第11話 未練【香織目線】

 ピ~ンポ~ン♪


 私は制服姿のまま、訪ね先のインターホンを押した。ガチャリとドアが開き、門の前までシャツと制服のズボンを穿いた男の子が突っ掛けのまま、慌てて出てきて私を迎えてくれる。


「早いね。まあ、あがりなよ」

「うん……」


 山崎くんと関係してから、ここに来るのは何度目だろう? 寂しくなったらここに来ていたし、彼から求められても、断ることなく通った。彼の両親がいるときはホテルで抱かれる……


 たまたま、そんなところを要ちゃんに見られてしまうなんて……私は不幸だ。


 私のこと、忘れてるなんて絶対に演技に決まってる。だって、戻ってきたときにわざわざラブホテルまで私のために追いかけてくるくらいなんだもん。


 今は記憶喪失のふりをして怒ってるけど、何度も謝れば許してくれるはず。いつだって要ちゃんは私に優しかったから。


 本当に寂しい思いをしたから、山崎くんに抱かれてしまったけど、要ちゃんが生きてるって分かったなら、こんな関係すぐに清算しないといけない。


「両親はもう病院へ行ってるから」

「うん……」


 だって、再会したら要ちゃんがあんなに痩せて格好良くなってたんだから! みんな、要ちゃんのこと馬鹿にしてたけど、私はずっと知ってた。彼を他の女の子に渡す気なんてない。



 要ちゃんはずっと私の恋人なんだから!



 ダブルベッドに横たわり、私の背中を見る彼。ベッドの縁に座ったままショーツを穿いてブラをつけた。ふと置き時計の時間が目に入る。そんなに耽っていたなんて思わなかった。


 もう学校、午後の授業が始まってる……


「いいの?」

「何が?」

「私に付き合って、学校サボってるから」


「うちの親は成績さえ落ちなければ、うるさく言う方じゃない。あの人たちは俺を見てるんじゃなくて、成績を見てるんだよ」


 お小遣いにも不自由しなくて、容姿も成績もいい彼が放任されてて、うらやましいと思う子は多い。「行ってらっゃい」、「行ってきます」なんて、どこにでも見られるやり取りすらない家庭。


 だけど、私も彼の親と同じなんだろう。


 私は彼の身体しか見ていない。山崎くんとはただの気の迷いに過ぎない。要ちゃんに邪険に扱われて、寂しくなって衝動的に山崎くんを求めた。


 彼に抱かれている間だけ、刹那的に覚える快楽。終わると襲ってくる凄まじいほどの罪悪感。危ない薬を常習するように私は彼に溺れている。彼の身体にひとしきり浸ったあと、切り出した。


「話って……なに?」

「言わなくても分かってるでしょ。別れる」


 それも今日で終わり。


 私はとても要ちゃんに会うことができずに学校を休んでいた。そんな私を心配したのか、それとも身体が恋しかったのか、山崎くんはそんな私の思いを察したのか、いつも以上に激しく求めてきていた。


「別れるって、俺以外で満足できるの?」


 今までのことは感謝してる。けど、私は要ちゃんと寄りを戻しても、きっと上手くやっていけるはず。彼を背にして、ブラウスの袖に腕を通す。ボタンを留めて振り向きざまに決別の言葉を言い放った。


「勘違いしないで! 私が好きなのは要ちゃんなんだから。彼が戻ってきたら、別れる約束だったでしょ。もう今日でこんな関係終わりにしたいの。ちょっと寝たくらいで、身体を許したくらいで、彼氏面しないで欲しい」


