第28話 神を見た

 前脚で口を拭う。


 ただ一挙手一投足を見てるだけで飽きない。本当に俺の魔力で産まれたのか、不思議だ。手を差し出すと寄ってきて、俺の手のひらに前脚を乗せてくる。


 マリエルじゃないけど、そんな仕草がかわいらしくて思わず抱っこしてみると、どうやら雌猫らしい。まじまじ見ると毛並みも良くて、美猫なんだよなぁ。


 みゃ~ん。


 甘ったるい声で鳴くので、すっかり俺の頬が緩んで、でれっとしてしまった。猫との違いは背中にあるコウモリっぽい羽根だけ。大きさ、形からしてとても飛べそうになく、猫用の服についた飾りに見える。


 いくらリリスの使い魔とは言え、猫耳娘とか、獣人化なんてしないよな? メスガキから産まれたのに本当に素直でいい子なミーシャ。


 猫モドキですらこのかわいさだ。もし、俺の子どもだったら……童貞の抱いた妄想に鼻で笑ってしまう。


 童貞は童貞らしく、振る舞わないとなぁ!


「行け、ミーシャ!」


 みゃみゃっ!


 俺の手を離れたミーシャはしなやかな肢体を巧みに使い、お風呂場へと疾駆していった。斥候のテストとして、ミーシャを湯浴み中のマリエルの下へと派遣した。そうだ、マリエルが魔族から狙われていたら危ない。常に彼女を守るのは勇者の役目なのだ!


 使命感に燃える俺だったが、やはり覗き……もとい直接監視するのは気が引けた。しかし、ミーシャなら誰も疑わずに敵の懐へと飛び込めると踏んでいる。



 そわそわ……むらむら……



 しばらくして、白樺さんから習ったことを復習していると……


 みゃ~ん。


 部屋の窓からミーシャが戻ってきて、スタッと高いところから華麗に飛び降りた。そのまま俺はダイレクトキャッチして、猫かわいがりしてしまう。


 内心はものすごくどきどきしていた。もちろん、ミーシャの見てきた神映像を見るのにだ!


 みゃ~ん! みゃ~ん!


 匂いで分かるのだろうか? 俺の足にまとわりついて、やたらと頬をすりつけてくる愛い奴。


 ちょっと心を落ち着かせるために厨房でもらってきた煮干しみたいな魚を焼いて、ミーシャに食べてもらう。食べやすいように砕いて餌入れにいれてやると、これが実に美味そうに食う。


 ミーシャは前脚をペロペロと舐め、魚を完食したことを示す。報酬代わりの食事を終えたところで俺は意を決し……


 リリスがやっているようにミーシャを抱え、額と額を合わせて、瞳を閉じた。



 見える!



 見えるぞ!



 猫目線ではあるものの、はっきりとミーシャが見てきた映像が俺の脳裏に浮かんでくる。一体、どうなってんだ、これ?


 4Kより鮮明な映像に驚いていると駆け出していたミーシャの足が止まり……ついに湯気の漂うお風呂へと到達した。猫は水を嫌うって言うけど、ミーシャはそこまで嫌がる素振りみせない。



 パシャー! パシャー!



 桶でお湯を掬いって、身体にかけているような音がこだましてくる。だがなかなか、ミーシャはそちらを向いてくれない。


 猫だからさ。


 ちゃんとお風呂場を覗いて、げふんげふん、警戒任務に当たってくれただけでも、誉めてやられば猫は動かじ。


 そう思っていたら、ミーシャを呼ぶ声がしてくる。


「なんじゃ、どこに行っておったかと思えば、ここにおったのか。ミーシャも妾と浸かろうぞ」


 なんで、ロリ魔が邪魔してんだよっ!!!


 マリエルは? マリエルを出せよ!


 俺の土下座を返せっ!!!

 

「え~、なにその猫。なんかかわいいっ! ちょっと貸して」

「妾の使い魔なのじゃ~」


 なっ!?


 マリエルだけじゃない……リリスは余計だが、アイナにアローネまで一緒にいるなんて。湯船に浸かりながら、キャッハウフフしてる場面に挟まりたい。てか、ミーシャはたわわな谷間に挟まってる……


 し、幸せ~!


