第41話 前夜祭

――――学園祭前日。


「ほれよ」

「これって……」


 花山から渡されたのは両耳の横に白い羽根のついた青いメタリック塗装されたヘルムだった。おまけに甲冑はわざわざ剣道の防具台に置かれてあるという手の入りよう……


 全部段ボールだけど。


 防御力は0ですか? なんて言葉が出そうになったがなんとも気合いが入っていたので口が裂けても言えっこない。


「美術部に頼んで作らせたんだ。いい仕事だろ?」

「確かに……」


 どうせ花山は仕事してないんだろうけど。


「だけど、よく美術部もこの忙しい時期に引き受けてくれたな。何かプレゼントで贈ったとか?」

「細かいことは気にするな。ヌードモデルを用意するっつたら、一つ返事だったぜ」

「なっ!?」


 まさか、そこまでの馬鹿だったとは……しかも俺は仕事ができる男みたいに腰に手を当てて、ドヤ顔してるのがウザい。


「おまえ、それは流石にまずいだろ!」


 誰がそんなことしてくれんだよ?


 香月さんか? 鬼塚さんか? 金子さん? いやいや、西野さんって線も……ダメだ、みんなの一枚布だけ羽織って、ヌードモデルしてる姿を想像しただけで芸術の秋は股間がヤバくなる。


 そんなの絶対に阻止しないと、そう思ってると花山は俺の肩に触れ、答えてくれた。


「大丈夫だ。桐島……おまえがするんだからな!」

「は?」


 ニッと笑って、サムアップする花山だった。美術部の女子から俺の裸ならなんて提案があったらしい。おかしいだろ!


 がくりとうなだれてしまい、つぶやいた。


「売られた俺の身体……」

「キモいこと言ってねえで機嫌直せよ。早く着替えるぞ」


 とりあえず、それまで身体を絞っておきたい。鬼塚さんのおかずをおすそ分けしてもらってて、最近、少し増量ぎみだから。



 促されるまま、ブレザーとシャツを脱いでインナーだけになると、女子の視線が集まってなんだか恥ずかしい。この程度で恥ずかしがってたら、本当にヌードモデルなんて俺にできるのか不安になってくる。


「桐島くんの胸、大きい」

「か、金子さん!?」


 まじまじとTシャツ越しで俺の大胸筋を見分し、感想を述べる腐女子。キョロキョロと花山とどちらが大きいか見比べていた。


 そーっと金子さんの手が俺の胸に伸びるが……


「触っちゃダメ」

「勝手に触るなよ」


 左手は香月さんに、右手は鬼塚さんに掴まれ、セクハラを阻止されてしまった。


「二人とも、い……意地悪ぅ」


 涙目になっていて本当に悲しそう。お世話になってるのかどうかは分からないけど、触れ合うも多少の縁。


「俺はつねったりしなければ、いいけど……」

「「えっ!?」」


 男の子が女の子のを触れるのは、合意の上でこっそりするなら、とか思ってる。だけど、俺の胸に大した価値なんてないし、モデルの件もあって慣れておかないといけないから、許可を出したら香月さんと鬼塚さんの二人は慌て出していた。


「ではでは、お言葉に甘えさせてもらって、おっぱいタ~ッチ! むふふ、いい筋肉ですなぁ~。筋肉ソムリエの私が見立てたところ、A5ランクかと」


「なんだ、牛肉かよ! 金子に桐島の筋肉の何が分かるってんだ。ここはあたしに任せろ」

「いや、鬼塚さん、素手で素肌に触れるのは……」


 後ろから責めにくる鬼塚さん。Tシャツの脇の隙間から入りこんだ冷やっこい手が素肌に触れて思わず、声が漏れそうになった。


 股間の次は乳首がヤバくなるなんて……


 それだけじゃない……鬼塚さんのふくらみが俺の背中に当たってる!?


 いや、どうなってんだよ。


「美奈もするなら、私も……」


 前から大胆にも鷲掴みされてしまう。なんだろうこの変なシチュエーション……クラスの美少女たちからおっぱいというか、大胸筋を揉まれるというのは不思議な光景でしかない。


「おまえらな、馬鹿やってないで早く桐島にアーマーを着させてやれよ」


 そんなところに救世主が表れた。花山である。


 しかし……


「う~ん、私、学年十位くらいなんだけどなぁ」

「馬鹿に馬鹿って言われた」

「あたしは勉強が嫌いなだけだ、一緒にすんな!」


 三人からこけにされて、キュッと唇を結んで拳を固く握り、うつむき加減にぶるぶると身体を震わしている。


 みんな、止めてあげて!


 花山の自尊心プライドが砕けるから……



 あれ以上すると俺も変な気分になりそうだったのでおさわりタイムは終了にさせてもらう。


 本気じゃないか……


 ヘルムとフルプレートを試着したんだが、段ボールは樹脂か何かで補強してあるらしく、爪でつつくとカツッと乾いた音がした。


 異世界語りをするためにフルプレートを着る意味はあるのかと思ったが、いざ装備してみると厨二心を刺激されてしまうようなデザインで、いつも以上にテンション高めで聞きに来てくれた人たちに良い話しができそうに思えてくる。


 断言しよう!


 俺は異世界で甲冑らしい甲冑は着ていない。せいぜい、胸当てとか動きやすいものだけだ。


 それにいかにも伝説の剣みたいなのを渡してくれたんだけど、俺……ほとんどガンドとデカい鉈で戦ってたんだけどな。


 これが伝説との乖離かいりってやつか……


 赤穂浪士はだんだらの羽織りなんて着てませんよ、みたいな。でも、聞きに来てくれる人たちはそんな真実より、かっこいい、面白い、楽しい物語を期待していると思うので多少の脚色はありだろう。


 だが、それよりも気になることがある!


