第10話 目が点
香月さんが何で……?
俺の脳裏をそんな思いがよぎったのだが、考えたところで彼女の思考など読めるはずもない。そういや読心のスキルも異世界じゃあったけど、使い続けると脳が溶けて耳から流れだすから、覚えるのはおすすめしないとか言われてた気がする。
「「「「香月さんは、やっぱりかわいいな」」」」
話が終わったにも
だが、彼女は……
「男子うざい。すぐ帰れ」
ひっ!?
愛らしい見た目に反して、香月さんはいやらしい目つきで見る男子たちに清め塩を片手いっぱいに握りしめ、思い切り投げつけるかのような、これぞお手本とばかりの塩対応を見せる。
ふわっとウェーブがかかったロングの
鼻筋は通り、高い。唇は健康的な
しかし、その美しい瞳はハイライトを失い、早く帰宅しない男子たちをまるで不意に見てしまった汚物に激しい嫌悪感を抱き、
さすがに圧に負けた男子たちはすごすごと逃げ帰るように次々と教室のドアをくぐって廊下へと去っていった。
ようやく俺はある噂を思い出した。
塩対応の香月さんも花山には、まともに会話しているので二人は付き合ってるというのが級友たちの間で……いや、学校中で持ちきりの噂。
「花山、邪魔しちゃ悪いから俺も帰るよ。じゃあ、また明日」
そう言って帰ろうとしたときだった。鞄を手に取り、教室から出ようとすると、ガシッと手首を掴まれた。まだ、花山が俺に嘘臭いと言いつつ、異世界の話をせがむのかと思ったら、握られた手首の感触が妙にぷにぷにして柔らかい。
明らかに野郎の手のひらではない!
「要は帰っちゃだめ」
えっ!?
さっきまで男子たちを死んだ魚のような目で見ていたはずなのに、香月さんは少女漫画に出てくる女の子のように瞳をダイヤモンドのように輝かせていた。
それに……おかしいですよ、香月さん!
俺、ほとんど香月さんと話したことなんてないのに、いきなり名前で呼ばれてるし。むしろ彼女が俺の名前まで知ってることが驚きだった。聞いた噂だと級友のほとんどの苗字を呼ばずに「そこの男子」だけで済ますくらい。
そんな中、花山は級友たちの中でも特別な存在感を醸し出している。苗字はおろか、名前まで知ってもらえていて、気安く呼び合える仲なのだから……
「もう遅いし、二人の仲を邪魔しちゃ悪いから」
俺はどちらかというと空気は読める方だと思う。そんな空気を読んだはずの発言に彼女は今にも泣きだしそうなくらい潤んだ瞳で見つめてきて、ふるふると震えいた。
まるでペットショップにいる綺麗に毛並みをカットされた子犬が新しい飼い主になって下さいと向ける眼差しに近い。
「いや、彼氏がいるのにここに居座るわけには……」
「雅は彼氏じゃない。馬鹿、すけべ、空気読めない。臭い靴下を廊下で脱いで置いたままにする。彼氏とか絶対にありえない」
ふと横目で見ると、香月さんの
花山はこめかみを恥ずかしそうに人差し指で掻きながら、事実を明かした。
「実はな、吉乃はいとこで幼馴染なんだよ」
「そう、ただのいとこ。変な噂されて大迷惑」
「そりゃ、こっちだってそうだよ!」
ああ、確かにこの何でも言い合える仲の良さそうな雰囲気を見たら、誰だって誤解するだろう。特に男子に塩対応の香月さんならなおのことだ。
花山も花山で馬鹿とは言われているが、ことサッカーにおいては周囲を見渡し、的確な指示が出せる希有な選手だと聞いてる。
性格こそまったく違うけど、美男美女カップルと噂され、多くの生徒から羨望と嫉妬を買っているはずだったのだが、本当のところはそんなものだった。
だが、解せない。
なぜ、香月さんは俺を呼び止めたのか……
「……して、して欲しい……」
ドキッ!
と、まるで心臓が直に彼女に握られたような衝撃を受ける。香月さんは俺にすがりついて、かすれるような吐息混じりの声でささやいていた。だが、そばには花山もいるというのに……
「あ~、桐島……こうなったら、吉乃はしてやるまで収まんねえから。頼むわ」
「いや『して』って何をだよ!」
潤んだ瞳に紅潮した頬。いや、耳まで赤くなってるって、あれしかないでしょ!
【あついの……あそこが……】
そんな馬鹿な妄想がむくむくしてきたが、香月さん手はスカートを押さえる様子なんてまったくない。だとしたら、何だと言うのだろう?