 たぶん、ハーレムってこんな感じなんだろうな。いつもつんけんしてるアイナも猫相手だと意外なくらい柔らかい表情を見せてくれて、かわいい。


 覗きがバレたら、また殺されそうになると思うけど……


 ちゃぷん。


 ミーシャの眼前に女神が降臨する。


 水面が揺れ、艶々とした美しい肌の足首がするすると湯気で白ぶむ大きな大理石でできたような湯船へと吸い込まれていく。ちらりと見えた足指の爪は、健康的で光で反射して輝いていた。まるでトップコートを施したように……


 その足首の主はマリエル。腕でたわわな胸元と身体を洗うための布で前を隠しているが、ぷりんとしたかわいいお尻には注意が払われていなく、ミーシャの瞳に焼きついていた。


 かけ湯を終え、雫で髪も肌もキラキラと輝く肢体を湯船に浸したマリエル。彼女の胸のあんなところにほくろがあるなんて、知らなかった……


「おっきいのじゃ……」


 リリスの言葉通り、湯船に浮かぶメロン……


 おお……おお……


 人は感動したとき、すべての語彙力を失い思考というものを忘れる。


 目を閉じ、濡れた金色の髪を撫で梳くマリエルの姿にヴィーナスですら、ドヤ顔で裸を晒したことを恥じて、貝になりたいと思うことだろう。


 みゃみゃみゃーっ!


 あまりの神々しい聖女さまのお姿に興奮のあまりぐっとミーシャを抱きしめしすぎたみたいで、ミーシャは毛を逆立て悲鳴をあげてしまう。


「ご、ごめん……」


 ミーシャに謝り、映像が戻ったときだった。突然、ミーシャはメスガキの手元から離れた。必死で猫かきで湯船を渡り、どこかへと走りだしその脚が止まった……


 ミーシャが見上げたものはとにかくデカい胸!


「これが欲しかったのか? ほれ」


 みゃ~ん!


 手にぶら下げられた魚に首ったけなミーシャ。そんな視線の先には乳首もばっちり映ってくれてる。だけど、こんなにも嬉しくないものもない。だって、白樺さんのだから……


 そっと額とのリンクを離し、ミーシャの小さな身体を床においた。とにかく後半部分の記憶を削除したくなる。


「あ、ありがとう……ミーシャ」


 みゃっ!


 余韻こそ悪かったがマリエルのあられもない姿を見れただけでも、作戦を決行してよかったと思う。あの美しい背中とお尻……



 マリエルの美しさはマジで神がかってる。



 もう、何も思い残すことはないと思えてきてしまう。いやいや、俺は元にいた世界に戻らないとならないんだ。そんなことすら、忘れさせてしまうほど、マリエルは魅力的と言えた。


 もちろん、容姿が優れてるだけじゃない。あのまさに聖女さまっ! と思わせる心根の優しさとか、誰隔てなく気さくに話しかけられるところとか、言い出せばきりがない。


 マリエルを想い、俺があぐらをかいて座っているとミーシャがぴょんと飛び乗りしっぽを左右に振っていた。大活躍してくれたミーシャを撫でて寝かしていると……


 リリスが入ってきて、ミーシャは彼女のところに行ってしまった。そして、額合わせをしたメスガキが口を開く。


「ほう、なるほどなぁ……くっくっくっ、そういうことであったか……これは面白い」

「なんだよ、なに笑ってんだ?」


「ミーシャが湯浴みなどおかしいと思ったら、そういうことであったとはなぁ。要がミーシャを使い、マリエルの湯浴みを覗いているとバラしてやったら、どう思うじゃろうな、あの娘は……」


 くっ……悪魔め! 魔族か……


「おまえ、最初から俺をはめようとしてたのか?」

「勝手におまえがはまっただけじゃろう。男とは単純な生き物よのう!」


 ロリガキに言いように扱われ、下剋上を受けようとしていたときだった。


「そこにいたか」


 俺たちがくだらない争いを繰り広げていると白樺さんとマリエルが見ていた……白樺さんはリリスと何か話していて、マリエルが俺の目を恥ずかしそうに見つめている。


「要さま……私の湯浴みを見ていたというのは本当ですか?」


「あ……うん。ごめん……こんな俺、軽蔑するよな。でも、優しくて、美しくて、かわいくて、非の打ち所のないキミのことが気になって仕方なかったんだ。もし、俺の顔なんて見たくないとか思うなら、追放でも処刑でも受けいれる覚悟はあるから好きにしてくれ……」


