第15話 自己愛【香織目線】

――――拘束前のこと。


 休み時間に要ちゃんと話そうとしたら、男子たちに弾かれ、転びそうになった。謝ってはくれたけど、それより私は彼と話したい。


 物欲しそうにみんなに囲まれる要ちゃんを見つめていて、私何やってるんだろうと視線を逸らしたとき、ある女の子と目が合ってしまう。


 彼女の名前は鬼塚おにづか美奈……


 髪を派手な金色に染めて、ピアスやイヤーカフをたくさんつけてるギャル。というより非行に走ってる感じかもしれない。切れ長な瞳から刺すよう鋭い視線が飛んでくる。


「あ? なに見てんだよ。あたしの顔がそんなにおかしいのかよ?」

「ううん……鬼塚さんだけ、要ちゃんに色目使ってないから、気になっただけ」


「あたしはイケメンってのがいけ好かねえだけ。まだ、あいつが太ってたときの方がマシってもんだ。つか、気安く話かけんなよ」


 相手を一歩も近づけさせないような言葉。


 以前はここまで突っ張った感じじゃなかったのに最近は仲の良かった子たちともはぐれて、一人で窓の外を見てることが多い。


 彼女に何があったのか分からない。要ちゃんに色目を使ってなくて、彼女とは仲良くなれるかと思ったのに……



 授業中、お腹の調子が良くなく、休み時間まで耐えたものの、山崎くんと関係を持ってから、お尻の具合があまり良くなくて、お手洗いにもっていた。ゆっくり座ると思い浮かんでくるのは要ちゃんのこと。


 私が親から叱られたり、クラスメートからいじめられたりして、悲しいときはいつも寄り添ってくれて、一緒に過ごしてた彼が失踪する前の大切だった時間……


 本当にあの幸せだった時間は戻らないの?


 要ちゃんは戻ってきてから、荒唐無稽こうとうむけいな話ばかりして、おかしくなっちゃって、私の言うことなんてまったく聞いてくれやしない。


 いつも私の愚痴ぐちみたいな話を全部うなずいて、泣いてたら一緒に悲しんでくれて、楽しいときは一緒に大笑い、嬉しいときは喜びを分かち合った仲だったのに……


 私に優しくしてくれた要ちゃんはもういないの?

 

 山崎くんとの関係はちゃんと清算したのになんで、よりを戻してくれないの? それどころか、香月さんに入れあげて……まるで彼女が以前の私、幼馴染みたいになってる。


 そっか!


 私と山崎くんが男女の関係になってたから、それに嫉妬してわざと私のことを忘れたふりして、香月さんに頼んで偽装カップルを装ってるんだ!


 だったら、要ちゃんと既成事実を作ればいい。幸い私は処女で綺麗なままだから。


 香月さんになんて負ける気なんて、全然ない。ちょっと顔がいいからって、男子はちやほやし過ぎなんだから。あんな変な子、かわいいだけでどこがいいのかさっぱり分かんない。


 私は噂をしていた女子みたいに簡単に諦めたりなんか絶対しないんだから!


 欺瞞ぎまんに満ちあふれた二人の関係をぶち壊して、私が先に要ちゃんとあのとき止まったままの時計の時間を進めて、えっちしちゃえば、香月さんは身を退くに決まってる。


 真実の愛が偽物に負けるわけがない!



 用を済まして、立ち上がろうとしたときだった。化粧台の方から、何人かの女子の声が響いてくる。


「ねえ、知ってる?」

「なに?」

「香織って、山崎くんに酷く振られたんだったって」


「ああ、知ってる、知ってる。彼、結構派手に遊んでたもんね。大学生とかとも付き合ってたとか」

「そうそう。で、さあ振られた香織は香織で桐島くんに粘着してるらしいの」


「うん、見た見た。香月さんと仲良くしてるのを嫉妬したみたいで、平手打ちしようとしたところを桐島くんに止められたらんだよね」


「そう言えば桐島くんって、行方不明から帰ってきたら、別人みたいに格好よくなったよね」

「ホントに別人かも」

「やだ~っ、なんか怖~い」


「そんなことないって! 彼、口数は少ないけど重い荷物とか持ってたら無言で手を伸ばしてくれて代わりに運んでくれたりされたなぁ」

「あんたも? 私も!」


「男子にも色々、世話焼いてたみたいだよ」

「見た目があんなだったから、ないって思ってたけど、今なら断然ありだよね!」

「うわーっ、スゴい手のひら返し。あんたって、ホント節操ないよ」


 本当にそうだ。許せない。私がずっと前から要ちゃんの側にいたのに、ずっと好きだったのに。容姿が良くなった途端、好意を隠さなくなるなんて恥も外聞もあったものじゃない!


