第49話 追憶1

「どうも初めまして、白樺憲治の妻、鈴音すずねと申します」

「娘の花音かのんです」


 二人が並ぶと姉妹にしか見えないくらい白樺さんの奥さまを名乗った女性は若々しくてナチュラルメイクが素敵な方だった。ショートカットに立った姿勢はりんとしていて、もしかしたら元自衛官だったのかもしれない。


 一方の花音さんは長い黒髪に落ち着いた雰囲気のある可憐な女の子だったが、香月さんたち女子とも打ち解けて、初めての相手でも仲良くなれるコミュ力お化けぶりを見せていた。


 白樺さんの息子さんの清音すがねさんは今は防衛大学校の実習中でこちらに来れないことを大変残念がっていると伝えきいた。やっぱりカエルの子はカエルなんのだろうか? 親子で本当に立派としか言い様がない。


 俺と香月さん、鈴音さんと花音さんの四人で席に座り、他のみんなはそれぞれ座れそうな場所に腰掛けている。


「桐島、これ」

「ありがとう!」


 席に座ると鬼塚さんが木製のマグカップにコーヒーを注いでくれて、渡してくれた。お礼を告げるとほんのり頬を赤らめた彼女がかわいい。


 うまっ!


 ずずっとコーヒーをすすると温かみと芳醇な苦味、酸味、香ばしさが外で冷えた身体を癒やしてくれた。明日は山頂でお湯を沸かし、鬼塚さんの淹れてくれたコーヒーを飲みたいと思う。


 山頂で彼女のはにかんだ笑顔を見ながら飲むコーヒーは今以上に格別に違いない。頬の緩みきった俺を見て、花山は鬼塚さんに頼んだ。


「鬼塚、俺のは?」

「はあ? なんであたしがおまえのコーヒーを用意しねえとなんねえんだ! 西野に用意してもらえよ」


 鬼塚さんはどうも俺にだけ優しいらしい……


 花音さんは香月さんを見たあと、彼女の両手を取って、


「私、びっくりしました! ヤマガタコイモ先生が同い年だったなんて!」


 満面笑顔で感動したことを伝える。


「それにとってもかわいい方だなんて、才色兼備な方っているんですね! うらやましい」


 手を握ったまま香月さんにぴたりと身体をよせて、尊い百合っぽくなってしまった。これにはさすがの香月さんも恥ずかしかったようで、「ふああぁぁ」と口を開け、顔が真っ赤にしている。


 花音さんはどうやらラノベか、異世界ファンタジーが好きに加え、作者本人も香月さんもお気に入りにしてしまったらしい。


「わ、私は要のプロットをまとめただけ……大したことはしていない」

「いやいや、俺にあんな凄い文章は書けないから。やっぱり香月さんが凄いんだよ」


 俺たちの話を真剣な表情でじっくり聞いていた鈴音さんはおそらく一番訊きたいであろうことを訊ねてきた。


「ヤマガタ先生からお聞きしたんですが、あれは桐島さんの体験ということでよろしいのでしょうか?」

「はい……信じがたいと思いますが、まあおよそ事実と見ていただいて構いません」


「では、主人は……」

「ええ……」


 俺に次の句はとても継げそうにない。だけど、鈴音さんは俺の伝えた言葉でずっと堪えていたような想いの濁流が堤防が決壊したかのようにまぶたから涙があふれ出す。


「ううっ、ううっ……の……憲治さぁぁん……」

「お母さん!」


 鈴音さんの下に花音さんが駆け寄って、抱き合い二人は泣いてしまっていた。


 慟哭どうこく……大人が人前で大泣きしてしまうなんて、俺はほとんど見たことがない。異世界で白樺さんが亡くなったあと、アイナから責められたことを思い出してしまう。彼女も鈴音さんと同じように泣いていたから。


