいなくて、大半は先輩とかから連絡先聞いてラインだよ」
「あー、私も連絡先聞かれたよ」
美鈴と恋愛トークをしていたら、二人の世界から帰ってきた委員長がそんな事を言った。その隣では幸せそうな顔で海香が肉団子を食べている。
「教えたの?」
「私が話さなくてもどうせ先輩が話すし。それに彼方は自分が好きになった人に自分から告白っていうのが理想なんでしょ?」
「まーね。やっぱ欲しいものは自分の手で掴まないと」
欲しいものは自分の手でっていうのが私のポリシーだ。それはスポーツでも恋愛でも同じこと。まぁ、恋愛に関しては全くイメージわかないんだけど。
「にしても、美鈴が恋愛かー。今まで告白とかされたことある?」
「そんなの全然ないよ」
「マジ? まったくこの学校の奴らは見る目ないなー」
「いやいや、私なんかぜんぜん……」
美鈴は私の意見に対して首を横に振る。私から見たら美鈴は魅力のある女の子なんだけど、彼女は自分なんかと謙遜している。
「美鈴はすっごく魅力的な子だよ。困ってる人を見過ごせないとこが優しいし、お淑やかな淑女って感じで可愛いし、勉強ができて料理も上手い。こんな完璧な子見たことないってくらいにさ。それに」
「ちょ、ちょっと待って……」
私がさらに美鈴の魅力を伝えようとしたら、本人が顔を真っ赤にして止めてきた。
「ほ、褒め殺しは心臓に悪い……」
か細い声で彼女はそう必死に訴えた。確かに面と向かって友達に褒められるのは照れくさい。少しデリカシーが無かったなと自省して、彼女の希望通り褒めるのを止めた。
「まぁ何かに興味を持つことは良いことだ。もし好きな人ができたら相談してよ。いつでも力になってあげるからさ」
「……うん、その時はよろしくね」
そう返事をした美鈴に私は少しばかり違和感を覚えた。どこか影があるような、そんな雰囲気に。
この前の試合の事といい、最近の美鈴は少し様子がおかしい。ぼーっとする事が増えたり、どこか浮かない顔してたり、そのことをそれとなく聞いてみても誤魔化したり。かといって本人に直接聞こうにも、はぐらかされるのは目に見えている。
いくら考えても私ではどうにもならないから、信頼できる友達に相談してみることにした。
○○○
放課後の部活が終わってその帰り。私は相談があると言って委員長とカフェに向かった。海香は仕事の関係で早く帰り、美鈴は美術部なのでいない。
彼女は面倒見がいいし、何より頭が良くて周囲のことがよく見えてる。まぁ自分に向けられた好意には信じられないくらい鈍感なのだが。それは置いといて、やはり相談するなら彼女が一番適任だ。
私はミルクティーを、委員長はカフェラテを頼んでからお互い目線を合わせた。
「彼方が相談って珍しいね」
「まぁな。私も誰かに相談を持ちかけるのなんて初めてだ」
私はこれまでの人生でこれといった悩みを持ったことがない。強いて言えば成績がそんなに良くない事だろうか。まぁ、本当に悩みのない人間なのだ。
「そんな彼方の相談って何?」
「美鈴のなんだけど、あのさ、あいつ最近なんかおかしくないか?」
「おかしいって、どういうところが? 私にはいつも通りに見えたけど」
あの委員長に心当たりが無いらしい。もしかして私の勘違い? それならそれでいいのだが、私が抱いた違和感は勘違いで片付けていいものではない気がする。
「ぼーっとしてることが増えたり、なんでか分かんないけど暗い顔してたりさ。委員長もそう感じた事ないか?」
「うーん……私にはそうは見えなかったな。今度から注意して見てみるよ」
「あぁうん。それはありがたい」
ここまで聞いても委員長に心当たりは無いらしい。これは今の時点で建設的な相談はできなさそうだ。このまま解散というわけにはいかないので、私は美鈴への違和感が確信に近くなった最近の出来事を話すことにした。
「前々から美鈴がなんか抱えてるとは思ってたんだけどさ、この前の地区大会でこれはヤバいかもって思ったんだ」
「何かあったの?」
「決勝で私が勝った瞬間に美鈴に向かってグーサイン出したんだよ。勝ったぜ、応援ありがとなって。その時の美鈴の顔、笑ってんのに苦しそうだったんだよ」
今でも鮮明に思い出せる。笑って手を振ってくれているはずなのに、見た目は何もおかしくないはずなのに、美鈴が何かに苦しんでると本能で感じられるあの顔を。
試合の後の挨拶とか、試合が終わった後の片付けとか、監督の話とかいろいろあったせいで美鈴に聞き損ねてしまった。それでずるずると時間が経って、もう聞こうにも聞けない状況だ。
「それで原因を考えたんだよ。それで一つだけ、状況証拠だけだから確実じゃねぇし、私もこうあって欲しくないんだけど、本当に一つだけ思いついたんだよ」
話そうとして喉につっかえる。正直、口に出して言いたくない。もしそうしたらそれが真実味を帯びてしまう気がして。でも美鈴の問題を解決するのに私が出来ることは全部してやりたい。そう思い直して、私は意を決してこう言った。
「私の、せいなんじゃないかって」
具体性のかけらもない意見。妄言と言ってもいいかもしれない。でも、あのタイミングで苦しそうな顔をするとしたら、原因が私にあるとするのが自然だ。
「思い当たる節はあるの?」
「ないよ! ないんだよ……でも、そう考えるのが自然なんだ。私にそのつもりがなくても美鈴を傷つけちまったとか、私が原因でいじめにあってたりとか」
「彼方は学校で人気だしね」
いじめ、それがあったら本当に嫌になる。美鈴が誰かにいじめられてる姿を想像したら、死ぬほど胸が痛くなるし、どうにかなってしまいそうなほど怒りが湧き上がってくる。
「とりあえず、いじめについて調べてみるよ」
「あぁ、頼む」
こういう時の委員長は本当に頼りになる。自分の不安を吐き出して、心強い協力者を得られたことで少し心が軽くなった。
深く息を吐き出してミルクティーに口をつけると、カフェラテをかき混ぜながら委員長が口を開いた。
「もし美鈴がこのままだったらテニスに集中できない?」
「そりゃ……そうなっちまうな」
何か悩んでる友達を放置して自分のことに集中できるわけがない。美鈴のことなら特に。それに普段はなんでもそつなくこなして完璧に見える分、今の美鈴は余計心配だ。
「そっか。ならウチのエースのためにも、大切な友達のためにも頑張らないと」
「あぁ、よろしく頼む」
委員長に深く頭を下げる。現状、私にできることは何も無いから委員長に託すしかない。美鈴の悩みの原因の解明と、私の考えが杞憂であることを願いながら、私と委員長はカフェで解散した。
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