第29話 白い死神

「なんだと? なんで死神が異世界にいるんだよっ!」


 ミーシャの確認してきた映像を見ていた白樺さんは叫んだ。ミーシャはわき腹を白樺さんの大きな手に強く掴まれて、ふみゃっ! ふみゃっ! と悶えていた。


「白樺さん! ミーシャがっ」

「あ、ああ……済まない……」


 我に返った白樺さんはミーシャを俺に渡して、がくりと頭をうなだれ、木の根元にへたり込む。ミーシャは強く掴まれたことから少し怯えながらも解放され、安堵しているように俺の肩に前脚を乗せ、休んでいた。


「ミーシャ、俺にも見せてもらっていいかな?」


 みゃっ!


 ふむふむ……大嶽くんと従者たちが歩いてるね。みんなフードをかぶってるけど、一人だけ小さい者がいた。その者は木製の銃床の小銃を背負ってる。


「白樺さん、あの小銃は?」


 FPSにそれっぽいのが出てくるけど、どれもボルトアクションなんて似たり寄ったりで判然としない。


 もちはもち屋。


 ミーシャをおでこにくっつけたまま、訊ねた。白樺さんは木の根元にだらしなく足を伸ばして、座り込みながら答える。


「ああ……あの銃はモシン・ナガン。帝政ロシアで産み出されたボルトアクションの傑作小銃の一つだ」

「じゃあ、まさか背負った人が死神なんですか?」


 以前、大嶽くんと出くわしたときには見ない人物。従者の中でも小柄で取り立てて、死神という割におどろおどろしい雰囲気はない。


「そうだ、フィンランドの白い死神シモ・ヘ○ヘだ。狙撃シーンをミーシャがちゃんと捉えてきてくれてるから間違いないだろう」


 映像を見ていると大嶽くんが従者たちの動きを制止した。ミーシャが発見されたのか? そう思ったものの、どうやら違うようで小柄な男が小銃を構えてボルトを引いたあと、照準を覗いている。



 パァン!



 銃口から放たれる閃光! やや遅れて銃声が森に響いたかと思うと素早い動作で男がボルトを引くと、古めかしい小銃から空薬莢が勢いよく飛び出してくる。ボルトを押しこんで狙いをつけ、銃声が再び響いた。


 銃声とガチャガチャと響く摺動しゆうどうの音。弾丸が切れるとストリッパークリップにセットされた弾丸をグッと指で押し込んで収める。そしてまた、トリガーを引いて銃弾を放っていた。


 俺は歴戦の戦士を思わせる引っかかりの一切ない華麗とまで言える動作に目を奪われていた。


 だが……


 ミーシャの目には目標がほとんど見えない。本当に当たっているのか?


「終わった」

「では見に行こう」


 白樺さんが白い死神と呼んだ男は大嶽くんに獲物をすべて仕留めたのか、一言だけ告げていた。頷いた大嶽くんたちは悠々と歩き出し、銃口が向いていた先へと進んでゆく。


 ミーシャもそのあとを追ってくれたようできちんと標的がキルされてることを捉えていた。



 ワイルドベア……



 マリエルやアイナから出会ったら、まず後ずさりしながら逃げろと口を酸っぱくして忠告されていた魔物。グリズリー……いや白熊より大きいかもしれない。


 たとえ一体でも出くわそうものなら、俺の身体なんて一溜まりもないだろう。なのにこんなに……


 五十を超えるであろう魔物を遠距離狙撃のみで倒した死骸が無数に転がっていた。ミーシャがワイルドベアの亡骸にこっそり近寄って見たら、すべて頭部を撃ち抜かれてる。


 大嶽くんは何かに気配を感じたのか、周りを見回したのち、念を込めたかと思うと……一瞬、彼はミーシャと目が合う。


 ヤバい見つかったか?


「なんだ、ただの猫か……この辺りのけがれはすべて浄化されたようだ。ご苦労、戻れ」


 そう思ったが、振り向いて小さな男に礼を言い渡すと男の姿が小銃とともに霧散し、見えなくなっていた。あまりの光景に従者が訊ねる。


「大嶽さま、あの者は一体……何者なのですか?」


 従者の問いに答えるも、


「分からん」


 と一言だけ返す。


 えっ!? 無自覚召喚!?


 ミーシャが拾った音声、彼らの会話に驚いてしまった。


「あのユリエルと名乗った巫女が【顕現リアル】という固有スキルと称するものだと教えてくれた。ステータスなるものに“レジェンド狙撃兵“とあったので使ってみたまで」


 はあ……彼は無自覚勇者だったのか。


「ありがとう、ミーシャ」


 みゃみゃっ!


 なんだか、これ以上見る気がしなくて額を離した。ミーシャの小さな身体を赤ちゃんのように抱っこする。見終わったの確認したのか、ショックから立ち直り、まるで原隊復帰したかのように白樺さんは振る舞った。


「どうだった?」

「どうもこうもスゴいとしか……」


 召喚した元いた世界の英雄……それを無自覚で召喚してしまう大嶽くん。ユリエルが俺の固有スキルを見限って、まともに勇者扱いしないのも納得出来てしまった。


 だって自衛隊だけに実戦経験はないが、一般人とは比べ物にならないくらい強く知識のある白樺さんですら、驚愕のあまりへたり込んでしまうくらいなんだから。


「召喚魔法って、普通幻獣とかだよな?」

「え!? どうなんでしょう? あっ、だけどFG○だと英霊を召喚してますね」


 これが世代の違いという奴なのか? 英霊だと令呪がないとアンコントロールになった場合、大変になっちゃうけど……


 俺の頭の中で大嶽くんの召喚英雄について、ある思いがよぎったが、そんなまさかと考えるのを止めた。考えたところで他人の固有スキルだし。


「でもなんで、白樺さんは大嶽くんのことを探ろうって思ったんですか? 同じ召喚勇者なのに」


「それだよ、それ。仲間だと思ってたら、いきなりブスッとやられたらたまらないだろ? 相手を信用してないわけじゃない。だけど、いざっていときに備えて把握ておくことは大事だからな」


 王宮へ帰る道すがら、話し合う。


 敵になるなんて考えたくはない。だけど、ここは異世界。何が起こるか分からないから備えているのか……信用し過ぎるのもいけないな。


 またあとで、各勇者と戦うことも想定してどう立ち回るか、シミュレーションしておかないと。けど、俺、白樺さん、莉菜さんはいいとして、大嶽くんや船橋さんと共闘なんてできるんだろうか?


