第17話 噂
あのメンヘラ女の自傷騒動から数日。俺は登校して、ルーティンで鞄を机の上に置く。もう、朝のホームルームが始まろうっていうのにまだ、埋まって席がある。
「ねえねえ、知ってる? 香織が休んでる理由って」
「なによ、なに? どうせ、あれでしょ、やり捨てられたとかじゃないの?」
「そうそう、なんでもさ……」
「もしかして、お手洗いで揉めてたこと?」
「なんで先言っちゃうかな? せっかく面白いとこだったのに……」
「でも、見た子が言うには、本当に山崎くんが香織をもて遊んだって感じらしいよ。それで『おまえなんか知るかっ』みたいに叫んでたみたい」
「人前でそんな大喧嘩できるって、ある意味すごいよね。あたしなんて、できないって」
「あんたはその前に彼氏ができないから」
「ひっど~いっ」
なんだかクラスの女子が不登校になりつつあったあのメンヘラ女の噂話でかしましい。そんな輪の中に入らず、一人で窓から外を眺めてボーッとしてる女がいた。
昼休みになっても変わらず、彼女と同じように見た目がギャルっぽい女子から声を掛けれられても……
「気分じゃねえんだ。構わねえ、あたし一人食べっから。ほっといてくれ」
わざと一人になりたがろうとする。 声をかけた女子は舌打ちして、グループへ戻った。以前の俺なら絶対に関わりになりたくないタイプ。別に放っておけば良かったんだけど、なんだか気になってしまう。
ぼっちギャルが教室を出て、どこかへ向かおうとするので、俺もと思ったところで……
「要、どこに行くの?」
「今日昼ご飯がなくて、パン買ってくる」
「……分かった、また話して」
声をかけれ、呼び止められた。うーっ、と泣き出しそうな悲しみをぐっとたえるような表情を浮かべる。
「待っててね。戻ってくるから」
仕事で家を出る父親っぽく、行って欲しくない子どもあやすように香月さんの頭を撫でると頬を紅潮させて、頷いてくれた。
良かった、不意打ちって言われてない。香月さんを教室に残して、俺は鬼塚さんのあとを追った。
購買部をスルーして、後ろ姿を見つける。金髪に染めているのであと追うのはわりと簡単だった。そのまま、あとを追うと校舎屋上へ出る踊場まで来ていた。こんなところで一体? 階段の縁に隠れて見てると、
ガーンッ!
踊場に響く金属が強く打ち付けられた衝撃音。いきなり屋上に通じるドアを鬼塚さんが蹴っ飛ばしたからだ。鍵がかかってるはずの蹴られたドアは焼かれた貝のようにパカッと開く。
ドアを潜り、何食わぬ顔で屋上に出た鬼塚さん。俺は彼女に動きを気取られないようにあとをつける。白樺さんから教えてもらったCQBの立ち回りがこんなところで役立つなんてな。
女の子のあとをつけるために使うなんて推奨できた使い方じゃないけど……
屋上に出た彼女の姿を見つけ、息を殺して壁際から顔を出して覗いていた。
あまり良くない噂のある女の子……パパ活してるとか、男遊びが激しいとか聞いたことがある。派手な見た目に加え、目鼻立ちの整った容姿と胸元を開いたシャツに短いスカートから覗く生足が扇情的でそう思われても仕方ないように思った。
嫉妬……
だけど男子から声をかけられても、嬉しがるどころか、邪険に扱う彼女の姿しか見ていないから。それは山崎みたいなイケメンであってもそう。いや、特にイケメンをあからさまに嫌がる素振りを見せていたから。
四方を囲ったフェンスの編み目に手をかけ、ずっと空を見上げてた鬼塚さん。しばらくすると彼女の周りがキラキラと光る。頬を伝う滴が風に舞って落ち、光に照らされて輝いていた。
泣いてる?
気になったとはいえ、興味本位で人の心の中を覗き見るような真似をした自分を嫌になってしまう。
失恋? 遊ばれて捨てられたのか?
