第16話 愛が重い

 近所のコンビニで漫画や雑誌の立ち読みでもして、スプラッシュタウンス○ラトゥーンの夜戦に備えエナジードリンクでも買いに出かけようとしたときだ。


 玄関を開けて、ポストを覗く。とくに郵便物はなかったので門を開けて道に出ようしたら、また、あのメンヘラ女が……


 だけど、今までと目つきが違っていた。


 カッターナイフの刃を俺に見せつけたメンヘラ女。全裸で迫ってきたかと思ったら、その翌日に脅してくるなんて……


 女は、はぁ、はぁと息を切らして、俺を見据えてくる。


 俺が嫌がることばかりしてくる。あんな迫り方されたって、ただ気持ち悪いだけ。なんでそれをこの子は分かってくれないんだ。しかも俺のことをまるで彼氏か、恋人のように思ってる。


 俺の容姿が良くなったことで手のひらを返して、色目を使ってくるなんて、迷惑極まりない!


 ナイフを握り、高く振り上げた女。


「止めろったら、止めろーーーーっ!」


 俺は近所迷惑など忘れて、大声で叫んでしまう。


「要ちゃん……私は寄りを戻したい。要ちゃんの愛を取り戻したい。だから……」


 アスファルトに、彼女の衣服に、鮮血が勢い良く飛び散った。


「やったぁ! くひひひ……」

「こんな馬鹿なことを……するなんて……」


 切りつけられた腕を見て、俺は嘆息してしまう。一筋の傷からジワリと血がにじんできて、地面にしたたり落ちていた。


「おまえは一体、何がしたいんだよ! 自分の手首を切って、俺に見せつけくるなんて……」

「あはは、嬉しい……要ちゃんが私をちゃんと見てくれてる。慌てて、私のこと心配してくれてる。なんだぁ、こんな簡単なことだったんじゃない」


 メンヘラ女の着たかわいらしいフリル付きの真っ白なブラウスの袖は彼女の血で赤く染まっていた。もうすでに行き着くところまで行ってしまって、俺は本物のメンヘラを見た気がした。


「痛いぃぃ……要ちゃんと同じ赤い血だよ……もっとよく見て。血って、赤くて綺麗だと思わない?」


 面倒くさいことに巻き込まれてしまったと思っていると、彼女の手首から流れる赤い血液を眺めていると俺に変化が起こり始めた。


 くっ……


【幻肢痛】


 またか……異世界じゃ日常茶飯事だった流血。慣れてると思っていたが、彼女の愚行によりこっちに戻ってきてから初めて見る。それによって俺の四肢の痛みが呼び起こされてしまったらしい。


 四肢の痛みで跪いている俺を見下げて、新たにできた手首の傷と血を見せて、満足そうな笑顔で愉悦ゆえつに浸る女。


「香織っ!? おまえ、なにやってるんだ! 要くんに近づいちゃダメだって言ったそばから、これだ! 帰るぞ」

「いやぁぁぁ!!! 帰らない、帰らない! 要ちゃんに見てもらうんだから」


 うずくまってると近所のおじさんがやってきて、右手に持ったカッターと左手の脈部を見て状況をすぐに把握し、メンヘラ女を連れ帰えろうとする。


「要くん、済まない。すぐに連れ帰るから……」

「あ、はい……」


 抵抗していたが引きずられるうに去っていった。 俺の発作のような【幻肢痛】が収まる頃には周囲はまるで刺傷事件でも起こったのかというぐらい血液が薔薇の花びらのように飛散していた。



