第19話 元通り

――――【幻肢痛ファントムペイン】発動前。


 王宮の階段をダッシュで一気に駆け上がっていく白樺さん。俺はその後ろを追うが全然、追いつかない……だけど、以前はスタートダッシュ時点で影すら踏めない状態だったのにちょっとだけだが、追いすがれる時間も増えていってる。


「はぁっ、はあっ、ありがとうございました!」

「こっちこそ、ありがとうございました!」


 何度も往復し、太ももがパンパンになりかけた頃に上がろうかと声をかけられる。マリエルが見守る中、白樺にトレーニングをつけてもらっていた。


 ちょうど腹も空いてきて、ぐうぐうと鳴いてまだか、まだかと催促してきていた頃だった。身体こそ絞れてきているけど、強くなってる実感は薄い……


「要さまも、白樺さまもお疲れさまです!」


 マリエルが濡れた布を絞って俺たちに渡してくれたので二人して、彼女にお礼を述べた。


 聖女さまが応援してくれてるんだ、もっと頑張らないとな。彼女の笑顔と気づかいが俺をやる気にさせてくれていた。



(俺一人でもマリエルをきっちり守れるように)



 それが俺の今の目標。白樺さんを含め、他の勇者たちの強さを目の当たりにして、日に日に劣等感が増してゆく。


 元の世界にいたときはXXがそばにいてくれたお陰で、それほど気にかけなかったが、窮地に立っているマリエルを見るとそうもいかなかった。


 だって、こんな弱くて情けない俺に献身的に尽くしてくれているんだから!


「いえいえ、私にはこれくらいしか出来ませんので」

「マリエルからもらった濡れ布で汗を拭うと疲れが少し和らぐような気がするんだ」


 同じくおしぼりを受け取った白樺さんも汗を拭うと顔を上げて、伝えてくる。


「おっ、要くんもか? 奇遇きぐうだな、実は俺もそうなんだよ。本当に不思議だ」


 彼女から受け取った布を見て、不思議そうに見つめていた。俺も一緒に広げて見るが、何の変哲もなさそうな布だったから、二人で首をひねる。


 もしかして、マリエル聖女さまの慈愛がこもってるとか?


 それなら納得できる!


 しかも布からは柑橘系のような爽やかな香りが漂い、二人で感心してマリエルの方を向いた。


「あ……いえそんな大したものではないんです。布の内側に神聖文字で書いたおまじないを込めたものなので」


 もじもじと頬を桜色に赤らめて、指をすり合わせで照れるマリエル。おまじない付きの布もいいが、恥じらう彼女のかわいい顔を見るだけでも、俺は体力が回復してきて白樺さんの厳しいトレーニングに再び挑めそうな気がしてくる。


 もちろん、気持ちだけだけど……


 はっ!?


