第2話 眩しすぎる貴方
起床時間は午前六時。朝食を食べてから身だしなみを整え、寝る前に準備した服に着替える。可愛さは控えめの大人しいファッション。うん、これで大丈夫。
現在時間は午前七時。家を出てコンビニで昼食を買い、集合時間十分前に駅に到着。我ながら模範的な動きだ。それからしばらくして海香ちゃんと合流した。有名人な彼女はお忍び用の地味な格好をしている。それと彼女はパンパンに膨らんだランチトートを持っていて、どこか疲労の色が見えた。
「それどうしたの?」
「卯月のお弁当作ったんだ!大変だからって止められたけど、どうしてもって頼んだら許してくれたんだ」
海香ちゃんのキラキラと眩しい笑顔。堂々と恋人のために何かをできるのが羨ましくなる。私だって彼方にお弁当とか作ってあげたいけど、ただの友達がする行動じゃない。
「美鈴ちゃんも彼方ちゃんにお弁当作ってあげれば?絶対喜ぶよ!」
私の心を読んだみたいに彼女は冗談半分にそんなことを言う。私がその言葉でひどく動揺してしまうと知らずに。
「彼方はお母さんに作ってもらってるから、私の出る幕は無いよ」
別にどうということはない。海香ちゃんに悪気はないし、私にもこんな言い訳がある。やらない理由を探して、彼方に少し質問してみた時に見つけた言い訳が。
「へー、そうなんだ。初めて知った」
「綺麗なお弁当だったから、この前ちょっと聞いてみたの。あっ、そろそろ電車来ちゃうよ」
話題に区切りをつけて、私たちは電車に乗って試合会場に向かった。中身が崩れないようにお弁当箱を大切に抱える海香ちゃんに羨望の眼差しを向けながら。
○○○
試合会場に到着して、彼方と委員長と他のテニス部メンバーがアップしている場所に向かう。そこにはテニス部関係の人や親御さん以外に、テニス部のファンの子や恋人がいた。もちろん、彼方目当ての子もたくさん。
うちの学校のテニス部はそれなりに強豪で、インターハイ出場とかもまぁまぁの頻度でしてるらしい。今期のテニス部は強いらしく、団体だけでなく個人でも彼方をはじめインターハイを狙える選手がいるようだ。
それで今ミーティングをしているメンバーの顔は真剣そのもので、普段おちゃらけてる彼方も鋭い目で監督の話を聞いている。その後みんなアップを開始して、私たちはそれを眺める。
「なんかピリピリしてるね」
「周りから期待されてる分緊張してるんだよ」
「そっか」
大物女優である海香ちゃんの言葉には説得力がある。そのまま私たちは試合が始まるまで静かにテニス部の準備運動を眺めていた。
そして午前十時、団体戦が始まった。周囲から期待されてるだけあってこの地区では敵なしのようだ。全試合ストレート勝ちで勝ち進んでいく。委員長は団体戦のメンバーでも控えだから、暇を持て余して私達と一緒に試合を応援していた。
その間、仲睦まじく話す二人を私はちゃんと優しい目で見ることができていただろうか。
正午、お昼休憩に彼方も合流して四人でお昼を食べることなった。といっても、午後に試合がある二人は軽くだけど。
「うーん……せっかく作ってくれたんだから全部食べたいんだけどな」
「いや、それ全部食ったら動けねぇだろ」
海香ちゃんが作ってきた弁当を前に葛藤する委員長を、手作りおにぎりを食べている彼方が制止する。
「そーそー!私もちゃんとわかって作って来てるから。今は好きなのをちょうどいいくらい食べて元気をチャージして。全部食べたいなら試合が終わってからだよ」
「そっか、ならこの卵焼きから食べようかな」
そう言って卯月ちゃんが綺麗な黄色の卵焼きに箸を伸ばすと、海香ちゃんは素早く箸を奪い去った。
「えっ?」
「ふっふっふ、もっと元気になれる食べ方があるのですよ」
呆気に取られる委員長をよそに、海香ちゃんはニヤニヤと笑いながら箸を開いたり閉じたりしてる。そして卵焼きを箸で摘んで委員長の口元まで持って行った。
「はい、あーん」
「えっ、あ、あーん」
戸惑いながらも海香ちゃんの意図を察した委員長は、大きく口を開けた。そこに卵焼きが海香ちゃんの手によって丁寧に入れられて、委員長はそれをゆっくりと咀嚼する。委員長は愛の味をじっくり堪能してから飲み込んだ。
「どう?」
「さいっこう!これで午後の私は無敵だよ!」
「ふふっ、よかった」
二人の熱々カップルぶりは見ているこっちが恥ずかしくなる。私としては同時に羨ましくもあるのだけど。
「いやぁ、お熱いですねぇ」
「紆余曲折あってようやく結ばれたんだもん。ちょっと恥ずかしいけど、あれくらい優しく見守ってあげないと」
「だな」
私達は同じ海香ちゃんお世話係だけど、同時に二人の恋を応援しよう同盟でもあった。はたから見たら両思いな二人が踏み出せないでいる姿はもどかしかったから。
「美鈴、午後の応援もよろしくな」
「うん。ちゃんと勝ってよ?」
「あたぼうよ!」
いつかあの二人みたいになれたら。そんな事を考えてるなんて彼方は知らない。知らなくていい。それはきっと彼方の輝きを汚してしまうから。
私にはこの不相応な恵まれすぎた関係で充分だ。それ以上を望むのはきっと罪なんだ。
○○○
午後、他のメンバーの体力温存や対戦相手の相性から委員長も試合に出るようになった。愛のお弁当のおかげか、キレのある動きで相手を圧倒。監督からも褒められてた。
そして決勝戦。相手は学校の歴史の中で勝ったり負けたりを繰り返しているライバル校。初戦は勝利して、シングルスで彼方の出番が回って来た。
相手は彼方とこれまでの試合で勝率五分のチームのエース。相手はここを落とせば負け、こっちは勝てば勝負が決まる大一番。凄まじい緊張感の中試合は始まった。
「頑張れ、彼方」
私の声は他のファンの子にかき消されてしまうけど、精一杯応援する。テニスのことはよくわからないから、私にできるのはただひたすら彼方を信じることだけだ。
最初は押し込まれていた彼方だけど、少しずつ調子を上げて盛り返していく。それに伴って声援も大きくなっていき、彼方の勢いも増していく。そして彼方のサーブ。これが決まれば彼方の勝ちだ。
「いっけー彼方!」
「決めろー彼方!」
熱い声援が試合を熱くする。彼方は深呼吸をして丁寧にトスをあげる。そして素早くラケットを振り抜き、鋭いサーブが相手に襲いかかった。本日最高速、相手は反応することができずにゲームセット。
「よっしゃあ!!」
彼方は喜びを爆発させて、拳を高く掲げた。
「キャー!かなたー!」
「かっこいいー!」
黄色い声援を浴びて彼方はさらに輝く。弾けるような笑顔に、キラリと光を反射する汗、堂々とした出で立ち、まるで貴方は太陽みたいだ。
それがあまりにも眩しすぎて、彼女の隣に並びたいと卑しい望みを捨てられないでいる私は目を背けたくなってしまった。
そんな時、彼方は私に向かってグーサインをした。
友達としてちゃんと返さないと。普通の仲のいい友達として。そんな義務感に任せて手を振った私は、いったいどんな顔をしていたんだろうか。
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