剣道。権謀。権能。

 さーて。魔道学園で暮らすための準備をしないとな。まだ日があるものの、俺は夏休みの宿題をとっとと終わらすタイプなのだ。やったことないけど。


 ガシャン。


 俺が城の廊下を歩いていると、巡回中だった動く騎士鎧ことアトランティア世界新選組隊士が、浅葱色の羽織を揺らしながら廊下の隅に控えた。


 うむご苦労。


 見ていますか心の近藤勇局長。幻の十一番組長譲治は、このアトランティア世界で士道を広めることに成功しましたよ。禁令の士道ニ背キ間敷事士道に背くなって抽象過ぎて解釈し放題なんだから、粛清に理由にもし放題だよなとか言う奴がいたら、士道ニ背キ間敷事を根拠に士道不覚悟として粛清するので安心してください。なんたって士道ニ背キ間敷事ですからね。


 いっそのことアトランティア新選組局長名乗っちゃうか? やるか? やっちゃうか? 内輪もめは新選組の掟だし勝手に名乗っていいんじゃないか? 士道に背くなと定められてても、新選組に背くなは定められてませんよね? 自分はそう解釈しましたから大丈夫ですよね。


「殿下ああああ! お一人で出歩かないで下さいとあれだけ言っているではないですかああああ!」


 む!? 廊下を爆走してくる二足歩行の人間サイズカエル! あれはおっ母の城で家令をやってるゲッゴウ! またの名を月豪!


「月豪よ。貴様は俺が一人で出歩いて、誰かに襲われる心配をしているのだろうが、わしを倒せる者などそうそうおらん。つまりお前の取り越し苦労であるからして私は出歩く。であるからだけに出歩く。ぷぷぷ」


「一人称も二人称もブレブレではございませぬか! 旦那様はそういうのを模索する年頃だから温かく見守ってほしいと言われておりましたが無茶苦茶ですぞ!」


「ちゅちゅちゅ中二病ちゃうわ!」


「はい?」


「おっほん。いやなんでもない」


 おっ父め! 人のことを何だと思ってやがる! それじゃあまるで思春期にヤバいくらい拗らせた馬鹿みてえじゃねえか! 俺は十五歳だから日本換算すると中三だよ!


「ともかく! 殿下がなんと言おうとこのゲッゴウがお傍にいますぞ!」


「俺もうすぐ寮暮らしするから」


「あああああああ! 殿下が人間領にいいいい!」


 テンション上げてる月豪に現実を教えてやると、でかい蛙頭を抱えて呻きだした。人間から暗黒領域と呼ばれる場所に住む魔物たちは結構プライドが高く、そこから態々人間達の領域に行こうとする俺はあまり理解されていない。


 この打てば響く感じの月豪もそうだ。暗黒領域の一部を支配して、君臨すれども統治せずなおっ母の息子である俺が、夢の学園生活を送ろうとしていることにWhy? ってな感じなのだ。まあ、並の人間騎士なら五十人いても瞬殺出来るミスター蛙にしてみれば、人間にそれほど価値を見出せないのも仕方ないことだろう。


「それと今日から殿下じゃなくて譲治局長と呼べ」


「は、はい?」


 いっけね! うっかり局長名乗っちゃった!