「白樺さんは大嶽くんと今の俺たちのようにじっくり話をしたことはありますか?」

「ないな……だから、危ないんだよ。はっきり言って、彼の固有スキルは召喚された中でも随一かもしれない。それこそ柏木さんを超えるくらいの」


 やっぱり白樺さんもそう思うのか……


「俺もちゃんと話したことがありません。何を考えているのか、分かりませんよね」

「ああ、それに比べれば船橋の方が考えは分かりやすいな」


 女ったらし。


 俺たちの認識は共通していて、さっきまでの空気を払拭し、ははっと二人で笑っていた。



 偵察任務を終え、二人と一匹で森を抜け、王都へと戻ってくる。門番から不思議がられ、街中でも奇異の目を向けられていた。だが、白樺さんは馴れているのか、まったく気にしていない。


 俺は結構、恥ずかしかった……


「お二人ともどうされたのですか!?」


 偵察を終え、王宮に戻るとドーランを塗りたくった俺たちの顔を見て、マリエルが口に手を当て驚く。


「マリエルさま、なんの騒ぎだ?」

「んん?」


 アイナも莉菜さんも一緒にいたみたい。ああ……マリエル以外は癖がかなりある女性だがみんな美女と言って過言じゃない。


「なんじゃ? 騒々そうぞうしい。どうせ、要が馬鹿をしたのであろう。妾はここで茶を飲んでおるぞ」


 まあ、こいつは美女になってもメスガキ。こいつの胸元がマリエル級になることは……ないな、ない。ちなみに今は大きさは十分の一マリエル。


「これは迷彩って言って、草木に潜んだとき、敵から見つかりにくくするものなんだ」


 莉菜さんは分かってるみたいだったが、他のみんなはふ~んといった表情だった。そんなもんだよね……


 バシャバシャバシャッ!


 二人して桶に汲んだ井戸水で顔を洗っていると、


「急報! 急報!」


 早馬が戻ってきて、騎士が大声で叫び、息を切らしながら下馬する。アイナが騎士を呼び止め、訊ねた。


「どうしたのだ!?」

「それが西方より魔王軍が進撃してきおり、コンウェルの街が襲われておりますっ! 私はユリエルさまにご報告せねばなりませんので、これにて失礼いたします!」


「ああ、呼び止めてすまない」


 アイナに軽く会釈をして、王宮のユリエルの下に駆けていった。


「アイナ、ユリエルのところに行くのか?」

「いや、私は憲治に付き従うように命じられている。すぐ準備するぞ」

「じゃあ、行こうか」

「は……はい……」


 白樺さんの言葉に途端にしおらしくなったアイナ。いつもああなら、いいのに……


「マリエル、俺たちも行こう!」

「はい!」


 何か明確に俺ができることなんてない。だけど、魔物に街の人が蹂躙されてるって考えたら、いてもいられなかった。


 俺たちの思いに水を差す者が現れた。


「あら……あなたたちどこに行こうと言うのですか?」


 ユリエル……


「だから、コンウェルに……」

「二人揃って無能が駆けつけたところで、ただの足手まといにしかなりませんよ。」


 分かってることだが、こう面と向かって言われると腹が立つ。それにリリスのを見て……


「ふん、またおかしな奴隷を買って……そんな者を用意したところで何の役にも立ちません。早く塔から飛び下りるでもして、口減らししてもらえませんか?」


 侮蔑の言葉を吐く。本当にこいつはマリエルの双子の姉なのか? 中に魔族でも入ってんじゃねえのか? ユリエルの中の人を疑ってるとリリスが癇癪

を起こしそうになっている。


「なんじゃ、このムカつ……むぐぅ」


 ユリエルに食ってかかろうとしたリリスの口を塞いで抱えながら、彼女をユリエルから引き離した。足をじたばたさせているが、


「おまえは黙ってろ。ややこしくなるから」


 耳打ちしながら、浅めにかかっていたフードを目元まで隠れるくらい深く被せなおした。マジ、こっちの身にもなれよ。今、ユリエルに魔族だってことがバレたら、それこそ拷問されて酷たらしく殺されるかもしれねえんだから。


「分かりました、お姉さま……」

「そうですわよ、マリエル。無能は無能らしく素直であらねばなりません。多くの者の魔導力を割いて喚んだにも拘わらず、何の役にも立たなさそうな者もね」


 悔しいが俺以外の勇者たちの力を見せつけられて、ユリエルの言葉に言い返すどころか、ぐうの音すら出ない。


 ユリエルがその場を離れようとすると……


「お姉さま、お待ちになって! ですがお願いがございます。勇者さまたちが街を解放に導いたとき、私が街へ行く許可をください!」

「仕方ありませんわね……マリエルは言い出したら聞かないのは変わりませんから」


 俺に笑顔を向け、どこまでも聖女であろうとするマリエル。俺は彼女に同行し、護衛することを心に決めた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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