第34話 三角関係

 香月さんの視線が鬼塚さんの持つ包みに集まる。


「美奈こそ、なに? 持ってるのはお弁当?」

「ちっ、ちげーから。これはあたしのだ」

「なんで、かばんから出てる?」


 香月さんの指摘がいちいち鋭い……


「いちいち言わねえとなんねえのかよ!」

「知りたい」

「ああーーーっ!」


 鬼塚さんは思わず、髪の毛をかきむしってイライラを露わにしている。香月さんはああ言えば、こう言う。二人ともまったく退く気配がなさそうに思えた。


「二人とも、ここで言い合うのもなんだから、登校しながら話そう。そうじゃないと遅刻するから」

「あたしは何も香月と言い争うつもりなんてねえよ。ただ、こいつが根ほり葉ほり訊いてくんのにイラッときただけだ」


「美奈が教えてくれないから、訊いただけ。怒ってるわけじゃない」


 冷戦……


 バチバチやり合うわけじゃないけど、なにか二人の心の中にくすぶるものがある。香月さんと鬼塚さんは前から面識ありそうな感じだったけど、どういう関係なんだろうか?


 両手に花状態で歩いていると学校に近づくにつれ、うちの生徒も増えてくる。美少女二人がいるだけに周りの視線がどうしてもこっちに集まってきてしまう。


「要と美奈、せっくすした」

「ふぁっ!?」


 周囲の目もお構いなしに朝っぱらから、真顔でとんでもないことを言ってくる。


「してねーよ! いい雰囲気になったけどよ……」


 即座に鬼塚さんが否定するも、また誤解を受けるようなことを口走っていた……


「二人が付き合おうが、私は構わない」


 そんな冷めた発言にも拘わらず、香月さんは身体をぴったり寄せながら、俺のわき腹を固めた拳でぐりぐりとえぐってくる。


「ちょっ、ちょっと誤解してるって。俺と鬼塚さんはそんな淫らな関係じゃないからね」


「二度もしたら二人は恋人」

「そうか! その手が……って、なんでそんなこと分かんだよ」

「要のあとをつけてた」


 じゃあ、帰り道のあの声って、幻聴じゃなくて香月さんだったのか……


「美奈は頭がおかしい」

「おまえもだよっ!」

 

 結局、二人の言い争いは着席するまで続いた。喧嘩とまでいかないので二人をなだめる程度で済ましてたんだが、他人が聞いたら俺がくずみたいに思われてしまいそうで怖い。


 確かに鬼塚さんを押し倒したけど、身体は触ってないから!


「桐島ばっかりモテやがって!」

「リア充は滅せよっ!」


 えっ!?


 男子からの視線が痛くて、俺は逃げるように朝一で購買部へ走っていた。


「すみません、これいただけますか?」

「二千五百円になります」


 サイズはすでに調査済み。いつ調べたかのかは内緒。いくら諦めてもらう演技って言っても、無理やり服を脱がしたんだ。責任はとらないと……


 そう思って、学校指定のブラウスを買いに来たんだけど、売店のおばちゃんは女物だから恥ずかしいんじゃないかと気を使ってピンクのチェック柄の包装を始め、おまけにリボンまで付けてしまってる。


 ああっ!


 もう三分も経たないうちに授業が始まってしまうので剥がしてる余裕もないので急いで教室に戻った。


「別にいいっつってんのに……」

「破いたのは俺だから。サイズは合ってると思う」

「あ、あんがと……」


 おばちゃんに綺麗に包装してもらっただのブラウスを胸の前でしっかり抱きしめている。さながら、熊の縫いぐるみを抱えた銀髪の小さな淑女レディのようなかわいさが彼女にはあった。


「なななっ!!!」

「あの鬼塚がデレてるっ!」

「イケメン嫌いじゃなかったかよ!」


 心温まる場面を見た男子が口々に言う。


「うっせーーっ! 外野は黙ってろ!!!」

「「「ひっ!?」」」


 茶化した男子が鬼塚さんから一喝されて、しゅんと縮こまってしまった。


「おっと、すまねえ。ああいう馬鹿どもには一言言ってやんねーと気がすまねえから」

「あ、うん……」


 触れ合い方には注意しよう……



――――昼休み。


 香月さんの追及をかわし続けたブツが俺の目の前につまびらかになっていた。


「やっぱりお弁当。美奈は嘘つき」

「弁当じゃねえ! おかずだ!」


 おかずは弁当に入りますか?


