第12話 無能

――――香織と吉乃の口論前の朝。


 ピ~ンポ~ン♪


 朝、登校しようとするとインターホンが鳴った。まさか、あのメンヘラ女がまた来たのかと思って、文句を言ってやろうとモニターをのぞいたら驚いた。


 マジなのか……


 俺は急いで玄関のドアを開けた。


「要、おはよう」

「香月さん、おはよう……」


 でもなんで家に彼女が来てるんだ? 付き合ってもいない女の子が登校前に来るなんて……


「どうして、ここに?」

「登校しながら、話して欲しい」


 ええーーーっ!?


 やっぱり、香月さんの距離感はおかしい。だけど奇しくも俺は学校一の美少女が朝迎えに来て、一緒に登校するという僥倖きょうこうにあずかることになった。


 俺の隣で一緒に歩く美少女。


 異世界で出会った女の子たちもかわいかったが香月さんも勝るとも劣らない。そんな彼女に目が行くと思わず、どきどきとした鼓動が高鳴ってしまう。


 灰色がかった青と紺に白のストライプの入ったチェックのプリーツスカートは長すぎず、短すぎず。紺のニーハイソックスが緩衝地帯かんしょうちたいともいうべき、柔肌の絶対領域をより美しく際だたせていた。


 濃い色のソックスは彼女のふくらはぎと足首をより細く見せ、履いていたローファーは磨かれ、その光沢から清潔感を漂わせる。


 だが初めて女の子と登校なんてするので、何を話せば良いのか戸惑うのだが、ありがたいことに話題には事欠かない。


 何故なら彼女が求めているのは異世界語りなのだから。


Bonan matenonおはよう!」

「何、それ?」

「異世界語だよ」


 まっすぐ前を見て歩いていた香月さんだったが、答えに不満そうでジト目で俺を訝しげに見て、はっきりと言い放つ。


「嘘くさい」

「バレた? しゃべったら、普通に通じたのに花山たちが嘘くさいって言うから、考えてみた」


 香月さんは大袈裟に首を振る。どうしたのかと思ったんだけど……


「私は要のこと、信じる」

「あ……ありがとう」


 香月さんの濃い琥珀のような瞳が俺の目をまっすぐに捉え見つめる。小柄だけど、芯の強さを思わせる彼女の言葉は俺の心の中に深く深く浸透していった。


 ずっと見ていると変な気持ちが起きそう。彼女は俺の異世界語りが好きに過ぎないのだから。だけど若かりし刻に中二病に罹患し、完治していない男子ならば、香月さんに気に入られてもおかしくないのでは? そんな思いがよぎった。


「香月さんくらいかわいかったら、他の男子も異世界語りしてくるんじゃない?」

「他の男子はありきたり。要がいい。要の方が好き」


 香月さんは毒舌というより物事を本当にはっきり言ってくれる……何度も彼女は俺のことが好きじゃなく、あくまで俺の話す異世界ファンタジーが好きなのだと言い聞かせた。


 あんな好意丸出しの言葉、他の誰かに聞かれたら勘違いされてもおかしくないよ。


「あ……うん。分かった。また聞いてもらえるとうれしいかも」

「要の体験、いっぱい聞きたい。もっと話して」


 無自覚に人を惚れさそうとしてくる天然小悪魔の魅了チャームに抗っていると、朝練終わりの花山と靴箱で合流した。



 異世界転移から帰還してからというもの、俺の学校生活は以前とは違うものになりつつあるなあ~としみじみ思いながら、朝一の授業を終えた小休憩のときだった。


 廊下の方がやけに騒がしい。


「しらばっくれないで! 二人で仲良く並んで歩いてたじゃない」

「私が誰と歩こうが勝手。要の話が聞きたいから、一緒にいたまで。それに香織は要と付き合ってない」


 俺に絡んできたメンヘラ気味の女の子が香月さんに強い剣幕で詰め寄ってる。人だかりの中、ごめんと断りながら、二人が言い争ってる現場に仲裁に入った。


「何してるんだよ! こんな廊下で」


 俺が二人に訊ねると、あの子が言い寄ってきて……


「香月さんがね、要ちゃんを誘惑しようとするからそんなことしないで、ってお願いしてただけだから……」


 なっ!?


 俺は香月さんに異変を感じた。すり寄ってくる女の子を押しのけて、香月さんを守るように前に立ちはだかる。


「俺はキミなんか知らない。それに手を上げるなんて、何考えてんだよ!」


 香月さんの美白だった頬は赤く腫れていた。だけど、女の子にやり返すことなく、気丈に堪えていた姿に俺は身が締めつけられてしまった。


「香月さん、行こう」

「私は大丈夫だから」


 痛くないわけないのに……


「要ちゃん……なんで……」

「うるさいっ! 次、こんなことしたら許さないから。二度と俺たちに関わらないでくれ」


 俺と仲良くしてただけで変な女の子に頬を叩かれてしまうなんて……でも、誰も責めない香月さん。それに比べ、彼女はなんなんだ。


「悪いのは香月さんなのに……私は悪くないんだから! 香月さんは要ちゃんが痩せて、格好良くなったから、手のひら返して言い寄ってきたんだよ。何で気づいてくれないの……」


 泣き崩れる彼女を無視して、集まった生徒の視線なんて気にせず、香月さんと一緒に保健室へ向かったのだった。


 養護の先生に保冷剤をもらい、香月さんと教室に戻ると次の授業が始まってしまっていた。


「ありがとう、要」

「いや、なんか俺のことで巻き込んでしまったみたいでごめん」

「そんなのいい」


 俺が謝罪しても、気に止めていない。だけど、ハンカチに包まれた保冷剤を頬に当てる香月さんの姿は痛々しい……


 頬を叩いた彼女はしゅんとして席に座っている。俺だけならまだしも、香月さんにまで手を上げるなんて、信じられない。わけの分からない嫉妬でこんなことするなんて、本当に迷惑極まりないな。