――――月曜日。


 香月さん……来なかったな。


 最近、いつも一緒に登校していた友人ポジションの彼女が玄関の前にいないことに寂しさを覚えた。

いや、彼女でもないし、期待しているわけでもない。やっぱり週末に余計なことをしてしまったことを反省する。


 学校に着くと香月さんの姿を見つけ、先週のことを謝ろうとした。 だけど、先に口を開いたのは彼女。


「不意打ち……卑怯……」

「あ、うん……ごめん」


 頬を赤らめて、塩対応で無表情の香月さんとは思えないくらい、恥ずかしがっていた。攻撃力はカンストしてるのに、もしかしたら防御力はゼロなのかもしれない。


 一方、メンヘラ女の姿はない。


 そのことでなのか、メンヘラ女の机を指差して女子たちが何やらひそひそと噂話をしていた。話題に事欠かない派手な振る舞いをしているっぽい。


 俺に関わらないでいてくれるなら、正直何でもいい。


 派手さの欠片もない俺と学校一の美少女の香月さんが話していると、


「なんだぁ? ラブコメしてんじゃねえか!」


 朝練を終えた花山に見つかり、にやにやされる。もう花山に対する嫌悪感は消えていたが、このにやけ面は、正直殴ってやりたいと思った。


「うるさい。雅は夏穂と乳繰りあってろ」

「ひゃい……」


 花山の両頬をつねって引き伸ばす香月さんだった。


 朝のホームルームが始まる前に自然と人が集まるようになってきて、期待に胸を膨らますみんなに異世界話のつづきを語りはじめた。



 * * *



 騎士団の訓練場に移動した俺たちだったが白樺さんに夜伽よとぎに来ていた若くて美人な女騎士は眉間みけんにしわを寄せると叫んだ。


「勇者、憲治のりはる……私が貴公に勝ったら、私と子作りしろっ! 乙女の純潔を捧げると言っているのにもかかわらず、いらないと申すとは……武門を誇る我がザカリエス家が受けた屈辱くつじょく、思い知れ!」


 えっ!?


 俺とマリエルは二人で顔を見合わせる。しばらくして、俺たちは女騎士の言ってることを理解して、互いに耳まで赤くなるほど、恥ずかしくなってしまった。


 つまり女騎士が勝ったら、彼女を孕ませろってことだよな……


「まさか……マリエルもそうだったの?」

「私は要さまとお話が……で、でも要さまがそれを……お望み……な……ら」

「マリエル! もう始まってる!!」


 マリエルが何か言ってたようだけど、歓声にかき消されて聞こえなかった。それよりも二人の決闘の方が先決だ。


「マリエル王女、見届けてもらうが構わないな?」

「はい、分かりました……」


 ややも強引にマリエルの許可を取り付ける女騎士。ユリエル派なのか、王女であるマリエルに上から目線な態度が透けて見えた。


 白樺さんは騎士たちが持ってきた武器を選んで取り終えると、女騎士は部下っぽい奴から黒羽根付きのヘルムを受けとる。ヘルムをかぶり、位置合わせをすると、


「アイナ・ザカリエス、参るっ!」


 凛々りりしく名乗りを上げた。


 武器を構え、対峙しているのだが、俺は女騎士から目が離せなくなる。


 これが若さか……


 ヘルムの完全防備さにくらべ、ビキニアーマーという肌をさらした防具……頭隠して、尻隠さずを地でいくアンバランスさに、だ。


 「なあ、マリエル。疑問に思うことがあるんだけどさ、あれって負けた方の子種が欲しいってことだよな?」

「そうですね……確かに変です」

「「もしかしてっ?」」


 マリエルと俺は互いに目を見合わす。ああっ、本当に天使か、女神さまのように美しくかわいい……じゃなくて。


 単に自尊心プライドから冷静な判断を欠いてる、というものだった。だか、あのビキニアーマーは男を悩殺するには十分すぎるほど、魅惑的な装備と言える。


 マリエルがビキニアーマーに着替えてくれたら……隣にいる聖女でありながら美姫である彼女によこしまな思いを抱いてしまった俺。



 ガッキーーーーンッ!



 いきなり響いた金属と金属がぶつかる激しい衝突音にびくついてしまった。もう、そんないけないこと考えませんから!


