第37話 覚醒その2

 一騎打ちを承諾した船橋だったが、戦況が不利になった途端に手のひらを返して、リリスを人質に取り、俺を脅していた。


「俺とあんたとの勝負じゃなかったのかよ? クソザコに負けそうになったからって、人質取るなんて人として最低じゃねえか!」

「うるせえ! ガキが舐めた口訊いてんじゃねえぞ、勝ちゃいいんだよ、人生も、勝負も」


 俺から見れば、船橋は一回り以上年上なのに当初、俺に見せていた余裕なんて微塵みじんも感じられない。


 船橋が顎を上げるとごろつきと大差ない部下たちが集まってきて、俺を取り囲んでいた。だけど、一人の部下が口を開く。やがて他の部下たちの顔も真っ青に変わっていた。


「ふっ、船橋さん……う、後ろ……」


 青ざめた部下たちとは裏腹に船橋はリリスの首元にダガーを当ててまま、何が起こっているのか、さっぱり分かっていない。


「あ? なんだよ? なんかいんのかよ? あ、へ?」


 船橋が振り返って見たものは……



 ――――骸骨騎士ボーンナイト



 人間より二回りほど大きくて、だいたい二~三メートルくらいの甲冑を着たスケルトン……


 違う、正しくは骸骨武士と言うのが正しいかもしれない。まるで日本にかぶれてしまった外国人みたいに鎧装束に刀で武装している。目玉はないが、奥が赤く怪しく光っていた。


 その骸骨騎士が呼吸したのか、口からブフォーッと紫色の吐息が周囲に広がった。すると一斉にごろつきたちがゴホゴホと咳をし始めた。俺も船橋もリリスも今のところは無事ではある。


 あれが瘴気しょうきって奴なんだろうか?


「くそったれ! おまえら、先にそっちの骸骨をやれっ!」


 無理ゲー過ぎた命令。きょうびのブラック企業でも死んで来いなんて、業務命令なんて出さねえと思うぞ……俺、働いたことねえけどさ。


 船橋の言葉はそれと同義。


 部下たちは瘴気を吸い込んだ影響からか、混乱をきたし始める。胸をかきむしる者、ぐるぐるその場を回り続ける者、泣き始める者、様々。


「は、肺が焼けるっ!!!」

「たっ、助けくれーーっ!」


 やがて一人が逃げ出したことでせきを切ったように船橋の命令を無視して、部下だった男たちは散り散りになり敵前逃亡をしてしまった。


 リリスという人質を取ったのに突如現れた魔物によって、前門の虎、後門の狼のような大ピンチだ、船橋が、だけど。


 さっきまでの威勢の良かった船橋がぼっちになり、後ろに骸骨を抱えるピンチに煽ってやった。


「人生勝ち組を目指してる割に随分、人徳があるらしいな」

「うるせーーっ!」


 勝ち組どころか、完全に負け組ムーブ。


 リリスを突き飛ばした、骸骨騎士に左手のダガーだけで対峙した船橋だったが……


「ちっ、近づくんじゃねえ!!!」


 船橋がブンブンとダガーを骸骨に向かって、振り回して近寄ってこないよう牽制するが、それにすらなっておらず、骸骨はその大きな体躯から手を伸ばせばリリスに届きそうな距離にまで接近する。