 確かにおかずだけだと、ごはんや麺がないと弁当とは言いがたい。二人の間で不毛な屁理屈が繰り広げられている。できれば、広がるのはお弁当の包みだけにして欲しい……


 肝心のおかずだが、からあげにレタス、コールスローとお弁当のランクを一段階あげるようなもの。


 デブとからあげはよく似合う。


 俺も異世界へ行く前はからあげは飲み物だと思うくらい食べていた。鬼塚さんはそんな俺の好みを把握していたのだろうか?


 とにかく彼女が俺の胃袋を掴んできているように思える。いや、あんな酷いことしたのになんで?


「さあ、食え」

「ありがとう」


 た、食べにくい……


 鬼塚さんのおかずに箸を伸ばそうとすると香月さんがむーーーっと俺たちを睨んでくるからだ。俺たちを見ていた花山がやってきて、香月さんの肩に触れて、しれっと言ってのける。


「吉乃! おまえもぼやぼやしてる鬼塚に桐島取られちまうぞ」


 なんで、火に油を注ぐようなこと言うかな、花山は! 


 おまえは、一体どっちの味方だーっ!


 花山は足りない頭で俺の恋路を応援してくれてるとは思うんだけど、事態をややこしくしているようにしか思えない。


「雅はうるさい! 要は大事な友だち。だけど美奈が要に寄るとイライラする」

「おまえ、それただの嫉妬……」


 俺と同じことを言おうとした花山にグーパンが当たってた。


「大丈夫か!?」

「ああ、こんなこと茶飯事ちゃはんじだ」


 サハンジだぞ、花山……


 鼻にティシュを突っ込んだ花山の顔に笑いをこらえながら、美味しく鬼塚さんのおかずを完食。やっぱりからあげも抜群に美味しく、外はパリッ、中はジューシーな肉汁があふれてきて、最高の出来栄え!


 誉めると髪をいじりながら、照れる彼女がかわいい。


 途中、香月さんが箸を伸ばしからあげを奪い取り、またまた鬼塚さんと一悶着あったものの……


「悔しいけど、美奈のおかずおいしい……」

「勝手に取るなよ、桐島にあげたもんなんだからよぉ……」


 喧嘩するほど、仲のいい二人みたい。



 午後はホームルームからだった。秋も深まり、そろそろ文化祭ということあって、クラスごとの出し物を決めようと、どこもかしましい。


 隣のクラスは何もする者ぞ、で一組はお化け屋敷、三組はメイド喫茶らしかった。大体、学校からのお達しがある中でやれることと言ったら、あとは劇ぐらいで選択肢は少ない。


 できれば、かぶりは避けたい。


 先を越された……と肩を落とす、学級委員だった。うちのクラスだけホームルームの進行が遅れていたから。理由はメンヘラと山崎の件でしばらくごたごたが続いていたから、本来しないといけなかった議題が進まなかったのだ。


「誰かいいのない?」

「はい! 輪投げ屋は?」


 テキ屋か? 一人の男子生徒が挙手して、かぶってなさそうな出し物を提案するが、


「あーっ、もうそれやっちまってるからなぁ……」


 耳が早い花山が指摘して、案を出した級友は肩を落として着席した。別にかぶっても構わないとは思うんだけど、できればオリジナリティを出したいというのが人情というもの。


 委員が教卓の前で必死に訴えかけるがいい案が浮かんで来ずに、先生は端で見守りながらも、諦めモードで膝に肘を置いて、頬づえをついている。クラス中がかぶりを容認するような方向へと傾きかけたときだった。


 パッと自信に満ちあふれていることを現すように天高くまっすぐ白く美しい手が上がる。


 委員が発言を許可すると級友たちの注目を集める中、挙手した人物が立ち上がり答えた。


「要の異世界語りがいい」


 は?


 香月さんは戸惑う俺をよそに淡々と理由を述べていく。それに対して、委員はもちろん、級友たちは頷き、先生も椅子から勢いよく立ち上がって……


「それだ!」


 とゴーサインを出してしまった。


 いや、俺の同意は?


