第30話 勇者【香織目線】

――――アソタロス皇国の皇宮。


 身体の関係となった者の下へとやってきた私。壁やへいほり、見張りの兵士など、まったく私の障害になりえない。


 バルコニーから現れた私を招き入れる美姫。


 夜を通し愛し合ったあと、私の隣で素肌を晒して眠る美しき姫君。そっと穏やかな表情をして眠る彼女の紫がかった銀の髪を撫でていると……


 閉じていたまぶたが開き、エメラルドのように輝いた瞳が私の姿を捉えたようだった。


「クリムさま、おはようございます」


 つぶららで無垢むくな瞳で私を見つめ、かわいらしい朝のあいさつをしてくる。


「おはよう、モルガーナ」


 彼女の柔らかな頬に触れ、口づけを交わす。皇宮では聖女の務めを全うし、凜とした彼女が私の前では一人のただの女となり……


 私に抱かれる。


 朝から肌を重ねたあと、嬌声をあげ果てたモルガーナ。天蓋てんがいつきベッドの外へと脱ぎ散らかした下着や服を集め、着替えていると彼女がシーツに身を包み、私に身体を寄せる。


「どうか、ご武運を……」

「ああ、必ずモルガーナの下へ首級をあげ、戻ってくるつもりだ。そのときはまた……」

「はい」


 彼女の長い紫銀の髪を梳くと白く透き通る頬に一筋の雫が落ちる。頬を撫で口づけを交わした。さっきまで抱き合っていたこともあり、彼女の唇は潤み熱を帯びていた。


「モルガーナさまっ、起床のお時間にございます」

「はいっ!」


 モルガーナ付きのメイドが起こしにきたようだ。彼女は少し落ち着かない返事をする。


「ではさらばだ!」


 バルコニーの窓から手を振る彼女に別れを告げ、そのまま皇宮の五層より飛び出し宙を舞う。外套マントが風にたなびき、落下に入ろうとしたところで、浮揚フライのスキルを使い、ふわりとブーツのつま先から着地していた。


 跳躍ジャンプ身体隠蔽インヴィジブルなどのスキルを駆使して、皇宮から立ち去る。数時間もすれば、また来なければいけないというのに……



 皇女との密会を終え、何食わぬ顔で屋敷に戻る。父母と団らんを取っていると執事が知らせを持ってきていた。父に告げた執事。

 

「クリム、皇宮より使者が参ったようだ」

「あなたなら立派に務めを果たせるはず……」

「「私たちの子どもなのだから」」


「お父さま、お母さま。育てていただいたご恩に、この手で必ずや四天王、憤怒のルクセルの討伐を成したいと思います。どうぞご期待ください」


 私と同じ金髪碧眼の両親へ、魔王配下の四天王が一人を打ち倒すことを誓った。アソタロス皇国の貴族として齢十五まで何不自由なく育ててくれたことに感謝しかない。


 ハンカチを持ちながら、手を振る母。腕を組んで見守る父。二人と多くの召し使いたちに見送られ、皇宮から来た馬車へと乗り込んだ。


 到着すると謁見えっけんの間に招待され、赤い瀟洒しょうしゃ絨毯じゅうたんの両端には廷臣たちがずらりと居並ぶ。その絨毯の中央を歩き、主君であるアソタロス皇帝リンポス七世の前で跪いた。


「クリム・ヴェルメール、貴公に憤怒のルクセルの討伐を命ずる」

「はは、陛下よりの勅命……ありがたき幸せ」


 大臣が広げられた勅命状ちょくめいじょうの詳細を読み上げると私に渡される。さらにモルガーナが侍従より手渡された柄や鞘に金銀に加え、宝石で装飾された宝剣を持ち、私に笑顔で下賜してくれていた。


 その返礼として、モルガーナの美しい手の甲へ、口づけを落とすと彼女の顔が桜色へと変わっていく。隣国の王子と婚約するらしいのに、そのようなあからさまな表情を取るのは、内心どうかと思った。



――――国境付近。


「止めろーーーっ!!!」


 ルクセルの治める村は皇国と魔王国の国境付近にあった。私は皇国の聖騎士団を率い、村を攻め立てた。ひときわ大きな屋敷から叫び声が木霊こだます。木造の屋敷の窓から顔出した男の声だ。私は男を指差し、騎士たちに指示した。


