第9話 同衾

 俺はあのとき、マリエルと同衾どうきんしていた……


 花山にせがまれ、それを放課後になり話すことになったのだが、


「じゃあ、始めてくれ」

「いやいや、何人来てるんだよ! それに花山、部活はどうすんだ?」

「今日、部活はない。あとこいつらは気にすんな」


 窓からグラウンドを見渡すとユニフォームを着込んだサッカー部員たちがアップする風景を目にする。おいおい、花山が勝手に休んだだけだろ……しかもレギュラーなのに。あとで先輩に怒られても俺は知らないぞ。


 花山が呼んできたのか分からないが明らかにギャラリーが増えてる。うちのクラスの男子半数はいるな。いや、それだけならまだ良いんだ。なぜ、ティッシュを用意している? しかも箱買いとか……おまえら馬鹿だろ。


「どっから、そんなの用意したんだよ?」

「購買部」


 級友に訊ねるとしれっと回答。わざわざ買いに行くとか……五箱セットのティッシュがどーんと机の上に鎮座してる異様な光景を前に俺は話し始めた。



 * * *



――――マリエルの訪問前。


 異世界での初の晩餐は格差を感じるものだったが、金髪碧眼で優しいマリエルと質素ながらも取る食事は腹というより心が満たされるような思いがした。


「要さま、私は少しご用がございますので、失礼いたします」


 マリエルは用があるということで分かれたのだが、ユリエルの侍女たちに見つかり強制的に部屋へと案内される。


 その途中のことだった。大きな両開きのドアの前に差しかかったとき、歓声が上がる。


「わ~っ! 莉奈さま良い飲みっぷり」

「今度はあんたが飲む番よ!」

 

 なんて話し声がしていた。光が漏れドアが半開きになっていたので覗くと……


 異世界恋愛に出てくるような紳士服ジェストコールを着た見目麗しい騎士たちを侍らせ、彼らの持つグラスに片手でボトルを片手で持って注いでいく。


 俺より若そうな騎士見習いが一気飲みに失敗して咳き込むと、ぎゃははっとワイングラス片手に下品な笑い声を上げていた。テレビに映る彼女の姿とのギャップに驚く。


 そんな俺の脳裏に浮かんだ言葉は一つだった。



 ホスト狂いのお天気お姉さん!



 酔った莉奈さんは、特にイケメンの騎士のズボンを引っ張り叫ぶ。


「おら~! 減るもんじゃなしにあたしに中身見せろ~」

「勇者さまっ!? それだけはお許しを……」

「あ~? あたしが直々に見てやろうって言ってんのに断るってか、ヒックッ……」


 お天気お姉さん……酒癖、めちゃくちゃ悪っ! 全国の男性視聴者は会社や学校に行かねばならない朝の憂うつな気分をあの笑顔に癒やされるって言うのに。


 俺が目の当たりにしたのは貞操逆転異世界……


「異世界サイコーッ!!! イケメンパラダイスじゃん!」


 お天気お姉さんの裏の顔。いや、俺がただガキで大人の女性がいくつもの顔を持っているとはっきり認識し、学習した瞬間だったのかもしれない。



 メイドたちに促され先に進むと莉奈さんと同じくらいのドアの前を通りかかると……


「勇者さまのお身体……とても逞しい。鍛えられ隆起したお胸。それにとても大きな力こぶ。どれを取りましても私好み。でも、それよりも今宵はそちらの猛々しいご立派で私を満足させてくださいませ」


「い、いや、俺には妻子が……」

「勇者さまなのにお一人しか、妻がいらっしゃらないのですか? それはもったいのうございます」


 白樺さんが黒髪で碧眼の若くてとても美しい女性から迫られて、ベッドの上で後ずさりしている。


 それ相応の報酬……なるほど、ユリエルはこういう形で白樺さんたちを働かせようとしていたのか。船橋さんや大嶽くんの部屋も同じような感じなんだろう。


 船橋さんのドアは完全に閉じていて、耳を当てると何かがギシギシと軋む音と女性の喘ぎ声がしていた……


 メイドたちに趣味が悪いだの、変態だの言われ出したので、その場を離れ四人の部屋から隔離されたところへ案内されていた。


 一体どこまで歩くんだよ?