 俺はデカい骸骨が魔物かと思っていたんだが……


「リリスさま……お迎えにあがりました」


 骸骨が喋った……気を失っていたリリスは異形の魔族の言葉で目を覚ましたのか、ゆっくりとまぶたを開ける。


「う、ううん……グラッツ!? な、なぜ、おまえがここにおるのじゃっ!?」

「連れ戻しに参った次第にございます。アザリケードさまの下にお戻りください」

「いやじゃ、いやじゃ、戻らんのじゃーーっ」


 どうも知り合いらしいが、穏便に済ますことは難しいように思えた。なぜなら、骸骨が魔王の名を出したから。


 鉄甲を外し、白骨化した手のひらをリリスに向け、連れ戻そうとする骸骨に向かって、


「隙だらけだぜっ!!!」


 船橋が骸骨にダガーを首の付け根に斬りつけた。だが、骸骨は船橋の攻撃を食らっているのに、まったく相手にする気配がない。


「くそったれがっ!」


 何度も叩きつけるが、金属がぶつかってるだけで効いてない。


「おまえか? リリスさまを傷つけた痴れ者は」

「そうだよ! そのガキは使えねー部下に命令してやってやったんだよ。それがどうしたぁぁー……」


「抜刀【修羅手スラッシュ武霊苦ブレイク】」


 スパンッと抜いた刀の白刃が一瞬見えたかと思ったら、納刀されている。


 コロコロと俺の足下に転がってくるもの……


「うっ、腕がぁぁぁーーーっ!」


 今度は左手も飛ばされた船橋が絶叫していて、とてもうるさい。いや、普通はそうか……俺が【幻肢痛】で感覚がおかしくなってるのかもしれないな。


「黙れ、下郎」


 えっ!?


 刀を抜き放った骸骨は船橋をまるで居合道に使う巻き藁のようにドシュッ、ドシュッと連続で二度、撫で斬りにしたかと思ったら、首と上半身がぼてっと転がっていた……


 首は目を見開いたまま、下半身はゆっくりと膝が折れ、パタンと前にたおれる。断面から臓物がこぼれ、地面に見る見るうちに赤い水たまりができていた。


 うげえぇぇぇーーっ!


 断面は見慣れてる。だけど、内臓はダメだった。


 船橋を切った骸骨はスッと刀を振り上げたかと思うとブンッ! と血振りして鞘に納める。リリスは船橋が骸骨に気を取られている間になんとか俺の側まで逃れてきて、俺の服を掴んで後ろに隠れた。


 骸骨は船橋をただの肉塊に変えると目標を変えたようでゆっくりと俺たちの方に向かってくる。ゆっくり歩いている間に俺をどう刻んでやろうかって考えてるみたいにみえて、身体が硬直しそうになっていた。


 そんな俺の予想は骸骨が口を開いたことで外れる。


「貴殿にはリリスさまが心を許しておるようだが、アザリケードさまの下に戻るよう説得して欲しい」


 まったく話にならない相手かと思ったら、本気でリリスを連れ戻そうとしてきているらしい。


 しかし、疑問が残る。


 俺ぐらい弱ければ、船橋みたいに切った捨てて、強引に連れ帰ることもできるはず。なのにこいつは俺に説得をさせようとしていた。


 だが、断る。


 そんな説得できるはずないから……

 

「できねえよ……リリスは俺のところに亡命してきたんだからよ」

「要……」


 俺の服の胸元を弱々しい力で掴んで、行きたくないとふるふると首を振って、教えてくれる。


「行きたくねえってよ」

「推して参る」


 問答無用かよ!? あんな奴とまともに戦ったら、マジでやべえって!!!


 いくら【幻肢痛】あっても、あんなにバラバラにされたら、どうにもならないかも……それにリリスがいてもこんな身体じゃ戦えない。



 どーするんだよっ!



 戦ったら、骸骨に殺される。だけど、リリスを引き渡したくもない。


 考えろ、俺。


 そのとき、ふと視界に映ったもの。


 また、だ……


 転がってる船橋の腕を見ると蛍光色の文字で、



 結合可能アイテム【船橋浩平の腕】



 と表示されてる……


 まさか本当に俺以外の腕と結合できるなんて、どうなってんだ? 俺の身体は魔改造プラモなのかよ……


 だが、あのクソ野郎の腕。


 ただの肉の塊になって転がってる奴の生首と胴体と下半身に目が行くと、あいつが言ってた勝ち組、負け組なんて言葉が思い浮かんでしまう。


 ああなっちゃ、ユリエルたちでも蘇生なんて無理だろ……


 俺もこのままじゃ、細切れにされて地面に転がるのも時間の問題。俺を頼ってくれたリリスの願いを叶えるどころか、船橋にかわいそうにボロボロにされて、連れ戻されるなんて、なんの罰ゲームだよ。


 一か八か、俺の運って奴にかけてやる。


 この世界の神が俺にそっぽ向いても、マリエルっていうマジ天使な聖女さまが俺に笑顔を見せてくれるんだからよぉ!!!


 少し距離があったので白樺さんに習った回転レシーブのように飛びこんで前回り受け身をしながら、船橋の腕を拾う。立ち上がると同時に出た通知。


―――――――――――――――――――――――

【結合しますか?】


はい  ←


いいえ

―――――――――――――――――――――――


 「はい」に決まってんだろーーっ!!!


