出発

二話連続投稿の一話になりますのでご注意ください。


◆ 


 ついに迎えた運命の日。今日、暗黒領域のかみ譲治は魔道学園に向けて出発するのだ。


 そして小袖とかみしもの肩衣、長袴にその他もろもろを着込み、髷だって結ってある。まさに完璧な武士スタイル。これで赤穂浪士の事件の原因になった、江戸城松の廊下にいても違和感なし。吉良上野介が浅野内匠頭に斬られた事件は、朝廷からの勅使とかの背景もあって興味深いと思いました。まる。


 さて、満足したし着替えよう。学生生活を送る上でのコツは、内面はともかく外見では変に目立たないことだと思っている。ちょっと背伸びした普通の服でいいか。


「殿下! 衣装をお持ちしましたぞ!」


「でかした!」


 丁度タイミングよくカエル家令月豪が、服を持って部屋の外に来ているらしい。しかし、衣装ってなんか気取った言い方のような?


「失礼しますぞ!」


「失礼いたします」


 我が自室畳の間に靴を脱いで入って来る緑のカエルと、付き従う紫の鱗を持った人型蛇の女中さんたち。カエルが蛇を従えるとかどうなってんだ? まあいい。それよりこの女中服を着た蛇人間の皆さん、人間がその目を見たら石化しちゃうので人間領域に行けば大パニックが起こるようなつわもの達だ。


 いや待て。月豪が持ってる服……。


「これが古代アトランティア統一大帝国の王が着ていたものになります!」


「着れねえよ!」


 やっぱりな! さあどうぞと言わんばかりに月豪が広げた服は、昔に城の宝物庫で見たことがある! 言葉通り王様が着るような分厚い純白の服に、この世界に存在するほぼ全ての宝石がくっついているような代物だ! 多分国が滅んだあと、なんやかんやでおっ母の先祖が治めていたこの城に流れ着いたんだろうが、そんなのを着て学園に行ける訳ねえ!


「ゲコ。やはり駄目ですか」


 残念無念と言いたげなカエルは、城と暗黒領域の一部を治めているおっ母の息子である俺をしょっちゅう着飾らせようとする。だが日本人的わびさびの精神を宿す俺はギンギラギンな物を好まないので、ガキの頃から拒否っていた。まあ、黄金の茶室は興味あるが。


「ゲコ。殿下のお気に入りもお持ちしております」


 えー? 俺のお気に入りだって? まさかカエルヘッドよりでかい宝石が付いた服を、俺のお気に入りと言い張ってるんじゃねえよな?


「こちらです」


 女中さん達の腕にあった服と装備は……。


 ◆


 ついに出発の時。城の外でおっ父とおっ母のみならず、城でおっ母に仕えている者達もずらりと並んで俺の見送りに来てくれた。殿下ー! と叫びながら泣いている月豪には気が付かないふりをしよう。


「それでその服になったんだね……」


 そしてどうしたもんかと言いたげなおっ父の視線にも気が付かないふりをする。


 違うんです。俺はちょっと背伸びした服で行こうと思ったんです。でも月豪と女中さんの厚意を無駄にするわけにもいかなかったんです。


「凛々しいわよ譲治」


 ほら。おっ母もこう言ってることだし。


「火付盗賊改方かあ」


「正解!」


 流石おっ父。一目で見抜くとは。


 説明しよう! 火付盗賊改、もしくは火付盗賊改方とは江戸時代に重罪の放火や盗賊を取り締まった役職だ!


 そして陣笠を被り羽織の下には胸当て、草鞋を履いて腰には刀と十手。手甲も付けている。今の俺は誰がなんと言おうと幻の二百四十九代目火付盗賊改方頭譲治である!


「旅だから参勤交代とかかなと思ってたら」


 これまた流石おっ父。俺が脱藩浪人スタイル、参勤交代スタイル、そして火付盗賊改スタイルで悩んでいたことを見事言い当てた。


「学園の周りは世界中から学生が集まってよく分からない文化になってるみたいだから……んんんん……やっぱり無理があるような……」


 魔道学園の特異性を思い出して納得しかけたおっ父だが、冷静になって唸り始めた。各地から学生が集まる魔道学園は、学生たちが持ち込んだ文化がごちゃ混ぜになり、かなり独特な服を着ていても不審に思われないらしい。


 つまり和装をしていても問題ないということである。


「まあいいか。それよりも元気にやるんだよ」


 またまた流石おっ父。身内に振り回されまくったせいで切り替えが早い。勿論俺は振り回してないが。


「ああジョージが城を離れるなんて……寝るときはお腹を出さないようにするのよ……」


 おっ母の方は泣きそうになっている。信じられますか人類の皆さん? いくら弱弱しい泣き顔でも、おっ父にしばかれるまで暗黒領域で一番強かった女なんですよ?


