第32話 誠意

「えっ?」


 俺は街に入って、絶句した。いや、魔物はきちんと片づけられてあるんだ。だけど、これは……なんなんだよ、なんで助けにきた王都の人間が街の人たちに蛮行を行ってるんだよ!



 おかしいだろ。



 家屋から金品を巻き上げ、それすら取れそうにない家では女の子の悲鳴が聞こえてくる。白樺さんたちが止めるように声を張り上げてるが一向に止む気配がない。


 そこに現れた船橋さん。


「俺らだってよう、命張って義理もゆかりもねえ街の連中を助けたんだ。それ相応の誠意っつうもんを見せてもらいたいんだよ。それくらい分かんだろ?」


 止めに入ろうとした白樺さんたちに、食ってかかる。被災したと思われる住民も弱り気味だ。


 船橋さんが率いているのは懲罰部隊と呼ばれ、犯罪や軍規違反を犯した柄の悪い連中……せっかく魔族、魔物を退けたというのに街の人たちにさらに困難を与えてしまっている。


「つまらん、勝手にやっていろ」


 と、大嶽くんは言い残し、どこかへ去ってしまう。いや、えっ!? そんなのでいいのか? 俺は戸惑うが彼の足が止まることはなかった。


 マリエルが船橋さんの前に歩み出て、毅然きぜんとした態度で伝えてくれた。


「こんなの間違ってます! 私たちは街の人たちを救いにきたのですよ、すぐに止めてください!」

「ん~? じゃあ、お姫さまが俺たちの相手してくれんの?」


 マリエルの顎に触れて、まるで視姦するようないやらしい目つきで彼女の身体つきを見ていた。


「マリエル、相手にしなくていい」


 俺は自分の力量なんてお構いなしに二人の間に割って入り、船橋さんの手を払いのける。


「このまま、街の人たちに乱暴を続けるなら、食料は渡さない。分配は俺たちに任せられてるんだからな!」


「荷物運びが、なにイキがってやがる! おまえみたいな雑魚が勇者なわけねえだろ! 引っ込んでろ」


 ドンと肩を強く突かれ、よろける。その俺の身体を受け止めてくれたのは白樺さんだった。


「話し合いで解決しようと思った俺が間違っていたようだ。要くんのおかげで目が覚めた。今から排除にかかるぞ!」

「やっちゃえ! みんな!」


 マリエルの気丈な振る舞いがみんなに伝わり、革命の狼煙が上がったかのように街の人たちを含めて、蜂起しはじめようとしていた。


 それを挫くかのように、莉奈さんに襲いかかろうとしたごろつき風の男たち。


「ブサメン死ね、コラァ!!!」


 だが、突然暴風が吹いた。


 まるで人が葉っぱのようだぁ~!


 落ち葉や刈った雑草の掃除に使うエンジンブロワーで葉っぱを吹き飛ばしたように転がっていくごろつきたち。一気に街と外を隔てる門まで吹き飛ばされていく。


「は~ん、街も男も綺麗でないと!」


 ゴミ掃除を終えて、チリ一つない街路にうっとりする莉奈さんだった。街の人たちも棍棒やらすりこきを持って、立ち上がり、一斉に乱暴していた者を街から追い出しにかかっている。


「騎士団、ファランクスで突撃ぃぃぃーーっ」


 アイナと騎士たちがバックラーを装備し、シールドバッシュで一斉に突撃して、ごろつきどもを城壁の外へと完全に排除した。


 素早く閉ざされた城門。


 追い出された者たちは、街の周囲を囲む城壁に向かって、投石や弓矢を放つが無駄だと分かると、


「覚えていろよ!」


 船橋さんがまるで三下のような台詞を吐き捨て、手勢を引き連れ、どこかへ去っていった。今日は相手が個々の力が優れてたから勝てたけど、こんなバラバラで戦っていけるのか?


 そんな不安が俺の心によぎった。



 * * *



――――香月家。


 連れ立って、トイレから戻る途中。


「桐島……おまえなんでこっちに戻ってきたんだよ……せめて、マリエルたんとえっちしてから帰って来いって。せっかくイケメンになったのにすべて持ち腐れだぞ」


「俺だって、マリエルの気持ちが分からないほど鈍感じゃないって」


 あれ? 花山に反論してたんだが、考えてみれば花山の言う通りだ。俺、何でマリエルに告白しなかったんだろ?


 あ~っ、う~ん……


 思い出せない名前が……XXと俺は付き合っていて、彼女との操を保っていた。なんてオタクの妄想が浮かんでくる。はは、俺が異世界に行くまえから付き合ってた彼女がいたなんて、ちゃんちゃらおかしい。


「花山、俺……次にマリエルに会えるなら、ちゃんと彼女に告白する」

「おお、おお! マジか!?」

「でも……」


 しかし、花山は香月さんとの仲を取り持とうとか思ってなかったか?


