第22話 人身御供
「魔族は人間の精気を吸いとると、まるで赤ちゃんを宿したようにお腹が膨れてしまうのです」
「なんだって!?」
ちっぱい幼児体型のくせに、ぼて腹を撫で自慢げに振る舞うリリスを見て、マリエルが真実を明かしてくれた。バニースーツは伸縮素材なのか膨らんでも破れもせずにフィットしてる。
胸部に関しては無駄な機能に過ぎないだろう。
道理でリリスに不意打ちでキスされたとき、猛烈な眠気に襲われたわけだ……まったく、こんなに
「要さまは他の女の子と赤ちゃんを作るよりも、私と……」
マリエルは聞き取れないくらいの小声で恥ずかしそうに、何かぶつぶつと呟いていたが、リリスが騒いでいて聞こえない。見てるだけでもじもじしていて、とにかく彼女がかわいい。
リリスと違って、マリエルはキスで子どもができるなんてことは思ってないと思うが……
しかしだ、俺はとんでもないことを犯してしまって、責任を取らないといけないところだったじゃねえか! マリエルに暴露されて、悪態を垂れるリリスを
本当に子を
おまえはマダニか!
俺はリリスに向かって心の中で叫んでいた。感染症よろしく、
「要が悪いのじゃ! 一番油断しておったから」
リリスは銀髪を逆立て、ルビーのように燃えるような赤目で俺を
「油断していたら、恩人に仇を返すのかよ?」
もちろん、俺のわがままを利いてくれたマリエルにだ。魔族を内緒でかくまってるなんてバレたら、王女であってもただじゃ、済まないかもしれないんだから。
「妾は力をつけねば、ならん……」
「力をつけてどうするんだよ? 人間でも殺しつくそうってか? おまえのこと、信じた俺が馬鹿だったよ」
亡命したい、そんなこいつの
「違うっ!」
「何が違うんだよ、ちゃんと説明しろ。俺たちに……」
「妾は父上を助けたい。だから、強き者の精気が必要なのじゃ……精気を吸収せねば、イナンナすら呼び出せないから」
「別におまえが戦わなくても、どうせ俺たちが戦わなくちゃなんねえんだ。ここで大人しくしてろ、なんだたっけ? おまえの国も王さまも、ついでに助けてやるよ」
俺がじゃなく、他の勇者のみんなが……だけど。
「要さま……大事なお話が……リリスさまには一度、お部屋にお戻りいただいた方がよろしいかと」
「分かった」
マリエルの顔がいやになく深刻になっていたので、リリスを部屋から追い出す。
「リリス、もう部屋に戻れ。落ち着いてから、また話そう」
俺も少し言い過ぎたかもしれない。マリエルの判断は正しく、ちょうど良かった。お互いにクールダウンが必要だろう。しょぼくれるリリスを部屋に帰したあと、マリエルと二人きりで彼女の話を聞くことになった。
「マリエル、大事な話って?」
まさか、二人きりになったから浄化の続きをなんて……ないな、ない。待て待て、マリエルの潤んだ瞳を見ると、
アリエル!
マリエルだけにぃ。なんて馬鹿な妄想が爆発しそうになってた。いや、俺にはXXという心に決めた恋人がいるんだ。マリエルの気持ちは痛いほどに分かってるし、うれしい。
でも、ダメなんだ。許してくれ。
「要さま? どうされました? お話させてもらってもよろしくでしょうか?」
「あ、うん。お願いするよ」
そういうことじゃなかった。そりゃそうだよな、マリエルは聖女なんだよ!
勘違いハズい……
どうもマリエルはリリスのことをある情報筋から入手していたらしい。アローネが彼女を呼びに来たのも、その情報筋と接触するためだった。
俺の期待は外れたが、色々と手を回してくてたマリエルには本当に頭が上がらない。
「要さま、大事なことなのでお耳をこちらへ」
「ああ……」
マリエルの唇が耳に口づけされるくらいの近い距離になり、ふーっとウィスパーボイスのように柔らかな
下手なASMRなんかより、聖女さまの吐息混じりの生声は、俺がまるでアンデットだったかのように昇天させて、俺の穢れた魂を浄化してしまいそうだ。
「リリスさまは魔王アザリケードの実子です」
「は? じゃあ皇女ってのは嘘だったのか?」
「いえ、それも事実です。魔族との融和派だったアソタロトと魔王国は婚姻により連合王国となったみたいなのです」
じゃあ……
「リリスが助けたいと言ったのは魔王を、だってのか?」
「はい、恐らくは……」
「だったら、あいつを人質に魔族との戦争を終結に導くみたいなことはできないの?」
「無理……だと思います。乱心したのか、アザリケードは妻となった者を自ら手にかけたようですので。人質交渉をしてもリリスさまごと殺められかねません」
くそっ、ただの上級魔族ぐらいにしか思ってなかったのに、やたら問題をややこしくさせやがる!
マリエルはユリエル派の臣下たちから冷遇されてて、ユリエル自身もマリエルに大事な情報を渡していないって聞いてる。一体、どうやってこんな貴重な情報を聞き出してきたんだろう?