 アイナの持つツヴァイハンダーが白樺さんの鉄槍を斬りつけていた。


「うおおおーーっ!!!」


 夜に白樺さんに見せていた甘えていた顔とのギャップがすごい……だが、そんな斬撃を軽くいなしていく白樺さん。


「くそっ、家伝のザカリエス流黒曜剣をいとも簡単に捌くなど、許されん! ますます、惚れてしまうではないかっ」


 この人は射撃だけじゃなくて、格闘もいけるのか!? ユリエルが白樺さんの言葉に素直に従ったのも、なんとなくうなずける。


 って、もう女騎士さん……ポロッと本音漏れてますよ。


「な、ならば、これならどうだ! 身体強化(加速)バック・トゥース身体強化(耐久)スチール身体強化(腕力)ティタン身体強化(器用さ)テクニクス


「さっきまでとは動きが段違いだ! 足捌きに斬撃の速さ、重さ、器用さ、どれをとっても俺をしのいでいるっ!」


「どうだ! もう、私と子作りしたくなっただろう! このアイナを犯したくなったであろう! 勇者憲治ぅぅーーっ」


 思い切り、彼女の激情をぶつけるようにツヴァイハンダーを縦横無尽に振りかざし、白樺さんを攻め立てる。なんとか防ぐももの、地面に軍靴がめり込んでしまっていた。


「マリエル、ヤバいよ。白樺さんが押し込まれてる。なんとかならないのか?」

「大丈夫です、白樺さまは要さまと同じ勇者さまです。アイナさんは確かに強いですが、固有スキルを持つ勇者さまが負けるわけがありません」


 そんなものなのか? 俺の心配をよそにマリエルは泰然自若たいぜんじしゃくとした態度。それを証明するかのように白樺さんがつぶやいた。


「まだ、やったことはないが、こいつが役に立ちそうだな」



無量光ジリオン



 白樺さんからまばゆい一筋の赤い光線が発せられたかと思うとアイナに当たり、霧散した。


「なんともないぞ! 勇者と言ってもその程度か? 私の見立ては違ったようだな、がっかりだ」


 とどめとばかりに駆けて、白樺さんに斬りかかるアイナ。


 だが……



 ドテーーーッ!



 足がもつれたのか、いまどき小学生でもそんな派手な転びしないだろうと思えるコントばりの転び方をした。


「馬鹿な! わ、私としたことがこんなところで転ぶなど……」


 なんとか立ち上がったが、白樺さんはその隙を見逃すはずもなく、短槍でアイナを攻める。白樺さんの刺突を寸でのところで躱す女騎士。だが何かがおかしい……


 コトンと音がしたかと思ったら、女騎士の黒く染まったビキニアーマーのトップスが外れ、乳房が露わに……


「見ちゃダメですぅーっ!」


 マリエルが真後ろから目隠ししてきたので、それを拝むことが出来なかった。だが、後頭部にマリエルのふくよかな胸がぽよん、ぽよんとこれでもかと柔らかな衝突を繰り返しいる。


 済まない、XX! とマリエルの肌に触れたことで歓喜した自分を恥じてしまった。


「おっ、おっ、覚えていらっしゃい、次は必ず私が勝って、憲治さまの寵愛をいただくんだから!」


 女騎士はヴィーナスの誕生のように片手で胸元を押さえながら、慌てて隊舎へと引き込んでしまった。


 アイナは……意外と純情だった……


 白樺さんは審判から腕を掴まれ、掲げられながら、戸惑うように言葉を発する。


「あ、えっと。俺、悪いことしちゃったかな?」


 いたよ、ここに無自覚勇者が……


 白樺さんは俺とマリエルに訊ねてくるので、二人でううんと首を横に振った。なんだよ、相手してもらえなかったから、拗ねて決闘を挑んできただけだったのかよ。


 なんとも人騒がせな女騎士だと思った。


 いやいや、俺は悠長なことをしている暇なんてなかったんだ。決闘が終わったそばから、俺は願いでていた。


「白樺さん、いや白樺師匠、でもない白樺教官、俺にご指導お願いします!」

「分かった、俺と共に心臓を捧げよう!」


 もしかして、そういうの分かる人なのかな? 固有スキルも把握してたし。


 俺は優しくも厳しい白樺さんに鍛えられ……


 

 吐いていた。



――――白樺ブートキャンプ。


「桐島くん、キミの力はそんなもんじゃない。まだ、行ける。まだ、走れる。倒れるのはもうすこし走りきってから、倒れよう!」


 口調こそ優しく励ましてくれる白樺さんだったがトレーニング内容が鬼軍曹すぎて、戦う前から戦闘離脱しそうになっていた。


「だめです、吐きそう……」


 まるでな○う小説のチョロインと主人公が出会って間もないのに即座にベッドインするかのような激しい吐き気にみまわれ、


 オロロロロロロロ……


 虹色になってしまった朝食べた反芻済はんすうずみの穀類をすべて自然に返してしまった。


「要さま……大丈夫ですか?」

「あ、ああ……この通り大丈夫じゃない……」

「桐島くん、休めばきっと良くなる! 俺はキミを信じてるぞ」

「あ、はい……」


 マリエルが俺の背中をさすってくれ、白樺さんは絞った布を渡してくれる。


 なんだろう……罵倒ばとうされたりしたら、こんなこと出来るかって、投げ出したくなるのに、俺から頼んだたけにトレーニング止めますって、とても言い出しにくい。


 だが、そんな日々も一週間も過ぎた頃には……


「要さま、最近お身体がもの凄く引き締まっていらっしゃいませんか?」

「そう? あんまりよく分からないんだけど……」


 馴れて、俺の身体にも変化が訪れていたらしい。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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