第27話 子孫

 香月さんが打ち明けてくれたことに俺は混乱していた。少なくとも、俺は他の四人の勇者以外にドラガレアに転移してきた人間を知らない……


「香月さん! 俺に詳しく教えて欲しいっ」

「はわわ……か、要、手、手がぁ……」


 香月さんから伝えられた彼女の父親と俺との関係を知りたくて、思わずしっかりと彼女の両肩を俺の手のひらが包みこんでしまってた。


 小さて柔らかい華奢きゃしゃな女の子らしい肩……恥ずかしそうに俺から顔を背ける。頬にキスされたときはまさかのビッチな子かと思ったけど、真っ赤になってキョドるところを見るとやっぱりうぶな女の子なんだと思い直した。


 いつもとは逆に香月さんに語ってもらうしかないか。そう思っていると、ガチャリとドアが開いてしまい、


「あらっ! お取り込み中だったのね、ごめんなさい」


 香月さんのお母さんにがっつり肩を抱いてる場面を目撃されてしまう。こんなのどう言い訳をしても、キスしようとしてようにしか見えないって! 謝って、そーっとドアを閉めようとするお母さんに向かって「違いますから!」と叫んだ。


「大丈夫、大丈夫。吉乃ちゃんがイケメンくんを連れてきたから、もうベッドインしてるかと思ったらまだなのね……ママ残念~」


 頬に手を当てながら、おまえはまだ娘を抱いていないのかと逆にがっかりされたような発言に戸惑うしかない……


 目上の人に失礼かもしれないが、俺の本心をお母さんにぶつけてしまう。


「亡くなったお父さんの部屋で大事な娘を抱く男が居たら、普通に軽蔑しますよ」

「え? 何か、父親から大事な娘を奪うなんて、NTRとかBSS感があって良くない?」


 良くねえよ!


 はぁ……と長いため息を漏らした香月さん。それはクラスの男子たちに向けるものより遥かに深いもの。


「これだから、ママを要に会わせたくなかった……」


 とても残念なママさんだった……香月さんはガクッと力なく頭を垂れてしまう。


 俺は香月さんのお母さんから、ヤリチンみたいに思われてるのがショックでならない。確かに香月さんのお母さんに対する過剰とも思える反応は頷けてしまう。


「あらあら、別にしようとしていたわけじゃないのね……マジでキスする五秒前にしか見えなかったからぁ」


 口を押さえながらくすくす笑い、ばんばんと俺の肩を叩くお母さんだった。どうやら、掃除しようと部屋に入ったら俺たちのラブシーンまがいに遭遇してしまったらしい。


 普段、口数の少ない香月さんに比べ、お母さんは饒舌に思える。多い口数は止まらず、俺をお父さんの部屋に招いた理由を訊ねていた。


「でも、どうして才蔵さんの部屋に彼を?」


 もしかして、二人にとってここは、


「お二人の大事な……」


 想い出の聖域……俺がお母さんに謝ろうしたら、香月さんは俺の考えを読んだようにその必要はないとばかりに首を振って、手を使い制止していた。


「うん……要はパパと同じように異世界から帰ってきた子だったから」

「……そうなのね、彼が吉乃ちゃんが話していた子かぁ」

「そう。ママも要に教えてあげて」


 香月さんはお母さんにどこまで話したのか、説明し補足するように俺に話してくれた。


「PNはヤマガタニコムなんだけど、彼の名前は香月才蔵って言うの。お義父さんが真田十勇士が好きでみたいなことを話していたわ。それでね、才蔵さんはリュミエルって魔女見習いに使い魔として召喚されたらしいのよ」


 リュミエル……


 那由多の使い魔を読んでたときはまったく意識してなかったが、今に思えばあの子の名前のいんを踏んでる……


 まさかと思いつつも話を聞いていると、


「それでね、そのリュミエルのお母さんがカナエル、お祖母さんがマリエルと……」

「えっ!?」


 マジか!?


「それって本当なんですか?」

「ええ、才蔵さんが書き上げた原稿は私が一番最初に下読みするから、間違いないわ」


 俺が花山みたいになってしまった。異世界の話なんて聞かされたら、みんなそうなるんだな……


 それよりもマリエルは誰かと結婚していたってことなのか!? いやそもそも、年代が合わない。俺と才蔵さんが出くわさなかったのも納得だ。


 マリエルとはあれっきりだったし、彼女が俺に好意を抱いてくれてたのは分かっていたけど、異世界に残らずに帰ってきてしまったんだよな……


 彼女には本当に悪いことをしてしまったと思う。


 しかし、カナエルって誰の子どもなのか? 今となっては確かめようがない。


 マリエル……


 今なにしてるんだろう? 元気にしてるかな?


 あれだけツラいと思った異世界だったのに、彼女のことを思うと強い郷愁が呼び起こされてしまう。望郷の念のようなものに思いを馳せていると、香月さんがまた、懐かしい奴の名前を出してきた。


「パパが異世界に行ったときには要はいなかった。人間と魔族との融和に尽力した英雄で双方から称えられる希有な存在だったと……そう、パパに教えてくれたのがリリス。む……むちむちえちえちの……妖艶な姿だった、って」


 どうも転移する時間軸は必ずしも、こちらの世界の時系列通りではなさそう。



 しかし……



 マジか!? 俺は幼女の姿のあいつしか知らないからな……ちょっと、見てみたい。だが口さがないあいつのこと、香月さんのお父さんにいらないことを吹き込んだりしてないだろうか?


