第24話 メンタルブレイク

 ん?


 なんだろう、これ? 朝に学校に来たら、机の中になにか入ってた。取り出してみると……


 白い洋封筒?


 まさか、これが噂に聞くラブレターというものか!? その中には便箋びんせんが一枚だけ。


 差出人の名前を探すと便箋の末尾には鬼塚美奈と書かれてた……


――――昼休み。


 そりゃ、元デブにラブレターを持ってくるのはハードル高いよな。俺の幻想が見事にぶち壊されたところで鬼塚さんの指定の屋上へやってきた。


 蹴飛ばされたドアのヒンジとダンパーがくたびれてるのか、半開きになってる。ドアをくぐり、屋上に出ると金色に染めた長い髪が風に強く煽られ、たなびく女の子の姿があった。


 後ろ姿の女の子は前に見かけたとおり、空をぼーっと眺めながら、飛び降り防止用のフェンスの網を強く掴んでた。俺の足音に気づいたのか、女の子は振り返り訴えかけるように言ってくる。


「桐島っ! 私に教えてくれっ、知ってたらでいいんだ、姉貴のことを……」

「姉貴? 鬼塚さんのお姉さんって?」


 大嶽山で起こったことであることは分かる。だけど、鬼塚さんのお姉さんについて、俺が知りうる情報なんてない。だから、彼女に分からないと伝えようとしたときだった。


「ああ、済まねえ。名字がちげーし、誰か分かんねーよな。あたしの姉貴は気象予報士の柏木莉奈だ」


 彼女から出た名前に驚きと戸惑とまどいが走った……


「えっ!? 鬼塚さんが莉奈さんの妹ってこと?」

「ああ、両親の離婚で旧姓に戻った母親に引き取られたあたしと、独り立ちしてた姉貴で名字が違うんだよ。だけど、同じ両親から生まれた姉妹なんだ……」


 そうか、俺が鬼塚さんのことが気になったのは莉奈さんの面影おもかげがあったからなのか……


「ツラいけど、いいかな?」

「構わねえ、姉貴がどうなったのか、知ってること全部あたしに教えてくれ。もういつまでも空を見上げて、姉貴が帰ってくるのを待つのも疲れた……」


 独りで泣きはらしたのだろうか? 目の周りが腫れ、目が充血していた彼女に俺と莉奈さんと初めて邂逅かいこうしたときのことを語り始めていた。



 * * *



 俺は半年前、誰かと大嶽山おおたけさんへハイキングへ行く予定をしていた。山登りなんてこの通りの体型だから、好ましいものじゃなかったが、一緒に行けるって思っただけで、うきうきしていたことを憶えてる。


 だけど、前日になって約束して相手が運悪く風邪を引いてしまったのか高熱を出して、行くことができなかった。俺も行くのを止めようかと思ったが、今更キャンセルしても、お金は返ってこない。


 事故に巻き込まれるって分かってたら、素直にキャンセル料なんて諦めきれたのに……


 だけと行けなかった子に山に行った気分でも味わってもらいたいと思い、お土産でも持って帰ろうと思って、俺は大嶽山に登ることを決意する。


 結局、土産なんて買う余裕なんてなかった。だけど、俺……誰にそんなもの買おうとしてたんだろう?