 そう思っていた矢先、結局薄暗い地下まで案内されてしまう。


「ふ、風呂は……?」


 他の人たちは汚れた服装から着替えていたので、浴場みたいなのはあるはず。メイドたちに訊ねると返ってきた回答は……


「外に井戸があるのでそれを使ったら?」

「家畜の癖に井戸なんて、生意気かも~」

「川で十分なのに」


 ぐぬぬ……


 これだ。明らかに差別されてるし、俺にはああいった大人の接待とも言うんだろうか? あんなおいしい体験は出来ないだろうと思っていた。


 来られたら、来られたで困るんだけどな。


 でも、人間ないと分かると寂しいもの。ベッドにごろりと横たわり、天井を見上げる。他の部屋は壁紙もしくは塗装が施されてるが、ここはレンガや角張った石材にモルタルを打ちっぱなしにしただけ。


 今は寒くないが冬はマジで凍えそう……


 ポケットに入ってたスマホを見るも、やっぱり圏外。両親やXXに電話しても通じない。5Gもダメ。これじゃ現代知識チートで無双は張れそうにないな。


 こりゃ、異世界底辺まっしぐら。


 いっそ、豚に人外転生した方がワンチャンあり?

 

 そういやユリエルは俺を容姿だけで迫害する判断を下したのか? ちょっと気になり出して、例のあれを試してみることにした。


「ステータス、オープンっ!」


 なっ!?


―――――――――――――――――――――――

桐島 要【人間】


固有ユニークスキル【幻肢痛ファントムペイン

性質:受動パッシブ

―――――――――――――――――――――――


 マジで表示されるなんてな……まるで戦闘機の透明なガラスのモニターに映ったような蛍光色の文字が目の前に浮かんでいた。


 だが、不親切設計なのか必要最低限しか分からない。まあ、人間とちゃんと書かれてあって一安心。これがゴブリン、オークとか亜人種だったら、ユリエルが飼料ならぬ冷や飯を食わすのも、仕方ないと思うところ。


 だが、これを見て冷遇される要素を推察できなかった。それにしても中二病にかかった奴が好きそうなスキル名だな……


(嫌いじゃないが)



――――マリエルの来訪。


 ドアがノックされ、開けると俺の前には恥ずかしそうに顔を赤らめ、麗しすぎる美少女の姿が!


「勇者さま、お姉さまから……申しつかりこちらに参りました……」

「マリエルさんっ!?」


 透けるような薄いキャミソール……肌の色が完全に見えてしまって、彼女が胸元と股間に薄布の下着だけ身につけていることが容易に分かってしまった。


「あ、いや……なんでこちらにきたの来たのかなって……もう、夜も遅いから」


 さっき、白樺さんの部屋で見た黒髪の令嬢は黒い上下の下着にガーターベルトつきのストッキングだった。


 ごくり……


 どぎまぎして、緊張で溢れてもいない唾液を嚥下してしまう。やっぱり、マリエルも……


「お姉さまが『無能の相手には無能なあなたがちょうどよろしくてよ』と……」



 ユリエル……俺はおまえがいけ好かない。



 だが、マリエルを寄越してくれたことには蟻の心臓程度の感謝をしてやる!


 重たい口を開いて、本当のことを話してくれた。しかし、すぐに彼女は自身の考えを伝える。 って、相手ってなんだよ? もしかして、それ相応の対価って、やっぱりそうなのか?


「私はもちろん要さまが無能だなんて思ってませんから!」

「いや、残念ながらそうかもしれない。けど、ユリエルが俺を無能って決めつける理由って一体なんなんだろう? マリエルは知ってる?」


「それは……」


 マリエルに疑問点を色々訊ねたのだが……花山たちにはそれよりも色っぽい話しの方が良さそうなので優先する。


 マリエルを部屋に招き入れたものの、目のやり場に困って仕方ない。ベッドの縁に二人で座ったものの、彼女の艶やかな姿をちゃんと見ようものなら、愚息が増長して押さえきれなくなるから。


「マリエル! 俺には心に決めた人がいるんだ。いや、だからといってキミがかわいくないとか言ってるんじゃない。むしろ、かわい過ぎて俺の理性を気化蒸散させてしまうんだ!」


 心に決めた相手? 誰だっけ?


