4. 鶏と大根の煮物(千秋)

 冬ですねえ、となぎがのんきな声で言いながら大根の皮をくるくると綺麗に剥いていく。一人暮らしでもほとんど料理をしなかったらしく、最初は見ている千秋の方が冷や冷やしたものだったが、元々手先が器用な方なのか、一度覚えてしまえば危なげない手つきだ。


「これしたでします?」

「いや、そのまま煮ちまうから、厚めのいちょう切りにしておいてくれ」

「はーい。ってこれ何になるんでしたっけ?」

「鶏の手羽元と大根の煮物だな」

「おお、なんかザ・和食って感じですね」

「まあな。旬の安売り食材の活用ってとこだが」

「さすがですねえ」


 素直に感嘆した様子の凪に、面映い気がして千秋は肩を竦めて笑う。普段は甘え下手なくせに、こういうところが手をかけて育てられた一人っ子ならではなのかもしれない。本当に、大事に育てられたのだろう。

「何です?」

「いや」

 素直で可愛いな、と口から出かかって、そんなことを言えば真っ赤になってうっかり包丁を握った手を滑らせるかもしれない——それでなくとも画鋲が空から降ってくるタイプだ——と考えて口をつぐむ。

 何でもない、とただ笑って冷蔵庫から手羽元のパックを取り出し、一本ずつさっと水で洗い流してキッチンペーパーで水気をとる。包丁で切れ込みを入れて、フライパンで焼き目をつけたら、大根を投入し、こちらも表面に火が通ったら、水、砂糖、醤油とみりんを加えて、沸騰したら弱火にして蓋をしてしばらく煮る。


「へえ、わりとシンプルなんですね」

「まあ、煮物なんて大体こんなもんだろ?」


 言いながら目を向ければ、凪がどこから取り出したのか、小さなメモ帳に何かを書きつけていた。冷蔵庫からビールを取り出しグラスに注ぎながら目線で尋ねれば、肩を竦めて笑う。


「少しずつ、僕も料理を覚えようかと。千秋さんが忙しい時とか」

「レシピサイトでも見りゃいいんじゃねえの? いくらでも出てくるだろ」

「それじゃ意味ないじゃないですか」

 さも当然そうに言った凪に、どういうことかとグラスに口をつけながら首を傾げると、だって、続けるのが聞こえた。


「僕が食べたいのは、千秋さんちの味なんですから」


 不意打ちの言葉に、千秋は思わずビールを噴き出しそうになったが、当の凪はといえば、今度は冷蔵庫を開けて何かを考え込んでいる。本当にそういうところは無自覚だな、と千秋はやや華奢な首筋を眺めながら頬を緩める。


 出会ってから一年と少し、一緒に暮らすようになってからも年が明ければ丸一年だ。年齢も育ってきた環境も考え方も何もかも違うのに、あまり大きく揉めることもなく比較的のんびりと過ごしてこられたのは、彼自身が甘やかしているせいもあるが、そもそも凪の本性が、おおらかで人を受け入れる性質なせいだろうと思っている。

 初めて会ったあの日、硬い表情でバックパックを見つめていたあの視線に気づけてよかった、と千秋は改めて思う。本人が思っているよりはずっと頑固で、甘えたがりなその性質に。


 そんな千秋の感慨など知らぬげに、凪はタコのパックと野菜室からきゅうりを取り出すと、またきらきら目を輝かせる。


「酢の物ってどうやって作るんでしたっけ?」

「きゅうりを塩で板摺りして、あとは酢と砂糖に塩を混ぜて漬けときゃあ出来上がりだ」

「分量は?」

「適当」

「それじゃ困るんですけど」

「何でだ? そもそもお前は酢の物はあんまり好きじゃないだろう」

「でも千秋さんは好きですよね?」


 だから、とそっぽを向いた顔が、耳まで赤いのに気づいて、何かの閾値があっという間にオーバーする。なみなみと注がれたグラスのビールを一気に空けて、キッチンタイマーを三十分に設定しておく。ついでに凪の手からタコときゅうりを取り上げて冷蔵庫にしまう。


「え、ちょ、千秋さん⁉︎」

「弱火にしてタイマーもセットしたから大丈夫だ。酢の物は十五分もあれば十分だしな」

「何が⁉︎」


 騒ぐその口を塞いで、有無を言わさず腰から担ぐように持ち上げて、あとはちょうど煮物が煮えるまでの間を過ごしたのだった。

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