第31話 初陣

「アイナさま、弓及びスクロールの用意ができました」

「そうか、では荷馬車に積み込め」

「食料はいかがいたしましょう?」

「そうだな……五日ほどでいい」


 白樺さんに同行すると思われたアイナが部下の騎士たちに指示を出し、慌ただしく動いていた。いつも憲治、憲治ってうるさいのに……


「アイナ、なにしてんだよ。もう白樺さんは行ってしまうぞ」

「ああ、要か……憲治から……おまえの面倒を見るように頼まれた」


 ぶっきらぼうに俺の問いに答えていたが、だんだんとアイナの顔が赤くなった。


 ん?


「顔が赤いぞ。風邪でも引いたのか? これから戦場に行くってのに……」


「うっ、うるさいっ……私は余韻に浸っていただけだ……の、憲治にハ、ハグされた余韻に……なっ。しかし、勘違いするなよ。あんな人を弄ぶような輩は許されんのだ」


 いつも通り、面倒くさいよ。


 なんとなく、二人のやりとりが想像できる。「何故、憲治の指示になど従わねばならんのだ!」、「頼む、アイナ……おまえにしかできないことなんだ」、ひしっと抱きしめるみたいな……


 いつものキリッとした表情が緩みっ放しになり、よだれまで口の端からだらだらと漏れてくるのだから、戦う前から重症だ。


「ああっ、憲治、ちゅきっ、だいちゅきっ」


 胸当てビキニアーマーの前で腕を組んで、ん~っと唇を尖らせ、悶えている。さっきまで部下に凜とした表情で指示を出していた女騎士はいない。ただのかわいらしい乙女だ。


 俺はアイナに殺されそうになったけど……


 ある意味でアイナは白樺さんに弄ばれているのかもしれない。我が師ながら罪作りなお人だと思う。まあ、アイナ自身も分かっていることだろうけどな。


 俺たち四人は先遣隊として、出発する白樺さんたちを見送る。アイナの執り成しによって、ユリエルが後方支援ならと、許しが出たのでその準備に忙しい。


 所謂、兵站任務ロジスティクスってやつ。


「アイナ、頼まれついでにお願いがあるんだけど……」

「ん? なんだ、なんだ?」


 彼女にあるお願いをする。伝えると沈思黙考したあと「分かった」と頷き、いそいそと彼女と騎士たちは鎧の上から服を羽織り、装備品を持ち替えていた。


「要さま、準備が整い次第、すぐにでも出発しましょう! 街の人たちがとても心配なんです……」

「ああ、そうだな。だけど、もう少し待っててくれ、マリエル。アイナたちの準備がまだなんだ」

「はい……」


 沈痛な面持ちのマリエル。城に籠もって、前線に赴こうともしないユリエルに対して、危険を省みず街の人たちのために身を呈す覚悟に俺は頭が下がる。


 本当にユリエルの全権をマリエルに譲り渡してやりたところだよ!



 アイナに道案内を任せ、コンウェルの街を目指し、街道を歩く俺たち。元々は石畳が敷かれ、整備されていたはずの街道は敷石が剥げて露出した地面にぬかるみができて、物資を運ぶ荷馬車が容易に進むことが困難だった。


「ふんぬーっ!」

「一気に押せぇぇーっ!」


 ぬかるみに車輪がはまり、騎士たちと呼吸を合わせ一緒に押し込む。氷結魔法で水分を固めれば、って一瞬頭をよぎったが車輪ごと固まってさらに事態が悪化しそうなので諦める。


 誰だよ、異世界でスローライフで楽しい~みたいな嘘、大げさ、紛らわしいを流布したのは!