「おっほん。それじゃあ俺は聖域に行くぞ。全部学園に持って行かないといけないからな」


「え!?」


 秘めたる野望を誤魔化すため咳払いをして、でかい目ん玉をかっぴろげている月豪の横を通りすぎる。


「ちょちょちょちょっと待ってくだされ殿下! まさかとは思いますが、先ほど全部持って行くとおっしゃいましたか!?」


「そりゃコレクションの持ち主が手入れしなくてどうすんだよ」


 待てと言われたら待たないのが天邪鬼。なぜか狼狽える月豪を気にせず俺の聖域、別名コレクション展示室に足を踏み入れた。


 そこはずらーーーっとガラス張りの展示台に収められている刀ばかりの空間。


 うーん今日もガラス越しにキラキラと、幾つかはギラギラと輝いている刀、刀、刀。中には西洋剣も混じっているがそれも持って行かないとな。


「ほ、本当に全部なのですか!? 神殺しの刀や、問答無用で竜を殺す異なる世界全体の願いの剣があると聞き及んでますよ!?」


「ほぼ全部レプリカのmark-Ⅱとかmark-Ⅲだからほぼ大丈夫だって。ほぼほぼ」


「ほぼの使い方間違っておられませんか!?」


 超精鋭の冒険者パーティーでようやく勝負の土俵に上がれる魔物蛙なのに、刀剣にビビッてコレクション室に入れないようだ。まあヤバいのはマジでヤバいからなあ。そんな俺が生み出した激ヤバレプリカの刀剣を体の中に収納する。これが省スペースという奴だ。


 そして北極五星、北斗七星、白虎形、老子破敵符と三皇五帝形、南斗六星、青龍形、西王母兵刃符の字を見ながら、特に大事な刀も収納する。


 これで人間武器庫完成!


「矢でも鉄砲でも魔法でも持ってこいやぁ! その前に暗黒野太刀自顕流の蜻蛉取りを見せるでごわす!」


「その、殿下は魔道学園に入学するのですよね? 剣術学園ではなく」


「そう。俺は魔道学園に魔道を極めた賢者の術を学びに行く。そして高度なマッスルはマジカルと区別できないという。ならば高度な刀剣と賢もまた区別できないのだ」


「は、はあ……」


 月豪も妙なことを言うな。心技体全て揃ってようやく魔道の入り口に立てるのだ。つまりその前に剣術を習得するのは当然である。


 とまあ冗談はこのくらいにしておこう。


「心配しなくても陰陽符もバッチリだ。布教の準備もな」


「そのう、城にジパング魔法を侮る者は……もういませんが……布教されても極めるのに時間が……」


「……ぐう」


 途切れ途切れの月豪の言葉にぐうの音しか漏らせなかった。


 スーパーウルトラアルティメット……長い。婆ちゃんのお陰でアトランティア世界の天体に合わせて最適化された陰陽術を習得しているが、問題なのは基の婆ちゃん式陰陽術の奥が深すぎることだ。マジで百年経っても極めれる気がしねえから、気軽に人に布教できねえんだよな。


 そしてジパング魔法が使えないと判断されている原因に近い。


 古代の地球から異世界に吹っ飛ばされて成立したアトランティア世界だが、どうも平城京の時代辺りまで日本の技術や人間が偶に迷い込んでたらしい。その中には黎明期の陰陽術もあったのだが、極めるのに時間が掛かりすぎる上に、こっちにはもっとお気軽お手軽な魔法が存在するため、ほとんど見向きもされなかったようだ。


「書庫の本などはどうですか? ステータスオープンの魔法なども記載されておりますぞ」


「ぬう!? 禁術数手多数御分! 人には扱えぬ大禁術なり!」


「ゲコゲコ。人の考えることは分かりませんな」


 カエルヘッドめ。ナチュラルに超禁術が記載されてる魔本を勧めてきやがった。


 冗談でもなんでもなく人間には許されざる魔法だ。なにせ数手多数御分の魔法はお約束で自分どころか、相手の能力値まで分かる。だけでない。所持金が分かるようにまでなってしまったのだ。


 開発者は善意で作り出したのだろうか? 人間の能力値で適材適所を生かすため、そして人類の敵である魔物に対する対抗策としての……だが……貴族や王族がどれだけ金をため込んでいるか分かってしまった。


 カビが生えた古びた歴史書によれば興味本位だった可能性もある。演説する国王、集まった貴族。それを聞かされるために集められた民衆は、ほんの出来心で思ったのかもしれない。国王や貴族の能力値とはどのようなものか? と。


