第8話 双子姫

 ――――はぁ……


 俺とマリエルが入室すると漏れる深いため息。


「お気になされずに。あそこに座りましょう」

「ありがとう」


 俺はマリエルに導かれて、他の勇者から遅れて饗宴きょうえんが執り行われる正餐の間へのドアを開けるとユリエルが俺を蔑んだ目で見ながら、嘆息したのだ。


 残念ながら、俺はノーマル。


 鞭を打たれながら、「この豚野郎」と女王さまならぬ、王女さまから罵られるのが趣味であったなら、どれだけおいしかったことだろうか。


 ユリエルからは勇者扱いされていないことが確定となったが、マリエルが俺を客扱いしてくれていることがせめてもの救いってもんだ。


 上座に座るユリエルたちを横目に入り口間際の椅子に二人して、着座する。かなり距離はあるももの勇者たちの会話はちゃんと聞き取れた。


 ユリエルは立ち上がり、まるで舞台女優かのように大仰な仕草を伴い、憂いを帯びた表情でみんなに語りかける。


「皆さまにこちらにお越しいただいたのは、他でもありません。アラステア王国は危機に瀕しているためなのです」

「危機とは?」


 白樺さんが顎をさすりながら、不思議そうに訊ねた。


「はい、この世界には魔物がおり、今までは我々でも対処することが可能でした。ですが、ここ数年から魔物が狂暴化して、街を壊滅させるほどになりました。危惧した我が父、国王クルシュが討伐に赴いた際、負傷し床に伏せっております」


 ハンカチを取り出し、涙を拭う。彼女の涙に男たちは目を潤ませ、共感したのか腕を組んで、うんうんと頷いている。蚊帳の外に置かれた俺にとってはなんだか演技臭くて仕方ないんだが……


「この国の聖女を兼ねる私からお願いです! 古文書に書かれた勇者さまのお力を是非ともお借りしたいのです。どうか、よろしくお願い申し上げます」


「ねえ、この国がどうなろうが知ったこっちゃないんだけど。ただで、ってのは虫が良すぎるんじゃないかなぁ?」


 ユリエルに噛みつく女性。白いセーターは男性の目を惹きつけるには十分な胸元の膨らみ、それにチェックのスカートとすらりとした脚部を強調する黒のストッキングというフェミニンな格好だった。


 顔立ちはかわいいと美しいの中間といった感じ。普通にしていれば、おっとりしているような感じだったのだが、ユリエルを問いつめる表情はまるで相手に煙草の煙を吹きかけるような目つき。


 長い髪に化粧とかから見るに女優、モデルとまではいかないまでも、かなり美人だと思う。


「女の勇者さま、それ相応の対価はさせていただきます。加えて、魔物たちを率いる魔王を倒した暁には元の世界へお戻りいたしますので」


 「あたしは柏木莉奈かしわぎりな。あ~、ホント最悪……髪なんてもう埃だらけ! 食事より先にシャワーを浴びたいのに」


 髪が長くて、愛らしい表情だったお姉さんは眉間にしわを寄せ不快感を露わにして、テーブルに肘を当てて頬杖をついていた。


 あの人……どこかで見たことあるような。


 まさか……


「おい、あんた……あの柏木莉奈かよ?」

「ええ、だったら何かある?」

「俺、船橋浩平っつうんだ」

「知らないわよ」


 しかめっ面で船橋と名乗った男に答えた。


「サインくれ!」

「バッカじゃないの? この状況、見えてる?」

「いやさ、莉奈お姉さんが居たら、もらうだろ。むしろ、もらわない方が失礼ってもんだ」


 そうだ! お目覚めテレビのお天気お姉さん、柏木莉奈だ!


 だけど、テレビと違ってなんだか刺々しいというか、可愛らしさみたいなのが感じられない。まあ、こんなことに巻き込まれたら仕方ないんだろうけど。


 三十路くらいの男……船橋さんが隣の柏木さんに声をかけていたが彼女は相手にしていない。


 どうやら、さっきの自己紹介を更に詳しく話しているらしい。だが、俺とマリエルは完全に蚊帳の外。この世界に蚊帳なんてあるのか、知らないけど。


 ギギッ。椅子が後ろに下がって、床とすれる。そんな二人のやり取りなど無関心で端にレースをあしらったテーブルクロスに手を付き、立ち上がった男。


「私は大嶽義玄おおたけよしはるという。神社の三男坊だ」


 糸目で目元から感情を読み取るのが難しそうな人、俺より少し年上なのに口調がとにかく古風な感じ。山伏のような格好している。


「まあっ、素晴らしいですわ。もうすでにスキルを身につけていらっしゃるなんて!」


 良く分からないがユリエルには誰がスキルを身につけているとかが分かるらしい。俺が迫害されるのはそのためなんだろうか? それとも容姿か?