「要さまーっ、みなさ~ん頑張って!!!」


 マリエルが笑顔で俺たちを応援してくれる。彼女の輝かしいまでの笑顔と短いスカートから覗く生足の太ももをチラりと見るだけで、俺に凄まじいまでのバフがかかった。


「おりゃぁぁぁーーっ」


 梃子を押し切ると上手く下に敷いた板とかみ合い、車輪がゆっくりと動き出して、ぬかるみから脱出できた。マリエルは脱出に手を貸した者たち全員に例のおしぼりを配る。


「ああ……マリエルさまが女神に見える」

「そんな女神だなんて、私はただの無能聖女ですよ」


 自己評価が低すぎる……


 マリエルの返答にみんなにどよ~んと淀んだ空気が流れるが、


「そんなことない! ユリエルがちゃんとキミを見ていないだけだ。俺はマリエルをずっと見ているから分かる……俺だけじゃない、みんなキミがスゴいことを知っているから!」


 マリエルに声援を受けた騎士たちが俺の言葉に頷き、「マリエルさまは最高の聖女さまだーっ!」とみんなで叫んでしまっていた。


「要さま……は、恥ずかしいです……」


 照れて、頬を赤く染めたかわいいマリエル。彼女のかわいらしさも俺たちの士気を爆上げしてくれる大切な魅力の一つだ。


 俺たちが浮かれていると……



  ファーーーーン!



「なんだ!? あれは……」


 音に敏感な騎士が空を見上げ、指差した。それに釣られ、みんなが上を見る。俺たちの上空を通過する物体。耳をつんざくような大きな音がしたかと思ったら、突風が吹き仲間の中には帽子を飛ばされたり、ヘルムが揺さぶられてしまう。


「ワイバーンか!?」

「馬鹿っ! あんな音を立てて、飛ぶワイバーンがいるわけないだろ」

「だよな……」


 アイナが「うろたえるな!」と檄を飛ばしているが未知の物体が飛んでたら、そうなってもおかしくない。俺たちだってUFOを見たら、驚くんだから。


 俺一人冷静だったことに気づいたマリエルが訊ねてきた。


「要さま。もしかしてあれについてご存知なのですか?」

「ああ……」


 詳しくはない。


 けど……あれがレシプロ機ってことと機体に描かれた黒十字から、ドイツの戦闘機ってことぐらいは俺にも分かる。白樺さんなら、あれが何なのか分かるはず。俺には機種までは特定できるほどの知識は残念ながらなかった。



 両翼の裏から突き出た単発機には不釣り合いなくらい巨大な二門の機関砲……



 上空から急降下して、街の城壁に張り付いたゴーレムに戦闘機が機関砲をの弾を浴びせると、まるで人間がマシンガンを食らったように手を広げて、後ずさりしていく。機銃掃射が終わるころにはゴーレムの身体は風穴だらけで大の字になって倒れた。


 こんなものが空を舞っているなんて、大体の察しがついた。先日見たのは小銃を持った死神だったけど、まさか戦闘機まで召喚できるとは……確定ではないが、そうとしか考えられなかった。


 ひょこっと荷馬車の箱に隠れていたリリスが顔を出す。


「妾の魔力ならば、あの程度のゴーレムたやすく倒せるというのに」

「おまえは余計なことをするな。話がややこしくなる」

「なにをするのじゃぁ! それが淑女しゅくじょに対する態度かぁ」


 ぐいっと箱に押し戻しておいた。


 淑女? 熟女の間違いだろ、年齢的に。


 助けてくれるのは、正直ありがたい。だけど、できればこいつに同族殺しの汚名は着せたくないってのが本音だ。リリスの相手をしていると戦闘機はどこかへ飛び去っていなくなっていた。


「あれを見ろっ!」


 また騎士が空を指差す。まったく今日は上空注意報の日なのか?


 くそっ!


 余裕なんてこいてる場合じゃない。空に黒い点が無数に存在していた。視力の良い騎士が確認し、街道に縦隊になっていた俺たちに伝えた。


「ガーゴイルだっ!」


 長くなった隊列に伝言ゲームのように最後尾まで伝わる。魔物の襲来に備え、俺がアイナに伝えていたように騎士たちが広くなった場所に集合していた。


「マリエルはここに隠れてて。俺たちがなんとかするから」

「でも、要さまが……」

「俺は大丈夫。なんたって聖女さまがついてくれるんだから」


 今にも泣き出しそうなマリエルの頭を撫で、言うことを聞いてもらう。彼女が話してくれたように聖女や回復術士は真っ先に狙われるので荷馬車の下に隠れてもらった。


 集合した騎士たちにガーゴイルたちが空から一斉に襲いかかってくる。


 その狙いはやはり回復術士ヒーラー


 だが……


「ははっ! 馬鹿め、まんまんとかかりおったわ! 蹴散らせてやれっ!」

「はっ!」


 俺がアイナに願い出たこと。僧侶プリーストの格好に偽装していたアイナたちがガーゴイルを迎撃にかかった。ある者は弓、ある者はメイス、そして魔法で。


 ぎゃわっ!


