入学前の落第劣等生

 本日投稿4話目です。ご注意ください。


 ◆


 カランカランカラン。


 うん? 寮の呼び出しベルが鳴らされたな。誰か来たみたいだ。


 はて誰だと思いながら寮の外に出ると、典型的な魔法使いが使ってそうなローブを着たあんちゃんがいた。


「お忙しい中失礼します。入学前の力量測定に伺いました」


「入学前の力量測定、ですか」


 そのあんちゃんが言うにはどうやれ俺っちの力量とやらを測定しにきたらしい。


 はっ!? 今ピキンときた! きっと昔、王族だけが通っていた時代に生徒を集めて力量調査をしたら、お宅の力量ってそんなものなんどすね。これじゃあお茶漬け食べて帰った方がええんでないどすの? とか、我が王家に伝わる秘奥義をもってすればこの程度造作もないとか言って、空気読まずに大出力魔法を使ってマウントを取り合うから危なかったんだ!


 だからその前に個別訪問して、ある程度生徒の力量と性格を見極める必要があるんですね!? なんせ超ド級魔法なんてぶっ放された日には、ギャラリーの生徒が死んじゃうから!


「失礼します。力量測定には、寮の裏の訓練用結界を用いさせていただきます」


「分かりました」


 へー。寮の裏手って訓練用に結界が張れるんだ。あんちゃんはそんなことを知っている上に、防犯結界が張られている寮の敷地に入ってこれたから、間違いなく学校が派遣した測定員なのだろう。


 そんなあんちゃんと一緒に、寮の裏側に行く。


「あ、こんにちは」


 するとあんちゃんと同じような服を着ている女性と、ロムナさん家の三姉が妹裏庭に出ていたので挨拶をする。実はこの男子と女子寮を隔てているのは結界だけであり壁がない。そのため普通に挨拶をすることが可能だった。


「こんにちはー」


「こ、こんにちは」


「こんにちは」


 相変わらず親しみやすそうな三姉妹だが、心の眼のようなものでじっと見られていることを感じる。いやん恥ずかしい。


「一応の確認ですが、万物が崩壊するような魔法は余波も含めて危険なことは理解されているでしょうか?」


「はい! 勿論です!」


 やっぱりかあんちゃん! 態々そんなことを聞いてくるってことは、過去に測定でやらかした奴の実例がいるんだな!? もしくはいなくても非常に懸念されるべき環境! それが高校!


「ガリアの悲劇はご存じですか?」


「はい! 雨の伝説ですよね!」


 むう!? ガリアの悲劇! このアトランティア世界に伝わる悲劇のおとぎ話!


 かつてガリアという名の青年、もしくはガリアという土地がありました。心優しき青年は神に育てられましたが、世界を見るために旅へ出ることにしました。そこで干ばつに見舞われた村を訪れた青年は、育ての親である神に教えてもらった魔法を使い、村民の願いを形にする究極魔法を行使することにしました。


 だが、ああなんということでしょう。水を求めた村民の願い通りに雨が降り、降り、降り、降り続け、村は水没してしまったではありませんか。


 青年は天へと向かって叫びました。なぜですか! なぜこんなことに!


 育ての親である神は……悪神はこう言いました。お前に教えた究極魔法は人の願いを過剰解釈して形にする魔法だったのだ。大は小を兼ねないと知れてよかったではないか。さあ、そのまま人の望みを叶えてやるといい。と言ってのけました。


 青年は哀れにも、親であった悪神が人間達に不幸を振りまくためだけに自分を育てたことを悟り、水没した村に身を投げてしまいました、とさ。


 まあよくある悪神の悪辣さと面倒さを伝えるための救いのないおとぎ話だが、魔法使いにしてみたら理論も分かっていない魔法をみだりに使うなという教訓話になる。


 つまり俺は、どんな影響があるか分かってない魔法なんかを使うなと釘を刺されたってことだ。


 安心してくださいよ。陰陽術はこのアトランティア世界にもきちんと伝わり、一応技術体系が確立されているものですからね。だからこそはっきり、時間と労力に比べてリターンが釣り合ってないと判断されているんだが。


「使用魔法の分類を教えてください」


「はい! 陰陽術になります!」


 よくぞ聞いてくれました! 懐から陰陽札を取り出して高らかに宣言する!


 だがこの譲治が修めている陰陽術はただの陰陽術にあらず。婆ちゃんがチューニングした、真・陰陽術と呼称できる力なのだ!


