第40話 告白【吉乃目線】

――――早朝。


 今日はどうしても要に伝えたいことがあり、いてもいられなくなって、彼の靴箱に封筒を入れた。ちょうど朝練の最中で生徒の姿はなく、誰にも見られずに入れられたと思う。


 私はおかしいらしい。


 俗な言葉で言えば、“変な子“。幼い頃の私は、人との距離の取り方が分からずに、面白いことを話してくれた知らない人についていってしまうことが良くあった。中年の男に手を引かれても抵抗することなく、一緒に公園にいたりもした。


 そのときはたまたまだったのだろうけど、抵抗しなかったおかげか、幸い親の知るところとなり、危ない目には合っていない。他にも何度かあったが近所の人の助けで難を逃れることも多々あった。


 そんなことがあったものだから、両親から人との接し方には気をつけなさいと何度も叱責しっせきを受けた。


 するとどうだろう、心を開くのはほとんど同性ばかりで特に男子、男性には注意するようにと口酸っぱく忠告をことあるごとに受けたため、付き合ったことのある男子なんていなかった。


 でも、その同性も私の容姿が変わっていくことでおかしくなっていく。


 腫れ物扱い。


 ごくごく親しい友だちは分かってくれたが、親しい間柄でもないのに言葉では上手く言い表せず、所謂ぶっきらぼうな物言いになってしまい、距離を置かれることもしばしばあった。


 かろうじて、親戚兼、幼馴染の雅だけが男の子で唯一の話し相手となってしまっていた。雅も雅でうちの両親からも、雅の両親からも頼まれ、小学校にあがる頃にはボディガードのように私に接していた。


 何故、私は人との距離の取り方がおかしいのか考えたが答えなんて、小学生だった私に分かるはずもない。



 中学に入学して間もないころだ。夜遅く、珍しく尿意を催したため、トイレに行こうとすると、両親がリビングの照明の明るさを落として、座っていた。特にママが深刻そうな顔をしていたことを憶えている。


「才蔵さん……あの子、やっばりアスペルガーの気がある、って病院の先生が……」


 いつもは明るいママがテーブルに顎と肘をついて、そのまま両手を頭に置いてうなだれながら、パパに告げていた。


 ア、アスペルガー……わ、私……病気だったの?


 ママがパパに話した“アスペルガー症候群“という言葉はなんとなく知っていた。だけど、自分がそうだったなんて思ってもみない。


「そうか……でも、私たちの大事な娘であることは変わりないよ。注意すべきところはちゃんと見守ってあげよう」

「そうね、私も深刻になってしまったわ……」


 うなだれるママをパパは後ろから、優しく抱きしめていた。それからはとにかく両親の迷惑にならないように、ということだけを考えるようになった。それでもどうしても変えられないことがあった。



 それは好きな物に対する執着しゅうちゃく


 

 パパの話してくれる異世界での体験とそれをまとめたパパの本。新刊を渡されると何度も何度も寝食を忘れて読んだので両親からいつも心配されてしまう。


 巻末まで読み終わると、深夜零時を過ぎているというのにまた、最初から読み直した。もの凄い目の隈をつくり、登校した日も一度や二度じゃない。だけど、まったく苦じゃなかった。楽しくて仕方なかったから。


 そんな状態で登校すると、


「香月、なんかスゲーぞ!」

「大丈夫」

「だ、大丈夫って、おまえ……」

「私は美奈みたいに授業中に居眠りしない」


 同じクラスの柏木美奈ははっきり私に物を言う。


「あーそかよ、分かった分かった。心配して損した」


 私もそうだ。端から見れば、喧嘩してるように感じるかもしれない。だけど、美奈と言い合えることがうれしい。例のぶっきらぼうな物言いだから、彼女には伝わってないかもしれないが……


 そんな美奈は両親が別れてから、苗字が変わり、それ以降彼女との会話が、少しずつ減っていったことに寂しさを覚えた。



 そんな私だったが高校に入り、気になる男子ができた。だけど、ほとんど彼とは話せずに終わった。


 ぽっちゃりとした体型の男の子でオタクっぽい。休み時間に級友たちとラノベの話をしていて、ちょっと気にはなっていた。


 ある日のことだ。


 ちょっとした事件が起こった。よそのクラスの男子からしつこく誘われていた。私は容姿に対するこだわりはない。


 チャラいと言えば、そうなのかも、と言えるような髪を染めてピアスをしてる男子。頑張ってる感が凄いように思った。


「ね、香月さん。ちょっと放課後、遊びに行かない?」

「いかない」

「それをさあ、なんとかお願いできない、ダメ?」


 こういうときは雅が現れ、私が嫌がっているのを見て追い払ってくれる。だけど、現れなかった。その代わりと言うと彼に悪いが、あの気になる男の子が現れた。


「香月さん、次、移動教室だよね? 遅れるよ」

「分かった」

「ああ? 今、俺が香月さんに話しかけてんのが見えねえのかよ。デブは引っ込んでろ!」


 ドンッ!