 余裕そうに寝ていた彼は布団をまくり、裸のまま私の痴態を罵るが、相手にするつもりなんてなかった。


「なんだよ、それ……今日だって、あんなに喘いでたくせに! もう、あんなところ桐島に見られた時点で終わりだろ!」

「終わってない。要ちゃんは優しいから。別れて、ちゃんと謝ったら許してくれる」


「もう勝手にしてくれ。俺が付き合った女の子中でもキミほど面倒な子はいないから……」


 最初こそ、困惑していたが半ば呆れ気味に山崎くんから出た言葉。そうだ、私は面倒な子だから、要ちゃんしか受け止めてくれる人がいない。


 バタンとダブルベッドいっぱいに大の字になって仰向けになった山崎くん。私はスカートのジッパーを上げボタンを留めるとベストとブレザーを抱えて彼の家を出た。


「さようなら」


 大きな門をくぐってから振り返り、彼がいる二階に向かって、つぶやいた。


 今思うことは……


 将来有望な医者になるかもしれない山崎くんとちゃんと別れてきたから、要ちゃんは許してくれるよね? 彼氏彼女の関係になったのは中学生になってからだけど、私といつも一緒に過ごしてきたんだから、忘れるなんてことないよ。


 彼と別れたあと、すぐに美容室に駆け込んだ。



――――翌朝。


 ショックで休んだ昨日と違い、意気揚々と登校した。髪も黒く染め直し、ピアスも捨てて、要ちゃんの好きな清楚な容姿に戻ったから、きっと大丈夫。



 そんな……嘘っ!? 



 おばさんから言われて要ちゃんの家に行くのは控えていたけど、登校中に見てしまったまさかの光景に絶句する……


「私は要のこと、信じる」

「あ……ありがとう」


 言葉がでないよ。なんで香月さんと要ちゃんがあんなに親しそうに話してるの? おかしいよ。


 香月さんは信念めいた感じで要ちゃんを見つめていた。要ちゃんも要ちゃんで香月さんの返事にはずかしそうに、でもうれしいそうだった……


 要ちゃんが格好良くなったからって、そんな急に声をかけるなんて。それに香月さんは花山くんと付き合ってるのに、どれだけ男に目がないの。


 私は二人とつかず離れずの距離を保ち、会話を盗み聞く。すべて聞き取れたわけじゃないけど……


「他の男子はありきたり。要がいい。要の方が好き」


 香月さんの言葉はまっすぐだった。人の恋人に厚顔無恥にはっきりと好意を伝えられるなんて、図々しいにもほどがある。


「あ……うん。分かった。また聞いてもらえるとうれしいかも」


 要ちゃんも要ちゃんで、なんで私が居るって断らないの! おかしいよ、二人ともおかしい……これじゃ、何のために山崎くんと別れたのか、意味ないじゃない。


 結局、私はまるで付き合いたてのように、初々しく恥ずかしがりながらも仲良く歩く二人を恨めしそうに後ろから眺めながら、登校する羽目になった。



 休み時間に廊下を歩いていると香月さんとすれ違う。歩くだけで絵になる彼女……普通に歩いているだけなのに男女問わず、その姿に感嘆の声が漏れ聞こえるようだ。


 はっきり言って、私は彼女のように華がなくて、目を引くような容姿じゃない。だからって、やって良いことと悪いことぐらいある!


 怒気混じりの声で彼女を呼び止めた。


「香月さん! ちゃんと説明して。何で人の彼氏を取るようなことをするの? 彼をたぶらかさないで!」

「何のこと? あなたが何を言っているのか、理解できない」


 今朝、私の気持ちを知りもしないで要ちゃんと登校した癖に!


「しらばっくれないで! 二人で仲良く並んで歩いてたじゃない」

「私が誰と歩こうが勝手。要の話が聞きたいから、一緒にいたまで。それに香織は要と付き合ってない」


 彼女は私が山崎くんと付き合ってるなんて思ってる。違う、違う、彼とは仕方なく身体の関係を持っただけ。愛情なんてこれっぽっちもないんだから。


 そんなときだった。


「何してるんだよ! こんな廊下で」


 私たちが口論していると、いつの間にか人だかりができていた。それをかき分け、一人の男子が現れる。


 要ちゃんだった!


 いつも私に何かあれば、助けに来てくれていた要ちゃん。私は演技でなく彼の本心が聞けると思い、期待に胸を膨らませていた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。

【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】

石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


よかったら見てくださ~い。

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