【何故、要がいたのに憲治が死んだんだっ!!!】


 アイナの言葉が深く心の奥に突き刺さって、加えて白樺さんの遺志で固有スキル【無量光ジリオン】も引き継いだこともあって、その重さに耐えきれずに俺は逃げた。


 デリートに……


 そうじゃないと、苦しくて継戦なんてできなかったから。俺だけが帰還してしまった。マリエルたちは俺のことを真の勇者や英雄だって称えてくれた。


 けど、理由はどうあれ、俺は他の勇者のみんなを踏み台にして強くなっただけの最低な人間なんだって……異世界に留まらなかったのも良心の呵責に耐えかねて逃げ戻ったところもあった。


 その場にいたみんなは思わずもらい泣きしてしまっていた。俺も白樺さんに、二人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「ごめんなさい……俺が一緒にいたのに、あんなにお世話になったのに……救えなくて……」


「お父さんは自衛官です。桐島さんを……国民を守って殉じたんです。そんな父を私は立派だと思います。桐島さんは何も悪くありません、だからどうか顔をあげて、胸を張ってください」


 花音さんは生前、白樺さん聞かされていたらしい。「俺はいつ死ぬかもしれない運命だ。みんな覚悟しておいて欲しい」と。


「うんうん、花音ちゃんの言う通りね。ごめんなさい……取り乱してしまって。ありがとう、桐島さん。主人が捜索中に行方不明と聞いて何も手がかりがなかったのにあなたのお陰で立派な最期を遂げたと分かって、満足です」


 普通の家庭なら旦那さんが亡くなっても鈴音さんや花音さんのような言葉は絶対に言えないと思う。それだけ、いつも家族に白樺さんは伝えていたんだと思う、自衛官としての矜持きょうじというものを……


 鬼塚さんと花音さんは普通なら友だちにはならないだろうと思えるくらい容姿は違ったけど、境遇が似ていたこともあり、お互いのことを話し合っていた。


 一頻り積もる話を終えたあと、俺と花山は別のロッジに移った。明朝、俺たちは大嶽山の噴火に巻き込まれた白樺さんと莉奈さんの遺族が集まって、追悼ハイキングで献花を行う予定だ。



――――翌朝。


 快晴!


 ロッジのカーテンを開け、外を見ると眩しいほどの朝日が部屋に差していた。疲れたこともあり、昨晩は早く寝たので体調も抜群にいい。登山はやっぱり体力を使うので十分な体調管理が必要。


 前回も同じようにしっかり寝たが、遥かに心身ともに充足していた。これから十キロくらいランニングしてからでも余裕で登山できそうなくらいに。


 半年を過ぎて、入山規制は解除されていた。再び、この地に足を踏み入れるなんて思ってもみなかった。ここからすべて始まったんだよな。


 みんなこの日に備えて、登山グッズを集めて今日、お披露目していた。俺もちょっと前はハイキングなんてお年寄りの趣味みたいに思ってたけど、今はメーカーがファッショナブルなウェアを力を入れてラインナップしている。


 かわいらしい香月さんたちがパステルカラーのウィンドブレーカーやリュックを背負っているとヤマノムスメっぽく見えてしまう。


 ウェアも大事だけど、靴と靴下も疲れを軽減するのに大事ってことでそちらも余裕がある子は用意していた。


 金子さんも俺と花山をモデルにしたBL同人誌が売れたようなので、ハイキングに合わせて俺たちにモデル料を出してくれたんだが、花山と見合わせて、とても複雑な気持ちになったのは言うまでもない。


 モデル料で装備を整えられない子の分を出しておいたので、みんな「そんな装備で大丈夫か?」なんて子はいない! もう秋も暮れかけてきてる時期なので山を舐めてはいけないのだ。


「じゃあ、出発しましょう!」

「「「「「「「おーーっ!!!」」」」」」」」


 途中までロープウェイで登ってゆく。眼下には紅葉と健気に咲く高山植物に、


「真っ赤に染まって綺麗ーっ!」


 キミの方が綺麗だよ、とかこういう狭い空間にいると言っちゃう奴がいるんだよな……


「夏穂の方が綺麗だ」

「雅くんったらぁ!」


 って、ここにいたよ。だけど、花山はバシッと西野さんから肩を強く叩かれて、ゴンドラに身体を打ちつけていた。それを「あはは」とみんなが笑い、和気藹々わきあいあいとした雰囲気となっている。


