第47話 後夜祭
泣き崩れたマリエル……
柏木さんが彼女を抱いて慰めるも泣き止むことなんてなかった。
「おいおい、ファブリスとか言ったか? てめえ……俺の天使さまを泣かしてくれて、どう落とし前つけるってんだよ。あんなクソ聖女でも、一応生かすつもりでいたのによぉ!」
俺が直接、ユリエルに命に関わるようなざまぁをすれば、マリエルが悲しむのは分かってた。だから堪えてたってのに、こうも簡単に努力を無駄にされるなんて腹の虫が収まるわけがない。
「はあ? なんでボクが君たちのお涙ちょうだいに付き合わなくちゃいけないの? 殺して殺されるって当たり前だよね、きゃはははっ!」
「ガキの癖に達観すんじゃねえよ!」
俺の怒りなんて気にすることなく、ガキっぽい見た目のファブリスが正論を振り回してくる。理不尽に抗おうともせず、ただ大人に教えられるままに伝えられたことに、さらに俺の怒りを喚んだ。
「そうかよ、じゃおまえのお友だちが死んでも当たり前だよなっ!」
すべての身体強化バフスキルを使い、大きく跳躍する、廊下の天井ギリギリに。頭頂部が触れようかと思ったところで落下軌道に入り、巨大カマキリの鎌を身を翻しながら避けつつ、大鉈を振るった。
【
アイナから習ったスキルにそんなものはない。ただ鎌を避けるときに空中で回転トルクがかかって、そのまま【円舞曲】を放つと面白いように錐揉み回転して、巨大なカマキリの首と鎌を細切れになるまで刻んでいた。
「あああっ!!! ボクが手塩に育ててきたデスシックルがぁぁぁー」
ファブリスは両膝をついて、嘆き悲しむ。言ってることと、やってることがまったく違うダブスタクソガキじゃねえか。ここはしっかり大人が教育してやんないとなあ!
これは弔いなんかじゃない。
ユリエル自身が命を天秤にかけた。無能か、有能かってことで……三部会議ではいつもはコンウェルを拠点とする豪商議員がユリエルの解任に票入れてくれていた。彼らの家族及び、財産を魔族にクズ勇者から守ったからだ。
加えて、戦場で矢面に立っている騎士団長をアイナを牢に入れたことで彼女の実家だけでなく、有力軍事貴族が次は自分たちかと疑心暗鬼に陥ってしまってる。
そこに未だに俺を無能扱いし、拷問したことでユリエルの心象は極めて悪くなってしまったから……感情で動いてしまったユリエルは彼らから無能判定を下されたのだ。
ユリエルは自らの手で死を招いた。
ただ、それだけのこと。なのにマリエルを見てたら、もらい泣きしてしまう……
「とりあえず、聖女を殺したんだ。その詫びは天国があんのか、地獄になんのか、分かんねえけど別の世界でやってくれ」
鉈を振り上げ、ファブリスの首を跳ねようとしたときだった。凄まじい殺気を感じ、ファブリスから距離を取ると、鉈に何かが当たり軽く弾かれた。
窓を見ると遠くに大きなワイバーンに乗った人影のようなものか見えた。その次の瞬間、俺の頬を掠める何か……痛みを感じたので拭うと血が出てる。
明らかに窓のガラスが割れていたのでワイバーンに乗る人物からの狙撃……なのか!?
「身を低くして、壁を背にして隠れるんだ!」
俺の様子を見た白樺さんは指示を仲間に飛ばした。微かに見えたのは銃のような筒を構えているように見えたが、あれが
ガッ!
俺が窓の端から覗こうとすると、白樺さんから強い力で両肩を引っ張られた。
「危険だ」
「はい……」
なっ!?
俺たちが
「待てっ!」
「アラストリアの混乱に乗じて、
俺が引き止めようとするとファブリスはこの一連の騒動が計画的に仕組まれていたことを明かし、俺たちを出し抜いたことを自慢気に語ったあと、窓に背を向け、飛び下りながら指をパチンと弾いた。
「キミたちにお土産置いていくからね! みんな食べられちゃえ~!!!」
なに言ってんだ?