 今はそんなことより莉奈さんのことだ。


 駅前から出てる観光バスに乗り、車内に揺られること数時間で麓に到着する。大嶽山ハイキングツアーってのにぼっちで参加していた。


 一緒に登った人たちは俺より年上の人が多く、お菓子をくれたり、話題を振ってくれたりといろいろと世話を焼いてくれた。


「そう、それは残念だったわね。だけど、ここは本当にいいところよ」

「ああ、登りきったときの充実感と眼下に広がる風景を見たら、キミも感動すると思うよ」


 壮年の優しそうなご夫婦が俺にいろいろ教えてくれた。だけど、このあとお二人は……


 山の天気は変わりやすい。


 リュックにツアー会社から予め変わりやすい天候に備え、雨ガッパやカイロ、防寒着に非常食と緊急時に備え、これでもかってくらいのフル装備で挑んだのだが……


 雲一つない晴天が広がり、下界は初夏にしては暑いように感じられたが登るにつれ、最高のハイキング日和になっていた。


 はぁ、はぁ、荷物の重さと自重に苦しめられながらも、周りに励まされながら、登っていくと、


「今日のお目覚めテレビのお天気コーナーは大嶽山からお伝えいたしますね~! 今日の山頂のお天気は……晴天っ!」


 ちょうど山頂付近でカメラやマイクを持った撮影をしていたテレビクルーと遭遇する。


 各放送局ごとにお天気お姉さんはいるが、特にかわいいと人気でその辺に疎い俺でも知ってる柏木莉奈さんが生放送か、収録なのかは分からなかったがスタッフが人払いをしつつ撮影を行っていた。


「それでは晴天の大嶽山から柏木莉奈がお届けしました。今日も元気にいってらっしゃい!」


 笑顔でカメラに向かって、手を振る莉奈さん。あの笑顔に癒され、通勤、通学の憂うつさが吹き飛んだ男子は多いだろう。今日は休みである俺には関係なかったけど。


 俺たちが山頂へ登り、心が洗われるような素晴らしい絶景を拝んで降りてきたときだった。放送を終え、撤収を始めようとしていたテレビクルーたちだったが、そのとき異変が起こった。今まで静かだった火口から蒸気が吹き上げる。


 撤収てっしゅうを始めていたテレビクルーは慌てて、火口の蒸気を撮影しようとしていた。周囲に焼け焦げ、卵の腐ったような硫黄の臭気が漂ってくる。



 ドオオォォォォォーーーーン!!!



 赤くはない! だけど俺たちの頭上に降りかかる灰色の粉塵ふんじん。ガイドさんが大声で叫んで避難を呼びかけていたが最後列まで伝わっているのか、怪しい。


「落ち着いて! 身を低くして、口にはハンカチか、タオルを……けほっ、けほっ、山小屋まで戻りましょう!」


 視界は灰色に覆われ、数メートル先すら見えない! 激しいブリザードでも吹いてるのかと思うほど、何も見えないところで、また轟音が響いて……


 突然降ってきた軽自動車ぐらいある巨大な噴石にグチャッと潰れたような音がした。灰色に染められた大地に粘り気の強そうな赤色が見えてしまう。俺の目の前を歩いていた人たちは噴石に巻き込まれたのか、赤みを含んで転がっていった……



 あああ……



 前にいたはずの声をかけてくれた壮年の夫婦に姿が見えない。


「うわぁぁっ! 何してるんだ、早く進めよっ」

「ダメです! 無理しては!」

「うるさいっ、俺はこんなところで死にたくない」


 錯乱さくらんしたツアー客が先を行く者を押しのけあせって、山道を駆け降りようとして視界から消える。


「押すなっ!」



 うわぁぁぁーーーーっ!!!



 叫び声が段々と下の方から聞こえて、最後にドンッと生々しい音が響いて、声は止んだ……


 修羅場と化した山の尾根。


 いつまた襲ってくる噴石の恐怖に支配されながも、ガイドさんの指示に従い、山小屋に向かっていた。もう全身、灰まみれになってる。


 あれ?


 道を逸れたところに人らしき影が見えた。


「こんなところでなにしてるんですかっ。危ないですよ!」


 少し道を外れ、火山灰に埋もれそうになって倒れてる人に声をかけたのだが……


「!?」


 思わず、言葉を失った。


「死んでる……」


 最初はよく分からなかったけど、よく見るといわゆる頭部を強く打って、な状態。


「なんで、なんでこんなことになるの……」


 その向こうに灰まみれになってしまった人がしゃがんでうなだれていたので、手を引いて一緒に山小屋に向かった。


 そのときはお互いに顔も、髪も、服も、灰まみれでまさか莉奈さんとは分からなかったけど、ともに召喚転位してしまったことで彼女だって分かった。


 途中、息絶えたであろう人のような形を見たが、動いていなかったので泣く泣く置いて、山小屋へ命からがら退避している。だけど、ここまでたどり着けずに離脱してしまった人も多かった。


