第39話 離反

――――コンウェル郊外。


 俺の前に妖しげな女が現れた。


 他の勇者たちの行動が馬鹿らしい。あの者たちとつるんだところで何も得られそうにないと判断し、森やダンジョンを片っ端から攻略している最中のことだった。


 病的にまでに白い肌、黄緑色の派手な髪色、虹彩が炎のように赤く、唇は赤紫の紅が引かれて、目元には涙ぼくろがあり、一目見れば、その美しくも妖艶さにたぶらかされる男も多いと思わせた。


 禍々まがまがしい雰囲気を胴体はもとより手の指先、足のつま先、それに動物では見ないような黒い尻尾から漂わせている。まるで全身から紫煙の奥拉オーラが立ち上っているような気がした。


 明らかに人在ひとあらざる者。


 シャララララン♪


 円環リング同士がすれ、澄んだ金属音が鳴る。王国の者たちに形を伝え、造らした錫杖しゃくじょうを片手に印を組む用意をして、構えた。


「貴様は何者だ? 禍々しい雰囲気をかもし出しておるが……」


 それまでかぶっていた地味な色のフードを脱ぐと女の顔の彩度が上がり、いかにも男を奈落の底へ導く美しき悪女だと俺に警告してくる。


 難行の最中、夢に現出する夢魔、淫魔の類か?


 口角から舌を覗かせると甘ったるい香水を思わせるような声で俺の認識がさも間違っているかのうな指摘をしてきた。手の甲を頬に当て、上品な淑女のような振る舞いを見せながら……


「あら、いやですわ。大嶽おおたけさま。妖艶と仰っていただきたく存じます」


 すでに俺の名を把握しているということは闇雲やみくもに声をかけてきたわけではなく、明らかに俺と接触を図りに来たとみていい。


「貴様、名は?」


 修業の邪魔になると思い、俺は女には一切興味を持たぬようこれまで生まれて、この方ずっと過ごしてきたが、目の前の女の名が知りたく興味が湧いた。学校にこそ通えど、級友の女子の名など一度もちゃんと覚えたことがないというのにだ。


「失礼いたしました。私、魔王軍が四天王。みなは情熱のバルベラと称します」


 ほう……他称か。


 真名を名乗らず、呪法でも避けたつもりなのだろうか? なるほど俺が気取けどったのは妖しき美しさの中に潜むおどろおどろしい怪異に対してなのだと一人納得していた。


「その魔族の中でも上に位置する貴様が俺に何用だ?」

「スカウトと言えば、分かっていただけるでしょうか?」


 勧誘だと?


 魔族が勇者と称される俺をか?


「はははっ、魔族というのはそんな冗談も言えるのだな、実に驚いたよ。出会う魔物たちは本能のまま、人を襲うだけなのに」


 俺の周りには襲いかかってきた魔物どもを返り討ちにした亡骸が累々と積もっている。女の言うことが、あまりに荒唐無稽こうとうむけいな誘いに笑うのを禁じ得なかった。


「いいえ、冗談などではございません。私は本気で大嶽さまを口説きに参ったのです。そのお力、人を惹きつける魅力、そして、圧倒的強者のみが持つ落ち着き……惚れ惚れいたしますわ」

 

「冗談だけでなく、世辞まで使えるとは恐れ入る」

「お世辞などではございません。本当のことにございます」


 魔族だというのに、禍々しいというのに、優しげな微笑みを浮かべながら、臆面おくめんもなく本音と言い張る。


 この女……実に男心をくすぐってくれる。


 それまで生を受け、女と話すのは母や妹以外は苦痛とも言えた。だが、何故だか分からないがこの女と話すのは苦痛はおろか、楽しいとも思えてきてしまう。さしたることは話していないのに。