落下際に謎の言葉を残したかと思ったら、窓際からチラッと見えたのは鬼ヤンマをデカくした昆虫がファブリスを足でキャッチして、ワイバーンの方へ去ってしまった。
「やられたっ!」
「大丈夫! まだ間に合うから。こんな良いようにされて黙ってられるもんですかっての!」
【
莉奈さんが固有スキルで雷雲を呼び寄せ、王宮からまんまと逃げ去った襲撃者たちを捉える気でいたときだった。
「ぎゃあっ!!!」
「うあああっ!!」
なんだ? 向こうからカサカサという音とともに悲鳴が聞こえる。
「マジかっ!?」
甲冑と人骨らしきものを背に乗せ、こちらに一斉に走るくるもの……大顎に茶色い体躯。
あれは……
「軍隊アリだーーっ!?」
しかも元いた世界の比じゃないくらいデカい! あのクソガキはどんな置き土産していきやがんだよ!!!
「マリエル、悲しいのは分かるけど、今はここに隠れてて。キミにまでなにかあったら、俺は生きていけないから……」
「でも要さまが……」
「大丈夫、俺は前より強くなってる。ちょっぴりだけどね!」
俺は彼女を会議場の人たちに預けた。
「要さま、どうぞご武運を!」
「はい!」
アザンさんがマリエルを警護してくださる。俺はアザンさまから教授を受けていた。
『要さまはアイナからよく習われたようだが、まだお伝えしていない裏奥義がございます。どうか、お目汚しになるかも知れませんが年寄りの戯れ事と思い、見届けてくださいませ』
と……見せてくれたのは魔法剣の類だと思う。
俺は運がいい。
「ファイアーボー……」
「火は使うな! 延焼してしまう、別の魔法を使うんだ!」
白樺さんは火球で一網打尽にしようとした魔導師の肩を掴み止めた。王宮には絨毯やカーテンだけでなく様々な装飾ある。
「俺に任せてください。ちょうどいいのがあります!」
「桐島くん?」
白樺さんはガンドグレネードを構えていたが、俺が軍隊アリの矢面に立った。
「いくぞ、アリンコどもっ! これが【
一匹目の軍隊アリが大顎で俺の頭を砕こうと迫ったとき、冷気を大鉈に纏わしアリを縦真っ二つに切り裂くと瞬く間に凍結していく。
それだけじゃない、大きな刃が床に触れると一気にそこから迫り来る廊下いっぱい集まった軍隊アリのすべてを氷漬けにしてしまった。
「はは……要くんは凄いな!」
「勇者さま、バンザーイ! 要さま、バンザーイ!」
戦った魔導師たちから、賞賛を受けるようになっていた。
「白樺さんとアザンさんのおかげです」
筋力がなければ大鉈を振るえなかったし、氷結系の魔法剣の裏奥義を惜しげもなく伝授してくださったアザンさんには感謝しかない!
こちらが軍隊アリを処理した一方、
「こっちはきっちり落としてやったわ! ざまぁみろってんだ!!!」
ぐっと拳を突き上げ、ウィンクしながらガッツポーズを取る莉奈さんだった。
ユリエルを飲み込んだ巨大カマキリは軍隊アリにすでに食われてしまっており、ユリエルはもう……彼女を弔う暇すらなく、俺たちは莉奈さんがワイバーンと鬼ヤンマを
* * *
俺が語り終えるとスタンデインオベーションで聞きにきてくれた人たちが称えてくれていた。人前でやっていれば、誰が真剣に聞いてくれているのかなんて、手に取るように分かる。
あまり興味ないのかなぁ……と顔色や仕草を見ると分かってしまうのだが、級友たちがBGMやSEを抜群のタイミングで入れてくれて、飽きさすことなく、語り続ける手助けをしてくれていた。
二日に渡って、すべての公演のプログラムを終えた。そんな大成功に終わったと思われた俺たちのクラスの学園祭だったが……
女子たちが鬼塚さんを囲んで、俺の方を見てくる。見かねたクラス委員の中野くんが強い剣幕で俺を問い詰めた。
「桐島、おまえ……鬼塚を襲ったのか!? いくら、露出の多い格好してても、それはないぞ!」
「私……見ちゃった。桐島くんと鬼塚さんが体育館裏に消えていくところを……」
「えっ!?」
俺は頭の中を整理する。
俺と鬼塚さんは仲良く一緒に教室を出た。それはクラスメートにも目撃されてたことだろう。問題はそのあとだ。鬼塚さんが露出の多い格好で、なおかつ泣きはらした顔で教室に戻ってくる。