「俺たちは山小屋から下山途中に火砕流に巻き込まれて……」

「じゃあ、桐島だけ生き残れて、姉貴は……」


「いや、莉奈さんもそのときは生き残っていた。鬼塚さんが信じるか、どうか分からないけど言っていい?」


 異世界転移なんて、本当に荒唐無稽こうとうむけいな話だ。俺が級友たちに話しこそすれ、みんな信じてるとは思ってない。面白半分でも聞いてくれれば、俺も気がまぎれるって感じだから。


 鬼塚さんが香月さんや花山のようにラノベ、な○うとかに興味がありそうとはとても思えないし。


 だけど、莉奈さんの最期を見届けた者として、妹である彼女に伝える義務はある。それが受け入れてもらえなくても。


「それで姉貴の最期はどうだったんだ? あたしはそれが訊きたい。たとえ、どういう死に方であってもだ」


 俺は覚悟を決め、鬼塚さんに莉奈さんの最期をはっきりと伝えた。


「そうか、ありがとう……ありがとう……姉貴は自分の信念を貫いたんだな。あたし、姉貴を狂わしたイケメンみたいなスカした野郎どもが大嫌い立ったけど、んな偏見は持たないようにするよ」


 異世界にばれたこと。そこで魔王と、それを操っていた黒幕との対決を……


 彼女は俺の話を疑うことなく、深く耳を傾けてくれていた。そして、ついには感極まって、鬼塚さんは俺に身体を預けて泣いてしまう。いたたまれなくなって、彼女の髪を撫でていた。親しくもないのに……


「なんか桐島に撫でられると、姉貴にそうされてるように感じちまう。おかしいよな」

「あ、いや……そんなことないから」


 異世界じゃ、俺の身体は……その感覚が残ってたとでも言うんだろうか? そんなことはないよな、もう俺の身体はキメラじゃないんだから。


 こほん……


 軽く咳払いした鬼塚さんが口に手を当てたまま顔を赤らめながら、視線を逸らせ何か言いたげな表情をしている。なんだろう? たとえて言うなら、赤いりんごって感じ。


 しばらく待ってるいるとようやく口を開いた鬼塚さんは普段のつっけんどんな態度から想像しにくい意外な言葉を俺に掛けてくる。


「桐島、あのな……姉貴がかわいがってたおまえだ。あたしもそうさせてもらっても構わないか? まあ、断られようが勝手にさせてもらうけど。何せ、桐島に犯されそうになったから、断れないよな?」


「えっ!?」

「あたしがビッチだとか言って、しつこく誘ってくる馬鹿野郎にわざと当たって、注意を逸らせて逃がしたりしてくれただろ?」


 あ、えっとそんなことあったかもしれないな。


「あのあと、素直になれなくて、文句をいっちまったがスゴく嬉しかった。やっぱ見た目は変わっても桐島は桐島だ」


 元気になった鬼塚さんは、やたらばんばんと俺の背中を叩いてくるのでちょっと痛い。だけど、少しでも彼女が前を向いてくれるなら、良かった。


 白樺さんたちの残された家族は鬼塚さんのように帰りを待ちわびてるんだろうか? 俺はそれが気がかりでならなかった。



 * * *



 今度はチャイムぎりぎりだけど、授業に遅刻せずに二人とも教室に戻れた。


 屋上で……


「あたしは……別に構わねえんだけどさ、ほら……二人で戻っちまうと変に勘ぐる奴がいるだろ。だから、桐島は先に戻れ」

「俺も構わないけど」


「まっ、待て……あたしの心の準備があるんだよ! 先に戻らねえとけつバットかますぞ!」

「分かった、分かったから……お尻蹴らないで」

「あ……ありがとう、桐島……」

「ん? なにか言った?」


「馬っ鹿……野郎、さっさと戻れや……」

「ごめん、ごめん」


 俺は鬼塚さんと別行動で戻っていた。席に座ったのだが、昼下がりは季節外れとも思えるくらい暑く、汗ばむくらい。まるで夏みたいな空気でシャツまで汗のせいで肌にひりつく。