 俺の傑作、バケツヘッドのことだ。みんなにはモブいと言われてしまったが、俺は魔改造量産機で主役級メカを食う展開が好き。


「あのさ、花山。あのバケツヘッド、どこにやった?」

「あ、あれな。俺がかぶっから」

「は?」


「学園祭の主役はおまえ。俺は脇役、それくれーわきまえてるって」


 俺はデジャヴを感じた。


 あの異世界にいたクリムっていうクズ勇者みたいに自分が主役だと思ってる奴が、俺みたいなモブにざまぁされたことを……


「花山、頼むからざまぁしないで」

「なんのことだ?」



 結局、あのラブレターの差出人については分からなかった。だけど、あの髪色から見て思い当たる女の子は一人しかいない。


 鬼塚さんだ。


 ただ、彼女の家にパソコンやプリンターらしき物はなかったように思う。まあ、まんが喫茶でも借りられるから、なんとも言えないな。けど、もし彼女だったら、俺はどう返事したら良いのだろう?


 ずっと考えていたが、答えなんてでなかった。白樺さんの言葉が脳裏に浮かぶ、人生に答えなんてないと……すっかり薄暗くなった校舎外に出て、差出人指定の体育館裏へと向かった。


(返事ができないかもしれない)


 それでも差出人の気持ちを考えると会わないという選択肢は採れなかった。



 渡り廊下に繋がる出入口の角を曲がると体育館裏だ。体育館は文化系クラブの発表の場なので昼間は準備にせわしなく動いていたのを見ていたが、今はみんな引き上げ、人気はない。


 本番に備えてゆっくり休むのかも。


 それとは真逆に俺の高鳴る鼓動と気持ちは休まることはない。意を決し、そーっと角の先を覗いた。


「香月さん!?」

「要……」


 相手は鬼塚さんかも、みたいに思っていたが違っていた。自意識過剰なことに自己嫌悪になりそう。


 俺の顔を見た香月さんの表情は今にも雨が降り出しそうなくらい曇り空で悲しそうな雰囲気を漂わせていた。


 告白の返事をする前から、表情が暗いというのはどういうことなのか? 俺のようにどきどきして緊張しているとかなら分かるんだ。


 告白するまえから、泣いてしまう子なんているなんて……俺が香月さんの表情が浮かないことに訝しんでいると彼女の方から口を開いた。


「要に言っておかなくちゃいけないことがあるの。私、要に嘘ついた……」

「嘘?」


 まさか嘘告? 


 いやそもそも彼女から告白なんてされてないしな。続きを話してくれた香月さんから、告げられる。


「うん、パパの代筆は私が書いた」

「ん……? えぇぇーーーっ!?」


 確か、『那由多の使い魔』の最終巻が出たのって俺が中学を卒業するくらいだ。俺も読んだがまったく違和感なんてなかった。


 代筆した先生にプロって、他の作者の作品でも同じように書けるものだと感心しきりだったことを覚えている。


 才能って、やっぱりあるんだな……


 そう思っていると香月さんは鞄から、ファイルを取り出し、俺に渡してくれた。


「それで要にお願いがある。これ、読んで欲しい」

「こ、これは……」


 中にはステイプラーに留められた十枚程度のA4用紙が入っており、びっしりと縦書きの文章が並んでいる。長くなりそうなので二人で体育館の基礎にある階段に腰かけて、ページをめくった。


 原稿を読む俺を不安そうに見守る香月さん。原稿を読んだ瞬間に名前などは変更してあるがすぐにわかった。


「俺の異世界語りを書いてくれた?」

「うん……」


 わざわざ見せてくれてたってことはもしかして……


「どこかのコンテストに応募しようとか?」

「それも考えた。それより、カクヨミにって。でも投稿はまだ。要がダメって言ったら、しない」


「そっか、告白ってそのことだったんだね。ありがとう、香月さん。ぜひ載せて。俺もその方が嬉しいから」


 彼女の様子から見て相当、悩んでいたんだと思う。


 認めた理由は簡単。


【異世界に散った勇者に捧ぐ鎮魂歌レクイエム


 彼女が書いてくれていたキャッチコピーが俺の心の中に刺さった大きな楔を引き抜いてくれたように思えたのだ。


 俺の苦労なんてどうでもいい。


 こうやって生きて帰ってこれたんだから。それに隣に座ってる香月さんをはじめ、クラスメートたちに囲まれ、最高とも思える生活を送れてるんだ。


 俺にできることは白樺さんたちの分まで生きること、生き抜くこと。


 そして、どういう形であれ、彼らの生きざまを伝えたい、戻ってきてから、みんなに少しずつ異世界語りをする内に、ずっと思っていた。


 香月さんは俺の伝えたかったことを汲んでくれる素晴らしい聞き手でありながら、情緒豊かに人の心を揺さぶるストリーテラーだと思った。


「要……泣いてるの?」


 取り出したハンカチで俺の頬を拭ってくれた。


 香月さんの小説が俺の心を強く打ち、深い描写が音のように深く浸透してゆく。哀しみと嬉しさがない交ぜになって、涙が止まらない。


「ありがとう、ありがとう、香月さん」

「それはお互いさまだから、気にしないで」


 俺は香月さんの身体を抱き寄せていた。彼女もそれに応えてくれる、同志……そんな連帯が生まれたような気がしたのだ。


 恋愛未満、友情以上の――――


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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