しかも行った場所が人目につきにくい体育館裏ときたもんだ。そりゃ、あらぬ疑いをかけられても仕方ない。
俺は学園祭を成功させた立役者から、女の子を襲った最低野郎のレッテルを貼られかけようとしていた。
「俺は確かに鬼塚さんを……傷つけてしまったかもしれない」
「おまえ! いくら急にモテ始めたからって、やっていいことと悪いことが!」
「止めろ、中野! 桐島がそんなするかよ」
「要は女の子が悲しむようなこと、しない」
見かねた花山と香月さんが助け舟を出してくれたのだが、中野くんは二人の意見に耳を貸すことはない。
「二人は仲がいいから庇ってるだけだろ! でも、悪いことは悪いって言ってやれよ、友だちならな」
クラスの和を尊ぶ彼が言うことは正しい。俺も状況証拠から見て、疑われたっておかしくなかった。格好が変わって、調子乗ってるって思われてただろうし。
それに事実がどうあれ、俺は鬼塚さんを傷つけたくなくて、曖昧な言動を取った結果がこれだ。
俺に弁明する権利なんてあるのか? そう思っていると、女子に囲まれて慰められていた鬼塚さんがガバッと席から立ち上がって、こちらに向かってくる。
「違うっ! 桐島はなんも悪くねえ……あたしが勝手に盛り上がって、その気になってただけだ。桐島は襲ったんじゃない、襲ってくれなかったんだよ!」
は? 今なんとっ!? またとんでもなく誤解を生むようなことを俺を問い詰めていた中野くんに堂々と言ってのけてしまった。
まさに俺の胸倉に掴みかかろうとしていた中野くんは手を止めるのに加えて思考を停止していた……もちろん、俺もだ!
そうだ! 一つ思い出したことがある……
コスプレの衣装選択で女子たちは恥ずかしがって、美術部作成の極めてクオリティと露出度の高いビキニアーマーを着ることを渋っていた。
だけど、鬼塚さんはいつもは気だるそうな感じで斜に構えているのに、高く挙手していたのを思いだした。
「鬼塚さん……まさかだと思うんだけどね、もしかして期待して、そのビキニアーマーを着てくれたの?」
俺は彼女の耳元でみんなに聞こえないような小さな声で囁いた。すると彼女の顔は湯だったカニやエビみたいにみるみる内に真っ赤になってしまっていた。
必死で手で顔を覆うがビキニアーマーという露出度の高い衣装のせいで身体までほんのりとピンク色に染まってしまっているのでまったく隠せてない。それでも彼女は俺の言葉に返事しようとしてくれて、こくこくと二度首を縦に振った。
ああ……
ややも乱暴というか、ぶっきらぼうなところがあるけど、莉奈さんとはまた違ったかわいさを持つ女の子だと思ってしまった。
「桐島、疑って申し訳ないっ! 俺はてっきり鬼塚さんがかわいくて堪らなくなったおまえが襲ったと思っていた。だが両片想いだったとは……俺が二人の仲を取り持とう。遠慮はいらん! ここで仲直りのキスをするといい!」
「なんで、そうなるんだよっ!!! クラスメートが見守る中、キスするとかありえねえし」
「き、桐島……あたしとキスするのはありえねえのか……?」
俺の言葉を誤解して受け取られたのか、呆然とした表情で俺を見つめる鬼塚さん……ああっ、そんな悲しそうな顔されたら、俺がおかしくなってしまいそう。
「いや、違うからねっ! 鬼塚さんはめちゃくちゃかわいいから、ほら、なんかもう、ツンが抜けてデレたとこなんてヤバいから」
話がややこしくなり過ぎて大変だった……中野くんの暴走を止めつつ、鬼塚さんには大事な友だちとして、今まで通り仲良く交際していく、ということで半ば強引に納得してもらった。
―――――――――あとがき――――――――――
新作書きました。
【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】
https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887
石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。
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