 私としつこい男子生徒の間に入って、私に声をかけてこようとした男子をその大きなお腹でブロックしてくれたみたいなのだが、運悪くその男子が男の子を突き飛ばしてしまって、男の子が私に当たってしまう。


「痛っ!」

「俺は知んねえ。そこのデブが悪いんだからな!」


 その勢いで転んだ私。


 誘ってきた男子は逃げていってしまう。そこに雅が偶然通りかかり、彼が私に良くないことをしようとしていたと思いこんでしまっていた。雅とはいつも喧嘩ばかりしているが根は優しい。


「桐島、おまえ! なに吉乃にちょっかいかけてやがんだ!」

「俺は……何も……」

「しらばっくれんなよ」


 だけど、雅はかなり早とちりしやすい。それで、そんな雅の気遣いが暴走する。私に害を及ぼすと思った雅は彼をことあるごとに馬鹿にしたりして、間違った方法で私を守ろうとしていた。


「雅、桐島は悪くない。もう止めて」

「いいや、あのデブ……ぜってー吉乃にいたずらしようとしてるに違いねえ。きっちり分からせてやる」

「本当に違うから!」


 表向きは収まった。だけど、私の知らないところでいじめていたってあとから知った。



 助けてくれたお礼もあり、声をかけようにも距離感の問題があって、気味悪く思われたらどうしようと思うばかりで、そう思ってる内に彼が大嶽山の噴火に巻き込まれて行方不明になったと知る。


 早く声をかけていれば……と後悔していた。


 でも、奇跡が起こったのか分からないが行方不明から無事、戻ってきたことに驚いてしまう。


 しかも、彼の姿は別人とも思えるくらいシャツとベルトの間に垂れていた余計なものは消え失せ、丸かった頬のふくらみはなく、シャープなラインとなっていた。


 唯一かれだとすぐ分かったのが少し垂れ気味で優しげな眼差し。それも切れ長になって優しさと格好良さが同居していた。



 やっぱり距離感のこともあって、戻ってきた彼と話せなかったが、雅があの桐島要と話せる機会を与えてくれたのだ。


「吉乃、おまえ……異世界ファンタジー好きだろ? 桐島が話す嘘くせえのがめちゃくちゃ面白いんだよ。一度、聞いてみろよ、絶対吉乃もはまんぞ」

「分かった」


 雅にはいつものようにそっけなく返事したが、内心うれしくて仕方なかった。桐島要と私の大好き異世界ファンタジーのことを話せることが……



 その次の日。全部、お膳立てしてくれていて、私は委員会の仕事が終わり、雅に声を書けるだけで済んだ。


「雅、何してる?」

「おせ~ぞ、吉乃! もう終わっちまったぞ。あと雅って名前で呼ぶな」

「雅は雅。遅れたのは私はサボらず、委員会の仕事してきたから」


 でも恥ずかしい……


 好きな物には距離感がおかしくなって、パパにしていたことを気がつくと要にまでしてまっていた。要に嫌われたかもしれない。


 そんな昔とちっとも変われなかった私だけど、要は毛嫌いせずに優しかった……


 しばらく要の話に耳を傾けているとパパのいた世界となんとなく近いような気がしてきていた。その中で要がドラガレアって、口に出したことで確信に変わる。


 ママの了承をもらい、家に招いてパパのことを打ち明けた。要も驚いていたけど、それで良かったと思う。


 だけど、要には話せていないことがあった。



 告白したい……



 それは香月才蔵ことヤマガタニコムの代筆についてだった。ママにはパパから伝え聞いた話を懇意こんいにしていた作家、坂上さかのうえ先生に教えると言っていたが、実は私がパパから伝え聞いたことをパパならこう書くだろうと原稿にまとめて、先生に渡していた。


 初めて、それを渡したとき……


「本当にこれは吉乃ちゃんが書いたものなのかい?」


 私は無言で先生の質問に頷いた。パパの影響で本棚にある本はすべて目を通している。


 もちろん、一番よく読んだ本はパパの代表作で遺作の『那由多なゆたの使い魔』。ヤマガタニコムの娘ゆえに誰よりも詳しい自信があった。


 小学生の頃から読書感想文を小学校の先生に書くよう言われ、ただ宿題の一環として書いたものが、ちらほら賞を穫ったりしていた。だけど、それだけ。パパが亡くなるまで自分に文才があることなんてまったく思ってなかった。



 結局、坂上先生は原稿に目を通すだけで、手直しすることなく校正に出してしまったらしい。それでも編集部からは懇意の作家がヤマガタニコムそのものだ、と言われ改めて驚いた、なんて話してた。


 先生はヤマガタニコム名義で私の原稿をそのまま出すことを決めた。ただし、私の意向で書いたのは坂上先生ということにしてもらった。


 お金の話になると途端に欲深くなる人が多いが生前、お世話になってばかりだったので全額、私に渡そうとしてきた。


 だけど、必要な資料やなんかはもうパパが用意してしまっていて、あとはプロットとログラインに沿って書くだけだったので断った。結局、印税なんかはママを挟んで互いに譲り合って、折半になってしまっていたけど。



 そんな私は要の異世界での体験談を聞いて、父の遺作と同じ匂いを感じてしまい、彼に断りを入れることなく、話をまとめてしまっていた。


 雅に読んでもらおうかと迷ったが、父から話されることや漫画やアニメになってないとダメ、雅には本を読むというのは嫌々、教科書に目を通すくらいで、とても私の原稿を渡そうと思う気にはなれなかった。


 要にちゃんと断らないといけないことがあったのに未だにちゃんと話せていなかった。もしかしたら、私のした余計なことで要は二度と異世界での体験談を話してくれなくなると考えただけで心が苦しくなる。


 だけど、要に打ち明けないと前に進めない。だから、彼に体育館裏へ来てもらうよう靴箱へ封筒を入れておいた。


 要の了承を得られれば、私は彼の体験談をWeb投稿サイトのカクヨミに投稿したい。パパの作品が残ったように……


―――――――――あとがき――――――――――

作者、性懲りもなく冷やし中華みたいに新連載を始めました。


【ネトラレうれしい! 許婚のモラハラ幼馴染が寝取られたけど、間男の告白を蹴った美少女たちが、俺と幼馴染が別れた途端に恋心を露わにしてくるんだが。】


脳死しない笑えるNTRざまぁラブコメですので読んでいただけるとうれしいです!


表紙リンク↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330667920018002

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