幕間 被害者

 本日投稿五話目です。ご注意ください。


 ◆ 


 暗黒領域最危険部。女王の城。


「参ったなあ。形骸化してるとはいえ、まさか高等教育が王族の子息とかに教える意味での高等の意味も含んでたとは……」


 譲治の父、正樹がどうしたものかと遠い目をしながら息子からの報告、高等教育学校の通称が武王武芸学校などというぶっ飛んだものであることについて頭を悩ませる。


「ジョージにぴったりですよ」


「うーん。まあ譲治の立場を考えると確かにそうなんだけど、うちの家系って……そう、派手な人達の中に混ざるとド派手になるんだよね」


 正樹はこの城の城主であり妻であるバーバラに頷きながら、自分を散々振り回してくれた身内を思い出す。彼の血族は田舎などにいると殆ど問題を起こさないが、周りの人間が変人奇人だった場合は途端に化学反応を起こしはっちゃけるのだ。


 鏡のようなあり方故に、善人に対する超善人として。悪人に対する極悪人として。派手に対してド派手に。


「ゲコ。殿下は元々派手好きですが」


「万単位の人間を期間限定とはいえ蘇生させてる人に比べたら、城中の鎧騎士に新選組の羽織を着せるなんて可愛いものさ」


「ゲ、ゲコォ……」


 傍らで控えていた家令のゲッゴウが、地味とは程遠い譲治の行いを思い出してもらおうとした。しかし、正樹に言わせると息子の行いは可愛らしいものであり、真の派手を教えられたゲッゴウは二の句が継げなくなる。


「……うん。幸いマナーテルの理事長は知らない仲じゃないから、ちょっと連絡を取って挨拶だけしてくるよ」


「行ってらっしゃい貴方」


「行ってらっしゃいませ」


 椅子から立ち上がった正樹をバーバラとゲッゴウが見送ると、彼の姿は瞬時に消え去ってしまった。


 余談であるがかつてこの世界に来たばかりの正樹は、一言目には暇であると呟いていたバーバラを連れまわし、アトランティア世界旅行を敢行していた。


 つまり。それだけ方々に知人がいるということである。


 ◆


『オークリー理事長。伝言あり。グリアー王国、筆頭宮廷魔導士ウィル殿、からの、伝言を、受信』


「新学期前のクソ忙しい時になんの用だあの洟垂れ!」


『オークリー師父、ご無沙汰しております。賢人会議の出席についての予定をお聞かせください』


「ああクソもうそんな時期か! 伝言! 出席する!」


 十歳くらいの少年が、重厚な机に飾られた赤い花からの声に反応して、しかめっ面になりながら言葉を吹き込む。極一部だけに流通している唇花と呼ばれる魔道具は、遠方からの伝言を受信してそれを相手に伝えることができた。


 その極一部しか流通していない魔道具を持っているということは、一見少年であるオークリーがただ者ではない証拠となっている。


 なにせ伝言を送ってきた相手は齢九十近い老魔導士であり、そんな老魔導士が師父と呼ぶオークリーの年齢は二百歳と少し。


 オークリーこそがアトランティア世界の人間としての頂点。魔法種族と呼ばれるエルフすらぶち抜いて、魔道の最深淵領域である根底級に潜り込んだ生きる伝説。下位なら悪神のような超越存在をも真正面から相手取れる埒外なのだ。


 そんなオークリーは半名誉職ともいえるマナーテル魔道学園の理事長なのだが、新学期が始まる直前となれば名誉職でも忙しい。そんな彼にアポイントを取ることも骨が折れる時期であるため、外部の者はそうそう連絡を寄こしてこない。


『オークリー理事長。伝言あり』


「またか! いったい誰だ!」


 その筈なのに、立て続けに伝言が入り込んできたため、オークリーはどうなってるんだと悪態を吐く。


『暗黒領域バーバラ女王領、王配マサキ殿、からの、伝言を、受信』


 赤い花が紡いだ言葉に、人類最高位の魔法使いが真っ青になる。


 相手が過去の根底級魔法使いを打ち負かした血脈の女王。例外の中の例外に与えられた戦闘力の階位、木級の怪物の王配。だからではない。


 木材を含む木という分類では最早収められない不倒。異なる次元からの来訪者。邪悪そのもの。邪悪の樹。オークリーや極一部が非公式に大樹級と呼称する超越存在。


 オークリーは見てしまった。世界を覆いつくす黒。天に伸びる九本の尾となにより本体。忌むべき1から10の数字と悪徳。神を否定する神。この世の根底に至ったオークリーでも理解できない深淵。更にその奥から彼を覗きこむ別のナニカとしか言いようがないナニカの眼。


『息子がそちらの高等教育学校に通うのですが、どうも色々とありそうでしてご挨拶したいです』


(あ。死にそう)


