新拠点〈アレク視点〉

「悪いな坊ちゃん。1部屋で中が分かれてる部屋は人気ですぐ埋まっちまうんだよ。1番早くてもあと3ヶ月は空かない予定だ」

「えー」

「”それ”と同じ部屋が嫌であれば、“それ”を大部屋にする事は出来るぞ」

「いや……うーん」


 主人が浮かない顔で宿屋の店主と話している。


 私は主人の浮かない顔を見たくなくて、すかさずフリップに記載する。


 “大部屋でも床でも大丈夫”


 主人はチラッとフリップを見て顔をしかめて店主に、向き直る。


「大きめの部屋はあるんですよね? そこで良いです」

「まいどあり! まぁ、ここならダンジョンも近いからさ。坊ちゃんがんばりな」

「坊ちゃんっていう年齢じゃないんだけどね……。あと、食事は部屋で食べるので、よろしくお願いします」


 主人は料金を払うと部屋へ向かった。


 ……主人はそんなに私と同じ空間が嫌だったんだろうか。やはり賎奴隷の身で今迄気安く触れすぎていたのだろうか。


 そんな私の様子を察したのか、すぐさまフォローを入れてくる主人。


「アレク! えーと、アレクと居たくない訳じゃないからね。ほらずっとプライベートな空間が無いのもなっていうのと、ちょっと同じベットっていうのが引っかかるだけで……。あー、だからって床で寝なくていいから! また同じベットで寝るよ! もう、6軒も回ったのに全部埋まってるなんて……」


 最後の方は1人ごとなのかぶつぶつ文句を言っている。


 私の主人は本当に素敵なのだ。


 主人が望む事ならどう扱われようが、犯罪だって何だってしようと思っていたのに、特に犯罪も危険な事を命じられるなんて事もなく、ひたすら子供でも知っているような常識を教えて、ただの使用人のように雑用を任せられるだけだった。


 それに……左目の“ガンタイ”を触る。


 左目は潰れたまま、剣の傷も残したままの野晒しにしていて、それを隠すように片方だけ前髪を伸ばしていた。


 ある日、主人はふらっと何処かに行ったかと思ったら柔らかい革の布を加工して、目に被せる“ガンタイ”を作ってくれた。


 “醜いからとかじゃ決して無いんだけど、このガンタイを付ければそんなに前髪伸ばす必要ないんじゃ無いかな。せっかく整った顔してるんだから髪で隠すの勿体ないよ”と言い髪も整えてくれた。


 その後、“うわ、西洋風ドクガンリュウマサムネじゃん、イケメンがやると破壊力やばすぎる”と異国の言葉をはさみながら、喜んでいた。


 前髪は動くのには邪魔だったが、醜い物を見せる訳にいかず伸ばしていたので、さっぱりしたし、主人が喜んでくれたのも嬉しかった。


 常識を知らないが故にたまにとんでも無い事をやらかしたりするが、(皿からテーブルに落ちた食べ物を“サンビョウルールダ”とか異国の言葉で話しながら食べてしまったり、貴族であればしないような外で購入した物を食べながら歩く等)その常識も教えれば、直ぐに吸収して同じミスは犯さない。


 そして、私の感情の機微にはよく気がつくのだ。しかも気がつくだけではなく、先程のように正しい方向に導いてくれるのだ。


 あと、11ヶ月後には奴隷から解放されてしまう。


 以前、私と離れた後は使用人を雇うのか聞いたら、雇わないで1人暮らしをすると言う。


 あんなに夢見ていた奴隷解放だったのに、奴隷解放されて主人から離れざるを得なくなるのなら、このまま奴隷でいたいと思った。


 あわよくば賎奴隷の紋だけ除去してもらって、一般奴隷として側に置いていただけないだろうか。


 それに主人は基本的にはしっかりしているのだが、自分へ向けられる感情には疎い。


 今日も休憩所で会った商人っぽい男性の話とかがそうだ。


 商人には鑑定スキルを持つ者が多く、賎奴隷とバレたら主人の前であろうと、その商人から何をされるか分からない。


 一般奴隷として主人に購入されてはいるが、その前に賎奴隷なのだ。賎奴隷は家畜以下で、主人以外にも全ての人間の命令には逆えず、従わなければならない。主人は勘違いしていそうだが、一般奴隷は主人の資産だが、賎奴隷は人間の資産なので害されたとしても主人への器物損壊等には当てはまらない。


 なので、もし商人と主人が対立したら、法ではなく、個人の力の大きさが"アレク"を守れるかどうか決まるのだ。


 そして、それに対して緊張したのは確かにあるが、それより気になったのが、最後に聞いた“奴隷主人狩り”の話だ。


 前髪で顔が半分隠れた状態でも、性奴隷として認められていた位なのだ。


 今は清潔な良い服を着て、主人から貰った眼帯で目だけは隠れているが、前髪を切り、顔がより分かるようになっている為、性的な対象で見られる事が多くなっている。


 所謂私も見目が良い奴隷に当てはまってしまうのだ。


 主人は主人が“奴隷主人狩り”の対象になり得る可能性に気がついていないようだが、商人が主人に近付きたいが為に話した情報なのだから信憑性は確かだろう。


 私のせいで主人が傷つく可能性があるのだ。


 王都に行く予定はなくても用心に越した事はない。


 主人がその危うさに気が付いていないのならば私が何としても守らねばならないのだ。


 主人は自身の事を多くは語らない。


 私が奴隷だからではなく、誰に対しても一線を引いているように見える。


 宿の店主や良く会う街の住人や出店の店員等、主人の気さくな態度から誰とでもすぐに親しくなるが、例え相手が踏み込んで来ようとしても、上手くかわして決して深い仲になる事はない。


 それも、相手に不快な思いをさせる事なく立ち回る為、その見えない壁に気がつく者は少ないだろう。


 その癖、本人は気がついていないのだろうが、時々寂しそうな目をするのだ。


 私は主人の所有物だからこそ、裏切らないから、隷属魔法契約を追加でかけても良いから、その一線の中の1番近くに入れて欲しいと思った。



「アレクー。寝るよー」


 主人は寝る準備が終わっているようで、さっさとベットに上がり込む。


 私も急いで寝る準備をすると、ベットに上がる。


 一度無意識に主人を抱いて寝てしまった時は、捨てられてしまうのではと絶望に打ちひしがれたが、許してくれた。


 ……本当は主人が私に抱かれながら寝ている事を、好まないのを知っている。


 ただ、明確に拒否の言葉を聞いていない為、無意識という体で、身も心も主人の1番近くに居たいという浅ましい願望を、寝る時だけでも叶えているのだ。



 だから、今日も主人の優しさにつけ込むのだ。


 いつも通り端っこで寝はじめた主人を真ん中に引き寄せ、抱えるように眠りにつく。


 私にとってこのひと時が今1番幸せだ。


 朝なんて来なければ良いのに。。。

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