 俺はあることに気づいた。


「マリエルッ!」

「はいっ! 要さま、なんでしょう?」


 閃めいた勢いで、俺は彼女の両肩を掴んで訊ねる。


「この布みたいに魔法みたいな効力をなにか物に込めることはできるのかな?」


 俺がマリエルに話しかけたことに即座に白樺さんが反応し、犬ようにぴくんと聞き耳をしっかりたてていた。


「ええ、できますよ。普通に魔導具店なんかにスクロールが売られていますから」

「えっ、買えるの?」

「はい、少し値が張りますが、買えなくはないと思います」


 マリエルの話をじっくり聞いていた白樺さんは顎に手をやり、目を瞑って何かを考えていた。しばらくの沈黙のあと、ぱっと目を見開き、彼女に訊ねる。


「なあ、だったら要くんを回復した魔法をこの布に込めたりできないんだろうか? それができれば、戦いが格段に楽に進められるはずだ」


 力強く覇気にあふれた白樺さんと対照的にマリエルの表情が急に集まった雨雲のように曇った。


「かつて多くの聖女や聖職者が癒やす魔法をスクロールに込める研究を重ねたのですが、目の前にある布のようなものが限界だったのです……」


 俺たちを気づかいながら、丁寧に教えてくれる。ユリエルと大違いで、彼女は本当に誠実だ。


「いや、気にしないでくれ。回復系のスクロールがあれば、格段に兵站が管理しやすくなると思ったまで。魔物に対抗しうる武器があると分かっただけでも十分収穫だ」


 にかっと白い歯を見せ、マリエルに向かってサムアップすると、沈んだ表情の彼女も白樺さんに合わせて笑顔に変わる。


 早速、三人で王宮で魔法を研究している魔導院に向かおうとしたときだった。赤絨毯あかじゅうたんが敷かれた廊下の端にある甲冑のオブジェの大剣が倒れるようにして、俺に襲いかかってくる。


 ひぃっ!?


「ちぃっ! しくじってしまったか。まあいい」


 良くねえよ!


 甲冑の中から聞こえる聞き慣れた声。俺は白樺さんに襟を掴まれ引っ張られたおかげで助かったが、引かれてなければ、アイナの放った斬撃でプラナリアの観察実験みたいに真っ二つにされてたかもしれない。


 はた迷惑で人のことなど、これっぽっちも考えてない彼女。恋は盲目とはいえ、これはさすがに盲目すぎんだろ!


「手を出されずにお預けを食らった屈辱、いまここで晴らすっ! 憲治を殺して、私もあとを追うのだ」


 愛憎がない交ぜになって、もう滅茶苦茶としか言いようがない。白樺さんは俺に任せろ、と強い目力でアイコンタクトを取ると甲冑のオブジェに偽装したアイナに向かっていく。


 アイナの剣を持つ手首を掴むとそのままラグビーのスクラムのようにぐいぐいと彼女の身体を押し込んでゆき、ついには白壁に彼女の背中が当たっていた。


 ドンッ!


 と、手首を掴んでいた反対側の手を壁についたかと思うと甲冑のバイザーを上げ、アイナの瞳をじっと見つめていた。


 よく聞き取れなかったが、しばらくすると甲冑から湯気のようなものが噴き出し、アイナはまるで機関車かのように俺たちの前から走って逃げ去ってしまう。

 

「おっ、おっ、覚えていなさいよ、憲治! また、会いにくるんだからっ」


 白樺さんはもうすでに乾いてしまったおしぼりを振って余裕の笑みを浮かべていた。一体、何をしたと言うのだろうか?


「白樺さん、アイナに一体何を言ったんですか?」


 ちらっとマリエルの方を向いたあと、そっと俺に耳打ちして、


「『俺が本気出せば、どうなるか分かってるよな? 処女のおまえなど、一晩中抱いてイカせまくって壊してやる。その覚悟は当然出来てるんだろうな?』って言ってやったんだよ。もちろん、そんな気はないけどな」


 ははっ、と腰に手をやり笑う。男の俺が聞いても恥ずかしくて、紅潮してしまうような台詞をサラッとアイナに言ってのけたらしい……


 さすが白樺さん!


 俺にできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこれるゥ! 


 でも、また余計にアイナが迫ってくるように思えたのは俺だけだろうか? やっぱり白樺さんは罪作りなお人だ。 終始、俺たちの茶番を見て、きょとんとするマリエルだった。



――――王宮魔導院。


 無事、アイナの襲撃をなんなく退けた俺たちだった。というか、仲間と思われる騎士からなんで命を狙われないといけないのかが分からないんだが……


 もしかしたら、白樺さんを狙う名目でユリエルが俺を亡き者に? それは考えすぎか。


 明治時代に建てられた古びた学校のような魔導院の建物。宮殿の別棟にあり、入口でマリエルは呼びかけた。


「リコルト、リコルトはいますか?」

「マリエルさまっ!? このような場所に姫さま自ら足をお運びになるなど、恐悦にございます」

「はい、今日はそちらのお二人にスクロールを分けて欲しいのです」


 ひげを蓄え、頭頂部の薄い壮年の男性が駆けつけてきて、慌ててマリエルを出迎える。紹介してくれた壮年の王宮魔導師と白樺さんが欲しい種類のスクロールについて話している間、ふと本棚を見ていると俺の目に止まった一冊の本。