「ジパングの陰陽術ですか……その、符を使用しない素の魔法力を見る必要がありまして」


 ふ、ふーん。た、確かに正論だなあんちゃん。言ってみれば符を使うのは、身体測定で特殊なスニーカーを使い補助してもらうようなものだ。まず生徒の素の力を知る必要がある以上、そういった補助器具の使用はシチュエーションに適していないだろう。


「そ、そうですよね……」


 ここでそんな役に立たない魔法をと言われた日には猛抗議するところだが、あまりの正論に陰陽符を引っ込めざるを得ない。


 ど、どうしよう……。


「えーっと他には……暗、じゃなかった。光天然理心流剣術を習得しています!」


「剣術……ですか?」


「すいませんなんでもないです……」


 うっかり暗黒流派を名乗る寸前に光流派と誤魔化せたが、魔法を使ってくれと言ってるのに剣術の話を持ち出した俺に、測定員のあんちゃんがポカンとしている。


 やべえよやべえよ。素の力で魔法の力を使ってくれと言われても、俺っちそんなことできねえんだけど。使うか? 俺様の権能使っちゃうか? 魔法だって自然法則に喧嘩売ってるんだから、その魔法理論にすら喧嘩を売るだという権能使っちゃうか?


「その、自分、陰陽符を使う前提でして……」


「分かりました」


 俯いて呟く俺の言葉に、測定員のあんちゃんは特に気にすることなく用紙になにやら記載した。


 は、は、恥ずかしいいいいい! 言ってしまえば補助がないと魔法を使えないと白状したようなもんだ!


「では訓練用の結界を張るので、陰陽符を使用した魔法を見せてもらえませんか?」


 信じてたぞあんちゃん! あんたが気を利かしてそう言ってくれることを!


 じゃあどうしようっかなあ。やっぱ手始めは水? 洪水が起こるな。次の金は……金でなにすんだ? おおおおお落ち着け。冥、それこそなにすんだよ。


 拝啓。親愛なる偉大なりしスーパーウルトラグレートお婆様。今思ったんですけど、殺傷力ありすぎるか影響がありすぎる技ばっかり僕に教え込んでませんか? 確かに必殺技に憧れるお年頃ですが、文字通り必ず殺す技ばっかりで人には見せられないんですけど。


「確か、陰陽術には使い魔召喚のような……そう、式神でしたか? それでも構いませんが」


 信じてたぞあんちゃん! 黙り込んだ俺に気を遣ってそう言ってくれることを! 俺は婆ちゃんから式神術も伝授されている!


 じゃあどうしようっかなあ。やっぱ手始めは……偵察特化型だわ。俺でも目を凝らさないと見えないとか意味ねえ。その次は……二十メートルかあ。


 拝啓婆ちゃん。やっぱ過剰だってばよ。極一部以外マジで必ず殺す存在しかいねえんだけど。


「あの、すいません。それこそガリアの悲劇みたいになっちゃうんで……」


「分かりました」


 苦しい! あまりにも苦しい言い訳! 普通の学生が村を水没させてしまったようなおとぎ話を持ち出したところで、誰がそれを信じるってんだ!あくまでさっきあんちゃんがおとぎ話を持ち出したのは、身の丈に合わない魔法を使うなってことだからな! でも相手がアメリカだろうと西海岸から東海岸までぶち抜ける怪物を複数所持してますって言えるか!


 そして私の式神枚数は二十四枚プラスアルファです。この意味が分かりますか? アトランティア世界の敵ってことだよ。言わせんな。


 チラ。


 お隣のロムナさん家の三姉妹は……。


「できました」


 掌の上で黄色い黄色い雷を躍らせるクロエ殿。


「こ、こんな感じです」


 掌の上で青い青い氷を咲かせるルーナ殿。


「これで構いませんか?」


 掌の上で赤い赤い炎をくねらせるアメリア投手。まさか火の玉投球を? って冗談はさておき。


 うっわ。枝級はあるだろあの魔法。測定員の姉ちゃんも目を見張ってるし。


 このアトランティア世界の魔法における等級は超大雑把に六種。


 最も魔道の深淵に位置すると言われる根底級。長いアトランティアの歴史上でも使い手は数人。どいつもこいつもマジのバケモン。


 その手前の根級。この位置でも習得者は十分歴史に名が残る。城のミイラ魔導士連中はこのレベルだ。


 故にこの二種は完全に別格扱い。


 そして現実的な超一流の到達点と言われる大地級。これは地面の下に潜って根に到達できないという、微妙に彼ら大地級の自嘲が混じっている。


 十分な使い手扱いされる幹級。


 一人前目前の枝級。


 最後に駆け出しの葉級。


 つまりロムナさん家の三姉妹は


 すいませんロムナさん。ちょっと家庭教師をお願いできませんかね? 俺、このままじゃ完全に落第生とか劣等生なんですわ。


 あ、もしもし父ちゃん聞こえますか? どうも首席にはなれそうにありません。っていうか俺が通う予定の学校、形骸化してるけど昔は武王武芸学校とかいって、王族が通ってた場所らしいです。ヤバくないですか?

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