「私が奴の相手をする。おまえたちは構わず、魔族どもを狩り尽くせ。なぶり殺すもよし、犯すもよし、奴隷にするのも構わん。皇国に弓引く者に分からせてやれ」

「はっ!」


 聖騎士……普段、人々から崇められ、規律をなによりも重んじる彼らが日々、職務や日常で羽目を外せないストレスが私の言葉で一気に解き放たれた。


 討伐という名の正義を建て前に。


 一方的な戦い。男の魔族たちがクワや鎌、棍棒、弓で応戦するが、完全武装した聖騎士の相手になりえていなかった。なまくらな刃先は簡単に払われ、矢は甲冑を貫けず、棒などの木の類いは剣で切断され、用を成していない。


 多勢に無勢、騎士たちに玩具のように切り刻まれる男の魔族。


「うぎゃあぁぁーーーっ!」

「魔族といえど、勇者さまと俺たちにかかれば、所詮しょせんは雑魚。他愛もない」


 なかには魔族と人間が夫婦になった者たちも混じっていたが……


「どうか、妻と娘だけはお慈悲を……」

「はぁ? 魔族と子をなした裏切り者に慈悲などない!」


 騎士たちは夫である魔族の前で妻と娘の服を剥ぎ取ってそのまま押し倒した。夫が暴れるが地に伏せさせ、髪を掴んで妻と娘が犯される悲劇を目の当たりにさせる。


 見目麗しい女の魔族は聖騎士という野獣の慰み者なぐさみものになり、老人はそのままなぶり殺し。使えそうな子どもはさらわれ、乱暴に檻に放りこまれる。


 騎士たちの横暴に憤怒する魔族が現れた。


 金色に輝く戦斧ゴールデンアックスを両手に構えた巨躯きょくが女に跨がっていた騎士を両断した。上半身の無くなった騎士の返り血を浴びて、女は驚くも助けられたことに感謝し、走り去る。


 巨躯の魔族の怒りに満ち溢れた視線が私を捉えた。


「許さん……許さんぞ、勇者クリム!」

「許す? それは勝者のみが口にして良い言葉だよ。敗者はただ勝者の靴を舐める。それが世のことわりってもんでしょ」


 憤怒のルクセル……私の目の前に現れたオークロードは人々から、畏怖いふの念を込められ、そう呼ばれていた。


 オークロードという割にルクセルは体躯はさほど大きくない。重騎士になるような連中をさらに大きくしたくらい。それだけ身体が引き絞れているのだろう。


「なぜ、こんな非道なことをするのだ……なぜだ、人間……中には人間たちと手を取り合い、平穏に暮らしてゆきたいと願った者も多かった……なのに」


「ははっ、本当に笑わせてくれる。人間とか、魔族とか種族なんてものは私にとってはどうでもいいこと。ただの踏み台でしなかないよ。おまえだってそうだろう? 人間を殺して殺して、四天王とまで呼ばれるに至った。それとどう違うのやら……」


「違うっ! 俺は魔族をかどわかし、奴隷や長寿の薬として扱った者に制裁を加えただけだっ! 同族に祭り上げられ、人間からは畏怖。俺はそんなもの、何も望んじゃいない」


 なんだか、豚と話していると無性に腹が立ってくる。それに、これ以上話したとしても無駄だと思った。


「おっと私はなにも問答をしにきたわけじゃない。こっちはおまえを殺しにきたんだ。さっさと終わらせよう」

「ジオブレイク!!!」


 じ……地面が揺れるっ!


 私が喋り終わるか、終わらないかぐらいでルクセルは戦斧を大地に突き刺した。村を破壊し尽くした騎士たちが突然の地震に何事かとうろたえる。


 ルクセルの放ったスキルは凄まじく、私たちに向かって無数の石塊が飛んできていた。外套に物理防御のバフをかけ、凌いでいたのだが……


「クズ勇者め、憤怒の炎で焼かれて滅べっ! ファイヤーエッジ!」



 くっ! 速いっ!



