第23話 視線

 俺は花山にトイレに行くと一言告げて、戻り際に彼女の席へと向かっていた。


 ふと、何か視線を感じた。まさかあのメンヘラっ子か? と警戒したけど、どうも怪しさの質が違う。花山を見つめる熱い眼差し……まさかの横恋慕なのか!?


 焦げ茶のキャスケット帽を目深にかぶり、視線の先は花山にあることがはっきりと見てとれた。俺は彼女の背後から迫り……


 声をかける。


「金子さん、こんなところで奇遇だね。ずっと同じ方を向いてたけど、いいものでも見れたかな?」

「ひゃっ!? はわわわ……桐島くん!? ち、違うんです。これは……」


 サッと机の上に置いていたスケッチブックのようなものを閉じて、手提げバックの中に慌ててしまい込んだ。後ろから見たとき、金子さんは熱心に長めの鉛筆を持って、何か書いているようだった。


 普段、陽キャグループには属するものの、学校では割とおとなしい方。男子も眼鏡美少女ってことで好きな奴はけっこういる。ただ、たまにだけど女子が彼女の周りに集まり、大人気になってるときがある。


 俺に女子たちの秘密の花園について訊ねる勇気なんてないから、理由は分からないんだけど。


 なかなか戻って来ないのを心配したのか、俺たちのやり取りに気づいた花山が立ち上がって声をかけた。


「お~! 金子じゃん。こんなとこで何してるんだよ。一人で座ってねえで、こっち来いよ」


 あ~、これだよ、これ。こうやって気さくに声をかけれりゃ女の子にモテるんだろうな。俺が声をかけようとすると妙に緊張して、怪しくなってしまう。


「花山もああ言ってることだし、席移らない?」

「そそそそっ、そんな畏れ多いですっ! 尊い二人を間近で見るなんて……眩しいすぎて眼球が焼け焦げそうになっちゃいますぅ」


 眼鏡を両手で覆い、恥ずかしそうに振る舞う彼女。



 あ~。



 なるほど、金子さんはそういう人だったんだね……俺はようやく、ずっと見られていた理由が分かった。それに花山と西野さんの仲に亀裂が入るようなものでなくて安心。


 店員さんに席替えすることを告げ、了承を得て、俺と花山が並んで座ると……


「キタ、コレぇぇぇぇーーーっ! 要×雅……いいっ! いいわっ! こんな神々しいカップリングがこんなにも間近で見れるなんて思ってなかった。もう、死んでもいい頃かもしれないぃぃ」


 金子さんの眼鏡の奥底がギラついていた。感極まった彼女は自分で自分の首を絞め始めたので慌てて二人で止めに入る。まだ深夜でもないのに、彼女のハイテンションについて行けそうにない。


「はぁっ、はぁっ、マジ最高。妄想がめちゃくちゃ捗るっ! おとなしい要が強気の雅の上に覆い被さって、無理やりっ! あ~、たまらん。おてふきちょうだい」


 金子さんはだら~っと涎が口端から垂れてきて、拭くのに忙しい。ようやく収まったかと思うと、帽子を脱いであいさつを始めた。


「私……男色いも・・・・というPNペンネームで同人誌を描いておりまして、その界隈ではそれなりに……」


 さっきしまったスケッチブックと薄い本を俺たちの前に差し出した。男爵いもに謝れ! と言いたいPNだと思ったが、俺たちはスケブと薄い本をめくる。


 なっ!?


 上手い……基礎の線の強弱はもちろんのこと、女性にありがちな顔以外はダメなんてこともない。構図、コマ割と絵に関するものはプロなんじゃないかと思う。


 俺と花山っぽいキャラが濃く絡んでいて、BLでもろに【けつ○な確定】してた……


「ダメだ、俺はこれは見れねえ……」


 花山はどうやら気分を害してしまったらしい。俺っぽいのに掘られたら……


「元気だせよー」

「お、おう……」


 ここは治安は悪くないところだが、夜道は危ないってことで花山とファミレスで別れたあと、家の方向が同じだった金子さんを家まで送ったあとのことだった。


「何、つけてきてんだよ。俺は分かってるぞ」


 異世界帰りだからって、俺に元いた世界でチートでヒャッハーなんてことはできない。せいぜい、白樺さんに鍛えてもらった身体だけが頼り。


 それはもちろん、危険に対する察知能力も含まれる。俺にストーキングを看破され、暗がりから罰が悪そうにくだんの女の子が姿を現した。


 街灯に照らされ、光沢のあるストラップ付きの漆黒のパンプスが怪しく光る。ゴスロリほどキツくはないが、白いブラウスの前立てと大きな襟についたフリルと胸元のリボン、手の甲を隠し、指だけ見えるカーディガンの長袖。