「おい、桐島。さっさと話してやってくれ。こうなると俺も帰れねえ……」
「話?」
「そうだ、こいつに異世界の話をしてやってくれ」
ふっ……俺も所詮、二組の馬鹿男子の一人なのだ。香月さんが俺にそんなこと、思うわけがない。
香月さんが俺の話が聞きたいなんて、不思議に思い花山に耳打ちする。
「なあ、なんで香月さんは女の子なのに異世界の話なんて聞きたいんだ?」
「それな。俺が好きになったのは吉乃の毒電波を受けたせいなんだよ。本当は吉乃の方が重度に異世界ファンタジー好きだから、面白そうなことがあるとすぐこんな風になる」
「毒電波言うな。失礼極まりない」
花山の頬にぐりぐり拳を当てる香月さん。俺は思わず握った拳を手のひらの上に某国営放送をぶっ壊す勢いで落とした。
ガッテン!
俺たちはまた椅子に座り直して話そうとしたのだが、どこか座る場所がおかしい。花山は俺と対面しているのは変わらないのだが……
なぜ、ここに座ってる……の?
香月さんは椅子に座る俺の膝の上に乗っていた。女の子特有の髪から鼻腔をくすぐるフレグランスがたまらなく、良い香り。思わず重言っぽくなってしまう。
それに制服の上から触れる柔らかな香月さんの腰や太ももの感触。それこそ、心地よく吸いつくような肌の感触に脳が溶けそうになる。俺の目が点になりつつも彼女に突っ込んでみた。
「ま、間違えてますよ。座るところ」
天然? この子、天然なのか!?
「パパ、こうやって読んだり、聞かせてくれた。雅から要のお話、すごく面白いって聞いてるから」
「そうなんだよ、吉乃の……伯父さんは子どもの頃、そうやって俺たちに本を読んでくれたんだ」
そもそも俺はパパじゃないぞ……
花山が教えてくれたものの、香月さんの突飛な行動に混乱してしまう。
「私はここが落ち着く。早く話して」
「あ、ああ。香月さんがそれで良ければ……」
距離感が完全にバグった彼女を膝の上に乗せた異様な光景で異世界語りを始める。しばらく話していると香月さんの表情は明るいようなので安心した。途中で疑問に思ったのか、花山が訊ねてくる。
「なあ、桐島たちはみんな、異世界転移なんだよな? だったら、転生した奴っていなかったのか?」
「それ、私も気になる」
そりゃ、異世界ってたら、人気を二分するそこに至る方法だよな。花山の疑問は当然だと言えた。
「それな。確かにいるらしい」
「なんだよ、妙に歯切れが悪いな」
俺のはっきりしない回答に残念そうな表情を浮かべる。それをすかさずたしなめる香月さんだった。
「要が答えてくれた。雅は黙ってて」
「悪かったって」
「構わないよ。たぶん、転生者には会ってる。だけど、分からないんだ。お互いに……」
向こうにも神智学みたいなのを研究してる神官のついでに学者をやってるような人たちがいて、教えられたのは……
死ぬと、アストラル体って言う、ぶっちゃけ魂みたいなものになって、互いの世界を往来できるようになるらしい。
何故出会ってるとか、
赤ちゃんみたいな精神の器が小さい者にいきなり大きなサイズのアストラル体を入れるとそれに合わせて縮小するらしい。それと同時に前世の記憶が圧縮されて断片的になったり、劣化してしまうんだと。
転生先の肉体が、アストラル体の適合者じゃないと上手く前世の記憶が引き継げなくて、普通に異世界人として暮らしてる者がほとんどというのが神官たちの意見らしかった。
「って、こんな話、面白くねえよ、な……?」
「なるほど!!! 桐島、ちゃんと設定、練り込んでるな!」
「は?」
まだ、信じてないのかよ……
「雅は馬鹿。私は要の言うこと信じる。面白かった」
えっ!? 今のって……
ふっと香月さんの上半身が動いたかと思ったら、頬に当たる柔らかな感触。俺は香月さんに頬にキスされていた。そんな光景を目の当たりにした花山は驚くどころか、うんうんと頷いている。
当の香月さんも恥ずかしがることなく、淡々としていた。いや、二人ともなんでそんな普通にしてるんだよ!
俺は二人の反応が良く分からない。俺だけ、恥ずかしくなって赤くなってると、すっかり暗くなったために巡回していた先生から、声をかけられ帰宅するように促され、街灯が照らされる中、三人で話しながら下校することになった。
―――――――――あとがき――――――――――
新作書きました。
【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】
石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887
よかったら見てくださ~い。
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