「吉乃のことか? あいつはいいんだよ。俺以外の男の友達ができるくらいで。ちったあ、男慣れしないとな」


「花山は意外と幼馴染思いなんだな」

「ちっ、ちげーよ。幼馴染離れさせてえだけだって」


 照れ隠しで悪態をつく花山だったが、見た目ほど悪い奴じゃないし、けっこう仲間思いなところがある。


 人は見た目じゃ分からないな……


「雅遅い! 要に悪いこと、教えてた」

「ちげーって、特大のをぶちかましてやったんだよ」

「「サイッテーーーッ」」


 香月さんと西野さんが品格のない花山をジト目で見ていた。


「なんだと!? おまえら、俺がまだ手を洗ってないって知って言ってんのか?」

「雅、汚い。あっちいけ」

「雅くん、それはダメだわ」


 花山が手をゾンビのように前に突き出すと、キャーーーッ! っと叫んで香月さんたちは庭を子どものように逃げ回り、花山の追撃を躱していた。


「みやちゃん、そんな手みやげ要らないわよ~」


 いくら親戚とはいえ、特大サイズの物を置いていかれたらたまらないのか、香月さんのお母さんは笑いながら花山を叱り、三人を見守っていた。


「もうホント、みんな子どもみたいなんだから」


 そんな楽しかった香月家での休日も別れのときとなり……

 

「要、また遠慮なく来るといい」

「桐島くん、私からも才蔵さんがいた異世界のことを知りたいわ。また、遊びに来てね」


 才蔵さんが亡くなって、気持ちが沈んでいたのかと思ったら、なんだか俺の方が励まされたような気がする。そんな不思議で楽しい香月家での休日だった。



――――月曜日の午前。


 ヴィー、ヴィー♪


 ん? 授業中になんだ?


 ちらちらと教卓のそばで黒板に黙々と数式を書き込む先生の目を盗み、机からそろりとスマホの画面を覗き込む。机の中がスマホの画面で途端に明るくなった。


 光が漏れてないか心配になり、キョロキョロと辺りを見回して、挙動不審になってしまってる。送り主は新たにLINEを教えてもらった女の子からだった。


 昼休みにいつもの場所に行くと……


 最近は明るい表情になり、以前ほどつっけんどんな態度は薄れ、クラスの女の子たちは軽く話したりするようになっていて安心した。


 だったのだが、屋上のフェンスの網を掴んでいた鬼塚さんが振り向くと、今日はやけに表情が暗く重々しく口を開く。


「なあ、桐島……おまえ、香月と付き合ってんのか?」

「いや、付き合ってない。そもそも、俺と香月さんじゃ釣り合わないって」


 一瞬、曇り空にぽっかり切れ目が出来て光が差し込んだように鬼塚さんは明るい表情を見せた。しかし、すぐに切れ目は閉じてしまう。


「だけどよ……一緒に下校したりしてるじゃん……」


 なんて説明したら良いんだろうか?


 異世界に転移して、帰ってきた関係者同士……とか言っても信じてもらえなさそうだし。


「あれだよ、香月さんのお父さんがラノベ作家でさ、ファンですって言ったら、仲良くなったんだ。なんて言うのかな、ラノベ好きの仲間みたいなものかな」


「そ、そっか……それならいいんだよ。いやさ、また桐島がさ、香月を押し倒してんじゃねえかって心配してたんだよ、あははは……」


 鬼塚さんを押し倒したというか、同体になって倒れたのは不可抗力だし。俺、そんなヤリチンみたいに思われてるなんて……彼女どころか、童貞の道程を爆走中なんですけど。


「ちょっとさ、暇だったら放課後、あたしに付き合え。姉貴のアルバム見にきて欲しいんだよ」

「あ、うん! それなら行かせてもらうよ」

「ホントか!? うれしいな!」


 俺の手を両手を握り、ぶんぶんと振っていた。


「あっ! す、済まねえ……」

「いや、構わないよ」


 恥ずかしそうに俺の手を離した。ちょっとオラついてツンとした彼女のかわいらしい素顔を見てしまうと変な気分になってしまう。


 鬼塚さんとこうやって話せるのも莉奈さんのお陰だ。だから、俺は彼女の家へ行く必要があると思う。



 一緒に下校ついでに彼女の家へと上がり込む。モルタル造りのアパートの二階。錆の浮いてる階段を上がり、玄関のドアを開け、


「まあ、ボロい家だが、上がってくれ。茶くらいだすから」

「あ、お構いなく」


 靴を脱いでお邪魔する。台所と二部屋、一応、トイレとお風呂は共同ではなさそう。娘が男友だちを連れ帰ったなら家族が飛んできそう、って思ったんだけど、誰もいないっぽい。


