第2章

第26話 父親

 ――――教室に残る二つの空席。


 一方は机の上に花瓶に常に綺麗な花が差されている。もう一方は見るに耐えない罵詈雑言が書きなぐられ、表面は傷だらけになっていた。


【種なしスイカ】


 誰が書いたのか分からなかったが、そんな山崎とあの子との痴情ちじょうのもつれを的確に表しているように思えた。


 もう辞めてしまったとはいえ、主がいなくなったあとも残った席。一部の級友の願いでそのままにされていた。山崎の席は完全にガス抜きだろうけど。


「香織って、事故だったのかな? それとも自殺?」

「やっぱり自殺……なんじゃない? 山崎にヤリ捨てられたんだし」


 ニュースでも全身を強く打って、と伝えられてたから、遺体は相当状態は酷かったらしい……だけど、どっちだったのかは本人しか分からない。


 地味だったのに山崎と付き合っていたことに嫉妬するような発言も何度か耳にしたけど、今はほとんどの女子たちはあの子に同情的だった。


 男子たちはというと……


「山崎ってよ、千堂にアレ、切られてしまったらしいな」

「えっ!? 俺……震えて縮んじまう」

「いやいや手術でくっついたらしいぞ」


「その情報、古いって。雑菌が入ったのか、腐って壊死えしでボロッと崩れたってよ」

「ひっ!?」

「マジで千堂の呪いだな……」


 二人のうわさをする級友たちは、あの子の席を見ながら言った男子の言葉にうんうんと頷いていた。


 俺が花瓶のある席を見つめていると、肩に手を置かれた。


「花山……」


 振り向くと何も言わずに首を横に振る。あの子は一体何がしたかったのだろう? 分からない。そういえば、分からない奴と言えば、異世界にもいたが……



 そんなうわさも収まりかけた頃、俺は近所のおじさんから家に招かれた。あの子のお葬式は家族葬で済ませたらしい。


「記憶を失ってしまった要くんに見せるべきか迷ったんだが……」


 是非ともと頼まれ、断るに断れずに来てしまった。おばさんは入院したままとも聞いていたから……


 おじさんが俺の後ろで見守る中、あの子の部屋のドアノブをひねり、中に入った。


 部屋を見て、絶句した。



 無数の写真……



 壁も天井も俺の写真で埋め尽くされて……


 絵の具にしてはかすれすぎた赤で「好き」などの好意を寄せた文字が書き殴られていた。


 こんな一方的な好意に口を押さえて、胃酸が喉にまで一気にこみ上げるような吐き気を催してしまう。


 女の子らしいかわいい小物などなく、まるで黒魔術でも行おうとしてたかのような怪しさ。だが、ポタポタと雫が赤黒い斑点が無数に広がっていたカーペットに落ちた。


 悲しいなんて感情はまったくないのに、欠伸あくびをしたときのような生理現象として流れるだけの涙。どうして、俺の身体がそんな反応を示すのか分からなかった。


 目が痛くなるなんてこともないのに……


 おじさんに聞いたら、家に戻ってこようとしている途中の踏み切りに侵入して、って言っていた。おじさんは何とか精神を平静に保つので精いっぱいといった感じ。


 あの子は山崎にこっぴどく振られて、俺を頼ったのかもしれないが、何も思い出せない俺にとって過剰……いや異常と思えるアプローチをかけられても、困惑するばかりだった。


 亡くなってしまったことには不幸としか言いようがないが、それ以上の感情が動くこともなく、霊前で手を合わせたあと、自宅に帰ってくる。



――――金曜の放課後。


「要……日曜にうちに来て」

「えっ!?」

「都合、良かったらだけど……」


 帰宅の道すがら、いつものように話していて俺と香月さんの家の分岐の交差点に来たときだった。


 突然、香月さんからお呼ばれのお誘いに驚いてると彼女は恥ずかしそうに俺の都合を訊ねていた。まさかの提案に俺が戸惑っていると、彼女は走り去ってしまう。追いかけようにも歩行者用の信号が赤に変わって、すでに車が走りだしていた。