 俺はマリエルの足下に跪いて、謝罪していた。俺だって年相応の性欲くらいある。毎日、かわいいマリエルの笑顔を見ていたら、どうしてもそれに打ち勝つことができずに、抑えきれずに彼女の素肌をミーシャを介して覗いてしまっていた。


「いいんです。要さま……私は怒ってなんかいません。どうして、見たいなら見たいと仰って頂けなかったのですか? 一緒に湯浴みするなんてたやすいのに……」


 マリエル!?


 跪いた俺を優しくその腕の中で包みこんでくれていた。ちょうどマリエルのたわわが俺の顔に触れる。


「毎日、頑張っている要さまにご褒美が必要だと思っていたんです。これくらいしかできないことをお許しください」


 怒られるどころか、逆にマリエルになぐさめられてしまった……


 俺の頭を柔らかい手でしっかりと撫でくれる。彼女のおっぱいに挟まれると、もう嫌なことすべてが癒やされ、また明日……いや今すぐトレーニングをして彼女を守り抜きたい、そんなやる気にさせてくれていた。


「マリエル、ごめん。そして、ありがとう! 俺、キミのおかげで改心した。キミに絶対にえっちなことなんてしないから! 今から白樺さんにへとへとになるまでしごかれて、変な気起こさないようにするよ」


「あっ!? えっ!? 要さま、私……そ、その勝負下着というものをご用意してきたのですが……ああっ、お待ちになってぇぇ」


 俺はミーシャを抱えた白樺さんの手を引き、マリエルたちの下から離れていった。


「ちょ、ちょ、要くん、まだリリスさんと話が出てきてないんだが……」

「ミーシャのことなら、俺が知ってますんで!」


 何かマリエルが言ってたような気がするが、たぶん俺を励ましてくれているのだと思う。



 今なら魔王すらワンパンで倒せそうな気分だ!



――――王都の外れの森。


「白樺さん、森に来てなにをするんですか?」

「それは覗きに決まってるだろう、要くん」


 ニヤリといやらしい目つきで笑った白樺さん。まさか、そんな趣味があっただなんて……さすが師匠!


「ミーシャ、頼んだぞ。俺たちでは相手に気づかれてしまう。だがおまえなら、務めを果たしてくれるはずだ!」


 森の中へ抱えたミーシャを放つとミーシャは一目散に駆けて、すぐに草むらへと姿を消した。


 相手?


 レンジャーの資格を持っている白樺さんの気配を気取るなんて一体どんな相手なんだろうか? それにさっきは俺と同じ穴のむじなかと思ったが、白樺さんに限ってありえない。


 ドーランのような顔料で迷彩柄に顔や首回りを塗りたくった俺たち。しばらく息を殺して森で過ごしているとミーシャが突然、現れ白樺さんに飛びついた。


「よし、えらいぞ!」


 ミーシャが無事、帰還したことを撫でて誉める。そして、なにかを瓶からスプーンですくい、ミーシャの前に差し出すと……


 無心でスプーンを舐め始めた。


「白樺さん、それは一体……」

「ああ、ぢゅーるだ。猫化の魔物もいるかと思って用意しておいた。ちゃんとむさぼり食べてくれて良かったよ」


 みゃ~ん、みゃ~ん。


 ミーシャは舐め終わると白樺さんの足に前脚を置いて、しきりにおかわりをせがむ。訊くと魚をすり身にして、ペースト状にしたものらしい。通りでミーシャの食いつきぶりに納得した。


 満足して食べ終わったミーシャと白樺さんは額を合わせて、探ってきた映像を見ている。どうやら、コンタクトを取ろうとしても拒否されて、情報のない大嶽くんのことを探ろうとしていたみたい。


 そらそうだよな、高校生みたいに青臭い性欲なんて、なさそうだったから。俺がのん気に構えていると突然、大きな叫び声を上げた。


「なんだと? なんで死神が異世界にいるんだよっ!」


 映像を見ていた白樺さんがいつもの冷静さを失い、滝のような冷や汗を掻いていたのだった。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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