閻魔大王
「これより十王裁判を執り行う!」
閻魔大王の声が轟く。
黒き大地と黒き空が赤茶けた世界に変わる。
『なんだ貴様はあああああああ!?』
ネザドーは恐怖した。この時点で勝敗が決しているのだ。
アトランティア世界の神格は各々の世界を持っている。そこへ引きずり込む、もしくは世界を広げ合い綱引きのように支配権を争いながら戦うのが常道だった。
それなのに完膚なきまでにネザドーの黒き大地を塗り替え、赤茶けた世界、地獄が展開されたということは、神としての格に途方もないほどの開きがあることを意味していた。
それも当然。
国家一つ分程度の冥府の領土しか持たないネザドーに比べ、地獄の支配者閻魔大王が治める地獄は地球という大きさすらも軽く凌駕しているのだ。文字通り桁も格も違う。
「くろえ・ろむな。るーな・ろむな。あめりあ・ろむな。故も咎も罪もなし!」
「うむ!」
そんな閻魔大王がアメリア達がこの場にいる理由がないと宣言すると、他の王達が同意して頷いた。
だがネザドーは別である。
『オオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!?』
十王全員から凝視されたネザドーは己の権能を全力開放して、自らの体から死者一万人を呼び出した。
「あ、あ、あ、あ」
「あああああああああ」
ネザドーの黒き体からぼこりと湧き出てくるミイラのような人の死者達。彼らはネザドーに囚われた哀れな者達であり、決して解放されない無限の苦役を課せられていた。
彼ら死者は現れた途端に
唐突に消え去った。
『ア?』
ポカンとするネザドーだが笑止千万の行い。
たかだか一万の死者程度、声を発する必要もなく瞬きの間に輪廻に送れずなにが冥府の支配者。
「被告人、冥府神ねざどー! 貴様には人間と神の直接殺生、または間接的な殺生の容疑がある! 異論はあるか!?」
『し、知らんんんんんんんんん!』
閻魔大王に恐怖しているネザドーはついとっさに嘘を口にしてしまった。これを素直に認めるとどうなるかうっすら分かってしまったのだろう。しかし、嘘は嘘で大問題だった。
日本人なら殆どがしないだろう行いだ。どうなるかを知っている行いだ。
「よかろう! 浄玻璃鏡よ真実を映し出せ!」
十王とネザドーの前に現れた鏡、浄玻璃鏡は対象者の行いを全て映し出す。全てだ。
アメリア達からは見ることができなかった、そこにはネザドーの悪行が神でしか認識できない速度で映し出された。
古代から今に至るまで、ネザドーがなんとかアトランティア世界に介入して殺害した人間が。
赤子がいた。子供がいた。少年がいた。青年がいた。夫婦がいた。老人がいた。ネザドーの欲で死した多くの人間達の姿。
つまり嘘をついたのだ。
ブッチン。
それは閻魔大王の逆鱗に触れることを意味していた。
「この! この! この閻魔の前で嘘をついたな!?」
『グガ!?』
憤怒でただでさえ赤かった閻魔大王の顔が深紅に染まると、ネザドーの顔がなにかの力で無理矢理上を向けられる。
そして。
『ギャアアアアアアアアア!?』
ネザドーには理解不能。
なにかの力で引っ張られていたネザドーの舌が引き千切られ、苦悶と驚愕の叫び声をあげるしかなかった。しかし、日本の民ならば誰もが納得するだろう。
閻魔大王の前で嘘をつくとはそういうことなのだ。
そしてやはり勝負になっていない、あまりにも一方的な力関係。
「弁護人!」
十王裁判にはそれぞれの審議で弁護人が付く。そのため閻魔大王は苦悶するネザドーを放っておいて、裁判で弁護人も務める地蔵菩薩を代表として呼び出し、ネザドーの弁護を聞くことにした。
「殺めた神二柱は悪神同士の殺し合いの果てによるもの。また、幾人かの人間はこの悪しき神の力を利用して殺された者。これに対しての罪を問うべきではないと考えます」
「相分かった!」
ネザドーがどれほど悪であってもきっちりと弁護した地蔵菩薩に閻魔大王は頷いた。
だが、その弁護も意味をなさない程ネザドーは善なる人々、無垢なる者を殺しすぎていた。
地獄の裁判は通常七回まで。それで決着が付かない場合に 平等王、都市王、五道輪廻王の審理が行われる。だが今回は行われなかった。
「有罪!」
秦広王が。
「有罪!」
初江王が。
「有罪!」
宋帝王が。
「有罪!」
五官王が。
「有罪!」
閻魔大王が
「有罪!」
変成王が。
六人の王がネザドーを有罪であると認定する。
「判決を言い渡す!」
最後の泰山王が口を開く。
泰山王。またの名を泰山夫君。陰陽道の主神でもあり強力な神格が判決を言い渡す。
「判決! 有罪! これから貴様が向かうは無間地獄! 剣樹に刀山、煮えたぎった湯、毒虫大蛇、獄卒達の責め苦、ありとあらゆる苦痛を刹那の間もなく、三百四十九京二千四百十三兆四千四百億年に渡って受け続けるのだ!」
その判決を聞いたネザドーはぎょっとした。
あまりにも違いすぎる力。あまりにも違いすぎる刑期。あまりにも違いすぎるスケール。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
だがそれに浸る余裕はネザドーにない。
木っ端の冥府神は地面にぽっかりと空いた穴に吸い込まれると、下へ下へ、無間地獄へと落ちていく。まず二千年間ずっと。
その後すぐ他の王と地蔵菩薩が消えさり一柱だけになった閻魔大王だが、まだ義務が残っている。
閻魔大王はこれでもかと煮え滾った銅が入った大鍋を掴むとその中身を飲みほした。それを後二回。誰かを裁くという罪を犯した閻魔大王は自らその罰を行ったのだ。
「ぐううううううううう……うん?」
煮え滾った銅を飲み干し苦悶に呻く閻魔大王は、置いてけぼりだったクロエ、ルーナ、アメリアを見て固まってしまう。
それに緊張するクロエたちだが……。
「きゃあああああああああ!? ごめんなさああああああい!」
急に閻魔大王の声が子供っぽくなった上に、見てはいけないものを見てしまったかのように、慌てて手で顔を隠した。
それはまるで……うっかり間違えて女性が更衣中の場所に踏み入れて血の気が引いたかのような反応そのものであった。
具体的には服がなく外骨格の姿となっている女性の姿を見た。
「許してえええええええ!」
「ちょ!?」
「あの!?」
「待って!?」
赤茶けた大地が光に満ちて全てが包まれる中、クロエ達はなにがどうなっていたのかを聞こうとしたが、気が付けば元居た寮の部屋の中だった。
「あれお隣さんだったよね!?」
「間違いない!」
「そう!」
しかし、怒鳴り込んできた譲治の姿はクロエ達全員が目撃している。彼女達は即座に人間の姿に戻ると、隣にある男子寮へ駆け出した。
すると寮の入り口には。
「どうか衛兵は勘弁してください! 決して疚しい気持ちはなかったです!」
先程まで裁判をしていたくせに警察組織に突き出さないでくれと懇願する譲治がいた。
彼の父である正樹経由で事態が知らされたオークリーがやって来る前の出来事である。
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