 下校中、道端でぼっちになってしまった俺……


「お~い、桐島。おまえ、こんなとこで立ち止まって、ナンパか?」


 花山と西野さんが仲良く恋人つなぎしながら、こっちに向かってきた。


「これがそう見える?」

「きりたんなら、いっぱい女の子が引っかかると思うよ~! 一人でいるとき声かけられたら、お持ち帰りされちゃうかも」


 なっ!? 西野さん……イケメンにチョロすぎない? 俺がまたまた戸惑ってると……


「桐島っ! おまえ、夏穂をナンパしてお持ち帰りしたのかよっ!」

「してない、してないから! たとえの話だから……」


 俺に強い剣幕で詰め寄る花山だが、まだ何もというか、この先も何もない! 人の彼女を寝取るなんて、最低なこと俺はしないから。


「ね~っ!」


 俺にかわいく同意を求める西野さん……間違いなくこの人は小悪魔で花山を弄んでるな。


 俺は花山から刺されたくない。せっかく、友だちみたいに話せるようになったんだから。修羅場にならない内に、二人に香月さんから置いてけぼりを食らったことを伝えた。


「あいつ……マジ面倒くさいな。分かった! 俺が伝えといてやるよ。どうすんだ?」

「別に大した用事もないから、香月さんさえよければ行くつもりだけど」


 西野さんはすぐに女の子が……なんて言ってたけど、ナンパどころか、LINEすら聞けてないクソザコ陰キャだから、花山の申し出は渡りに船だった。


「ちゃんと避妊しろよ~!」

「吉乃ちゃん、処女だから無理させちゃダメだからね~!」


 なぜ、そうなる!


 香月さんとは付き合ってすらいないのに……


「俺と香月さんはそんな関係じゃないって」

「冗談だ、冗談。そんな軽々しく吉乃に手を出す奴に俺が世話を焼くかよ」


 待て、あわてるな。これは花山の罠だ! だったか……意外と頭は回るんだよな、馬鹿だけど。


 花山は西野さんと見合ったあと、ニヒっと目を細めて、俺を見てくる。二人に乗せられてるような気もするけど、温かく見守られてる感じがした。


《十時に来いって》

《了解》


 花山と交換したLINEでやり取りして、訪問の日時が決定する。男とはスムーズに行くのに……



――――日曜の早朝五時。


 これはデートではない!


 そう自分に言い聞かしたものの、他人さまの家に行くのに身なりは整えないといけないと思い、ワックスで固めて、ちゃんとした服装で出撃した。もちろん、中に美少女VtuberのTシャツなんて着てない!


 まあ、コンビニに行くときなんかは、ジャージに推しキャラのプリントTシャツなんだけど、以前は女の子の店員さんに蛇蝎だかつの如く嫌われてて、なんか買っても、三白眼で「あーしたぁ」みたいな挨拶しかされなかった……


 それがどうだろう、異世界から戻ってきて同じ格好で行ってるのに、目をキラキラさせながら挨拶が「ありがとうございましたぁ!」に変わっていた。あの俺を蔑んだ目で見てくる店員さんを見れないのはちょっと残念に思う。


 花山から住所も聞き出しておいたので、迷わず来れた香月さんのお家……深窓令嬢のような雰囲気があったけど、やっぱりお家っていうより邸宅と言っていいようなくらい大きかった。


 家屋とつながったシャッターつきの車庫、閉まっているのでどんな車がまっているのかはうかがいしれない。たぶん、外車が普通に駐まってそうだ。


 あまり他人の家をまじまじ見るのは失礼かもしれないが広い庭にはバラソルつきのガーデンテーブルと数脚の椅子があり、すぐさまマダムたちが集まりお茶会が開けそう。


 家屋からボコっと張り出したサンルームまであった。ガラス張りの中を見ると机とゆらゆらと揺らせそうな脚のロッキングチェアーが置いてある。あんなところで春や秋にうたた寝したら、最高だろうな。


 これが格差というものか……


 門扉もんぴのそばにあったインターホンを鳴らした。うちの草がぼーぼーに生えておらず、手入れのされた庭に綺麗な感心してしまってると、しばらくしてガチャリと音がしてドアを開けた香月さんが顔を見せてくれた。


「あがって。遠慮はしなくていい」

「あ、うん。お邪魔しま~す」


 俺の顔を見た彼女はちょっとはにかんだのか、恥ずかしそうに髪を弄る。ストライプありの白のセーラーカラーがついた濃紺のワンピースが、お嬢さま感を引き立たせていた香月さん。


 玄関の広いたたきに靴を脱いで上がったときだった。リビングらしきところのドアが開き、


「あらあら、まあまあ! 吉乃ちゃんがみやちゃん以外の男の子を連れてくるなんて! お赤飯を炊かないといけないわ」


 お赤飯……そこまでのことなのか?