実はアローネが忍者とか、
「なあ、マリエル」
「はい、なんでしょう? 要さま」
「こんな貴重な情報、どうやって手に入れたんだ?」
「アイナさんから聞き出したんです」
「アイナが? そういうのには口が固そうな感じがするんだけど」
「ええ、私が訊いてもただでは教えてくれませんでした」
「えっ? じゃあ、一体?」
「実は……白樺さまのお力を借りまして。逢い引きの約束を取りつけるということで納得してもらいました」
ニコッと満面の笑みを浮かべる俺の天使さまっ!
いや、だけど意外と
「アイナはそれでどうだった?」
「はい、『まったくマリエルさまは、また余計な真似をしてくださいますね。全然、ぜ~ん然
っ、憲治とデートできるなんて、うれしくないんだからっ!』と言って熱心に服選びに勤しんでいましたよ」
めちゃくちゃ喜んでるじゃねえか……
どちらにせよ、マリエルと白樺さんのおかげで有力な
しかし、マリエルは白樺さんを
「マリエル、なにからなにまでありがとう。キミがいなければ、俺はこの異世界ですぐに死んでたかもしれない。また、俺を助けて欲しい」
「そんなお礼なんて……私も要さまと一緒に過ごせるだけで、幸せなんです。リリスさまが要さまを頼ったのも何だか分かる気がします」
「あいつが? 単に俺の方が利用しやすかっただけだと思うよ」
俺の前では泣き顔見せたが、部屋でこっそり引っかかったって、しししっ! みたいに笑ってるかもしれないし。
「あっ、あの要さまさえよろしければ、王宮内を散策……」
マリエルが何か提案してくれようとしたときだった。もぞもぞと俺のオフトゥンの中で、うごめく何か……
「なんだっ!?」
俺が布団の中から飛び出してきたと思ったら、
くっ!? やべえ、またモンスターが侵入したってのかよ?
「か、かわいい……かわいいーっ!」
マリエルの感嘆の声は聞こえるけど、俺の顔にくっついてるのが何なのかまったく見当がつかない。マリエルが警戒していないところをみると人畜無害っぽさそうなんだけど。
抱きついている手か、足っぽいものを剥がして、取り上げてみると……
黒猫?
いや、猫に羽根なんて生えてねえし。何なんだ、こいつは? だが、マリエルの表情が揺るみっぱなしなだけあって、確かにかわいらしい
まあ、生えてる羽根がコウモリっぽいからなんとなく察しはつくんだが……
「ミーシャ! どこじゃ、どこなのじゃーっ」
来たよ、またトラブルメーカーが。俺はドアを開け、首根っこを掴んだ猫っぽい獣をメスガキに見せた。
「ミーシャってのは、こいつのことか?」
ふにゃぁぁ。
「ミ、ミーシャぁぁぁーーっ!」
俺から謎の獣を受け取ると感動の対面といった具合に頬同士をすり合わせて、嬉しそうにしていた。
あれっ?
それにしても、リリスのヤツ……お腹が引っ込んでるよな? まさか、この珍獣を産んだってのかよ!
「おい、一つ訊きたい」
「なんじゃ?」
「そいつはリリスが産んだのか?」
「そうじゃ! それに父親は要なのだ!」
「は?」
突然、意味不明なことを言い出すのでフリーズした。
「違いますよ。リリスさま、嘘ついたらいけませんからね」
マリエルが叱ったことで縫いぐるみを抱いた女の子がぶーっと頬を膨らませて、不貞腐れてるよう。
「要さま、こちらおそらく……魔族だけが産み出せる眷属の類かと」
「じゃから、要の精気で産み出したから、お主の子どもと言っても過言ではないのう、うん、うん」
うんうん、じゃねえよ!
勝手に人の唇奪いやがったくせに『あなたの子どもができちゃったの。産んでいい?』みたいなしたり顔しやがってよぉ!
マリエルは別だから……あれはキスじゃない。聖なる浄化。あれは人工呼吸的措置、人道的配慮。
「要さまの赤ちゃん……かわいいですね」
ぶっ!?
リリスはマリエルにミーシャを渡し、抱っこさせる代わりに俺の子どもと呼ぶように取り引きしていた。
一体どうやって、リリスがミーシャを誕生させたのかは分からない。もしかしたら、腹の真ん中が割れて、それこそ飛び出してきたら、完全にホラーだぞ。
「やっぱ、こいつ……悪魔だわ。マリエル、すぐにユリエルに引き渡して、
また、それでリリスがうるさく騒いでしまう。とにかく、異世界は俺の予想の斜め上をはるかに越えることが起こっていた。
俺はその日を境になんとなく寝ながら読んでた【記憶と
* * *
一通り、俺の孕ませ騒動を語り終えたところで、花山からぽむっと肩に手を置かれた。
「なんか、大変だったんだな。俺、夏穂とするときはちゃんと
「ああ、それがいい。望まぬ妊娠ほど人を不幸にすることはないからな」
これだからリア充って奴は……
俺の失敗談が花山たちの
むにょーんと湯気を立て、伸びるチーズ。花山は値段の割にボリューム、味ともに良いコスパ抜群のピザを頬張っていると何か視線を感じた。
またか……教室でも感じる視線に間違いない。こんなところまでつけてくるなんて、何を考えてるんだろう。
「花山、ちょっと手洗い行ってくる」
「おう!」
俺は席を立ち、一旦手洗いに行くふりをして、油断した視線の主の下に向かっていた。
―――――――――あとがき――――――――――
新作書きました。
【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】
https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887
石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。
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