第4話 類は友を見破る


「ちょっといいかな?」


 建物の陰から飛び出してきた海香ちゃんに突然そんな事を言われて二つの意味で驚いた。まず普通にびっくりしたのと、海香ちゃんは仕事の関係でもう帰ってるはずだったから。


「こ、こんな所でどうしたの? 仕事は?」

「アレはウソだよ」

「えぇ? なんでそんなことを……」


 こんな事で海香ちゃんが嘘をつく理由が思いつかない。でも、私の目の前に現れたのだから理由は私にあるはずだ。


「そうでもしないと美鈴ちゃんと腹を割って話せない気がしたから」


 困惑する私に海香ちゃんは笑いながらそう言った。ニコニコしているはずなのに、彼女の顔にはどこか威圧感があって、私は言葉に詰まってしまった。そしてその隙を彼女は見逃さなかった。


「好きなんでしょ、彼方のことが」


 グサリと私を刺す一言。それにあからさまな動揺を見せてしまって、そっかと彼女は納得したように呟いた。わからない。どうして海香ちゃんに分かったのか、どうしてわざわざ嘘をついてまでこんなことを言いに来たのか。


「なんでわかったの」


 事務的に、反射的に私はそう返した。すると彼女は周りを見てから歩き出した。ついて来てと言外に伝えるように。


 彼女について行って到着したのは誰もいない空き教室。彼女が椅子を履いて適当な席に座ったので、私はその対面に座った。


「ここなら誰にも聞かれないかな」


 そういう気遣いは最初にして欲しかったと思いつつも、あんな無理矢理な手段じゃなきゃ多分私は逃げていただろうと思う気持ちもあった。彼女はまるで私の全てを見透かしているように有効打を打っているのだ。


「前々からなんとなく怪しいなって思ってたんだけど、私が確信したのはこの前の地区大会」


 彼女がそう言った瞬間に、あの時の記憶が蘇る。あぁ、私はあの時に彼方にうまく笑い返せなかったんだ。


「そっか、心配かけてごめんね。でも大丈夫だから」

「……大丈夫そうじゃないから無理矢理声をかけたんだよ」


 ここまできても誤魔化そうとする私を、彼女は強い瞳で逃がそうとしない。彼女から責めるような意思は感じない。むしろ感じるのは優しさばかりで、怖がって逃げようとする私を強く、だけど柔らかく包んでくれてるようだった。


「恋って辛いよね」


 私がひた隠しにして我慢してた傷に優しく触れる。放置したせいで膿んでぐちゃぐちゃになった傷を彼女はどう思ってるのだろうか。


「この恋は実らないっていくら自分に言い聞かせても、恋は心から消えてくれない。ただひたすら自分を蝕んでいく。分かるよ。私もそうだったから」


 彼女は理解してくれている。私が抱えてどうにもできなかった痛みを。


「違う、海香ちゃんには分からないよ」


 でも、恋が実った彼女の言葉を私の心は受け入れてくれない。


「私は海香ちゃんみたいになれない。海香ちゃんと委員長みたいな幼馴染じゃないし、海香ちゃんみたいにキラキラしてない。何もかも海香ちゃんとは違うの」


 私が彼方と出会ったのは高校生になってから。好きになったのはキラキラしてない私。委員長は誰よりも海香ちゃんを大切に思っていたけど、彼方はきっとそんなに私を思ってくれていない。


 恋が実った海香ちゃんが持っていたものは、恋が実るための絶対条件。それを全部、私は持っていない。


 そんな残酷な現実に目頭が熱くなる。ダメだ、せっかく海香ちゃんが心配してくれてるのに、彼女の言葉を全部拒絶して、挙げ句の果てに泣き始めるなんて。最低だ、私。


「そんなことないよ」


 それなのに、彼女は私を見捨てなかった。震える私の手を優しく包み込んで、慈愛の笑みを私に向けた。


「私と卯月は幼馴染だけど、私が卯月を好きになった理由とは関係ないよ。私が卯月を好きになったのは、たった一つ、私を想う言葉をくれたから」


 優しく語りかける彼女は、大切な人との大切な思い出を噛み締めていた。きっかけはたった一つ。時間の長さなんて関係ない。私が苦しむ理由が一つ消える。


「それにね、恋にその人がどれくらい凄いかなんて関係ないよ。他人に認められなくたって、大切な人に輝いて見えてたらそれだけでいいの」


 二人の恋に他人の評価なんて関係ない。また一つ、私が苦しむ理由が消えた。私の目に浮かぶ涙は悔しさと絶望の涙から、海香ちゃんへの感謝の涙に変わっていた。無理矢理涙を拭って、目元を赤く腫らして顔を上げた。


「ありがとう」


 私の心を縛り付けていた鎖はボロボロと崩れ、一つの強い決意を抱いた。私の恋の成就は不可能じゃない。海香ちゃんが私に気づかせてくれた。だから私はなって見せる。


 彼方にとっての一等星に。

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