「スキル? スキルとはなんだ?」


 だけど大嶽と名乗った男は何のことか分からず、他の勇者たちの方を向いて訊ねた。


「知らねえのかよ。ここは異世界なんだ。神さまからもらったチートとかスキルがあんだ。あんたは見たところ修験者ぽいから、いわゆる修行の成果ってヤツじゃねえの?」


「チート、スキルというのは分からないが修行の成果なら分かるな」


 船橋さんは呆れたように教えると大嶽さんが印を結ぶ。まるで忍者がやるような九字法っぽい。


「ええーーーいっ!!!」


 正餐の間全体がビリビリと震えるような気合いを放ったかと思うとテーブルに置かれた燭台のロウソクにボワッと火が灯った。


「俺は夢でも見てるのか?」

「おおっ、すっげ! おっさん、やるなあ!」

「手品みたい!」


 ユリエルは当然と言った表情で三人はただただ大嶽さんのスキルに感心していた。


「まだ、十七歳だ。中年と呼ばれるにはまだ早い」


 えっ?


 あの人相で俺とそんな変わらないのか!? スキルを披露し終え、満足そうに着座していた。俺はスキルよりそっちのけで老けた容姿が気になってしまう。


 リーン♪


 正餐の間に響く鈴の音。満足そうに笑顔になったユリエルが鈴を鳴らすと、扉が開いてフランス料理っぽくドーム状の蓋を乗せた銀食器で食事を運ぶパーラーメイドたちがそれぞれの席へと並べていく。


 それこそ、フランス料理のフルコースみたいなのを振る舞われていて、匂いからしてもう旨いと思わせるものだった……


 だが!


 それに比べ、俺の食事との格差……持ってきたメイドですら蔑んだ目で見てきて、豚の餌と言わんばかりに麦などの雑穀を仕方なく長く飼った駄犬にでも与えるかのように器がカランと音を立てて、雑に置かれる。


 マジ、飼料かよ……


 唖然とする俺だったが、先に怒ったのはマリエルだった。


「こんな扱いをするなど、許されません。すぐに他の勇者さまと同じ物を用意しなさい!」

「ですが、ユリエルさまの命にございます。マリエルさまでも従うわけには参りません」


「いいよ。俺は太り気味だから。これくらいがちょうどいい」

「要さま! そういうわけには……」

「マリエルがかばってくれるだけでうれしい」

「はい……」


 俺は一つだけマリエルにお願いして、彼女も俺と同じ物を持ってくるように命じていた。


 メイドがまた来て、俺の前に陶器の瓶を置く。口の広い瓶を深めの皿に向かって、傾けると白い液体が渇いた雑穀に潤いを与えていた。


「要さまはそのようにして食べられるのですね!」

「ああ、たぶんこうやって食べると……」


 俺が所望したのはミルク。牛乳かどうかは分からないが癖の無さそうな匂いだった。


 匙に掬い口に運ぶと……


「うん! 悪くない」


 しっかり噛むとほのかな甘味も出てきて、疲れた身体を癒やす。俺は恐る恐る一口、匙を含んだマリエルの顔を見てみた。


「美味しいです! こんなの初めてです」


 案ずるまでもなかった。憂いを帯びた表情だったマリエルがミルク浸けの飼料のような雑穀に頬を緩ませ、匙を咥えて笑顔になっている。そんな彼女のかわいらしい表情に俺は赤くなって、目を逸らした。



「はあ~、食った食った!」


 食事は食べ物の質じゃなく、誰と食べるか……それで満足感は全く違うと分からされた。そんな異世界での食事を終え、牢獄よりはマシかなぁと思える部屋に案内されたあと事件が起こる。


 トントン、トントンと薄い木のドアがノックされた。


「マリエルです、開けてもらって構いませんか?」

「うん、すぐ開けるから」


 俺が急いで石壁の窪みに刺さった棒を外して、マリエルを招き入れる。すると、彼女は顔を赤らめ言った。


「勇者さま、お姉さまから……申しつかりこちらに参りました……」


 俺は格好に驚いて、彼女の名前を叫ぶ。


「マリエルさんっ!?」


 透けるような薄いキャミソール……肌の色が完全に見えてしまって、彼女が胸元と股間に薄布の下着だけ身につけていることが容易に分かってしまった。


「あ、いや……なんでここにきたの来たのかなって……もう、夜も遅いから」

「お姉さまが『無能の相手には無能をあてがう。あなたがちょうどよろしくてよ』と……」


 相手って、なんの相手だよ!?



 キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン♪ キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン♪


 マリエルと過ごした晩のことを花山に語ろうとしていたときだった。異世界の思い出にトリップしていた俺を現実に引き戻すチャイムが鳴り、お昼休みが終わったことを告げた。


「くそっ! なんつう良いとこで鳴るチャイムなんだよ! 桐島っ、あとで絶対に話してくれよ、そのマリエルっつう姫さんとの妄想の一夜を!!!」

「あ、ああ……」


 いや、あんだけ食い付いてんのに信じてないのかよ……俺の前の席の級友が戻ってきたが花山は、まだ席を立とうとしない。


「あの……」

「分かった、分かった。返しゃいいんだろ」


 ようやく大人しい級友が声をかけて、席を返していた。それにしても花山、興奮してるのか、なんか目が血走ってた。


 やっぱりあいつもエロくなりそうな話には目がないのか。最初こそ、聞いてやるって態度だったのに最後は椅子から立って、身を乗り出してたもんな。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。

【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】

石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


よかったら見てくださ~い。

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