「あなたさまの望まれる強者との戦い、そして、最強へと至る道筋を示せるかと」


 魔族だというのに優しげな笑顔を浮かべ、魅力的な提案で俺を誘う。


 俺の気持ちは……


「大嶽さま! かような魔族の言葉に耳を貸してはなりませんぞ! 今すぐ打ち倒すべき相手なのです、どうか惑わされぬようお願い申しあげます!」


 そんな俺の楽しみとも思える刻に水を差してくる者たちがいた。王国から派遣され、俺の下で甲斐甲斐しく仕えてくれていた神官たち。


 今までは感謝しかなかったが、邪魔をされたことでそれまで感じたことのない怒りが心の奥底から湧き上がろうとしていた。


「不動明王の加護を! 【金縛法きんばくほう】」


 俺が印を組み、神官たちにこちらの世界で技能スキルと呼ばれる呪法で拘束した。顔以外の身体の自由を奪われたことに神官たちは慌てている。


「なっ!? なにをされるのですか!? 気でも触れられたとでも?」


 俺が神官たちを拘束したことにバルベラと名乗った女は眉尻を下げながら、鋭い犬歯を覗かせ、満足そうに妖しい微笑みを浮かべていた。


「今なら引き返せます! 我々は何も見なかったことにいたしますので、どうか大嶽さまっ!!!」

「俺がなにをしようが、誰に組みしようが貴様らに命令される筋合いはない。もし俺に命令したくば、それ相応の力量を持つことだ」


 神官たちは俺の裏切りを見逃してやると言う……なるほど、俺に心から仕える気持ちなどなく、あの腹黒聖女へと告げ口するだけの犬だったか。


 実に失望した。


「その動きを止めよ! 【金縛法 心握しんあく】」


 立ったまま動かなくなった神官たちの胸前で手のひらを広げたあと、渾身の力を込めて、握りしめる!


「うぐーーーっ!」

「く、ぐるじぃぃーーっ」

「は、はぁ、はぁ」

「うぐぐ、ぶくぶくぶく……」


 本来ならば胸を掻きむしり苦しむような呪法……神官たちは腕が動かない分、痙攣けいれんしたかのように身体を小刻みにだが、激しく揺らしていた。十秒も経たない内に全員、泡を吹いてしまっていた。


「殺してしまわれたのですか?」

「いや、気絶させただけだ。弱い者をいたぶる趣味は俺にはない」


 バルベラは驚いた表情で神官たちを見ていた。俺とついて来ようとする者ならば、共に最強への道を歩もうと思っていたのに残念でならない。


「まあ、とってもお優しいお方……」


 バルベラは俺の気持ちを読んだのか、慰めるように俺の腕にあざとく乳房を押し付けてくる。人間の女ならば、蕁麻疹じんましんが出るところなのだが、不思議と彼女に押し当てられてもなんともない。


 いや、それどころか、もっと触れてくれと身体が固く反応してしまっていた。こんなこと、初めてだ……バルベラ、おまえは一体、何者だというのだ? そんな疑問が湧き起こり、俺は……


「さあ、参りましょう! 私たちの新たな門出へ」

「ああ、そうだな」


 淫魔に誘惑された……といえば、そうなのかもしれない。だが、バルベラが俺に強者との戦いを提供してくれることに心が躍るのを押さえきれないでいた。


 差し出された長い爪が美しい手を取ると……


「俺は……おまえを抱きたい。抱かせてくれるか?」

「ええ、ご随意ずいいに……天国に至たるほどの快楽で抜け出せない地獄へ参りましょう」


 女を抱きたいなどと思ったのは生まれて初めてだった。



 * * *



――――学園祭準備中の教室。


「おいおい! クズ勇者が死んで、朴念仁な勇者が誘惑されて裏切っちまうなんて、どーすんだよ!」


 一旦、休憩のために話を切ると胡座で作業していた花山が立ち上がり身を乗り出して、訊ねてくる。手洗いに行ってる級友もいるので、今ネタバレするのも気が引けた。


「まあ、待ってくれ。ちゃんと話していくから」


 どうどうと息巻く牡馬をなだめるように花山の肩に手を置いていると、「お、おう」と返事して落ち着きを取り戻してくれたようだ。


 学祭の準備のために教室内の机をすべて後ろに押し込んでいる。俺の異世界語りの雰囲気を盛り上げるために出された提案。


 そう、コスプレ。


 ナーロッパと呼ばれる世界観に沿った衣装をみんなで作ってる最中も俺はみんなに話しながら、作業に没頭していた。


 ガチのレイヤーならFRP強化繊維プラスチックなどで甲冑を再現したするんだろけど、そんな予算はい!


 ダンボールにシルバーの塗料を塗り……


 テレレ、レッレレーーッ♪


 青いタヌキが異世界とつながってるかのようなポケットから取り出したる道具並みの完成度を誇るアイテムが爆誕した。


 バケツヘッド。


 騎士が装備していた十字の目だし用のスリットの入った円筒形のヘルム。完成したことに悦に入って、被ってよろこんでいたら……


 心ない言葉が飛んできた。


「桐島、それじゃモブ過ぎっだろ」

「えっ!? ダメ……なのか?」


 俺に言い放ったのは花山。周りの男子たちもそれに頷き同意していた。彼の言葉に生来のモブ気質であることを自覚させられたのだ。


 俺的にはこれに黒マントとライトセイバーを装備すれば、無双してデ○スターすら落とせそうな気がしたんだが……



――――翌日。


 昨日の悲しみを乗り越え、学園祭の準備に慌ただしくなった時期の朝、靴箱に白い封筒が入っていた。


 こいつぁ……世に言う“ラヴ・・レター“!?