「それ言う? イケメンで優しいって最高じゃん!」

「あ~、でも香月さんと競うのは厳しいよね……」

「ホント、そう……」


 みんな……みんな……人の気も知らないで好き勝手なこと言ってくれる。要ちゃんは私の彼氏なのに。


 要ちゃんが太ってたときなんて、クラスの半分くらいの女子は、口に出さないものの「うっせーっ、話しかけんなデブ!」みたいな目で彼を見てた。彼が挨拶しても無視する女の子もいたのに……



 噂をしていた女子たちが立ち去ってから、女子トイレから出ようとすると……


 ばったり山崎くんと出くわしてしまった、お手洗いの出入口付近で。彼はダン、と壁に手をついて私が逃げられないようにしてくる。


「なあ、香織……おまえ本当に俺と別れてやっていけんのかよ? 俺が思うに桐島から、まったく相手にされてないじゃないか」


 彼は私の頬に手をかけ、撫でる。要ちゃんが戻ってくる前は嫌じゃなかったのに、今は軽く触られるだけで彼を嫌いになってしまいそう。


 それなのに身体は彼を求めて、疼いてしまう。


 違う! 違う! 私はただ、彼の手練手管に落とされただけ。心はこれっぽっちも許していないんだから。


 心と身体が乖離かいりしてしまいそうな私の迷いを良いことに、山崎くんは無理に私の唇を奪おうとしてくる。それと同時にスカートを穿いた股の間に太ももを潜り込ませてきていた。


 彼と関係をもってからというもの、まるでスイッチが入ったかのように条件反射で熱くなる。人気がないことをいいことに、そのまま腰に手をやり個室に連れ込もうとしてきたので、


「いやっ!」


 強く拒絶した。


「何で、俺じゃなくて邪険にされてる桐島なんだよ!」

「要ちゃん以外、考えられない……」

「分かったよ、もうおまえの勝手にしろ! よりを戻したいって言ってきても、認めないからな」


 語気を強めて、山崎くんが私に言い放った。


「えっ? なにあれ……」

「もしかして……」


 その声を聞きつけたのか、人が集まってきて、私は彼から逃げるようにしてその場を離れた。


「香織っ!」


 ううっ……


 女の子たちがひそひそ話し始めていたが、涙があふれてきて、逃げるようにお手洗いから立ち去った。



 放課後、要ちゃんが下校するあとを付けていると……彼に抱きついた香月さん。


 心臓がばくばくして、胃がむかむかしてくる。こみ上げてくる怒りに身体が震えてきていた。


 なんで……要ちゃんは私のこと見てくれないの? 優しく抱きしめてくれないの? 香月さんにはあんなに優しく髪を撫でてあげてたのに。



 悔しくて、私は要ちゃんに抱いて欲しくて、全裸で迫ったのに……



――――警察署の取調室。


 机に部屋の壁。それだけじゃない、ここにあるものすべてが灰色に見えた。


「キミ、ちゃんと話聞いてる? 向こうの親御さんが事を荒立てたくないって言ってくれたから、今日は家に帰れるけど、次はないからね」


 なにか、まくし立てるように私にお説教を垂れている警察の人。私は婦人警官に無理やり服を着させられていた。


 要ちゃんのことが好きって分かってもらいたくて態度で示したら、彼から拒絶された上に警察まで呼ばれてしまうって、おかしいよ。



 両親が迎えにきて、ガミガミと口うるさく私を叱るが、ぼーっとしてあまり耳に入ってくることなくただ、音が通りすぎてゆく。


「桐島さんところの要くんはずっと行方不明になってたのよ。いきなり外で服を脱いで、迫るなんてことをしたら、どうなるかぐらい分かっているでしょ!」


「まあ、母さん……香織も反省してるみたいだし、そううるさく言ってやるなよ」

「あなたが香織を甘やかすから、心の弱い子になったのよ!」

「俺はちゃんと子育てしてきたのに何なんだ、その言いぐさは!」


 私の教育を巡って夫婦喧嘩を始めてしまった両親。二人みたいになりたくなかったのに……


 家に帰ってからも叱られて、嫌になる。


 もう、日付は変わっていた。両親に叱られたとき、子どもながらに私を慰めてくれた要ちゃん。



 会いたい。



 でも、また避けられてしまうに決まってる。どうしたらと思っているとペンホルダーに刺さったあるものを見つけた。


 これさえあれば、要ちゃんは私のもの……


 また、私のところに戻ってきてくれるんだ。


「なんだぁ、こんな簡単なことだったんだ、要ちゃんの愛を取り戻すことなんて~」


 高鳴る胸を抑えて、眠りについた。明日は学校は休み……必ず、会って要ちゃんを取り戻すんだから。



――――翌日。


 窓からずっと要ちゃんの行動を監視していた。彼は休みの日にだいたい、お昼くらいにコンビニに出かける。今日も決まったように玄関のドアが開いて彼が出てくる……


 あはは……私のこと忘れたふりしても、私はちゃんと要ちゃんのこと知ってるんだからね。


性懲しょうこりもなく、家に来るなんてなに考えてんだよ!」


 要ちゃんは私に向かって、番犬のように吠えて来たが、持ってきた物を見て言葉を詰まらせた。


「おまえ、そんなの出してどうするんだよ! 今度は厳重注意なんかじゃ済まないからな。止めろよ」


 ポケットからカッターナイフを取り出し、彼に見せつけながら、チキチキと刃を伸ばしていく。


 ふふっ……


 もう、誰にも渡すつもりなんてないんだから!


「止めろったら、止めろーーーーっ!」


 要ちゃんの悲痛な叫びが近所一帯に響いていた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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