「要はヘタレ童貞って言ってたらしい」


 あいつ……今度、転移したら絶対に分からせてやるっ! 俺だって、好きで童貞やってたんじゃねえ!


 理由はあったはずなんだけど……


「リュミエルのことも回復魔法が使えないポンコツ聖女と馬鹿にしてたみたい」


 相変わらずだなぁ……


 才蔵さんが異世界に行ったときには、俺もマリエルもいなかった。リュミエルと大人になったリリスと絡んでたらしい。たぶんだけど、五十年くらいの開きはあるんじゃないかな。


 ふと話が途切れた際に窓に目をやると……


 花山!?


 こっちを見てにやついていた。香月さんはすかさずベランダの引き戸を開けて、隣から見ていた花山を詰り始める。


「雅、覗きが趣味だなんて、サイテー」

「俺は吉乃に欲情なんかしねえ。だが、桐島とおまえのイチャコラは気になるんでな」


 どっちにしろ覗いてるんじゃねえか……


 五メートルほどの距離のベランダ越しに口げんかを始めた二人、まるで兄妹みたいな花山と香月さんの関係がなんだか微笑ましく思える。


「そうだ! みやちゃんも夏穂ちゃんも家でお茶しない? 美味しいお菓子もあるし」

「行きます! 行きます! 純子さんのお菓子食べた~い」


 花山を押しのけ、ひょこっと横から出てきた西野さんが手を振っていた。俺たちは柔らかな陽射しの下、あのサンルームで合流してお茶会をやることになった。


 純子さんの淹れてくれた紅茶とパンケーキを食べながら、俺の異世界語りをみんなに始める。なんだか、学校にいるときと変わらないな。だがそれが妙に心地よく感じた。


 俺はお手洗いでその場を離れたときに花山と少し内々の話を伝える。



 * * *



 俺がトレーニングを終え、部屋に帰ってくるとリリスがミーシャを抱っこして額同士を重ね合わせていた。黙ってれば、愛らしいんだけど、口を開けば俺に対する罵詈雑言ばりぞうごんばかり。


 こいつはいつも俺の部屋で怪しげなことばかりする。なぜ自分の部屋でしないのか疑問で仕方がない。


「なにしてんだよ、ロリ魔」

「おまえは長幼の序ちょうようのじょというものを知らぬのか!?」


 見た目、そのままを口に出したらキレた。俺の何倍も歳を食ってる割に、やることがいちいち子どもっぽい。


「俺の座右の銘は『退く、びる、かえりみる』だからな、おまえ以外は」

愚弄ぐろうしおってぇ!」


 みゃっ、みゃっ!


 ミーシャが肉球でリリスの頬に軽く猫パンチを数発入れて、急かした。


「おう、ミーシャ済まぬ、済まぬ。馬鹿の相手をしておる場合ではなかった」


 目を瞑ったミーシャの額とメスガキの額を重ねて何かしていた。


「おおっ! なんと! スゴいのじゃ……」


 一通りなにかを見終えたような感じでメスガキはしゃがんでゆっくりとミーシャのしなやかな身体を地面に置いて、黒い毛並みを撫でる。ミーシャも嫌がる様子もなく、目を細めて嬉しそうにしていた。


「トンビが鷹を産んだのじゃ!」


 俺の顔を見て、メスガキが叫んだ。異世界なのに俺たちと同じことわざがあんのかよ……いやそんなことより、


「産んだのはおまえだろ。俺は精気を吸われただけだ、無断でな!」

「そんな小さなことで目くじら立てるものでない。カリカリしてると大きな人間になれんぞ」


「少なくとも、おまえより俺は大きい」

「身長ではないわ! 器の話をしておる」


 たくっ、マリエルに比べりゃ、俺もおまえもお猪口ちょこより小さいだろ。どんぐりの背比べの俺たちだったが、


「ミーシャはのう、見たものが共有できる」

「な……なんだと!?」


 リリスはミーシャを抱っこしながら、俺に向かって、ニタリと勝ち誇ったようにドヤ顔をした。相づちを打つようにミーシャもリリスに合わせ「みゃあ!」と鳴いていた。


「なあ、リリス……」

「なんじゃぁ?」


 くっ、こいつ俺の意図を読みやがったのか、足下を見るような醜悪な表情を浮かべてやがる……


「頼みごとなら、まずはさまをつけよ、さまを、な! さあ、リリスさまと呼んでみよ、くっくっくっ」


 こ、こいつ、マジしばきてえ!


「リ、リリスさま、私めでもミーシャの見たものを見れるんでございましょうか?」

「おう、見れるな! ミーシャが嫌がらない者ならば、見せてくれるぞ。貸して欲しいのかぁ?」

「は、はい……」


「では、それ相応のお願いの仕方があるよのう」


 ま、魔族めぇ……だか、ここは俺の大願成就のため、俺はメスガキの前にひざまずく。



 恥は一時、志は一生!



「お願いします、リリスさま。俺にミーシャのお力をお貸しください」

「よかろう、これが妾の寛大さよ!」


 腰に手を置き、大股で俺を見下すロリ魔。


 ぐぬぬ……


 あとで絶対に分からせてやる。だが今はたえるしかない。


 これは斥候せっこうのテストだ。決して、マリエルのお風呂をミーシャに見てきてもらうなどという不埒なことを行うんじゃない!


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る