第46話 聖女死す3

――――白樺さんの部屋。


 みゃ~。


 部屋の中にリリスの抱えるかわいいもふもふの鳴き声が響いた。ミーシャに被せられたらベッドセットから思念が宝殊に送られ、聞くに耐えない叫び声が木霊する。


 王立魔導院で宝殊の力を借りて、ミーシャの映像をスクリーンの代用の帆布に映すことに成功する。その中にはユリエルが俺を嬉々として、拷問する姿がばっちりと捉えられいた。


 『あぎゃっ!』、『うぎゃっ!』と俺がユリエルから、鞭を打たれる度に漏れる叫び声と、それを受けて嬉々とする彼女の異常性を見て、視聴している者たちは顔をしかめた。


「酷い……傷を見ても、お姉さまの仕打ちはおかしいと思いましたが、要さまを笑いながら、鞭打つなんて……」


 俺の部屋にいち早く駆けつけてくれて、傷は完全に癒えた。傷の具合は把握していると思ったが、マリエルは実姉が俺を鞭打つ姿にショックを受けている。


「俺はここまでするなんて聞いてないぞ! 懲罰房ぐらいだと思っていたのに、鞭で叩くなんて!」


 白樺さんは俺に罰を与えることに抗議を入れてくれていたが、ユリエルは聞く耳を持たず、「牢で頭を冷やして反省してもらう」だけと納得させたらしい……


「あんの尼……要くんになにしてくれてんのよ! 格好いい顔に傷でも入ったら、感電死させるんだから!」


 莉奈さんは本気でやりかねないので止めないと……マリエル、白樺さん、莉奈さんは映像見て憤慨していたけど、


「……」


 ユリエルのサイコパスっぷりを見て、無言を貫く者がいた。白樺さんはその子に訊ねたんだけど……


「アイナはこれを見て、どう思うんだ?」

「ユリエルさまは私の主……主君の行うことに意見するのは気が引ける」

「じゃあ、桐島くんには同情の余地すらないと?」


 アイナにはクーデターを敢行し、ユリエルを摂政から下ろす計画は、まだ話していない。クーデター自体はもちろん無血で、だ! 俺は白樺さんと目を合わす。それに応えるように目を閉じ、頷いのでアイナに計画を話す。


 アイナさえ、同意してくれれば、無血で掌握できる可能性が格段に高まる。けど、そうでない場合は俺たちも全力で戦うことになるだろうから、多くの犠牲者がでることは明白。


 だから、アイナが協力してくれないと……


「アイナ、このままじゃ、国が持たない。だから協力してくれ」

「俺からもお願いだ」


 俺と白樺さんが頭を彼女に下げるも、その返答は冴えないものだった。


「二人の言い分も分かる。だが、私はユリエルさまの騎士でもある。要の件は私が諫めれば済んだことだ。ちゃんとユリエルさまを諫められなかったことは詫びよう」


 俺は置いておいても白樺さんでもダメだなんて……アイナの表情は複雑だった。ユリエルと俺たちで板挟みになってしまっていて、どちらに組みするというより、一人で抱えてなんとかしようとしているような雰囲気。


「桐島くん……彼女を帰して良かったのか? アイナがユリエルにクーデターの計画をバラしたら、キミはただじゃ済まないぞ」

「俺もそう思います。でも、彼女も思うところがあるはず……」


 ミーシャにアイナを見張るよう、告げた。



 しばらくして、俺たちの下に帰ってきたミーシャ。リリスが映像を確認すると……


「あの女騎士が連行されていくのじゃ!」

「なんだって!?」


 俺もミーシャを渡してもらい、映像を見るとアイナが衛兵に拘束され、俺が連れてこられた拷問部屋近くの牢へと入れられていた。


「白樺さん!」

「ああ!」


 みんなでアイナのところへ向かう。


 地下牢に閉じ込められていたアイナ。さすがに拷問はされていないが、いくら剣聖であっても女の子をこんな酷い場所に閉じ込めるなんて!