「では行って参ります!」


 旅立ちの挨拶を済ませ、大荷物を積み込んだ馬車に乗り込む。


 そして手を振るおっ父、おっ母、月豪を含めた城の魔物達に見送られて……馬車が空へかっ飛んだ!


 ちょ!? もう皆が豆粒サイズに!? 余韻ってやつが全くねえぞ!?


「おっ父ー! おっ母ー! 皆ー! 俺頑張るぜよー!」


 俺の叫びが聞こえたことを祈る!


 ◆


 ふう。離陸から暫く。優雅な空の旅もたまにはいいものだ。


 この馬が繋がれていない豪華な馬車は、アトランティア世界の一部に普及している空飛ぶ馬車だ。しかし城の馬車ではなく魔道学園の所有物である。


 どうやら古代に魔道学園を作り上げた大魔法使いが、遠方の学生を連れてくるために開発したものらしく、入学許可証と共にこの城に飛んでやってきた。全自動飛行のチャーター機を送るようなものと考えるとやべえな魔道学園。


 ただ城にいるミイラ魔導士連中が言うには、古代の異常な大天才が作り上げたシステムが勝手に動いているだけで、魔道学園側は馬車がどこに飛んで行っているか分かってないらしい。まあそのお陰で、暗黒領域から通学する俺っちのことを詮索されないだろう。


 あ、ははあん。今気が付いたぞ。きっとミイラ魔導士連中が学園を築いた張本人だ。名探偵譲治はまた真実を導き出してしまったらしい。


 まあそれは置いておこう。重要なのはこの空飛ぶ馬車が、古の魔法に守られた要塞に等しいものということだ。


 だから進路上の空からこっちに向かって飛んでいる全長一Km程度のバカでかい蛇も問題ない。


 いや問題大ありだろ。ちょっと管制塔ー。仕事してくれないと困るよー。メーデーメーデーメーデー。よし、ちゃんと三回言ったぞ。


 っていうか、あんな並みの宇宙戦艦よりもでかい蛇が空飛んでるから、辺り一帯が暗黒領域とか呼ばれてるんだぞ。うっわ。しかも見覚えのあるツラだわ。“空飛ぶ偉大”とか呼ばれてる、この飛行蛇の種で最年長の爺だ。


 あの爺、ナチュラルに空は儂のもんだと思ってるから、古代竜ともバチバチにメンチ切り合ってる武闘派なんだよなあ。ぜってえこの馬車の進路を快く譲ってくれる訳がねえ。


 しゃあない。馬車の扉をなんとか開けて顔だけ出しーの。


「爺いいいいいいいい! 言っておくがチキンレースに降りるつもりはねえぞおおおおおおおお!」


『ぐげええええええええええええええ!?』


 ぷぷぷ。俺が顔を変えたのを見た瞬間、爺が泡食って進路変更したわ。蛇が今の俺に勝てると思うなよ。絶対に、絶対に不可能だ。よし、どっちが先に避けるかのチキンレースは俺の勝ち。


 それでは皆様、引き続き空の旅をお楽しみください。


 ◆


 チキンレースを終え、暗黒領域を抜け、山越え谷越え越えに越え。


 やってきました人間達が住まう人間領域。広がる麦畑に風車、砦や都市。その他様々な物が見える。と言ってもしょっちゅうおっ父に連れられて遊びに来てたから、特に感慨深いものはない。


 馬車が降下し始めた。つまり目的地が近い。


 見えた。


 地球世界のものとは比べられないほど巨大な城郭で囲まれた中には、大小様々な学び舎らしき建物がある。


 複数の学校、複数の人種、複数の文化。アトランティア世界の縮図とも言えるほど様々な物が集って混ざり合い、学校を中心として一つの都市となった特異点とも呼べる地。


 それこそが魔道学園都市、マナーテルであった。


 さて。


 どこかで普通の服に着替えねと。

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