「いや~、うちのリーサルウェポン、桐島がいてくれた」

「最優秀クラス別出し物は間違いないな」


 俺の意志を無視して、外堀と壁のようなハードルが異世界にいたときのアラストリア城並みになってしまっていた。


「俺は落語家か、漫談家かよ……」


 ノリで決められた俺の異世界語りという謎の出し物。うちのクラスで受けたからって、学校内で受けるわけがない。ただただ不安でしかなかったのだが、級友たちが盛り上がる中、水を差すのは申し訳ないと思わざるを得なかった。


「しかし、これマジで大丈夫か?」


 一応、審査という名目で教卓の前で俺はホームルーム中に異世界の話をさせられることになってしまった。



 * * *



 大事な話をするのを忘れていた。


 それは魔族たちが今まで暴走してなかったのにおかしくなった原因。



 ――――瘴気しょうきのことを。



 コンウェルの街は白樺さんの指示で俺たちの持ってきた支援物資を配るのことによって無用な混乱は押さえられていた。


「よくやったな、桐島くん!」


 親とも、学校の先生とも違う。生死を共にした師匠の言葉は俺の心に強く響いた。傷ついて、気が狂いそうになりながら腕を切り落とし、それを何度もくり返す。


 その苦労がその一言で報われた気がした。


「ありがとう……ございます……」


 半泣きになりながら、お礼を述べると髪をくしゃくしゃになるまで笑いながら撫でられた。手荒だけど、こんなに嬉しいこともない。


「旧軍は輜重しちょうを軽視、いや馬鹿にしていたと言っていいだろう。それがインパール作戦に代表される失敗だ。ユリエルさんも同じ。だから、内緒でアイナをキミに預けた。だが、偽装するなんて作戦よく思いついたな」


 アイナたちが偽装したおかげでマリエルと聖職者たちはすぐに怪我をした人たちを治癒に取りかかることができたのだ。


「はい、マリエルが教えてくれたんです。聖職者が一番に狙われると。でも、あんなに上手くいくなんて思ってもみなかったです」


 マリエルの方を向くと治癒のさなかに笑顔で俺に手を振ってくれていた。そんな彼女に治癒されたら、怪我なんて瞬時に治りそう。


 喉が渇いてきたので……


「井戸で水を飲んできます」

「ダメだ!」


 えっ!?


 白樺さんは強く俺の腕を掴んで呼び止める。そんないけないことなのか? 物資の中の水も節約出来て良いと思ったんだけど。


「ちょっと見に行こう」

「あ、はい」


 アイナに仕事を任せて、俺は白樺さんに導かれるように井戸まで来た。


「リリス!? なんでおまえここにいるんだ?」

「見ておるのじゃ……」

「リリスさんは気づいてるみたいだね」

「うむ、ここから凄まじい瘴気を感じるのじゃ」

「瘴気?」


 いつもふざけてばかりいるリリスだが、いつになく、その表情が真剣だった。白樺さんは井戸水を飲まないように忠告してくれた理由を教えてくれたのだが……


「俺は瘴気というものは分からない。だが、戦場になった街などは井戸の中に汚物や死体などを投げ込み、水を使えないようにするんだよ」


 うげっ!


 じゃあ、知らないで飲んでたら、O一五七やノロウィルスみたいなのに感染してた可能性もあるってことなのか!?


「ただの死骸ではないぞ。放りこまれた魔物には禍々しいまでの瘴気があふれておるのじゃ。父上たちもこの瘴気を浴び続け、ついにはおかしくなってしもうた……」


 すでに街にある数カ所の井戸には使用を禁ずる貼り紙がされており、川まで汲みにいくよう連絡をしていたらしい。


 しかし、魔族たちを狂わす、瘴気ってのは何なんだ?


「リリス、その瘴気って奴のこと、詳しく教えてくれ」

「うむ……よかろう」


 俺と白樺さんは固唾を飲んで彼女の説明を待った。


―――――――――あとがき――――――――――

作者、性懲りもなく冷やし中華みたいに新連載を始めました。


【ネトラレうれしい! 許婚のモラハラ幼馴染が寝取られたけど、間男の告白を蹴った美少女たちが、俺と幼馴染が別れた途端に恋心を露わにしてくるんだが。】


脳死しない笑えるNTRざまぁラブコメですので読んでいただけるとうれしいです!


表紙リンク↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330667920018002

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