 鉄格子の向こうで気力なくベッドに腰かけ、うなだれていた。


「私は……ユリエルさまに要の待遇を改めるよう上奏した。しかし、この様だ……笑いたければ、笑え。だがこうなってもユリエルさまを引きずり下ろすのは看過できん」


 それでもユリエルに忠誠を誓っている。こういう馬鹿というか、愚直というか真っ直ぐな奴だからこそ、俺はクーデターの話を打ち明けたんだ。


 アイナの俺たちを思う心も、忠誠心も本物……


「アイナ、ちょっと待ってろ。すぐに出してやるからな」

「ユリエルさまは何かお考えがあってのこと、どうか穏便に頼む」


 白樺さんが彼女に告げるとアイナは彼の手を握り、願った。俺も馬鹿かもしれない。ユリエルに鞭打たれても、彼女には行動を改めてもらえれば、許すつもりでいたんだから……



 アイナの積極的な協力が得られない以上、俺は貴族、聖職者、豪商たちが集まり、魔族に対抗するための三部会議にこっそり流すことを考えた。アラストリアの最有力の軍事貴族であるザカリエス家の従者に扮して、俺たちは会議場に紛れ込んでいる。


 すでに引退されたアイナの父親で前剣聖のアザンさまは見ていただきたいものがあるとユリエルの御前で白い丈夫な布を張り、箱に一時的に入ってもらったミーシャと宝殊を使い、映像を映す。


「な……なんだこれは!?」


 会議に集まった人々は驚きを隠せないでいた。もちろん、映像をみたことにじゃない。彼らも水晶球や魔鏡の効果により動画を見たことはあるから。ただし、会議に参加できるような貴族や金持ちだけらしいけど。


「信じられない! ユリエルさまが何故、勇者さまにかような酷いことを……」 


 コンウェルの大富豪と救援に向かったことで知己ができて、口裏は合わせてもらって、俺が勇者であるというこは周知されている。会議は踊るとは言うだけあって、ざわざわと三部会議は荒れに荒れていた。


 ユリエルは一際豪奢な椅子から立ち上がり、映像を止めるように衛兵たちに命令し、上映を止めさせようと試みたが……


「み、みなさまっ、見てはなりません。これはなにかの間違いなのです! そう魔族のでっち上げですわ」


 貴族たちが衛兵たちを押さえる。ユリエルは必死に参加者に弁明するも、ときすでに遅し!


 議題がユリエルの摂政の継続の是非へと変わっていた。投票の結果三分の二がユリエルが退くことを希望していた。


 議長を務めていた司教がユリエルへやんわり交代をお願いする言葉を告げた。


「ユリエルさま……しばらく摂政の公務をお休みいただけないでしょうか?」

「アザン、このようなことをして、分かっていらっしゃいますの?」


「申し訳ございません。私、この歳になりましても、親馬鹿と言われるかもしれませんが娘がかわいくてなりませんもので」


 ここに来てのアザンさまの親馬鹿宣言にユリエルは苦虫を噛み潰したように美しい顔をしかめた。


 ユリエルは三部会議の参加者から囲まれていた。少ない衛兵が彼女を守るも多勢に無勢。王族といえども彼らを敵に回してしまっては、魔族と戦争するどころか、国すら治めることができなくなるらしかった。


「な、なんなよ! 要が……要が……私をはめるためにわざと罰を受けたっていうの? 私はまんまと無能の罠にはまったとでも……?」

「ああ、おまえは頑張り過ぎたんだよ、ゆっくり休め」


 マリエルやアイナの意向を汲むと緩いけど、一時的に摂政を代わってもらうのが妥当だと結論を出した。


「はあ……はあ……要ぇぇーーっ、やってくれましたわねーーっ!!!」

「おまえが俺に懲罰を与えたのが悪いんだよ。しかも喜びながらな」


 悔しそうに俺の顔を睨みつけていたが、彼女が俺を責めれば責めるほど、立場は悪くなっていった。


「不快ですわ! あなたの顔など二度と見たくありません!」

「俺もできれば、おまえよりマリエルの顔を見ていたいよ」


 髪を振り乱し、怒りを露わにしたユリエル。


「は、離しなさいっ!」


 言い終わろうかと思ったときに、平手打ちが飛んできたので、俺は彼女の手首を掴んで止める。


「あのときも避けたり、止めれた。だけど、あえて打たれた。そう何度も俺の顔を叩けるなんて思うな!」

「ぐ……ぐぬぬ……」


 言いたかったことを彼女に告げて、手を離した。ユリエルは衛兵たちに「行きますわよ!」と告げ、会議場をあとにしていった。



 ざわついていた会議場は司教が「ご静粛に!」との言葉で全員が我に帰り、自分の座席へと戻っていく。


「ただいまより、クルシュ陛下の新たなる摂政を決めねばなりません。各々、相応しい人物を推挙願います」


 落ち着きを取り戻し、議長を務める司教がユリエルの消えた会議の参加者に呼びかけたときだった。


「ぎゃああああーーっ!」


 会議場の外から叫び声が……ただの叫びじゃない、それは断末魔のような声だった。


「白樺さん! 柏木さん!」

「ああ!」

「ええ!」


 俺たちは会議場の扉を勢いよく開けて、声がした方へと急いだ。探すまでもなく会議場から少し離れた廊下にユリエルが腰を抜かして、へたりこんでいる。


「見いつけたぁぁーーっ!」


 ユリエルを守っていた数名の衛兵たちは……鋭利な刃物で切り刻まれたり、頭部が無くなり胴体だけになった無残な姿で転がっていた。


 ユリエルの前にはリリスぐらいの身長で彼女によく似合た男の子っぽい魔族が立っている。魔女のようなとんがり帽子エナン帽をかぶった子ども。そのうしろには人の三倍はあろうかと思うようなデカいカマキリ型のモンスターが控えていた。