 はいを選ぶと【幻肢痛】(自切パージ)が発動して、勝手に俺の腕がボロリと地面に落ちた。これで鉈で切り落とさずとも、いいってわけか。


 切断面に船橋の腕を装着すると関節の位置と長さは一体どういう仕組みなのか、まったく分からないが調整されて、自分の腕のようにしっくりくる。だが、肌の色違いや腕に彫られた趣味の悪いサソリのタトゥーはそのまま残ってる……


 船橋の左腕は俺のものに完全に馴染んだ。


 すると……


―――――――――――――――――――――――

【幻肢痛】のレベルアップの効果により、【模倣ミミック】が【出藍之誉エクシード】に進化しました。

―――――――――――――――――――――――


 と謎の通知がくる。


 意味が分からないが……俺にもちゃんとスキルスロットとストレージが備わっていて、そのまま船橋が大嶽くんやアイナからパクったスキルが継承されてる。


「ほう……人間。なにかこそこそとしているかと思ったら、随分と愉快なことをしているな。この先、楽しませてくれるのか?」

「俺に戦闘狂なんて性癖はない! 目の前のロリさえ守れりゃ、それで十分、なんか文句あるか?」


「ない、【修羅手スラッシュ武霊苦ブレイク】」


 ムシャ骨太郎は話終わるや否や、いきなり抜刀して斬りつけてくる。


 とりあえず、持ってるバフスキル、


身体強化(加速)バック・トゥース

身体強化(耐久)スチール 

身体強化(腕力)ティタン

身体強化(器用さ)テクニクス


 の全部乗せしてから鉈で刀を受け止めた。


「受け止めた……だと?」


 受けれた!?


 手がびりびりと震える。強力な攻撃の衝撃で、というだけじゃない。向こうも驚いてるが、俺もまさか格上と思われる相手のスキル系の斬撃をしのいだことに身体の奥から沸き起こるよろこびに震えていた。


 スキルが使えるなんて、おまえら全員、チートプレイしてるようなもんだろ! 今まで散々、縛りプレイをさせられて来たんだ。


 こっからはすべて俺のターン……


 と言いたかっただけど、アイナたちのスキルじゃ、この骸骨を倒せそうにない。そう諦めかけたときだった。


―――――――――――――――――――――――

修羅手スラッシュ武霊苦ブレイク】を習得可能です。習得しますか?


はい  ←


いいえ

―――――――――――――――――――――――


 はいだ、はい。


 名前はセンスの欠片もなくて、まるで暴走族の当て字。だけど、ないよりマシだ!


「お、覚えたぜ! 修羅手スラッシュ武霊苦ブレイクをよぉ!」

「はははっ! 相手のスキルを奪うとは恐れ入った。だが、そんなまがい物が我に効くとでも?」


 いままで一番、骸骨のテンションが上がったような気がした。骸骨だから、表情なんて読めないが赤い瞳孔? 光? どっちでもいいが、それが大きく光ったように見えたから。


「互いに打ち合う、それで優劣を決めるのはどうだろうか?」


 こいつは他にもスキルを持ってるに違いねえ! そんな提案してくるなんて、パクられんのが怖くて、出し惜しみしてるのか?


 でも仕方ない。今の俺にこいつに勝てそうのはあのダサい当て字の斬撃スキルのみ。


「分かった、やったろうじゃん!」

「物わかりがいい」


 骸骨の首がかたりと前に傾いたかと思ったら、前傾姿勢になり、柄へと手をやる。俺も真似して鉈を脇に構えた。理由は分からなかったが、身体が勝手にそう動いてた。


「行くぞ!」

「せーの!」

「「【修羅手スラッシュ武霊苦ブレイク】」」


 ガッキーーーィィィン!!!


 一斉にに放つと刀と鉈、金属と金属がぶつかり合い、激しく火花が散った。ぶつかった衝撃が手からジーンと脳天にまで達して、くらくらしそうになる。


 向こうの方が明らかに刀身が長い。だが、押し負ける気なんてまったくしなかった。互いに押し込もうとつばぜり合いをしているとミシミシと嫌な音が合わさった接点からしてくる。


 ミシッ、バキンッ!