彼女の泣き顔はギャルっぽい容姿なのにとても綺麗で純粋な涙に見えてしまった。申し訳ない思いから、そーっと屋上から出ようとしたとき、迂闊にもカタッと音を立ててしまう。
すかさず物音に反応する鬼塚さん。
「てめっ、何勝手に見てんだよ! ざけんなよ」
潤んだ瞳を雑に袖で拭ったかと思ったら、虎の緒を踏んでしまったかのような激しい怒りを露わにして、俺に迫ってくる。
「ごめん、なんか気になってしまって。覗いてたことは謝るから……」
「謝って済むか!」
踊場で階段を背にする俺を殴りつけてきた。異世界へ転移するまえの俺なら女の子のパンチすら避けれずに当たっていたことだろう。スキルの類は霧散してる。だけど、白樺さんに鍛えられたこの身体は嘘偽りなく、俺のものだった。
反射的に鬼塚さんと体を入れ替わるように攻撃を躱す。
「あっ、うわーーーっ!?」
「危ないっ!」
階段から落っこちそうになった彼女の身体を抱えて、思い切り引き戻した。
――――きゃっ!!!
だが、その反動で俺たちは同体となって倒れてしまう。
「痛たたっ……」
床に打ちつけた身体を起こそうとするのだがなんだか腰回りが重い。よく見ると……
俺の股間の上に鬼塚さんががっつり跨がっていた。
「な、な、何しやがるっ! 早くどけよ! この変態野郎! あたしはイケメンが嫌いなんだよ。殺すぞ、コラアァァァ」
どけって言われても、跨がってるのは鬼塚さんで、この状況を打開するにはブリッジでもして、彼女を跳ねのけるぐらいしかできそうにない。
「ふん!」
「ふぁっ!? ななな、なにを……」
さっき鬼塚さんから漏れた驚いた声が、悪態をついていたときと全然違って、やけにかわいい。すぐに元に戻ってるけど、すごいギャップだな。
「らめぇっ! 転ぶからっ、揺らすなぁぁ……」
俺が寝技で押さえられたときのように鬼塚さんを突き上げ始めたのだが、彼女は意外とバランス感覚が良かったのか俺に乗っかったまま。
「あうっ! や、止めろ、そんな突き上げるなぁぁーーっ」
とにかく、どいてくれない彼女を連続で突き上げ頑張っていると階下から足音が響いてくる。ヤバいっ、もっと早く勢い良くして、どいてもらわないと!
俺は頑張った!
だが、鬼塚さんは俺の腰上で顔を真っ赤にしているだけだった。
「なに? こんな踊場でなにして……」
屋上に続く階段を上ってきた女子たちと目が合う俺と鬼塚さん。
「「「あっ!?」」」
口を押さえて、逃げ去る女の子たち。
「まさか、本当に学校でえっちしちゃう子たちがいるなんて……」
「待って! 違っ……」
彼女たちが逃げ去り際に漏らした台詞に俺は血の気が引いた。なんとか鬼塚さんにどいてもらい、追いかけて弁明しようとしたのだが、
「痛たたっ……」
立ち上がろとした彼女は壁に手をついて、片足を上げていた。
「大丈夫!?」
「くそっ、ちょっと捻挫しちまったらしい」
「ごめん、俺のせいだ」
「な、なにすんだよ!? 止めろ、止めろったら!」
恥ずかしがる彼女だったが元はと言えば、俺が彼女を覗いてしまったから。俺は足を怪我した彼女に精いっぱいの誠意で接した。
「はい、これでよし!」と養護の先生が鬼塚さんの足の応急処置をし終えて、笑顔になった。鬼塚さんははにかみながら、先生にお礼の言葉を告げる。
俺は彼女の身体を抱えて、保健室まで運んだ。また、女の子を保健室送りにしてしまうなんて……
丸い座椅子に座る鬼塚さん。そのそばで立って彼女を見ていると……
「桐島。もう教室に戻れよ。あたしがおまえを殴ろうとしたのが悪かったんだから」
俺の胸を押して、戻ることを促してくるのだが、さっきまで足を引きずってるところを見て、彼女をそのままにしてとても一人で戻る気にはなれない。
養護の先生から処置してもらったあと、彼女に肩を貸して戻った。その途中、気になってたことを訊ねた。
「良かったら泣いてた理由、聞かせてくれる?」
「はあ? なんで赤の他人の桐島にそんなこと、言わねえとならねえんだよ。んなこと、いえるかよ……」