「茶を沸かすかんな~」


 ブレザーを脱いで戻ってきた鬼塚さんはエプロンを手にとり、紐を結んで身につけた。



 JKギャルのエプロン姿……



 なんだか超激レアキャラを引き当てたような感じの希少なものを見た気がする。


「ん? どうした? 何か変か?」

「あ、いや、そんなことない」


 なんか、家事なんてしなさそうな雰囲気からのギャップがたまらない。


「あたしが家事できねーとか思ったか? こう見えても、料理くれえできるって。そうだな……せっかく来てくれたんだ。炒飯でも食ってけ」

「そんな悪いよ……」


「おまえ、マズそうとか思ってんじゃねえのか? カチンと来た。ちょっと待ってろ!」


 よく分からないが、俺は鬼塚さんの自尊心プライドに火をつけてしまったらしい……冷蔵庫を漁る彼女は振り向きながら、訊ねてくる。青々とした野菜を手のひらに掴んで俺に見せた。


「桐島、ピーマン食えるか? 他にもダメな物があれば言ってくれ」

「大丈夫、特にないな」

「なんだ、つまらねー。嫌いなもんあったら、全部入れてやんのに」


 鬼か! って鬼塚さんだったね……


 俺に小悪魔的な笑みを浮かべる鬼塚さん。彼女の彼氏になった男の子は、毎日楽しいやりとりができるんだろうな、と頭の中をよぎる。


「手伝うよ」

「ん、いいって。これくれー、あたし一人でできっから。おまえは座っとけ」


 座っているとトントントンと小気味良いリズムが響いてくる。冷蔵庫から野菜などの具材を取り出し、洗ったりなどの下処理を終えたあと、両手に持った卵をトンと打ちつけたあと、パカッ、パカッと油を入れた鉄鍋に投じた。


 で、できるっ!?


 味皇と書かれた赤い缶を開け、スプーンで掬って、満遍なく具材へと振りかける。


 サッ、サッと鉄鍋を華麗に操り、炒飯を宙に舞わせ撹拌していく。大きなおたまでドーム状に盛り付け、てっぺんに紅生姜で仕上げ。


「ほらよ、食ってみろ」


 彼女に渡される皿とれんげ。


 ほわ~っと湯気が上がり、胡椒などの香辛料と醤油のコラボした香りが食欲を誘う。それだけでなく、レタスとささみにごまだれをかけた棒々鶏風中華サラダを用意してくれていた。


「いただきます」


 ぬはっ!?


 ウマいっ! 口に入れた瞬間、広がる調和のとれた味わい。噛むと焼き豚の旨味がパラパラのご飯に染み込む……シャキッとした食感の玉ねぎとピーマンの微かな苦味に人参の甘味、どれもこれもいい案配としか言いようがない。


 無言でれんげを掬っていく様を見て、鬼塚さんは満足そうにドヤ顔していた。


「こんなに美味しい料理ができるなら、鬼塚さんはいいお嫁さんになれるね!」

「なっ!? ばっ、馬鹿野郎……んな先のこと……知らねぇ……目の前の奴は鈍感だしよぉ……」


 だんだんと声のトーンが下がってゆき、ぶつぶつ呟いていた目の前が……どうとか、が聞き取れない。


「どうだ? 旨かったか?」

「うん! 控え目に言って、極上だったね!」

「かーっ! 分かってるじゃん」


 うれしそうに俺の肩をバンバンと叩いて、彼女は喜んでいた。今まで沈んだ表情が多かったから、笑顔になった鬼塚さんを見てるだけで何だか、こっちまでうれしくなる。



 満腹になったところで、少し休むと本棚から丁寧に箱に入った物を取り、机の上に置いた。箱の中には何かスエード調の表紙の本が入ってる。


 それをパラパラとめくり、ある写真のところで指差した。


「ほらさ、これ見ろよ。姉貴に抱っこされてるあたしだ」


 小学生二、三年生くらいの女の子がおむつを穿いた赤ん坊を抱っこしている。莉奈さんそっくりの女の子がにひひって笑って、とてもかわいい。


 他にもよちよち歩きの鬼塚さんと手をつないで並んで写る莉奈さん。くうっ、どっちもかわいすぎる!!!


 だけど、そのアルバムはあるときを境に鬼塚さん一人だけが写り、年を追うごとに表情が暗くなっていったのが写真からでもありありと分かってしまう。中学の卒業式で取ったと思われる写真はすでに髪は黄金伝説と化してしまってた。


「姉貴と写ってねえ、あたしを見てもつまらねーって。はい、終了終了」

「あっ……」


 それでも莉奈さん譲りの美少女だったのに……


 パタンとページをめくる俺の手ごと、閉じた鬼塚さん……俺の手を押さえたまま、彼女は何かを訴えかけてくるような目で俺を見つめてくる。

 

「今日な、お袋、夜勤で戻って来ねえ……」

「えっ!?」

「なあ、桐島。泊まっていかねえか?」


 マジか!? 今晩、親いないの……って、テンプレ展開が本当に俺にめぐってくるなんて信じらんねえよっ!


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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