 かわいらしいエプロンをした香月さん似の綺麗な年上の女性の姿が……年格好からすると彼女のお姉さんのように見えた。


「ママは黙ってて……」


 えっ!?


 ママ? 年なんて十歳も離れていないんじゃないかって、くらい若々しい。ですよね~、いきなり誘われて、「今日、親いないの」展開になるはずがない!


 だが香月さんはよほど俺と顔合わせさせたくないのか、ママと呼ばれた女性の身体をリビングに必死に押し込んで、さながら復活してはいけない魔王を封印しようとしているよう。


「ごめん、見苦しいとこ見せた」

「い、いや、全然そんなことないから……」


 キィ~パタンと閉まったドア。「あ~ん、吉乃ちゃ~ん。私に彼氏くんの顔見せてよぉ、もう!」と香月さんのお母さんの声がドアの向こうから聞こえきた。


 俺たちの関係は勘違いされてるみたいだけど……


「面白そうなお母さんだね。なんか毎日、楽しそう」

「ママはいつも一言多い。それがなければ……」


 封印に成功した香月さんは一仕事終えたように袖で汗を拭う。確かに香月さんの言うように一言多い親は多いかもしれないが、母親だったら子どものことが気になって仕方ないのでは? 特に女の子が男の子を連れてきたら……


「要に家に来てもらったのは見せたいモノがあったから。ついて来て」


 彼女に案内され、来た部屋は……


 JKにしてはやけに渋い趣味してる。ブラウンを基調とした本棚に机、本革か、合皮か分からないけど、黒いレザーのしっかりとした座椅子が備えつけてあった。


 大きめの机にはパソコンとペンケースあるくらいで整理整頓されているが生活感に乏しいというか、長く使われていないように思えた。


 ふと本棚に目をやると、ヨーロッパの風景写真に歴史資料、辞書、百科事典から小説やら漫画などの雑多なものが並んでる。本棚からその人のなりが分かるというけども……


 そこから読み取っても、香月さんの趣味にしては違うように思えてならなかった。


 さらに気になったのは本棚のレイアウト。


 数冊のラノベが一冊置きの本立てに綺麗に並べられていたこと。


 【那由多なゆたの使い魔】


 中でも目立っていたのが、そんなタイトルのラノベ。記憶が正しければ、ポンコツンデレの魔女っ娘に召喚しょうかんされた男の子とのボーイミーツガールな異世界ファンタジーだったと思う。


 ライブで読んだことのある物じゃないけど。俺がジッと見てると香月さんが口を開いた。


「ヤマガタニコム……それがパパのPN」

「なっ!?」


 味付けと具材でたびたび戦争が起きるようなPNに俺は聞き覚えがあった。那由多の使い魔の連載中に亡くなってしまったとネットニュースで見たから。


 「今日、親いないの」、じゃなくて「もう、父親いないの」だったのか……


「香月さんって、ヤマガタ先生の娘だったんだ!」

「うん……いつもパパは私に異世界のお話を聞かせてくれた。要みたいに面白いのを……」


 俺の話が面白いって言っても、体験してきたことを語ってるだけにすぎない。創作のことを作り話って言っちゃうと語弊ごへいはあるけど、それを思いつけるってはスゴいなと感心してしまう。


 俺がラノベ作家の豊かな創造力に感心してるときだった。


「誰にも言うなって、パパは言ってたけど……パパも要と同じように異世界から帰ってきたって」

「えっ?」


 香月さんの言葉に耳を疑う。


「誰も信じてくれないから、ラノベを書いたらしい」

「それを知ってるのは?」

「私とママ……雅にも話してたかもしれないけど、信じてるか分からない」


 ああ、花山は俺の話も信じてなかったしなぁ……悪い奴ではないと分かったけど。


「残っていたプロットとママと私の聞いていた話を元に仲の良かった作家が書いて、絶筆にならなかった。けど、パパから聞いていた話の中に本に書いてないことがある。それは要のこと」

「えっ!? 俺のこと?」


 澄んだ瞳で俺の目をしっかり見て、こくりと頷く香月さんだった。彼女のお父さんが異世界帰りで、しかも俺のことを語っていただって? あまりの情報過多に俺の頭の処理能力を遥かに凌駕りょうがしていた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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