「ごめん、そんなプライベートなことに踏み込んで……覗いたのも鬼塚さんが寂しそうにしてたから、どうしても気になってしまっただけだから」
「あ、いや……あたしも殴りかかって、悪かった……」
誰にでも、つっけんどんな態度の彼女が素直な表情を見せる。理由は分からなかったが、それほど悪い子じゃないと分かっただけでも良かったかも。
戻ると午後の授業は始まってしまっていたが、鬼塚さんの足の異変に気づいた英語の先生からは咎められることなく、鬼塚さんを席まで送ったあと、俺の席に戻った。
――――放課後。
「鬼塚さん!」
「桐島か……」
「大丈夫? 歩いて帰れる? なんなら俺が……」
「いいっ、いいから、これくらい一人で歩いて帰れる。頼むから、そんな構わないでくれ」
俺の胸を押したあと、彼女はドアに向かう。すると俺たちのことが気になったのか、
「要、美奈と何かあった?」
「偶然、ぶつかって彼女が怪我してしまって……」
「そう……美奈、寂しがり屋。なのに心の内を明かせない不器用な子」
香月さんが話しかけてくる。男子には塩対応だけど、的確に女の子のことを把握し、心配そうに教室から出る鬼塚さんの後ろ姿を見守っていた。
俺と香月さんが話してるといつものように花山がやってくる。
「なんだ? 桐島、鬼塚に気でもあんのか?」
「いや、なんか寂しそうにしてるから、陰キャの俺には気になっただけだよ」
「陰キャねえ……」
花山は俺の周りに集まってきた男女を問わない級友たちを見てつぶやく。た、確かに転移して行方不明になる、前と後じゃ全然違うけど。基本、俺は陰キャだから!
級友たちが各々、好きな場所に座ったとこりで、がっしりとした体型の人たちがはいって入ってくる。花山がその人たちを出迎えていた。
「今日はよぉ、先輩連れてきた。こってり絞られた理由がおまえの異世界話だって告白したら、聞かせろってせがまれてさ、頼むよ」
やっぱ怒られてたのかよ……
精悍な顔つきの上級者がギロリと俺を睨むように見ていた。確か、学内新聞でサッカー部のキャプテンとして、紹介されてたような気がする。俺も花山と叱られるのかと思ったら、違った。
「キミが桐島くんか、花山が部活サボってまで聞きたいという話、ぜひとも俺たちにも話してもらおうか!」
「分かりました……」
俺は気になって、花山に小声で耳打ちする
「花山、いいのか?」
「みんなでサボれば、怖くない!」
大丈夫か? うちのサッカー部……大事な試合に負けても、俺責任取れないぞ。
「要、今日は他の勇者について聞かせて。気になって仕方ない」
「分かった。じゃあ、柏木さんから話そうか」
「うん」
香月さんのリクエストに応じて、先輩たちが腕組みして座っているなか、異世界語りを始めた。イケメン嫌いな鬼塚さん。俺はそれとは対照的な女性のことを……
* * *
柏木さんはお天気お姉さんから勇者に選ばれた。
「えっと、桐島くんだっけ?」
白樺さんのトレーニングにも高校生ということで加減はしてもらってるだろうけど、ついていけるようになった頃、驚いたことに柏木さんから声をかけられた。
間近で見るお天気お姉さんは全国ネットのテレビに出るだけあって、別格にかわいい……だけど、あんな場面を見てしまうと、いままでの良かったイメージがすべて崩壊してしまっていた。
「ね、お姉さんといいこと、しよっか?」
「えっ!?」
イケメンどころか、豚野郎とユリエル一派から蔑まされるてるのに、うふふっと優しく笑うお姉さんの意図が俺にはまったく分からなかった。
―――――――――あとがき――――――――――
新作書きました。
【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】
https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887
石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。
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