 いやそれより、俺はわけの分からないことをのたまいつつ、両目を片手で押さえ、もう一方でぐいぐい迫るマリエルを制止しようとした。


 ぽよん。


「ひゃっ!?」


 俺の手のひらに走る柔らかな感触に頭がプリンになりそうになる。目を覆う手を払うと、マリエルが身体を小さくして両腕を胸元で抱えていた。表情は目をつむり、もう真っ赤っか……


 俺はすぐに察した。こんないたいけなお姫さまを穢らわしい手で傷つけた豚野郎なのです。


「申し訳ございません。すぐに俺の腕を切り落として、マリエルさまにお詫び申し上げます」


 引き出しの中に閉まってあった短剣を取り出し、腕に向かって振り下ろそうとしたときだった。


「この穢らわしい豚足がっ!!!」

「ダメですーーっ!」


 俺に抱きついて、全力で止めに入るマリエル。短剣を握る手の握力がなくなり、カランと音を立てそれは石の床へと落ちた。


「マリエル……」

「温かいです。要さまのお腹」


 もみ合いになり、俺の上に覆いかぶさる美姫マリエル。まるで熊か何かの縫いぐるみに抱きついて、安心しているようだった。


 俺の世話で疲れたのか、そのままスーッ、スーッと容姿そのままのかわいらしい寝息を立てて、彼女は眠っていた。こうなってしまってはマリエルに邪な思いを抱いてしまった俺自身を恥じ入ってしまうしかなかった。


 彼女を起こさないようにして、ベッドに寝かせる。俺は床にそこらに散らばっていた麦藁の上にシーツを乗せて横になった。



 一夜明けて……


 昨晩はお楽しみでしたね、なんてことはなかったが、安堵の表情で眠るマリエルははぎだめに天使が降臨したかのような安らぎを俺に与えてくれた。


 俺が跪いて、シーツをかぶる寝姿のマリエルに祈りを捧げていると、ハッと彼女は目を開き、目を覚ます。


「要さま……一体、何を?」

「神々しいマリエルさまに祈りを……」

「逆です、逆! 勇者さまに祈りを捧げるのは聖女の役目なんです」


 マリエルからお説教を受ける俺。ユリエルに罵られるのは勘弁願いたいが、マリエルから叱られるのは何か俺の深層にある新たな門が開き、覚醒しそうな感じがしていた。


 ひとしきり、彼女のお説教を聞いたあと、俺は訊ねた。


「なんで俺なんかと添い寝を……」

「私、侍女のアローネといつも同衾しておりまして、誰かに添い寝してもらえないと眠れないのです……」


 えっ!?


「昔はお姉さまと一緒に寝ていたのですが……今はもう……」


 ふるふると悲しそうに首を横に振る。俺と年は変わらないはずなのに、マリエルはとんでもない甘えん坊。姉恋しくなったのか、涙ぐむ彼女の髪を撫でてあやす俺だった。



 * * *



 俺がみんなに話し終えるとギャラリーたちはなぜか号泣していた……


「うお~っ! マリエルたんかわいそう!」

「双子なのにそんな扱い受けてるなんて、酷い」

「桐島にセクハラされるなんて、俺がここでこいつの人生を終わらせます」


「桐島に代わって、俺が添い寝してマリエルたんを慰めてあげたい……」


 貴様ら気安くマリエルに“たん”を付けるな!


 ユリエルの非道に泣くのはいい。俺のは不可抗力の事故だから、せっかく生還したのに殺すな。


 ティッシュは級友たちの濡れた目元を拭うのに使われていた。溢れる涙を吸収し、重くなってごみ箱に廃棄されるティッシュ。だけど、変なことにならなくて俺は安堵した。


「だあっ! 何だよ、それ。お姫さまとやったんじゃなかったのかよ……」

「いや、まあそうなんだけど」

「かぁ~っ、せっかく痩せてイケメンになったのにただの持ち腐れかよ」


 えっ!?


「花山たちから見ても俺、そうなの?」

「舐めてんのか!」

「やだやだ、モテる男の無自覚なんて、これだから堪んねえぜ!」


「いや、マリエルが部屋に来たときはまだ、痩せてないから!」

「んじゃ、デブでもモテてたって、さらに許せねえよっ!!!」


 級友たちから手荒な歓迎を受けつつ、おかしなことに気づいてしまった。そういや、俺に彼女なんていないのになんで何もなかったんだろう? 解せないな。


 はっ!?


 もしかして……


 俺がもやもやとした霧がかかり、そこから晴れ間が垣間見れそうに何か大事なことを忘れていたことに気づこうとしたときだった。


みやび、何してる?」


 話し終えて、級友たちに脂肪から筋肉に変わった胸や腹をいじられていると、一際目を引く可憐な美少女が花山に声をかけていた。


「おせ~ぞ、吉乃! もう終わっちまったぞ。あと雅って名前で呼ぶな」

「雅は雅。遅れたのは私はサボらず、委員会の仕事してきたから」


 その女の子は学校一の美少女でありながら、男子にはことごとく塩対応の香月さんだった。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。

【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】

石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


よかったら見てくださ~い。

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