2. グリューワイン(凪)
ふと目が覚めて、ふかふかの布団と、いつもより柔らかいスプリングの感触でそこがどこだか思い出す。ついでに昨夜のアレやコレやを思い出してちょっと頭を抱えた。
触れられることも、もっと深くつながることも、もうずっと僕の日常の一部になっているけれど、だからと言って平常心でいられるわけでもない。特に、やたらと寒いこんな明け方は。
布団にくるまってぼんやり天井を見上げていると、かたりと
「起きてたのか」
「まだ眠いです」
「なら寝てろ。夜明けまではまだだいぶある」
「でも寒いです」
そう呟くと、少し驚いたように息を呑むのが聞こえた。それから笑う気配がして、柔らかく頭を撫でられた。けれどその手はすぐに離れて、そのまま寝室を出ていってしまう。
普段ならもう少し甘やかしてくれるのに、と当たり前のように期待していた自分に気づいてしまって、頭を抱える代わりに布団をかぶった。
しんと静まり返った部屋に、少し離れたところから人の気配がする。それは、ワンルームマンションで一人で暮らしていたときに微かに聞こえてきた隣人の音と似ているけれど、安心感が全然違う。
ほんの二ヶ月ほど一人で暮らして、行き倒れたところであいつに出会った。それからまた一人になって、わりとすぐに千秋さんに拾われて。
一緒に暮らし始めたのは結構経ってからだったけれど、ここは僕にとっては
それくらい、僕はもうずっとあっさりこの人に心を委ねてしまっていたんだろう。
「ちょっと
「お前が迂闊なのなんて最初っからだが、急にどうした」
「わっ、急に現れないでくださいよ。忍者⁉︎」
「そういうところが迂闊だって言うんだろ」
笑いながらそう言って、千秋さんはベッドの端に腰掛けると、何かを差し出してくる。受け取ってから、それが先日某北欧家具量販店で買ったばかりのグラスカップだと気づいた。襖の向こうから差し込む柔らかい光に照らされた中身は、綺麗に透き通った赤。鼻を近づけると、甘くて少し不思議な匂いがする。
「こないだ買ったワインですか?」
思わず警戒した顔になった僕に、千秋さんが片眉を上げて器用に笑う。そんな表情は以前とあまり変わらないけれど。
「ああ。スパイスと砂糖で味付けされてるから飲みやすいぞ。ちゃんと火にかけてアルコールは飛ばしてあるからお前でも大丈夫だろ」
そう言って、千秋さんは自分の手に持ったカップに口をつける。僕も恐る恐るゆっくりとカップの端から少しずつ口に含むと、思ったよりしっかりと甘くてスパイシーな風味が口の中に広がる。
「あ、美味しい」
「だろ。ほとんどジュースみたいなもんだな。これだと」
「ちょっと物足りないです? そういえば、去年も結局ちゃんとしたの飲めてないんですよね」
まだ一緒に暮らし始める前、横浜のクリスマスマーケットに出かけたのが今頃だったはずだ。枕元に置いてあったスマートフォンの画面を起動して、日付を確認して、月が変わっていることに今さらのように気づいた。
「もう十二月かあ……」
「早いもんだな」
「年をとると、余計に早くなるって——
わりと容赦のない力では頭をはたかれた。
改めてグラスカップをまじまじと眺めて、もう一口含んでから思わず笑みを浮かべた僕に、千秋さんが怪訝そうな顔をする。
「何だよ?」
「内緒です」
温かくて甘い、けれどそれだけじゃない色々な深い風味のするこの飲み物が、あなたによく似ている、なんて口に出して言えるはずもなかった。
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