 さすがと敵を誉めるべきか四天王の名は伊達ではない! 私に比肩しうる速さで炎をまとった巨大な戦斧が防御一辺倒になっていた私の身体を引き裂く。



 ああ、またか……

 


―――――――――――――――――――――――

 【固有スキル】の発動条件を満たしました。

―――――――――――――――――――――――


 まるでゲームのような文字がわたし私の脳裏に映る。するとどうだろう?


「馬鹿な! 俺の戦斧は確かに貴様の身体を一刀両断にしたはず……あれは幻覚だったというのか!?」


 ルクセルが、ただただうろたえていた。


「そういうのどうでもいいから。貫徹アーマーピアーシング


 私は淡々と剣を抜き放ち、オークロードの心臓を貫く。剣から腕を通してドゥクン、ドゥクンと伝わる生の脈動、まるで心臓を手で掴み、生殺与奪を握っているかのよう。


 胸を貫かれ、芝居じみたように大袈裟に口から血を吐く豚。


「そうだ、高位の魔族は心臓が三つあるってのは本当なの? 魔法剣(火)ファイアクレスト


 一つの心臓を穿たれ、跪いた四天王にもう一つの剣を突き立てる。刀身に浮かび上がった赤い紋章……熱したナイフがバターを溶かすようにスーッと豚の肉を簡単に貫いた。


「ぐあああっ! 熱いぃぃ、む、胸が、肺が焼けるぅぅ……」

「あはっ! 今晩は聖騎士団のみんなでとんテキだね」


 肉の焦げた匂いが周囲に漂い、思わず言葉が漏れた。騎士たちはキョトンと私が何を言っているのか分からずに首を傾げている。


「じゃ、最後のいっこ。何か言い残すことはない?」

「この恨み……必ずや誰かが取ってくれる……はぁ、はぁ、せいぜい……かりそめの命を……ぐふっ」


「おまえ、マジ、ウザいから」


 欲しいとも言ってないのに勝手にくれた皇帝より賜物、宝剣ダモクレスを一気に三つ目の心臓へと突き入れ、執拗なまでにえぐった。


 ルクセルは、ごぼっと口から大量の血を吐き出し、巨躯を大地に打ちつけていた。


 はあ~ん、何だろう、単なるゲームの世界なのに命を狩り取る瞬間がたまらなく好きだ。手に伝わる感触はまるであの男の股間を削ぎ取ったよう。私に向けられる蔑んだ目……そう、彼が私を見るような目を思い出す。



――――再び皇宮。


【皇国に弓を引いた哀れな豚の末路】


 聖騎士たちにより、四天王が一人を蔑む貼り紙がされ、民衆に晒される。ルクセルの亡骸なきがらを荷馬車でけん引し、帝都の民に討伐を完遂かんすいしたことを喧伝けんでんした。そのあとには鎖でつながれた新たに奴隷となった魔族が歩いている。


 ルクセルの死を悼むのか、はたまた自らの先行きを嘆いてなのかは分からないが、ある者は泣き叫び、ある者は暗くうなだれていた。



 皇宮へたどり着くと皇帝自ら、私を出迎えてくれる。


「勇者クリム、此度こたびの活躍見事であった。なにか望むものはないか?」


 討伐成功の凱旋がいせんをしながら、皇宮へと戻った私に皇帝が労いの言葉をかけ、さらに褒美をくれるらしい。


「はは、もったいないお言葉……ありがたく頂戴ちょうだいいたします。私が欲しいのは……」


 私が皇帝から視線を外し、見た先には頬を赤らめ、私の顔を熱い眼差しで見つめるモルガーナの姿があった。


 素直にその欲望に従い、言い放つ。


「皇帝陛下のお命と皇女殿下の御身おんみにございます」


 と、同時にニタリと笑ってやった。そばにいた皇帝は私の言葉に驚き、信じられないくらいの早さで後ずさりして、玉座へとへたり込む。私に向けて指を差しながら、叫んだ。


「クリムっ!? き、貴様ぁ血迷ったか! みなの者、こいつを引っ捕らえ、牢に放りこんで苦痛を与えたのちに処刑せよ!」


 廷臣たちが私を取り囲みこそするが、


「くくく……私におまえらごときが敵うとでも?」


 私の実力を目の当たりにした者は剣の柄には手をやるものの、刃を向ける者は誰もいなかった。気概ある者が刃向かおうと剣を抜いたときに視線を投げかけるだけで、腰を抜かしてして尻もちをつき転んでしまう。