【記憶と振戦ふるえ


 ほとんどの本が異世界の文字でタイトルが書かれてあるのに、それだけ日本語と併記されてあったのだ。


 マリエルとリコルトさんに頼んで、貸してもらった。読み終えたら、元に戻しておいて欲しいとのことだった。


「スクロールは魔法が使えない者でも効果を発揮できるんですが、いかんせんその範囲が狭いのです。騎士や冒険者など護身用程度のものです」

「いや、それでも十分ありがたい。どうやら、私には魔法の才はなさそうにみえるからな」


 一通り、スクロールの使い方のレクチャーを受けたあと、火、水、風、地の四大属性のものをもらい受ける。


 白樺さんはもしかして、『その幻想をぶち殺す』系の固有スキルなんだろうか? アイナのすっ転び方を見るに急にスキルの効果がなくなって、足がもつれたように思えたし、こと魔法に関しては俺と同じ無能タイプっぽい……


 それでも現代知識と図抜けた身体能力に無効化スキルが弱いはずなないよな。


「マリエルさん、済まないが王宮楽士のところへ案内してもらえないだろうか?」

「はい、構いませんが、何故そんなところへ?」

「よりこいつを生かしたいんだよ」


 ぽんぽんとまるで賞状のように丸まったスクロールを手に取り、手のひらの上で叩いた白樺さん。俺とマリエルは何故、音楽なのか理解が追いつかず、といった感じ。



――――楽器工房。


 王宮楽士からトランペットなどの金管楽器を選び、楽器作りや修理を行う職人のところへ来ていた。


「昔はこいつに叩き起こされたもんだ。あのときは忌々しいと思ったが、懐かしいな」


 まじまじと見つめたあと、職人が白樺さんの用意していた図面に従って、形に仕上げていく。

 

 その向こうでは革職人たちが革用ハンマーやハサミ、ぶっとい針を使い、マーチングドラムの革製ホルダーをスクロールを詰めた筒、ガンド用の弾帯に加工していった。



 職人が俺たちの前に持ってきたラッパだった楽器は既視感あふれるものへと変化していた。中折れ式のハンドグレネード……マズルこそ広がってるけど、あの空賊の武器にしか見えない。


 完全に白樺さんの趣味だな、これは。


 マリエルと手を繋ながらバ○スとか唱えたら、この王宮が崩れるとかないよな? いや絶対、試さないから!


「バル○!」

「な!?」

「って、やりたくなるよなぁ~! 最近、子どもが付き合ってくれないんだよ……」


 白樺さんが唱えてしまった。俺はマジで知らないから!


「いまのは何かのおまじないですか?」


 不思議に思ったマリエルが訊ねてくる。


 ほら! やっぱり突っ込まれたじゃないですか!


「マリエル、いまのはね……んぐ、んぐ」

「そうなんだ、ただのおまじないだよ」


 俺が説明しようとすると白樺さんに口封じされてしまった……大人って、ずるい。言われて、困るならやんなきゃいいのに。



 完成した銃は二丁あった。太めの筒なので銃というより、擲弾筒てきだんとうというのが正しいのかもしれない。


「なんか擲弾筒みたいですね」

「おっ、詳しいな。キミはいける口かな?」


 なんだろう? 上司が部下を飲みに誘うみたいな文句は……俺、飲めないけど。


「桐島くん、使うときは擲弾筒はくれぐれも膝に乗せて撃っちゃダメだぞ、絶対に、だ!」


 なんだろう、そこまで強調されると気になる……


 よくよく聞いてみると旧日本軍の擲弾筒の支柱の底が膝当てっぽく、それを鹵獲ろかくした米軍が乗せて使ったら、骨折したらしい。それから、ついたあだ名が『ニーモーター』なんだとか。