 授業を受けてる最中はノートやら手ごろな物で、仰いでいるくらいだった。


 日本史の先生がチョークを削り、熱心に黒板に書き込んでるときだった。最初は一人の女子生徒が見ていたのだが、次々と級友たちの視線が一ヶ所に集中していく。


 俺も気になって、見てみると……


 ほとんどの生徒が暑くてブレザーやベストを脱いでて脱いでいた。視線の先のあいつも白いブラウスだけになっていたのだが、授業中にも拘わらず、みんながざわざわと騒ぎ始める。


「みんな、うるさいぞ! 今、じゅぎょ……」


 注意しようとした先生が振り返ったところで絶句してしまった。先生も見たことでその場にいた全員の視線が一人の生徒に集まっていた。


 俺に絡んできたメンヘラストーカーの袖から無数の赤い筋がブラウスを染めていたからだ。


「リスカ……えっぐ」


 花山が思わず、つぶやいた一言……それで教室中がざわざわと騒ぎ出してしまっていた。リスカだけなら良かったのに、腕や肩まで線状に赤い血がブラウスを染めてる……


 慌てて、日本史の先生が駆け寄るが、


「おっ、おい……千堂、無理しちゃダメだ。すぐ保健室に行って来い」


 先生もあまりの光景に言葉がスムーズに出てこない。


「大丈夫ですよぉ、どうせ、またふさがったところでにじんじゃうんですからぁ……」


 女の子はペンケースに入っていたカッターを取り出し、チキチキと音を立てながら刃を出し入れして、ぶつぶつ何か独り言をわめいている。


「とりあえず、な、カッターはしまおうか、な、な」


 先生がなだめてると女子の視線とひそひそ声が一人の男子に集まってしまっていた。


「香織が変になったのって、山崎くんのせいらしいよ」

「あっ、知ってる、それ。確か“けつ○な確定”なんて山崎くんの周りが騒いでたから、あっちでも無理やりやってたんじゃない?」


「うっわーっ、絶対、むり!」

「山崎くん、格好いいなって思ってたら、ただの変態じゃん」

「幼馴染の桐島くんが格好よくなったから、頼ったけど拒否られたんだよね」


「ちょっと、どっちもどっちって感じ」


 女子たちの山崎を蔑む目。


「違う! 俺は悪くない。今だって、ほら……」


 山崎がいたたまれなくなったのか、彼女に声を掛けて、保健室に行こうと腕の内側に手をやった。


「触んないでよ! ぜーんぶ、祐介が悪いんだから! 要くんが死んだなんて嘘つくから、こんなことになったのよ!」


 メンヘラは席を立ちカッターの刃先を山崎に向けて、甲高い声でわめき散らす。先生は二人を宥めるのに必死だった。


「お、落ち着け、千堂……大丈夫なのは良く分かったから。山崎、おまえも、もう座れ」


 思わず目を背けたくなるくらいブラウスの両袖がまだらに赤く染まっていたので、


「とりあえず、ブラウスが汚れてるからな。ジャージか何かに着替えてくれるかな? そうしてもらえると助かるんだ」


 醸し出すヤバさから、うろたえながらも説得し、なんとか保健室へ向かわせることに成功した。


 メンヘラの女友だちに連れられ、教室を出ていくのだが、


「あはっ、あはっ! そっかあ! 今日、お薬飲み忘れてたんだったぁ!」


 お通夜みたいになってしまった教室内とは真逆に笑いながらだったので、更に空気が重たくなって、先生も……


「すまん……あとは自習にさせてくれ……」


 と一言告げて、教室を去ってしまった。一瞬、静寂になったかと思ったら、女子たちは一斉に山崎を責め立てるようにわざと聞こえるように噂話を始める。


 こういうときの女の子って、マジで怖い!


 そのあと、メンヘラは親が迎えにきて、早退したらしい。



 その後、山崎はメンヘラを傷つけたということでクラスの女子全員から嫌われ、一言も口を聞いてもらえなくなり、それを気に病んだのか二人揃ってほとんど学校で顔を合わせることがなくなった。


 なんだか、メンタルを病むことがこっちでも、異世界でも変わらないから嫌になってしまう。あいつも異世界にいたら、デリートで嫌な記憶を忘れられたのにな……


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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