「嘘だろ……」

「虫はいいぞぉぉーーっ!」


 俺たちが有り得ない大きさの昆虫に驚いていると……


「お姉さまっ!」

「ファブリス!? なぜ、お主がここにっ?」


 会議場に向かってきたマリエルとフードをかぶり、マリエルの従者に変装したリリスがやってくる。


「マ、マリエ……ル!?」


 ユリエルがマリエルの方を向いたときだった。


 ユリエルの身体なら、なにかが飛び出している。


「ないすーっ、デスシックル。おほ~っ、聖女さまの身体を鎌が貫通しちゃったっ! しばらくすると肺の中が血の海になっちゃうかもね、てへっ」


 リリスがファブリスと呼んだ男の子みたいな魔族は巨大カマキリを誉め、聖女に致命傷を負わせたことを喜んだ。ユリエルは背中からカマキリの鎌が突き刺さり胸からその緑の先端を出してしまっていた。


「いやぁぁぁーーっ、お姉さまぁぁぁーーーっ!」


 かはっ、かはっ……と息も絶え絶えになり、眼球は上がって口から血を吐いている。それを見たマリエルは叫んで泣き崩れそうだった。柏木さんが倒れそうな彼女の身体を支える。


「マ……マリ……エ……ル……」


 ユリエルは辛うじて意識のある内に視界に入った妹の名前を独り言のように呼ぶ。だが、一言だけで連呼する力すら残ってなさそうだった……


「じゃあ、もしゃもしゃタイムだよん! ぱっくんちょ、逝っちゃって!」


 男の子みたいな魔族がカマキリに話しかけると首を傾け、頷いたような仕草をする。巨大な顎がユリエルの頭に迫っていた。


「させるかぁっ!」


 アイナから覚えた神速のあの斬撃を放つ。


天翔龍煌あまかけるりゅうのきらめき


 距離があったが十分間に合う、そう思ったときだった。俺の目の前には黒い固そうな甲冑をまとったような巨大な虫が飛び込んでくる。


 斬った!


 強くなった俺の敵じゃない、真っ二つになったカブトムシが転がっていた。


 だけど……


「あはは、食べちゃった!」

「ああ……ああ……」


 間に合わなかった。


 俺がデカいカブトムシを倒している間にユリエルの首から先は無くなっていた。あれほどまでに憎いと思った相手なのに救えなかったことが悔しくてたまらない。


 俺は柏木さんに抱えられるマリエルの顔を見ることができなかった……そんな俺の気持ちを逆撫でするようにガキ魔族はユリエルを殺害したことを笑顔でドヤる。


「ボクの勝ち! だけど、おまえは許さない。大事な遊び友だちのクルセイダーを殺したんだから!」

「許さねえだと……? 俺の苦労を全部、水の泡にしやがって……」


 生かして、今まで虐げてきたユリエルに詫びの一つでも入れさせようとしていたのに、こんなとこで無様な死に方しちまうんだからよぉ!


「おまえ、名前……なんつうんだよ。俺は桐島要だ」

「四天王が一人、狂喜のファブリスだよーっ! 魔族の中ではそこのリリスさまと並んで新世代って呼ばれる優秀なんだー!」


 俺の怒りなんてまったく空気を読まずに、笑顔で余計な情報を入れてきやがる……すでにユリエルの身体はすべてカマキリの腹の中に消えていた。


「あああーーーっ、お姉さまぁぁーっ!!!」


 マリエルの悲痛な叫びだけが辺りに響いていた。


―――――――――あとがき――――――――――

作者、性懲りもなく冷やし中華みたいに新連載を始めました。


【ネトラレうれしい! 許婚のモラハラ幼馴染が寝取られたけど、間男の告白を蹴った美少女たちが、俺と幼馴染が別れた途端に恋心を露わにしてくるんだが。】


脳死しない笑えるNTRざまぁラブコメですので読んでいただけるとうれしいです!


表紙リンク↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330667920018002

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