第13話 デート
――――王宮庭園。
小鳥たちがさえずり、蝶やみつ蜂が赤や黄に咲き誇る花に集まる。美しい光景をバックに歩く美女と野獣、いや俺は鈍重もしくは豚獣か……
なんだかこんな穏やかな王宮の庭園を見ると本当に危機的状況なのかと思ってしまう。
マリエルから気分を変えましょうと誘われた。息のつまりそうな与えられた部屋から出て、広い庭園を歩きながら、隣にいるマリエルに訊ねてみる。
俺の無能さは分かった。分かりたくなかったけど……じゃあ、マリエルはどうなのか?
「マリエルはさ、
彼女たちは双子なのに性格は真逆。確かに俺はあのままだったら、ヤバかったかもしれないが勝手に呼んでおいて、あそこまで差別するなんて酷いもんだ。
悪役令嬢を地でゆくユリエルに対して、天使が降臨したかのようないつも微笑みを絶やさない聖女そのもののマリエル。冷遇されてる俺にとっては掃き溜めになんでこんなかわいい子が、って戸惑うばかり。
俺に襲われたーーっ!
と
なにやら、横からぶつぶつ聞こえてくる。
「
俺が二人について考えている間にマリエルはぺらぺらと
「待って、待って! もしかして、今話してくれてるの、マリエルが身につけたスキルとか?」
「はい、お姉さまから見たら、無能に等しいと思われても仕方ないことなのですが……」
優秀すぎる……
聞くんじゃなかったと落ち込むものの、これだけ習得しているにも拘わらず、マリエルが
「そんなにスゴいのに無能って、ユリエルとマリエルの身につけているスキルに大きな差ってあるのか?」
「はい……私には戦闘不能状態を回復させる
あれか? 心臓麻痺になったら、AEDで回復させるみたいな感じ? いや、マリエルに話しても分からないだろうけどさ。
続けて、マリエルは遠い空を見上げて、彼女自身の無力さを恥入るような表情で話す。
「たとえ神の
俺の丸っこい手を白く美しい両の手で握り、懇願してきた。マリエルの言うことが真実なら、俺の予想以上にこの世界はハードモードらしい……
そんな俺の固くなってしまった心を解きほぐすように彼女の手は柔らかく包み込むように温かった。
俺はマリエルにしっかり手を握られ、心配されたことでお目々、ハートモードになりそうなところをぐっと耐える。XX! 俺は誓って浮気なんかしないぞ!
「ああ……」
それでも力なく返事したものの、まだ戦ってすらいないのに、この先どうなるかなんて全く分からなかった。ただ、マリエルに良い顔を、いや彼女の沈んだ表情をして欲しくなかったから、返事するのが精いっぱい。
そのときだった。
突然、俺の手をぎゅっと握ったマリエルは振り向いて、俺に向かって満面の笑顔で言ってくれた。
「このまま二人で落ち込んでるのも滅入ります。良かったら、王宮の外にでも行きませんか? ご案内いたしますよ!」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「はい!」
元気なマリエルの笑顔を見てるだけで、なにかこの世界でもやっていけそうな勇気をもらった気がする。彼女はさっき言ってなかったけど、
マリエルに手を引かれ、俺は異世界の街へと初めて誘われたのだった……
――――王都アラストブルク。
街に出た途端、取り囲まれた!
「マリエルさまだ!」
「神々しい……」
「聖女さまが街にいらっしゃったぞ!」
中世ヨーロッパを思わせる石造りの民家が軒を並べている。そんな中、街の人たちは
「そ、そんな、みんな大袈裟だよーっ」
マリエルは謙遜していたが愛らしい容姿と慈愛に満ち溢れていながらも、どこか親しみやすい彼女なら街の人たちから愛されていても当然だと思えた。
「そちらの方は新しい従者ですか?」
「ふとっちょさんだから、重騎士かな?」
マリエルは身形と人の良さそうな親子から話しかけられ、質問に答える。だけど俺は彼女の話す内容に焦ってしまった。
「いえいえ、違いますよ。こちらにあろうお方は救国、いえこの世界を救うために遥々、異世界からいらっしゃった勇者さまなのです。狂暴な魔物なんて片手で軽く捻っちゃいますよ! 皆さん、失礼のないようにしてくださいね」
「それは失礼いたしました」
「ごめんなさ~い」
非礼だと思ったのか親子は頭を下げ、俺に謝罪する。だけど、別に失礼なんて思ってないし、元いた世界でもこの程度のこと、いやそれ以上酷いことなんて言われ続けてきたから、気にならない。
むしろ……
「マ、マリエル……気持ちはありがたいんだけどね、そのハードルを上げないでもらえるとうれしいかな……」
彼女の期待が重くて、胃が少し痛い。そう思ってマリエルに声をかけたのだが、さっきまで隣にいたのに姿が見えない。辺りを見回すと並んだ露店の一つで、何かのお肉を串で焼いるお店で立ち止まり、俺に向かって手を振っていた。
「要さま~! 元気が出ないときはこれを食べるといいですよ~っ」
「あ……ああ」
これって、もしかしてデートって奴なんじゃ……
本当にお姫さまなのかと思えるほど、天真爛漫。だけど、嫌いじゃない。俺がマリエルの下に寄ろうとしたときだった。
「ま、魔物だぁぁぁーーっ!」
街と外界を分ける城門の方から叫び声のような警告が発せられる。人だかりの足下を縫うように、うさぎのような茶色の小型の
驚いて尻もちをつく人、慌てて家の中に入ろうとしたりして、砂煙を立てて街中、大混乱に陥っている。
「急いで騎士団に伝えろ!」
「了解です、区長」
区長と呼ばれた身形の良いおじさんは若い人に合図し、子どもを奥さんに預けて、マリエルのところへ向かう。
「マリエルさまっ、早く中へ」
「でも、街の人たちがまだ外に……」
だが、おじさんの手引きで石造りの家に退避しようとしたときだった。街の人たちには目もくれず、魔物はマリエルに向かって飛びかかり、大きく顎を開いて、その小さな見た目に不釣り合いな牙を見せつけた。
俺じゃなく、まっすぐマリエルを狙っただって?