 誰も見てないのを確認して素早くブレザーの胸ポケットにしまいこんだ。まさか……俺がラブレターを受け取ってしまうなんて。


「よっ! 桐島」

「わ――――っ!?」


 後ろから花山に肩を叩かれて、情けない悲鳴のような声を上げてしまい、近くにいた生徒たちが何事かと見る。結局、何もないことにクスクスと笑いながら、靴を上履きに履き替え、各々の教室へ流れていった。


「なんだ、そんなビビんなよ。デカい声あげてさ……」

「あ、いや、なんでもないよ、花山くん。それよりおはよう」

「あ、ああ、おはよ」


 妙に他人行儀な朝のあいさつを交わすと二人で教室に向かった。階段を登るとき、誰かに見られているような気配を感じたのだ……


「なにしてんだ、いくぞ」

「待ってくれよ」


 花山に急かされ、その姿をちゃんと確認することができてない。金色っぽい髪が壁際に隠れるのがチラリと見えたような気がしたんだが……気のせいか?


 休み時間は俺の周りに人が集まるから、ゆっくり見ることができない。封筒を開いて、授業中に見ようと試みると……


「桐島! ここ、解いてみろ」

「へ?」


 数学の山田先生から指名され、しどろもどろになって、変な声をあげてしまった。級友たちはそんな俺の様子を見て、クスクス笑う。だが嘲笑じゃない。ただ、コミカルだったから笑った、そんな感じ。


「へ? じゃない、授業中に集中してないのはいかんぞ~」

「済みません……」

「もう、いいぞ」


 先生は俺が集中していないことを注意したかっただけで、答えられずに恥をかかせるつもりはないらしい。


 だけど、俺は……


「あ、いえ、先生。それなら多分、分かると思うんで……」

「無理しなくていいんだぞ?」


 黒板に書かれた放物線を描く二次関数……


 級友たちが大丈夫かと心配されながら、そのまま歩いて黒板下のチョークを取り、計算して書き込んでいく。


 カッ、カッ!


 計算式を勢いよく、筆圧強めでしっかり書きこむとチョークがパラパラと削れ、チョーク置きに溜まっていく。


 カツン!


 括弧を書き終わり、チョークを鳴らしてから置いた。

 

(-2,3)


 気分は証明終了Q.E.D.といった感じ。証明じゃなく座標を求めただけなんだけどね。正解かどうかも分からない内にクラスメートたちから、俺の堂々と淀みなく書かれた数式におおっ!との感嘆の声が漏れた。


「正解だ……」


 答えを見た先生が驚く。級友たちはそれまでの経緯もあり正解したことで、声だけでなく拍手までサービスしてくれていた。異世界から帰還し、容姿や態度の変わった俺に先生が訊ねてくる。


「なあ、本当にあの桐島なのか?」

「もちろん、そうですよ」

「いや、疑って済まない。最近、よく勉強してるな。偉いぞ」

「ありがとうございます」


 先生がそう言うのも無理なかった。以前の俺なら分からなかったと思う。異世界から帰ってきてから、体力がついたおかげで勉強し始めるとすぐ眠くなっていたのが、粘り強く机に向き合えるように変わっていた。


 それで休んでいた分を取り戻すだけでなく、成績もかなり上がっている。そんな俺を見た花山が驚いて、なにか言ってた。


「おお、俺に解けない問題をしれっと解いてくれる」

「花山うるさいぞ、次の問題、優しくするから、おまえ解いてみろ」

「無理ッス」


 わははははっ! とみんなの笑いの漏れる教室。


 やっぱり最後はおいしいところを持っていくムードメーカーの花山。異世界の話をすればするほど、奴との仲が深まってることを感じた。


 ついこの間なんか、二人で近所のショッピングモールに行って遊んだり、服装の相談に乗ってもらったりしてる。そんなときに限って、よだれを垂らした金子さんと遭遇するのがオチなんだけど。


 結局、授業の終わりのチャイムが鳴った刹那にダッシュ。休み時間にこっそり男子トイレに籠もり、封筒の中身の便せんをチェックした。


【突然、こんな手紙を送ってしまい申し訳ありません。実は桐島くんにお話したいことがあり、この手紙をしたためさせてもらいました。前夜祭が終わった体育館裏で待っています】


「マジかっ!?」


 思わず、個室で声を出してしまう。


 用を足していた男子生徒から「なんだ? なんだ?」と声がしていた。


 もう、これって告白じゃないのか?


 でも、差出人不明。おまけにA4用紙に出力された文字だから、筆跡を伺い知ることができそうにない。まあ、以前の俺なら罰ゲームで嘘告だと判断して、無視してたんだけどな。


 この差出人は俺をどれだけ、ドキドキさせるんだよ!!!


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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