 そして別に攻撃魔法ではないから大丈夫だろうと、こっそり使った者がいるのだろう。


 後はパニックだ。貧しい。ひもじい。今日生きるためには貯金なんて考えられない。そんな民衆が見てしまったのは高貴な者達に相応しい高い能力値ではない。目を疑ってしまうような所持金の額だ。


 どうなるかは馬鹿でも分かる。破滅的革命だ。そしてその王国は混乱の果てに千年も前に滅びた。


「やっぱその時だけ所持金が見えたのは妙だよな。数手多数を弄られてた、つまり悪神が関わってるかな?」


「ゲコ。その可能性は高いでしょうな。とは言っても暗黒領域で生きている者やエルフたちでも、千年以上生きて当時のことを知っている者は少ないでしょう。ましてや人間領域の話となれば、真実は闇の中ですな」


 月豪はあくまで可能性は高くとも真実は闇の中と言っているが、確信しているようだ。


 そう、救えないことに数手多数で所持金が確認できたのはその時だけだったらしい。ならばどう考えても、生物の破滅を望みに望んでいる悪の神たちの陰謀があったことは明らかだろう。普段は現実世界に介入できないが、これ以上ない完璧なタイミングで僅かだけ力を振るい、最大効率で人を破滅に導いたのだ。


「案外、数手多数の魔法が生み出されたこと自体、悪神のすげえ遠回しな陰謀だったかな?」


「あり得ることですなあ。悪なる神々は捻くれておりますゆえ」


 どうやら月豪も、数手多数の魔法そのものが悪神の陰謀であると考えているらしい。


 それは当時の人間も同じだったのだろう。故にこそ数手多数の魔法は徹底的に消去された。あらゆる宗派の教皇が使用者は破門すると宣言して、あらゆる王たちが魔法書を燃やし尽くした。尤も大昔この城に流れ着いて一冊あるが。とにかく全ては悪神の陰謀を防ぐために。


 なんて訳がない。ほんの指先だけの理由だ。本当の理由は自分の所持金が洩れたらどうなるかを理解している恐怖からだ。


 まあそんな人間の歴史はどうでもいい。実に当たり前のことである。


「殿下、お気を付けくだされ。人間領域は悪神や悪魔共の企みで溢れておりますぞ。奴らは人の醜さが好きで好きで堪らないのです」


「おうとも」


 月豪が俺に忠告する。


 どうも悪神連中は弱肉強食で強いものこそが正義という、馬鹿みたいにシンプルでピュアな生き方をしている暗黒領域の生物には興味がないらしく、複雑で面倒な人間の心理を好んでいるようだ。そのせいで人間領域は陰謀で溢れている。


 だが!


「人間として保証しよう! 人が神に負けるはずがない!」


 それは地球の歴史が証明しているからな! まあ都合が悪くなったらその神の力ももちろん使うが。ダブルスタンダードは人間の特権である。いや神もか。


「は、はあ……」


 まーた月豪が気のない返事をしたよ。このカエルは俺とおっ父が人間であることを信じてない筆頭なのだ。


 わーったよ! 人間の力ってやつを見せてやるよ!


 木刀を体から取り出し……! 暗黒猿叫を見せてやる!


「キエエエエエエエエエエエエ!」


「殿下がまたご乱心! 殿下がまたご乱心!」


「今またっつったな!?」


 木刀を手に持ち猿叫を披露しながら廊下を走ると、無礼者カエルがふざけたことを!?


 げっ!? 廊下の向こうから新選組動く甲冑がぞろぞろと!?


 さてはアトランティア薩摩藩士のおいどんを捕縛するつもりだな! 実は新選組の基本は捕縛だからな!


 あ!? ちょ!? 木刀を取り上げないで! こいつら五百年とかそのレベルで修練してる精鋭中の精鋭だから腕が半端じゃねえ!


 それに担ぐな!


 ぬあああああああ!?

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