「危ないっ!」
俺はマリエルをかばうように腕を呈して、魔物の噛みつきから防いだ。
だが……
「うぎゃあああーーーっ」
こんなに小さい魔物なのに腕全部が持っていかれそうなくらいの激痛。鋭い牙は腕に食い込んで、鮮血が地面にまで滴り落ちていた。
「要さまーーーーっ!!!」
「俺はいいから、キミは早く中に!」
「マリエルさま! さあ、お早く」
「でも、要さまが……」
俺が必死で区長さんに目で訴えると、半ば強引だったけど、骨が軋むような痛みに耐えたおかげでマリエルは無事、区長さんの家にかくまわれたみたい。
霞む目で辺りを見るとさっきまでの賑わいは消え失せ、誰もいなくなったゴーストタウンの様相だった。
「くそっ!」
噛まれた前腕の感覚が麻痺して、思い切り肩を振ったら、跳躍して距離を取るうさぎ型の魔物。
ギギギッ!
俺の片腕が使えなくなったのを確認するように怪しく光る赤目で俺を睨むと、いきなり駆けてきて喉元に向かって飛びかかってきた。
ヤバい、死ぬ!
あんな顎の力で喉なんて噛まれたら、血が吹き出して首の骨が折れてしまう。動く片手で顔を覆った。
ああ……事件とかに出てくる防御創って、こうやってできるんだな。そんな思いがよぎったときだった。
パンッ! パンッ!
ゴーストタウンのような街に響く乾いた音。まるで鉄砲かなにかを撃ったかのような破裂音がしたかと思ったら、俺に噛みついていた魔物はさっきまでの狂暴さは鳴りをひそめて、地面にピクピクと横たわっていた。
魔物を倒したと思われる人は、即座に横たわる魔物のこめかみに黒い鉄の塊を押し当て……
パンッ!
破裂音が路地一帯に、また響いて瀕死だった魔物は完全に動かなくなった。
「大丈夫か? 桐島くん」
「ありがとう……ございます……」
この人に助けられるのは二回目だ……
助けられた安堵と俺みたいな紛い物と違い、真の勇者然とした白樺さんの勇姿を目の当たりにして、劣等感から目蓋にしずくが溜まっていた。
バタンと家屋のドアが開いて、マリエルが飛び出してきて、だらんとぶら下がって血を垂れ流してる俺と同じで情けない腕に手をかざしてくれていた。
「私のためにこんなに傷ついて……」
「守るどころか、逆に迷惑かけてしまったね」
マリエルと白樺さんの顔を見て、俺は謝罪する。
「気にするな。一般人で市民を守れるのなんて、そうそういない。俺もこいつのおかげで助かっただけだ」
白樺さんはぽんぽんと軽くホルスターを叩いて、顔をほころばせた。マリエルも白樺さんに合わせて、うんうんと頷いている。
「まったくどこをほっつき歩いているのかと思ったら、食べれもしない家畜以上に
俺とマリエルを
「お姉さまが要さまのお相手をと……」
「ふん、本当にいらつかせる子ね! どうして、同じ父母から生まれたというのにあなたは無能なのかしら? 仮にも私と同じ聖女を名乗るなら、
はあ……と深いため息をついたあと、止めのような言葉をマリエルに言い放った。
「あなたは努力というものを知らないわ」
「はい……」
ユリエルがマリエルに酷い仕打ちをしていたので俺はいても立ってもおれず、一言だけでも言ってやろうかと思った。
だが、それを制する手が前に出る。
俺の顔を見て無言で頷く堂々としていて、立派な人物。それでも驕ることなく、俺みたいな者にも優しい。まさに理想的な軍人、いや自衛官を地で行く人だった。
「ユリエルさん、二人の中で何があったかは存じあげません。ですが、程度というものがあると思います。私は厳しく隊員を指導監督する立場にあります。それは自衛官として国民を守るためです。それと同時に自衛官も国民、愛情に基づいて指導する必要があると俺は思うのです」
馬車の前に立ち、滔々と王女であるユリエルに臆することなく、だけど怒った様子もなく、諭すように説いた。まるで忠臣の
「ゆ、勇者さまがそう仰るなら、いた仕方ございません……今日のところは愚妹を許して差し上げましょう」
すごすごと騎士団を率いて引き上げるユリエル。その姿が見えなくなったとこで俺たちを見て、優しい眼差しを向けてくれた白樺さん。さっきまで隠れていた街の人たちも出てきて、ゴーストタウンは一気に息を吹き返したのだった。
―――――――――あとがき――――――――――
新作書きました。
【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】
石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887
よかったら見てくださ~い。
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