 とうとう限界を越えてしまったようで、音を立てて折れてしまう。と、同時に……


「馬鹿な!? 我が武技がまがい物に負けなどと……」


 俺の鉈がムシャ骨太郎の胴当てに入り、斜め一文字に穴が開いてしまっていた。さすがに肉じゃない、骨に達する傷は負わせられてないが……


 しかし、骸骨の言う通り、パクっておいて本家より強いってのはやっぱり腹が立つよな。


 折れた刀の破断面を顔に近づけ見たあと、ため息をついて柄を地面に投げ棄てた。


 ポイ捨て禁止って言葉、知らねえのか?


 さっきまで恐怖でしかなかったのに余計なことを考える余裕が生まれていた。


 ムシャ骨太郎は戦ってる最中だと言うのに俺に背を向け、ゆっくり歩き始めた。


 何をするんだ? と思っていたら、船橋の頭髪を掴んで麻袋にしまい込んだ。そして、俺に……


「貴公、名は何という。我は魔王軍幹部、四天王が一人、静寂のグラッツ」


 四天王!?


 リリスの奴、意識が朦朧としてるけどそんな大事なこと一言も言ってねえよ! そう言うこと先に言えって!


 でも名乗ったってことは、あれか? 


(ライバル認定みたいな)


「俺は要……桐島要だ!」


 俺の名前を聞いた骨太郎は満足そうな表情というか、顎が半開きになって笑ってるように見えた。


「覚えたぞ! こちらは勇者の一人を倒した。桐島要よ、この勝負は預ける。それまでの間、リリスさまの御身は貴公に委ねよう。また再び合いまみえるときを楽しみにしている」


 身を翻し、去ってゆく。


 待て! と言うことはできた。だが、戦うことよりリリスの容体の方が心配ですぐさま、彼女に駆け寄る。


 ピィィィーーーッ!


 木製の笛を吹き、白樺さんに俺たちの居場所を伝える。色々、ありすぎて喚んでる余裕なんてなかった。


「待たせたな、大丈夫か!?」

「お、遅いのじゃ……淑女を待たせるから、おまえはいつまで経っても童貞なのじゃ……」

「うるせー、そんなこと言う余裕があるなら大丈夫そうだな」


 だが、リリスに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。守れなかったことと、俺たち人間のやったことに。


 白樺さんと合流したら、すぐにマリエルにこいつを診せなきゃ!


 でもその前に……


「今ならなんでも言うことを聞いてやる。言ってみろよ」

「き、キスして……欲しいのじゃ……」


 また、キスぅ!?


 いやしかし、言うこと利く券を発行した手前、退くに退けない。


「分かった、じゃあ行くぞ」


 目を閉じ、しおらしくなったメスガキ……ロリに高校生の俺がキスするなんて、とんでもない背徳感を覚えてしまうが、こいつは合法と納得させた。また、眷属でもできるんじゃねえか、そんな思いが過る。


 ロリの癖に妙に艶めかしいぷっくりしてて、グロスでも塗ってるのかと思うほど潤んだ唇に口づけを落とした。



 ――――ちゅっ。



 っと、リップノイズがしたかと思ったら、俺の首を腕で抱えて、舌まで入れてきやがった! ロリとそんな情熱的なキスするつもりなんてないのに……


 そう思って、怒ってやろうと思ったら、リリスは涙流してて怒りをぶつける矛先を失ってた。なんだろう、心なしかリリスについた痣の色や、傷口がふさがっていってるような気がしないでもない。


 髪を撫でながら付き合ってやってると、


「き、桐島……くん?」

「――――っ!?」


 森でリリスと抱き合いディープキスしてるところを駆けてきてくれた白樺さんにがっつり見られてしまった。離れ際にリリスと俺との間にだ液でできた透明な糸を引いてしまっていて、最早、言い逃れ不能。


「ち、違うんです……こ、これは」

「いいんだ、マリエルさんには内緒にしておくから」


 リリスと離れ立ち上がると、俺を見た白樺さんは一歩足を引いた。ドン引きされてる……白樺さんは口は固いと思う。だけど、そういうことじゃない! 


 どうやら、俺は完全に白樺さんにロリコン認定されてしまった有害勇者にクラスチェンジしてしまったらしい。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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