「寒い……」


 だぼっとしたウィンドブレカーの袖から指だけだした香月さんがつぶやく。


 ロープウェイの駅の温度計を見ると六度と出ていた。スマホの温度計アプリで確認しても同様。中腹は真冬並みに冷えていた。俺たちと白樺さんの奥さまたちと登山道を登っていく。


 噴火前と違って所々にシェルターが設置されているのが見える。なるほど、噴石はあそこに退避すれば防げるってわけか……


 だが、登っている最中に猛烈な寒波が襲ってきて、軽く吹雪いてきた。出る前はあんなに快晴だったのにこれだから山の天気って奴は気まぐれすぎる!


 徐々にみんなの体力が奪われそうになっていたけど、ギリのところで山小屋にたどり着くことができた。山小屋に入るとストーブが全開で焚かれ、入った途端に生き返る心地がした。


「要の言うことを聞いておいて正解」

「ああ、マジで死ぬかと思った……」


 香月さんと鬼塚さんが業務用の大きなストーブに手をかざし、身体を寄せ合いながら暖を取っている。


 さすがにアイゼンやピッケルなんて、ガチの冬山装備はない。けど、防寒着は万全で全員に白金懐炉はっきんかいろを香月基金で配れたので誰も凍傷などにはなってなかった。


「ホント、これあったかーい!」

「おぬしの人肌ものう」

「「わははは!」」


 西野さんがフリース生地に包まれた懐炉を両手に挟んで頬に当てていると、金子さんが抱きついてキャッキャしていた。大変な仲、二人の戯れる姿は俺たちの癒やしになる。


「このまま、天候が回復しないと下山も考えないといけませんね……」


 俺の言葉に鈴音さんが頷いた。山小屋のガラス窓が吹雪に煽られ、カタカタ揺れる。俺と鈴音さんは恨めしそうに外の白銀となってしまった世界をため息混じりに見つめていた。


 山小屋のご主人が「大変でしたねえ、例年ならこの時期に吹雪くことなんて、滅多にないんですよ」と告げながら、温かいスープや飲み物を用意してくれていた。


「回復しますか?」

「分かりません。こればっかりは山の神さまでもないと……」

「ですよねー」


 俺たちが被災したのは山頂付近。山小屋からまだまだ距離があり、悪天候の中、進むにはかなりの危険が伴った。俺だけならまだしも、みんなの安全が最優先だから……


「「……」」


 鬼塚さんと花音さんは俺とご主人のやり取りを聞いて、無言になってしまっていた。


「姉貴……」

「お父さん……」


 せっかく来たんだから、鬼塚さんたちには遭難した場所で献花してもらいたい。たけど、この吹雪じゃ……


(白樺さん、莉奈さん……鬼塚さんたちの願いを叶える力を俺にお貸しください!)


「おいっ!? 桐島、外を見てみろ!」


 花山が窓の外を指差し、何やら驚いた表情で伝えてくる。


「なっ!?」


 無理だと思いつつも、山小屋の中で俺は天候が回復することを祈ったら、さっきまでの猛吹雪が嘘のように晴れ間が広がっていた。


「やっぱよう、日頃の行いがものを言うんだって!」

「雅……いつも遅刻に授業居眠り」

「この際、固いことは良いんだよ!」


 花山がガッツポーズを取り、子どもみたいにはしゃいでいた。それに突っ込む香月さん。天候の回復と共に暗く陰うつな雰囲気になろうとしていた俺たちに明るさが戻っていた。


 だけど、この晴れ方はいくら山の天気が変わりやすいからって、まさか莉奈さんの【天変地異カタストロフ】が効いたってなんてことはないよな、はは……


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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