 フリル付きのプリーツスカートの緩いロリータ服がかわいらしいながらも、地雷系のメンヘラ臭をそこはかとなく漂わせている。


「要ちゃん、なんで女の子と夜にファミレスで話してるの? しかもあんなに楽しそうに……金子さんのことは憶えているのに私のことは忘れちゃったの? そんなのおかしいよ。要ちゃんは私だけしか見ちゃいけない」


 ファミレスの中には入ってきてなかったが金子さんとは別の気配にも気づいたかと思ったら、やっぱりこいつか……


「彼女とはただ普通に話してただけだ。しかも三人でな。はっきり言って、俺が誰と話そうがおまえとは関係ないだろ。本当にいちいち俺のあとをつけて来るのは止めてほしい」


「いやいやいやっ、ずっとそばにいたい! 何がいけないの? 何が悪かったの? 本当に要ちゃんとやり直せないの?」


 なにか怪しい霊にでも取り憑かれたのかと思うほど、異様な速さで首を横に振って嫌がる素振りを見せた。首を振り終えると、俺ににじり寄る。もちろん、俺もそれに合わせて距離を取ったのでお互いの間隔は縮まることはない。


 どうして、この子は俺の言ってことを理解してくれないんだ?


「それに……鬼塚さんとしちゃうなんて酷いよ。要ちゃんは私みたいにもっと清楚な子が好きなのに、なんであんなビッチな女の子に手をだしちゃうの? 戻ってきてからおかしいって」


「鬼塚さんとはそんな関係じゃない。たまたま、転んだ位置が悪かっただけだ。おまえが想像してるいかがわしいことなんて、一切してない!」


「うそ、うそ、うそっ! みんなズルいよ……要ちゃんが戻ってきて、格好よくなったら発情したメスみたいになっちゃってる。要ちゃんもそんな女の子たちとえっちばっかりしてるに決まってる!!!」


 はあ……


 この子に本当のことを誠心誠意伝えても、話をするだけ無駄に思えてくる。


 メンヘラストーカーは目がとろんと蕩けさせながら、俺に申し出てきたのだが……


「要ちゃんがえっちしたいなら、させてあげる。奉仕しろっていうなら、してあげるから、ねえっ、ねえったら。答えて! 何でもするから、お願い許して」


 スカートの中に手を入れ、もぞもぞとパンティを脱ぐような仕草を始める。


 まったく、考えられないな……


 是非とも彼女にやってもらいたいことがあった。


「分かった……何でもしてくれるんだな」

「うん!」


 嬉しそうに答えるなんて、どれだけビッチなんだよ。鬼塚さんのこと、言えねえよな。



 俺の答えなんて、決まってる。



「じゃあ、今すぐ家に帰ってくれ」

「えっ!? そんな……」


 予想外の答えだったのか、口に手を当て絶句している。


「何でも言うことをしてくれるんじゃなかったのかよ? できないなら、最初からそんなこと言わないでくれ」


 どんどん顔色が曇り、目に涙が溜まっていく。こいつがまともな人間なら慰めていたかも知れない。だけと、俺の家の敷地内で全裸になって誘惑してくるような女がまともであるはずかなかった。


「どうせ、誰にでもそうやって、股を開いてきたんじゃないか? 山崎に振られたのか知らないけど、とにかく俺の前で妙なことはしないでくれ。本当に不愉快なんだよ! 見てるだけで!」


「そ、そんな、私、そんなつもりじゃない。要ちゃんとよりを戻しに来たのに……何も憶えてないの? 要ちゃんのお家で抱き合って、キスしたこととか、遊園地でデートしたこととか、山にハイキングに行こうって約束してたのに……」


「知らない」


 妄想もここまで来ると酷いな……


 とある女の子の名前を口出そうとした瞬間、パチッと電気のようなものが脳内を駆け巡った。


【エラー】


 アーカイブにアクセスしましたが、見たりません。検索条件を変更してください。


 異世界にいたときのような蛍光色のステータス画面が脳裏に浮かんでくる。


「俺はおまえなんか知らない。とにかく病院に行って、じっくり見てもらえよ。山崎って奴に振られたんなら、また良い男子でも見つけろって。帰らないなら、俺が帰る。ついてくるなよ」


「待って! このまま、他の誰かに犯されちゃってもいいの? 要ちゃんは私を見捨てられるの? 優しいから、そんなことできないよね?」


「勝手にしてくれ、おまえが誰と寝ようが、犯されようが俺には響かない。とにかく他人を巻き込むな」


 吐き捨てるようにメンヘラストーカーに告げて、その場をあとにした。ひたすら、その場で「要ちゃん、要ちゃ~ん」と俺の名を連呼していたが、一切振り返ることなく……


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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