 伝言を聞いたオークリーは冥府に旅立ちそうになった。辺鄙なところでは知られていないが、高等教育学校はかつての王族だけが通っていた時期を過ぎると、なぜか変人奇人が集まりやすい場所になったのだ。そんな場所に深淵の息子が通うとなれば、どうなるかは明らかである。


(つうか最初から連絡しろ……)


 オークリーとしては文句を言いたい。伝言を聞くに色々ありそうだから挨拶をしたいらしいが、逆に言えばその色々が起こりそうにない場所だったなら、黙っているつもりだったという裏返しである。


(埒外にそんなこと言っても無駄かあ……)


 一見すると柔和で人付き合いがよさそうな苦労人の正樹だが、結局は人類やオークリーでも理解できない思考回路で行動してる。そのため騒動や事件に対する反応、果ては死生観に至るまで、あらゆる尺度が人間とは全く違うのだ。


「……伝言。今ならいつでも空いています」

(息子と言ったな……高等教育学校名簿……いや、変わり者ならひょっとして高等教育学校の男子寮か? 寮の名簿もだ)


 オークリーは今にも死んでしまいそうな表情のまま赤い花に伝言を吹き込み、高等教育学校の新入生名簿を魔法を使い机に出現させようとした。しかし、その人類の尺度では測れない男の息子なら、敢えて不人気な寮に入っているのではないかと考え、寮の名簿も空間転移魔法で引き寄せた。この空間転移魔法は高等技術なのに、それを息を吸うように行使できるだけでもオークリーの非凡さが分かる。


(一人入寮済みの処理になっている。ジョージ。姓なし。こやつか……)


 単なる直観だが、魔道の深淵に至った者はジョージという寮の名簿を見た瞬間、要注意人物どころか世界最注意人物の息子はこいつのことだと確信した。


「正樹です。失礼します」


「どうぞ……」


 理事長室がノックされると、オークリーはもうどうにでもなれと入室の許可をした。


 根底級の理事長が座り、古代の契約魔法によって守られた理事長室とその周りは、世界最高の魔法的要塞といっても過言ではないのに、警戒網は全く反応していない。なぜならどこにでもいて、どこにもいない存在しない状態の深淵はオークリーを認識しているのだから、どこにいようが目の前に現れることができるのだ。


 理屈も意味が通じないというか意味不明であんまりだった。


「お久しぶりです。いや申し訳ありません。保護者がいちいち学校に話を通すのも変な話だと考えていたんですよ。それに、マナーテルはそういったものをできるだけ排除するよう努めていると小耳に挟んでまして」


「久しぶりですな……まあ、そういった考えがマナーテルにあるのは間違いないです」

(今回だけは建前も無視するから事前に言ってほしかった……)


 申し訳なさそうに入室してきた正樹の言っていることは、本来のマナーテルなら歓迎されるだろう。王家や貴族の親が介入してくることを嫌うマナーテルは、生徒たちにも親の力ではなく自分の力で学べというスタンスだ。


 しかし何事にも例外はある。オークリーにとっては目の前の柔和な男と、その息子のことだ。


「ですがついさっき息子から高等教育学校が、形骸化しているとはいえかつて王族の方達が学んでいた場所と聞かされましてね。あの子は、ってうちの人間は大抵そうなんですが、賑やかな場所では賑やかになるんですよ。それで事前にご挨拶に伺わせていただきました」


「なるほど……」

(二百と少し。悪神とすら戦ったのに十分生きた。胃痛で死ぬとは思わなかったが……)


 オークリーは正樹に頷きながら、自分の人生を振り返って死期を受け入れた。だが悪性ウイルスのように異なる次元に広がった一族の中で、正樹は一番マシの部類なのだから救いようがない。


「それでなのですが……ご子息はどの程度の使い手なのですか?」


 オークリーはよせばいいのに、正樹の息子がどれだけ滅茶苦茶なのかを聞き出そうとした。


「それがなんとも……陰陽術が好きなのですが、アトランティア世界の魔法に関してはあまり……」


「ほう。ジパング魔法を」

(ジパング魔法が得意ではなく好き? なんとか……なる訳ないよな……)


 正樹が息子はこの世界で軽んじられている陰陽術が得意ではなく好きだと表現したことによって、オークリーは僅かな光明を見出しかけたがすぐに打ち消す。人類の尺度から完全に逸脱している存在の得意不得意などあてになる訳がない。


(一分野においては僕や父さん以上の天才と言っていい。少なくとも、僕らは十五歳で人間のままあの力は持てなかった)


 そして正樹は、自分の息子の手札をそれ以上言わなかった。


 ◆


「ぽっと出な木っ端の冥府神如きがぁ! 善として生きようと足掻いてる奴らの邪魔をするんじゃねえええ!」


「「「「「「「「「「我ら■王の力を知るがいい!」」」」」」」」」」


 ◆


(神と人の想いを形作る力を)


 まさしく権能について。

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