「陛下はとても優秀な臣下をお持ちのようだ。誰が一番優れているのか、分かっているみたいだからな、くくっ」


 私がにじり寄ると玉座は固定されているというのに必死で下がろう足掻あがく皇帝……私は賜った宝剣ダモクレスでゆっくり、ゆっくりのとリンポスの心臓へ突き立てていく。「うぐっ」と籠もった声の断末魔をあげる愚帝。


「お父さまっ!」


 父である皇帝を庇おうとしていたモルガーナだったが、廷臣たちに押さえられていた身を振りほどき、目をカッと見開いたままの亡骸へと駆け寄る。


「クリムさま、なぜこんな酷いことを……私の愛したあなたはどこへ行ってしまわれたのですか!」

「ん~? 私は最初からおまえのことなんて、これっぽっちも好きだったことはないな。ただ、抱くにはちょうど良い身体をしていただけ」


 彼女は涙ながらに首を左右に振って、自らの人の見る目の無さを投げているようだった。


「そうだ! 亡き父に見てもらいながら、犯されるというのはどう? 興奮しない?」

「こんなこと、こんなことをしてもあなたの魂は救われることなんてありません! 私を犯したければ、犯しなさい!」


 もっと泣き叫んでくれることを期待していたのに気丈に振る舞われて、興が削がれた。



――――とある居城。


 主君である皇帝リンポス七世を殺害したあと、私に裏切られた上に父を失ったことですっかり生きる気力が失せてしまったモルガーナを伴い、ある人物と対峙していた。


「もっと禍々しい男だと思っていたんだが、なかなか見れるじゃないか」


 魔王だなんて大層な呼ばれ方をするものだから、もっと恐ろしい化け物を想像していたが、意外と見目麗しい姿形をしていた。


 山羊やぎのような角を生やして、虹彩こうさい煉獄れんごくの炎が燃えているかのように赤い。髪は黒く、耳はエルフのように長かった。


 私の一言に苛立ったのか、トカゲ人間の侍従が吠える。


「貴様っ! 人間ごときが失礼であろう! 魔王さまの御前であるぞ、跪け!」

「はあ? 私がなぜ、おまえごときに従わねばならないのだ? おまえこそ、立場をわきまえろ!」


 ギャーギャーと、うるさい侍従を一括すると押し黙った。


「魔王アザリケード、こいつはほんの手みやげだ」


 麻袋に包まれた丸い物体を放り投げた。魔王は片手で掴むと「確かめろ」と控えていた侍従に検分させている。見終わると侍従はひそひそと魔王に耳打ちした。


「リンポスの首と……皇女モルガーナか……望みはなんだ? アソタロスの支配権を認めることか? それとも金か?」


「ルクセルという使えない奴が抜けただろ? 奴の代わりに私を四天王として雇え。貴様に楽をさせてやるぞ」

「言わせておけば、貴様あああああぁぁーーーっ」


 脇に控えていた魔族たちが一斉に立ち上がり、私に襲いかかろうとしていた。


「待て!」


 だが、それを制したのは魔王だった。


「くくっ、面白い……では、見せてもらおうではないか、貴様の実力を! 人間の勇者クリムよ」

「ああ、存分に発揮させてもらおう」



 アザリードから与えられた一室で休む。


 はあ~っ! モルガーナもアザリケードも本当にチョっローいっ!!! モルガーナなんて、ちょっと抱いてあげただけで気を許してしまうって、初すぎぃ。


 うふふっ、どうせみんなゲームの中のNPCなんでしょ? みんな、みんな死んじゃえ! そして、私の大願成就のエネルギーに使ってあげる。


 この【公正世界ジャストワールド】さえあれば、この異世界を支配し、再び元の世界に再臨し、要ちゃんの寵愛ちょうあいを受けられるんだから!


 ダモクレスを乱暴に放り投げたあと、名工に打たせた二振りの剣を抱いた。刻んだ銘はそれぞれ、カナメとカオリ……二つで一つの雌雄しゆう剣。また元いた世界で受肉し、この雌雄剣と同じようにいつも一緒にいられるように願った。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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