 白樺さんは槍の刃の根本付近の口金にハンドグレネードを固定する。こちらはグリップはなく、ただの筒っぽい。


 試し撃ちして、これは使えると思ったのだけど……



――――【幻肢痛】発動。


【結合しますか?】


はい  ←

いいえ


 俺の腕と身体の結合を迫る問いに……


「もちろん、はいだ! はいに決まってるっ」


 拾った腕を傷口に合わすと、急に患部が光り出して、輝きが消え去ると俺の腕は身体と結合していた。痛みは消え、感覚が元に戻る。


 グー、パー、グー、パー。


 指を握ったり、開いたりしても驚いたことに千切れる前となんら変わりない。それになんだか、元気が出てきたような気がした。


 ステータスは……やっぱり変化なしか。


「要さま~!!!」

「お~い、桐島くん!」

「要く~ん」


 俺の腕が完治した頃にマリエル、白樺さん、莉奈さんが駆けつけてきてくれた。内緒で出かけたからな……


「要さま……私は、私は、本当に心配したんですからね! 城門の衛兵たちに聞いたら、ここに向かうって聞いて、お二人に連れてきてもらったんです」


 俺の顔を見た途端、胸に飛び込んできて、もう泣きじゃくってしまったマリエル。


「ホント、イケメンになったからって、女の子泣かしちゃダメなんだからね、今度したらマリエルちゃんに代わって、お姉さんが叱ってあげるんだから!」

「ごめんなさい……」


「要くん……無謀と勇気は違う。君が焦る気持ちも分かるがせっかく一緒に戦う仲間なんだ。困ったときはお互いさま。何でも言ってくれ」

「ありがとうございます……」

 

 俺の腕は結果的に元に戻り良かったが、二人の苦言が骨身にしみる。それと同時にマリエルを守りたいという気持ちが空回りして、こんなにも悲しませてしまったことが、辛く悲しかった。


 マリエルの美しい金の髪を梳き、頭を撫であやしていると……


「おいっ! あれを見ろ!」

「な、何なのよ、あのデカ物は!?」


 俺たちの前に巨躯と呼ぶにふさわしいモンスターが現れていた。



 * * *



 みんなから美味しいとこで止めやがって、と文句が出てしまったが仕方ない。先生が来てしまったんだから……


 一部でホームルームで議題がないときは、俺の異世界話をしてくれなんて担任の先生に要望を出してる奴もいるらしい。俺はいいんだけど、みんな聞きたいわけじゃないだろう。


「おいっ、桐島!」


 昼休みにみんなが集まろうとしていたときに、いきなり呼び止められた。


 俺を呼び止めたのは、鬼塚さん。


 俺の話になんてまったく興味なさそうなのが彼女。まさか、踊り場で結果的に“不運ハードラック”と“ライド“っちまったことをとがめられるのかと思い……


「ごめんなさいっ! あんなことになるんて思ってなかった」


 謝罪したがそれで許されることでもなかったようで、「ちょっとついて来い」と彼女から言われ、俺は逆らうことができずにいた。



 連れて来られたのは、また屋上。



 階段を一段、一段昇るたびに諭吉が一枚、二枚と数えられているようで気が気でない。彼女から金銭でも要求されるのかと思って、びくつくばかりの俺。


 だが、まったく違った。


 フェンスの網を掴んで振り返った彼女から出た言葉にただ驚くばかりだった。


「なあ、桐島……おまえって、大嶽山おおたけさん噴火で行方不明になったあと生還したって、ホントなのか?」

「なんで鬼塚さんがそのことを……」

「いや、おまえが私をつけてたのって、それかなって思っただけだ。違うなら忘れてくれ」


 それだけ告げると屋上から立ち去ろうとする彼女だった。俺があとをつけたのは、彼女の中にあの人の面影を見いだしたから……なんてこと、言えるわけもなかった。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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