 そんな一騒動がありながも、昼休みになり、弁当を食べようとしたときだった。


「要、一緒に食べながらいい?」

「あ、うん」


 さすがに昼ご飯を取りながらなのか、人目があるのか、俺の正面に座る香月さん。もう保冷剤は冷えなくなったのか押さえていない。まだ少し腫れているけど、痛みは和らいだらしい。


 二人で異世界語りを始めようとすると……


「要ちゃん……話したいことが……」


 そのとき、どんと花山の鍛えられた身体に当たり、ふらふらとする女の子。花山は「済まん」と一言告げて片手を挙げ、女の子に謝る。


「桐島! つづき聞かせろ、気になって寝れなかったんだからな」

「花山の言う通り。また、頼むぜ!」


 また、性懲りもなくあの女の子が俺に近づいてこようとしたのだが花山たちが俺の周りに集まってきて、知ってか知らずか彼女が俺の側に寄れないようなバリケードになっていた。


 結局彼女はどこかへ行ってしまった。なんで近づいてくるんだよ……意味分かんねえ。


 

 そんな男子たちの行動を苦々しく思う子が一人。


「男子……寄るな」


 香月さんの顔の上半分が真っ暗になり、瞳が怪しく赤々と光る……


「「「「「ひっ!?」」」」」


 香月さんに睨まれた男子たちはカエルのように震えあがり、俺に泣きついてくる。


「桐島っ、おまえからも香月さんに頼んでくれよ。お願いだから!」

「きりたんぽさま、頼む。香月さんを説得してくれ! 俺たちも聞きたいんだよぉ~」


 両手を合わせて、拝まれたら是非もないよな。俺はまったく構わないし、むしろ辛い話に共感してくれるのは素直に嬉しい。


「香月さん、こいつらも一緒に居てもいいかな? 変な目で見るようなら出て行ってもらうからさ」

「要がいいなら、私は構わない」


 男子からの喜びの声があがった。


「「「「「やった!」」」」」


 級友たちを巻き込み話し始めたのだが、花山が疑問を俺にぶつけてくる。


「そういや、要は無能判定されて、ドS聖女に鞭を打たれてたんだよな?」


 花山……


 記憶を改ざんでもされたのか? ユリエルがドSであることは認めるが鞭は打たれてないぞ。


「私もそれ、気になってた。話してほしい」

「桐島の固有ユニークスキルが実は最強で俺TUEEEして、ドS聖女をぎゃふんと言わせて、スカッとさせてくれんだろ?」


「俺の固有スキルは最強というより、この世界ドラガレアに最適化されたものだったんだ」

「最適? 良く分かんねえな。詳しく聞かせくれ」

「ああ」



 * * *



――――王宮内の地下の部屋。


 俺の隣に座る見目麗しい女の子に訊ねた。だけど、どこか疲れてるみたいで目にうっすら隈ができてる……どうしたんだ?


「なあ、マリエルなら俺がユリエルあいつから、無能って罵られる理由が分かるのか?」

「はい……」


 さっきまでの天使のような微笑みが消え去り、暗く沈んだ表情となってしまった。姉から虐げられていても明るく振る舞う彼女がここまで深刻になるくらいだから、俺の無能さはよほどヤバいと予想された。


 だが訊かないことには始まらない!


「頼む、知ってるなら教えてほしい。このまま悶々としていても時間の無駄だ。何か対策できるなら早い方がいいから」


「分かりました。忌憚きたんなく申し上げますと要さまには……スキルを身につける以前に収める器ストレージ使う器スロットがないのです……」


「それって、まさかスキルが習得も出来ず、使うこともできないってことなのか?」

「はい……」



 ドーーーーン……



 マリエルの言葉に俺は奈落に突き落とされ、彼女が励ましの言葉をかけてくれていたのだが、しばらくの間、まったく聞こえなくなってしまっていた。


「要さま! 要さま! 要さまったら!」

「あ、ああ……マリエル。どうしたの?」

「どうしたのじゃ、ありませんよ。お気を確かにしてください。勇者さまたちには私たちにはない固有スキルがあるんです。最後まで希望を捨てないで」


 あ……ああ。そうだよな。ユリエルに認められなくても、目の前の天使じゃないや、俺の聖女さまが勇者って、認めてくれてるんだ。落ち込んでなんかいられない!


 俺の最後の希望。ステータスに表示されていた、アレについて訊ねた。


「マリエルは俺の固有ユニークスキル【幻肢痛ファントム・ペイン】について何か知ってる?」


「私も過去の知恵者や賢者の文献を調べに調べ尽くしたのですが、要さまの【幻肢痛】については何も手がかりを得ることができなかったのです……」


 マジかっ!? 


 いやいや、マリエルが俺のために八方手を尽くして、調べくれてたのか……それだけでも感謝だ。


「要さまは固有スキルのみ、しかもそれは受動パッシブタイプで……他の勇者さまは能動アクティブタイプをお持ちでした」

「まさかその受動って……攻撃に向かないとか?」


 無言で頷くマリエル。


 ユリエルが俺を蔑むのは容姿だけじゃなく、本当に無能だったからことに膝が崩れ落ちてしまった。だが、俺は生きてXXと再会するんだ。その意志だけが俺を支えてくれていた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。


【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。寝取られで脳死してしまった読者さまを癒せるかと思います。よかったら見てくださ~い。

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