 アイナの振り下ろしたメイスで頭蓋骨を砕かれ、絶命するガーゴイル。


 俺……あいつに切りかかられたんだよな。


 鈍器であの威力だから刃のついた大剣だったら、マジで身体を真っ二つにされてたよな……くわばらくわばら。敵ながらガーゴイルたちが、ほんのちょっとだけかわいそうになる。


 俺もアイナたちと一緒に戦っていた。最近、戦い方が分かってきたから。


 左腕を突き出すと飛来したガーゴイルが食いついた。牙が骨にまで達しようで「うぐっ」とうめき声が漏れるが、そのままガンドを込めたランチャーを胸に押し当て……


「ファイヤー!!!」


 銃口と胸の隙間から漏れる閃光が見えたかと思うと胸に風穴が開いて、ガーゴイルは力なく倒れた。肉を切らせて、骨を断つ。これが確実に相手を屠る俺の戦闘法。


 物資で満載の荷馬車の影に隠れて、噛まれて骨折してしまった前腕に小型の鉈を振り下ろした。


「んーーーーーっ!!!」


 断頭用の鉈を製作してる鍛冶師に頼んで作ってもらった肉切り鉈。布を強く噛んで声を押さえるが、切断面に激痛が走る。


 見慣れてきたが、それでも自分の腕が飛ぶのはとにかくグロい……だが、この治療法が治すのに一番手っ取り早かった。



幻肢痛ファントムペイン


 

 固有スキルが発動し、骨が折れ飛んだ腕を拾い、切断面に合わせると、切断面の傷だけでなく骨折も治って元どおりになっていた。


 わざわざ激痛に耐えなくてもとも思うが、マリエルが他の回復術士たちより早く治せたとしても、しばらく時間がかかる。なにより彼女が俺が傷ついて悲しむ姿を見たくない。


 マリエルにはいつも笑っていて欲しいから……


 泥くさい戦い方を重ねているとアイナが、


「我々の勝利だぁぁぁーーーっ!」


 と勝どきを上げ、騎士たちも大きく拳を突き上げた。荷馬車の下へ隠れていたマリエルたちも出てくる。


 俺の作戦が当たり、マリエルはもちろんのこと回復術士たちに被害はなく、騎士たちがか手傷を負った程度で済んでいた。それも回復して、再び戦列に復帰できてる。


「要さまはスゴいです。こんなことを思いつかれるなんて!」

「大したことないよ。ただ、向こうが回復術士を集中的に狙うならって、考えただけだから」


 マリエルにほめられるだけで嬉しくなる。まったく俺もアイナのことを笑えないな……


 俺はユリエルの言う通り強くない。だが、足手まといでもない! みんなと一緒に戦い、勝利を分かち合えるだけで良かった。


「要がまともに戦えるなんて思ってもみなかった。ユリエルさまがおまえを勇者と認めなくても、私は認めてやるぞ!」

「ははっ、上から目線で言われても、嬉かねえよ」


 手を差し出したアイナの手をしっかり握り返す俺。アイナと同じくツンデレのような返事だったが内心は嬉しくて仕方なかった。


「アイナ、いつまで要さまの手を握ってるんですかぁ! もういいでしょ、は、早く離してぇ~っ」

「マリエルさま、そんな要を盗ったりしませんから!」


 むう~っ、と頬を膨らましたマリエルがとにかくかわいい! 俺の語彙力がかわいいとしか言えなくなるくらいに。



「急ぎましょう!」

「ああ、そうだな」


 無事、ガーゴイルたちを退けた俺たちだったが街に入った途端、異変を感じる。なんだか様子がおかしい……戦闘が終結してるのに何か先遣隊同士がもめているように見えた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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